いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
一年生男子の小グループ編成が粗方まとまり、体育館にひとときの安堵と疲労が漂い始めたその時だった。
ふと、体育館の入り口付近がざわつき始めた。視線を向けると、そこには二年生と三年生の集団が足並みを揃えてこちらへと近づいてくる姿があった。
先頭を歩くのは、現生徒会長であり二年生を完全に掌握する男、南雲雅。そしてもう一人は、元生徒会長であり、この学校の絶対的な規律を体現する三年生、堀北学先輩だ。
二人の圧倒的なカリスマ性を前に、一年生たちの間から自然と道が開け、張り詰めた空気が体育館を支配する。
「よぉ、一年生。どうやらそっちの小グループも無事に決まったみたいだな」
南雲が、余裕たっぷりの笑みを浮かべて一年生全体を見渡した。
「……わざわざ上級生から出向いてくるとは。何か用ですか、南雲生徒会長」
Bクラスの責任者となった葛城が、警戒を露わにして前に出る。
「いや、何ってことはないさ。ただ、小グループが決まったんなら、このままの勢いで『大グループ』を作っちゃおうと提案しに来ただけだよ」
「大グループの結成は、今日の夜の自由時間に行うスケジュールだったはずですが?」
葛城が眉をひそめる。確かに、しおりにはそう記載されていたはずだ。
「スケジュールはそうだけどさ、小グループが早く決まったんだから、大グループも早めに決めておいた方が後々楽だろう? 夜の時間はゆっくり休みたいしな。堀北先輩もそれでいいですよね?」
南雲が横に立つ学先輩に同意を求める。
「……構わん。遅かれ早かれ決めることだ。無駄な時間を省けるのなら、それに越したことはない」
学先輩は静かに頷き、南雲の提案を了承した。
トップ二人が合意したとなれば、一年生に拒否権はない。かくして、各小グループの責任者六名が前に進み出ることになった。
我らがAクラス主体のグループからは、責任者を務める神崎が緊張の面持ちで歩み出る。
「それじゃあ、公平にジャンケンで勝った順から、好きな上級生のグループを選んでいくってことでいいか?」
南雲の提案により、一年生の責任者たちによる運命のジャンケンが始まった。
「「「最初はグー、ジャンケン、ポンッ!!」」」
数回のあいこを挟み、最初に勝ちを掴み取ったのは葛城だった。続いて二番目にDクラスの幸村が勝ち抜ける。
そして――我らが神崎は、無惨にも最後まで負け続け、一番最後に残ってしまった。
「……っ!」
神崎が、己の右手を忌々しそうに見つめて唇を噛む。
「一番勝ちの葛城、どこを選ぶ?」
「俺たちは、堀北先輩のグループを指名します」
葛城は迷うことなく、最も堅実で強力な学先輩のいるグループを指名した。
「二番目の幸村はどうする?」
「……僕たちは、南雲生徒会長のいるグループでお願いします」
幸村は少し考えた後、権力者である南雲の庇護下に入ることを選んだ。
そうして上位陣が次々と有力な上級生のグループを選んでいき、最後に残った神崎のグループは、自動的に余り物となった『二年Dクラスと三年Dクラス』の生徒が主体のグループと合流することが決定した。
(なるほど。学力や総合力で劣るDクラスの先輩たちと組むことになったわけか。……だが、悲観することはない)
私は冷静に状況を分析し、思考を巡らせる。
(南雲は裏で二年生に手を抜くよう命じるかもしれないが、それはあくまで『安全圏からの嫌がらせ』が成立する場合に限る。今回の特別試験のルール上、最下位に沈んだ際の『退学の生贄』に選ばれるリスクを急激に高めるだけだ。いくら南雲に支配されているとはいえ、自身の学園生活が完全に終わるかもしれない極限状態において、高校生がそこまで腹を括れるとは思えない。つまり、彼らも自身の首を守るための最低限のボーダーラインは死守しようとするはずだ。そこから先の足りない点数は、俺たちAクラスの人間が圧倒的なパフォーマンスで稼ぎ出し、強引に上位へ引き上げれば十分にカバーできる範囲だ。)
私がそんな計算をしていると、南雲がふと学先輩の方へと向き直った。
「堀北先輩。せっかくの三学年合同合宿です。どうですか、ここで俺と勝負しませんか?」
「……勝負だと?」
学先輩が鋭い視線を向ける。
「ええ。俺が属する大グループと、先輩が属する大グループ、最終的にどちらが上の順位になるか。単純明快な勝負ですよ」
南雲の挑戦的な眼差しに対し、学先輩は少しの間沈黙した後、静かに口を開いた。
「……他の生徒を巻き込まないと約束するのなら、その勝負、受けて立とう」
「もちろんです。あくまで俺と先輩、グループ同士の純粋な力比べですよ」
南雲は楽しげに笑い、二人の間で大グループの順位を競う直接対決が成立した。
そのやり取りを遠巻きに見ていた私は、内心で静かに頷いた。
(学先輩は、表向きは南雲の誘いに乗った。だが、俺が寮で事前に発した警告は、あの聡明な学先輩に確実に届いているはずだ。南雲が『純粋な力比べ』を装いつつ、盤外からどんな姑息な罠を仕掛けてこようと……事前に警戒を強めている今の学先輩なら、決して出し抜かれることはないだろう)
そんなことを考えていると、私と神崎の元へ、同じ大グループとなった二年生と三年生の先輩たちが近づいてきた。
「よお! 一年生、よろしく頼むぜ。俺は三年Dクラスの責任者の権田だ。……って、ヒッ!?」
先頭を歩いていた権田先輩が、私の顔を見るなり顔面を蒼白にさせて大きく後ずさった。
「あ、悪魔……! 俺たちの部活に片っ端から殴り込んできて、プライベートポイントを根こそぎ巻き上げていった、あの理不尽な悪魔じゃねぇか……!」
権田先輩がガクガクと指を震わせて私を指差す。どうやら彼は、私が入学直後に荒稼ぎした際にカモにした先輩の一人だったらしい。
「ど、どうしたんスか権田先輩? ……ってお前、生徒会副会長の藍染じゃないか!」
二年Dクラスの責任者である相馬先輩が、権田先輩の異常な反応に戸惑いつつも、私の顔を見てパッと表情を明るくした。
「体育祭でも大活躍だったし、一年生の中で一番すげー奴が同じグループに来てくれて助かったぜ! 藍染がいるなら、俺たちも最下位になる心配はないな!」
「お、お前らこいつの恐ろしさを知らねぇからそんな呑気なことが言えるんだ……! こいつに逆らったら何をされるか……!」
相馬先輩たち二年生は、私の生徒会での活動や体育祭での無双ぶりから完全に『頼もしい存在』として認識しているようだが、権田先輩をはじめとする一部の三年生は、私を『トラウマの象徴』として震え上がっていた。
(うおおお……二年生からはめっちゃ期待されてるけど、三年生からは完全にトラウマの元凶として怯えられてる……! 悪いことしたなぁ。ここは後輩として、謙虚に「一緒に頑張りましょう」って言って安心させてあげるのが正解だよな。よし!)
私は姿勢を正し、爽やかな笑みを浮かべようとした。
しかし、強靭なエゴを持つ私の口から紡がれたのは、どう考えても後輩が先輩に向かって言っていい台詞ではなかった。
「――天を仰ぐ必要はない。強き光は常に君たちの眼前に存在する。……ただ私の背を追い、その絶対的な歩みに遅れぬよう努めたまえ。勝利は既に、我々の掌の中にある」
「「「…………おおおっ!?」」」
私のあまりにもオサレで威圧感に満ちた『私が王だ、黙ってついてこい』宣言に、二年生たちは一瞬呆然とした後、なぜか目を輝かせて歓声を上げた。
「す、すげぇ威圧感だ……! やっぱり噂通りの大物だな!」
「ああ! 藍染、お前の指示に従うぜ! この合宿、絶対乗り切ろうな!」
「わ、分かりましたぁ! 黙ってついて行きますからポイントだけは勘弁してくださいぃぃ!」
権田先輩たち三年生も、恐怖で半泣きになりながら全力で傅いている。
(あああああああ!! 先輩たちごめんなさいぃぃぃ!! 何でこんな偉そうなの俺!? ていうか二年生は素直に受け入れすぎだし、三年生は怯えすぎ!!)
私は内心で全力のスライディング土下座を決めながらも、表面上は不敵な笑みを崩さず、「ああ」とだけ短く応えることしかできなかった。
その後、混合合宿の初日は、体育館でのオリエンテーションや施設の説明、そして明日から始まる課題についての概要説明などで大半の時間が費やされた。
実際の試験や授業は明日からということで、今日は部屋の移動や荷解きがメインとなる。
そして、その日の夜。
施設内の広大な大食堂。この夕食の時間だけが、唯一男女が同じ空間で交流できる貴重なひとときだった。
私はトレイに定食を乗せ、いち早くひよりの姿を見つけて隣に座った。向かいの席には、一之瀬と神崎もやってくる。
「――月が隠れ、闇が深まろうとも、君の輝きさえあれば迷うことはない。……息災だったかい、ひより」
(訳:ひより、お疲れ様! 一日長かったね、体調崩してない?)
「ふふっ。はい、私は大丈夫ですよ。惣右介くんもお疲れ様でした」
ひよりが微笑み返してくれるだけで、私の心の中の疲労ゲージが一気に全回復していく。
そんな和やかな私たちの前で、神崎が一人、どんよりと肩を落としていた。
「……すまない、俺の右手が弱かったせいで……Dクラスの上級生たちが中心のグループと組むことになってしまった。これでは報酬の最大化どころか、足を引っ張られるリスクが高すぎる……」
「そんなことないよ、神崎くん! 運なんだから仕方ないし、誰も気にしてないよ!」
一之瀬が慌ててフォローするが、生真面目な神崎の落ち込みは深い。
私は静かに箸を置き、神崎を真っ直ぐに見据えた。
「――神崎。己の右手を呪う暇があるなら、その手で盤面を覆す剣を握れ。……我々という絶対的な個の集まりの前では、どのような牌を引こうとも、それは『勝利への布石』でしかない。案ずるな」
(訳:気にすんなって! うちのクラスのメンバーなら、上級生が誰だろうとカバーして勝てるから大丈夫だよ!)
ひよりが神崎に向けてふんわりと微笑む。
「惣右介くんは、『うちのクラスの力があれば十分にカバーできるから、気に病む必要はありませんよ。一緒に頑張りましょう』と言っています」
「……藍染。椎名。……ああ、そうだな。俺が下を向いていては、他のメンバーにも不安が伝染してしまう。切り替えていくとするか」
神崎が顔を上げ、ようやくいつもの冷静さを取り戻した。
「――君たちの星々の巡りを聞かせてもらおうか」
私が尋ねると、ひよりと一之瀬が顔を見合わせた。
「私は姫野さん、白波さん、小橋さんと同じグループになりました。他のクラスの方も3、4人ずついる構成ですね。……あっ、それと惣右介くん。私、橘先輩と同じ大グループになることができたんですが……橘先輩の小グループは、三年Bクラスの生徒を主体とした構成になっているみたいです」
ひよりの報告に、私は内心で鋭く目を細めた。
(三年Bクラス主体……やはり間違いない。橘先輩がターゲットだ。学先輩も何かしら手を回して防衛策は張っているだろうから大丈夫だとは思うが、ひよりが同じ大グループにいてくれるならさらに安心だな)
「――一之瀬はどうだ?」
「私は小グループの責任者になったよ! うちはAクラス主体で、津辺さんや初川さんたち体力のある優秀な子を6人集めて、他のクラスから2、3人ずつ入れてもらったの」
一之瀬は胸を張って答えた後、少しだけ真面目な顔になって付け加えた。
「でも、全体的に見てみると、女子のグループはどこも結構バラけてるみたい。男子みたいに、一つの小グループに同じクラスの子が10人も固まってるような、極端な構成のところはないかな」
(7泊8日という長丁場の合宿……男子に比べて体力に不安の残る女子は、どのクラスも特定のグループに自クラスの生徒を集中させるリスクを避けたというわけか。これなら、仮にどこかの小グループが最下位に沈んでも、クラス全体へのダメージは最小限で済む)
「――強固なる城塞か。君のその手腕が、勝利の凱歌を響かせることを期待しているよ」
(訳:体力のある子たちで固めたんなら安心だな! 一之瀬なら上手くやれるよ。応援してる!)
「うんっ! 任せて! みんなで協力して、絶対にAクラスの力を見せつけてやろうね!」
私たちは夕食を取りながら、明日からの過酷な試験に向けて、互いに励まし合い結束を高めたのだった。
そして、夕食を終えて解散する別れ際。
私はひよりを引き留め、静かに声を落とした。
「――ひより。闇夜に蠢く毒蛾どもは、自らの羽を千切ってでも獲物を泥濘へと引きずり込もうとするだろう。防壁が突破された時のために、絶対の『審判』を下す準備をしておいてほしい。……歩みを止める者、不協和音を奏でる者がいれば、その罪過を天の使いたちの耳へと囁き続けるのだ」
私のオサレ極まる密命に対し、ひよりは瞬きを一つして、すぐにふんわりと微笑んだ。
「『三年生や二年生がわざと手を抜いて、大グループを最下位に落とそうとしてくるかもしれません。だから、一年生の小グループ全体で目を光らせて、明らかに足を引っ張ったり手を抜いたりしている生徒がいたら、どんどん先生に密告して情報が耳に入るようにしておいてほしい』……ですね? 分かりました。万が一最下位になってしまった時、真面目にやっている橘先輩を『足を引っ張った』という理由で道連れに選ばせないよう、あらかじめ外堀を埋めておけばいいのですね」
(完璧すぎる!! 状況の理解も対策の意図も完璧!! さすが俺の大天使!!)
「ああ。頼んだよ」
「はいっ! 任せてくださいっ、惣右介くん!」
ひよりはパァッと顔を輝かせ、私に頼られたことが心底嬉しそうな様子で、元気よく力強く頷いてくれた。
(こんな頼もしい大天使がいるんだ、女子の方は間違いなく上手くいくはずだ!)
夜の九時。
一年生男子の宿泊棟。我々の小グループに割り当てられた大部屋では、二段ベッドが立ち並ぶ中、生徒たちが集まって思い思いの時間を過ごしていた。
Aクラスの面々に加え、Bクラスの吉田、Cクラスの時任、そしてDクラスの池がいる。本来なら敵同士である他クラスの生徒たちだが、この一週間は同じ釜の飯を食う仲間だ。
「よろしくな、吉田、時任、池。明日から厳しい試験になるだろうが、一緒に頑張ろうぜ!」
柴田が持ち前の明るさで率先して場を和ませる。
「おう、よろしくな! クラスは違うけど、こうして組んだからにはしっかり連携していこうぜ!」
Bクラスの吉田が持ち前のコミュ力の高さを見せて快く応じ、Dクラスの池も少しだけ緊張を解いて頭を掻きながら笑う。
「あ、ああ。俺、勉強は全然ダメだけど、足は引っ張らねーようにするからさ」
残るCクラスの時任は、不良らしく「チッ」と一つ舌打ちをした。
「……俺も、協力させてもらう。どうせなら1位を狙ってプライベートポイントを稼ぎたいしな。それに……」
時任はそこまで言うと、部屋の隅のベッドの上で静かに腕を組んで目を閉じている私の方を、心底恐ろしそうにチラリと見た。
「足を引っ張って、あいつが何してくるか分からねぇからな。……仕方ねぇ」
(よしよし、柴田や吉田のコミュ力のおかげでいい感じに結束が高まってるな。……時任にはなぜかめちゃくちゃ警戒されてるけど! まあ言うこと聞いてくれるならいいか。俺がここで下手に喋り出すと、絶対に『魔王の謁見の間』みたいな重苦しい空気になっちゃうからな。ここは黙って、静かに見守るのが一番だ)
私は表面上は一切の隙を見せないラスボスのような威圧感を放ちつつも、内心ではホクホク顔でクラスメイトたちの交流を眺めていた。
(今回はひよりがいないから、俺の真意が正しく伝わるか不安なところはあるけど、そこは神崎や柴田たちが上手いこと間を取り持って回してくれるだろう。明日からどんな理不尽な課題が降ってくるか分からないが、俺は圧倒的な実力でこのグループを引っ張っていくしかない。絶対に1位をもぎ取って、莫大なクラスポイントを稼ぎ、Aクラスの首位を盤石なものにしてやるぞ!)
私は、誰にも悟られることなく、心の中で熱く闘志を燃やすのだった。