いつからここが尸魂界だと錯覚していた?   作:yvrararara

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五十五話

 七泊八日という長丁場に及んだ過酷な混合合宿も、とうとう最終日の朝を迎えた。

 

 この日は、これまでの六日間で学んだ成果を全て出し切る「最終試験」の日である。全ての科目において大グループおよび小グループの平均点が算出され、その順位によって莫大なプライベートポイントとクラスポイントが動く、文字通りの決戦だ。

 

 早朝の冷え込む体育館。朝食前の静寂の中、私たちの一年から三年までの合同大グループの面々は、最終確認のために円陣を組むように集まっていた。

 

「……いよいよ、今日で最後だな」

 

 三年生責任者の権田先輩が、ゴクリと唾を飲み込んで呟く。

 

「ああ。ここまで誰一人欠けることなく、最高のペースで来れた。……藍染、最後に一言、気合を入れてくれないか?」

 

 二年生責任者の相馬先輩が、真剣な眼差しで私に懇願してきた。

 その後ろでは、Aクラスの神崎や柴田をはじめ、池、時任、吉田といった他クラスの一年生たち、そして全ての二年生、三年生の先輩たちが、私の言葉を待つように真っ直ぐな視線を向けている。

 

(うおおお……すごいプレッシャーだ! 二年や三年の先輩たちまで、完全に俺を一人のリーダーとして頼りにしてくれている。ここは一年生代表として、「みんなで力を合わせて頑張りましょう!」と、謙虚かつ熱いエールを送るべきだよな!)

 

 私は姿勢を正し、爽やかな笑みを浮かべようと試みた。

 しかし、強靭なエゴを持つ私の口から紡がれたのは、当然のように傲慢極まる覇者の演説だった。

 

「――勝利を渇望する必要はない」

 

 私の静かで、それでいて空気を震わせるほどの深い声に、全員が息を呑む。

 

「我々は既に、勝利という名の玉座に座している。この六日間で君たちが研鑽した力は、既に他者を圧倒する高みへと至っているのだから。……故に、焦るな。気負うな。ただ己の内なる光を解き放ち、我々に追いつこうとする無謀な者たちに、絶対的な『絶望の差』を見せつけるだけでいい」

 

(訳:みんなこの六日間で十分な実力がついてるから、焦らなくて大丈夫ですよ! 落ち着いて普段通りの力を出せば絶対に勝てます! 頑張りましょう!)

 

「――征こうか。天の頂は、我々を待っている」

 

「「「うおおおおおおおおっ!!!」」」

 

 私の圧倒的でオサレすぎる覇者の演説に対し、大グループの全員が顔を紅潮させ、地鳴りのような雄叫びを上げた。

 

「すげぇ……! 藍染がいれば、負ける気なんて微塵もしねぇ!」

 

「ああ! 俺たちが最強だ! 絶望の差を見せつけてやるぞ!」

 

(あああああああ!! なんかめちゃくちゃ偉そうな演説になっちゃったけど、結果的に士気が爆上がりしてるからヨシ!! この合宿中、ずっと傲慢なポエムばっか吐いてたけど、何故かこの魔王オーラがいい感じにカリスマ性を発揮してグループを完璧にまとめ上げちゃってるから、結果オーライだ!!)

 

 私は内心で激しくツッコミを入れつつも、外面はあくまで完璧な魔王のまま、フッと不敵な笑みを浮かべてみせた。

 

 

 そして始まった最終試験。

 座禅では、誰もが身じろぎ一つせず、完璧な姿勢を保ち続けた。私が放つ重圧に慣らされた彼らにとって、教師の視線などそよ風に等しかった。

 

 駅伝でも、日頃の鍛錬の成果を遺憾なく発揮。ペーパーテストにおいても、神崎を中心とした夜の勉強会の成果が見事に実を結び、勉強が苦手な池や時任でさえ、鉛筆を止めることなくスラスラと解答を埋めていった。

 

 そして迎えた、私にとって最大の鬼門である『スピーチ』の試験。

 

(頼む……! 今回こそ、高校生らしい爽やかで謙虚なスピーチをさせてくれ……! まともに喋らせてくれよ俺の口……!)

 

 私は心の中で必死に祈りながら教壇に立ち、試験官である教師たちを見据えた。

 

(よし、まずは丁寧な挨拶だ。『先生方、本日は採点よろしくお願いします』……と)

 

 そして、静かに口を開く。

 

「――成程。君達如きがこの私に“採点”か。些か滑稽に映るな」

 

(いきなり何言ってんの俺!? 普通に挨拶しようとしただけなのに、審査員に向かって『君達如き』とか『滑稽』とか開始一秒で喧嘩売ってどうすんだよ!! 待って、違うんです! 今のは言葉の綾で……!)

 

 だが、私の口は止まらない。一度溢れ出したオサレポエムは、誰にも止められないのだ。

 

(ええい、切り替えろ! 次は合宿の振り返りだ! 『この六日間の合宿で、一人一人が目標に向かって力をつけて成長し――』)

 

「……生き物というのは不思議でね。その矮小な心で願う程度の事は、実現できるようにできている。この六日間、我々が泥に塗れながらも願い、歩み続けた軌跡がその証明だ。這い蹲るだけの無力な蛹たちは、己の矮小さを自覚し、抗うことで、天の頂を翔ける龍へと昇華するに至った」

 

(あああああっ! 審査員の先生方、同グループのみんな、矮小とか無力な蛹とか言って本当にすみません! 違うんです、ただ皆で頑張って成長しましたねって言いたかっただけなのに……!)

 

 私は自らの意思とは裏腹に、堂々たる態度で教壇から周囲を見下ろし、圧倒的な覇気を放ちながら声を張り上げた。

 

(最後こそ、ちゃんとまとめろ! 『これからの学校生活も、この混合合宿で得た経験を胸に――』)

 

「敗者は世界がどういうものかを嘆き、現状に甘んじる。だが、私は違う。……勝者とは常に、世界がどういうものかでは無く、どう在るべきかについて語らねばならない! そして、その『在るべき世界』を創る者こそが、遥か高みから全てを統べるのだ。にも関わらず、見渡してみればどうだ? 我々を導く絶対的な存在など、どこにもいない。神すらもだ」

 

「――だが、その耐え難い天の座の空白も終わる」

 

「これからは――私が天に立つ」

 

(ギャアアアア!! だから何でそんな上から目線なんだよ俺!! ただの混合合宿の振り返りスピーチをしようとしただけなのに、『勝者の語る世界の在り方』とか規模がデカすぎだろ!! それに、また天に立とうとしてるじゃん俺!! どんだけ天に立ちたいんだよ!? 天の座への執着エグすぎだろ!! これ絶対怒られる! 0点どころか最悪退学になるやつだ!!)

 

 内心で頭を抱え、絶望のどん底に突き落とされる私。

 だが――直後、体育館を包み込んだのは、怒号ではなく、静寂と……それに続く、万雷の拍手だった。

 

「す、素晴らしい……。なんという威風堂々たるスピーチ、そして圧倒的なカリスマ性だ」

 

「ええ。現状に満足せず、さらに高みを目指し、自らが天に立ち、世界の在り方すらも変革しようとする強い意志……。この年代でここまでの思想を持てるとは……!」

 

 なんと、試験官である教師たちが感極まったように深く頷き、震える手で私の評価シートに何かを猛然と書き込んでいる。具体的な採点結果は見えないが、その表情やペンの走る熱量からして、間違いなく最高レベルの高評価を下しているであろうことは明白だった。

 

(……って、なんで先生たちまで感銘受けてんの!? 最初の方で『君達如き』って思いっきり喧嘩売ったんだぞ!? こんな傲慢極まりないスピーチで高評価っておかしいだろ! 教育者としてのプライドはどうした!? もっと怒れよ!)

 

 さらに、私と同じ大グループの生徒たちも、完全に私の言葉に魅了されていた。

 

「流石は藍染だ……! 見ている世界、スピーチの次元すら俺たちとは違う!」

 

「ああ! 本当についてきて良かったぜ!」

 

 同級生だけでなく、私よりも年上の二年生、三年生たちでさえも、「お前は本当に凄いやつだ……!」「俺たちを導くリーダーはお前しかいない!」と、まるで救世主でも崇めるかのように目を輝かせ、熱い視線を送ってくる。

 

(マジでどうなってんのこの空間!? 俺、ただ勢いで痛いポエム朗読しただけだよね!? なんでカルト教団の教祖みたいになってんの!?)

 

 この熱狂的な空気の中、もはや私の評価にケチをつけられる者などいるはずもなく。結果として、私自身はスピーチを含む全ての審査項目において、一切の妥協なく完璧な数値を叩き出すこととなった。

 

 午後三時。林間学校における全ての試験日程が終了した時、私たちの大グループの全員が、確かな手応えと――何故か、私への異常なまでの忠誠心に満ちた表情を浮かべていたのである。

 

 

 夕刻。全生徒が体育館に集められ、いよいよ運命の結果発表が始まった。

 壇上に立つ教師の口から、まずは男子大グループの順位が読み上げられる。

 

「――それでは、男子大グループの順位を発表する。第一位……『権田グループ(藍染)』」

 

「「「っしゃあああああああああああっ!!!」」」

 

 その瞬間、権田先輩や相馬先輩をはじめ、私たちの大グループのメンバーが爆発するような歓声を上げた。最下位候補と見下されていた二・三年のDクラス主体のグループが、並み居る強豪を打ち破り、見事学年トップの座をもぎ取ったのだ。

 

「第二位、『二宮グループ(堀北)』。第三位、『石倉グループ(南雲)』……」

 

 続いて発表される上位陣。

 そして、一年生男子の小グループの順位。

 

「第一位、『神崎グループ』。第二位、『葛城グループ』。第三位、『幸村グループ』。第四位、『金田グループ』。第五位、『平田グループ』。第六位、『三宅グループ』」

 

 主力を集めて一位を獲得した私たち一年Aクラスの男子メンバーは、互いに肩を叩き合い、喜びを爆発させていた。

 

 一方で、大グループ三位という不本意な結果に終わった南雲雅は、忌々しげにチッと舌打ちをしていた。

 

 そこへ、静かな足取りで近づいていく人影があった。前生徒会長の堀北学先輩だ。

 

「――この勝負は、俺の勝ちだな、南雲」

 

 学先輩の低く通る声に、南雲が鋭く睨み返す。

 

「……チッ。先輩が俺に個人で勝ったわけじゃ……」

 

「お前が裏でコソコソとくだらない工作をしていたことも、全て分かっていた」

 

「っ!」

 

「藍染が事前に忠告してくれたおかげでな。お前が俺に直接挑むのではなく、クラスメイト――とりわけ橘を狙ってくるだろうと予想はついていた。だからこそ、あえて彼女には三年Bクラス主体の不利なグループに所属してもらった。お前のターゲットを彼女一人に絞らせるためにな」

 

 予期せぬ種明かしに、南雲の顔が微かに強張る。

 

「橘ならば、周囲からどれほど理不尽な扱いを受けようと、決して自ら手を抜いてグループの足を引っ張るような真似はしないと確信していたからな。お前たちに道連れに選ばれるような隙を一切見せず、確かな成績を残してくれると……彼女の矜持を信頼して任せた結果だ」

 

「っ!」

 

「……お前は勝負事において嘘はつかない男だと思っていたが、俺の見込み違いだったようだ。他者を巻き込み、盤外から泥を投げるような真似しかできないのなら、もはや俺が相手をする価値もない。二度と、お前の挑戦を受けることはないだろう」

 

 学先輩の氷のように冷たく、見限るような宣告。

 

 それは、南雲にとって何よりも屈辱的な言葉だったはずだ。南雲はギリッと歯を食いしばり、学先輩と、その後ろで静かに微笑んでいる私を憎悪の篭った瞳で睨みつけた。

 

 だが――私と視線が交差した瞬間、南雲の肩がビクッと跳ねた。

 裏庭で私が完全詠唱した『黒棺』の圧倒的な重圧と死の恐怖がフラッシュバックしたのだろう。南雲は喉の奥で引き攣った音を鳴らし、逃げるようにサッと目を逸らした。

 

(……どうやら、俺が植え付けたトラウマは相当根深いようだな。南雲のあのネチネチとした嫌がらせや陰湿な暗躍に対して、最初からこうして圧倒的な力で直接分からせておけば良かったと思わんこともないが……。いや、だからって急に人前で『黒棺』の完全詠唱なんて普通は出来ないわ! 完全に黒歴史ルート突入だったろ!)

 

 続いて、女子の順位が発表される。

「女子一年生小グループ。第一位、『櫛田グループ』。第二位、『神室グループ』。第三位、『一之瀬グループ』。第四位、『木下グループ』。第五位、『前園グループ』。第六位、『諸藤グループ』……」

 

 女子の部においても、ボーダーラインを割って退学者を出すグループは存在しなかった。

 

 ひよりや橘先輩が所属する大グループは、二・三年生の執拗な手抜き工作が原因で大グループ単位では最下位に沈んでしまった。だが、ひよりや姫野たちが事前に教師の耳に客観的な証拠を入れ続けていたため、ペナルティが発動することはなく、小グループ単位での成績もボーダーをクリアしていた。

 

 女子の部では上位二位にAクラスが食い込むことはできなかったが、一之瀬の的確な采配により、体力のある生徒たちで堅実にポイントを守り抜いてくれた。

 

 そして最後に、この特別試験を経た各クラスのクラスポイント変動がモニターに映し出された。

 

 

【一年生クラスポイント変動】

Aクラス +241

Bクラス +51

Cクラス -22

Dクラス +46

 

【最新クラスポイント】

Aクラス(一之瀬):1248cp

Bクラス(坂柳) :1025cp

Cクラス(龍園) :536cp

Dクラス(堀北) :146cp

 

(なるほど、こういうポイント配分になったか。今回は狙い通りに我がAクラスの圧倒的な大勝利だな)

 

(Dクラスは女子の部で櫛田のグループが一位を獲ったものの、女子は男子と違って万が一のリスクを考慮し、一つのグループに同クラスの生徒を極端に固めることを避けていた。そのため、せっかくの一位の恩恵を爆発的なポイントにまで昇華しきれなかったのだろう。そこに、男子の部でDクラスの生徒を11人も抱え込んでいた平田のグループが五位に沈んだ強烈なペナルティが直撃し、大きく相殺されてしまったわけだ)

 

(それに、葛城の作戦も決して悪くはなかった。他クラスの生徒を一人だけ交ぜて自クラスの人数を限界まで固める手法は、足を引っ張られるリスクを最小化する堅実な防衛策だ。だが、この特別試験の最大のキモである『クラス混合倍率』を放棄している以上、劇的にポイントを増やすことはできない。結果として男女共に二位という好成績で終わった坂柳のBクラスも、そこまでポイントを伸ばせなかったというわけだ。すべては俺たちAクラスが、完璧に上回った結果と言えるな)

 

「やったぁぁぁっ! Aクラスが圧倒的だ!!」

 

「すげぇ! Bクラスとの差がまた広がったぞ!」

 

 Aクラスの生徒たちの歓喜の声が体育館に響き渡る。

 男子の主力が一位をもぎ取り、大量のポイントを獲得したことで、二学期のペーパーシャッフルで縮められたBクラスとの差を、再び大きく引き離すことに成功したのだ。

 

(よしよし!完璧な結果だ! クラスポイント、プライベートポイントも大幅プラス、退学者もゼロ、そして何より橘先輩を無事に守り抜くことができた!)

 

 私は内心で力強くガッツポーズを取った。

 

「惣右介くんっ!」

 

 解散の指示が出た直後、ひよりが小走りで私の元へと駆け寄ってきた。その顔には、満面の笑みが浮かんでいる。

 

「本当に、さすが惣右介くんですっ!男子の方で一位を取ってくれるって信じてました!」

 

(うおおおお! ひよりに褒められたぁぁぁっ!! 大天使の笑顔が眩しすぎる!! 頑張ってよかった!!)

 

 私は内心で喜びの舞を踊りながらも、外面はあくまでオサレに、フッと優雅に微笑んだ。

 

「――当然の帰結だ。我々が歩んだ軌跡こそが、勝利への最短距離だったのだから」

 

「ふふっ、はいっ!」

 

 そこへ、権田先輩や相馬先輩たち大グループの先輩たちもやってきた。

 

「藍染! 本当にお前のおかげだ! 俺たちDクラスが一位を取れる日が来るなんて、夢にも思わなかったぜ!」

 

「ああ、お前の言葉がなきゃ、俺たちは途中で心が折れてたかもしれない。本当にありがとうな!」

 

「――君たちが自らの足で立ち上がった結果だ。誇るがいい」

 

 先輩たちからの感謝の言葉に、私は鷹揚に頷いてみせた。

 

 そして――周囲の喧騒が少し落ち着いた頃。

 前生徒会長の堀北学先輩と、その傍らに立つ橘先輩が、私とひよりの元へと歩み寄ってきた。

 

「藍染くん……椎名さん……っ」

 

 橘先輩の目には、大粒の涙が浮かんでいた。

 

「堀北くんから事前に事情は聞いていたんですけど……やっぱり、実際にあのグループで嫌がらせを受けると少し不安で……。でも、そんな時に椎名さんがずっと励ましてくれて……必死に私を庇ってくれたおかげで、私、最後まで頑張れました……っ!」

 

 橘先輩はそう言って、深く深く頭を下げた。

 

「橘先輩、顔を上げてください。先輩が最後まで諦めずに一生懸命頑張っていたから、私たちも全力でサポートできたんです」

 

 ひよりが優しく微笑みながら、橘先輩の手を両手で包み込むように握る。その温かなやり取りに、私は胸の奥が熱くなるのを感じた。

 

「それに藍染くん……。あなたが事前に堀北くんに忠告してくれたおかげで、彼も対策を取ることができたと聞きました。裏で椎名さんたちに証拠集めまで頼んでくれていたなんて……本当に、感謝してもしきれません……っ」

 

「――気にするな。鞘がその姿を保てたのは、君自身が泥の中で決して輝きを失わなかったからだ。私はただ、その輝きが不当に曇らされるのを防いだに過ぎない」

 

(訳:橘先輩が無事だったのは、先輩自身が最後まで手を抜かずに頑張ったからですよ。俺は少し手助けしただけです)

 

 私のオサレな返しに、橘先輩は涙を拭いながら「ふふっ、本当にいつも通りに偉そうですね。でも、ありがとうございます」と笑ってくれた。

 

 そんな私たちの様子を静かに見守っていた学先輩が、一歩前に出て私の目を見据えた。

 

「藍染。お前のおかげで、最悪の事態を防ぐことができた。南雲の仕掛けたルールを逆手に取り、外堀を埋めて奴の策を完全に封じる……見事な手腕だった。それに、この試験はお前の勝ちだな。大グループ単位の順位でも、お前のグループに負けてしまったからな」

 

 あの完璧超人の学先輩が、自らの敗北を認める。それは、私にとって信じられないほどの衝撃であり、至上の名誉だった。

 

(いやいやいや! 学先輩に勝っただなんて、そんな滅相もない! たまたま俺たちのグループの士気が高かっただけで、学先輩の凄さは変わらないですって!)

 

 私は全力で謙遜の言葉を口にしようとした。

 だが、私の意志とは裏腹に、紡がれたのはやはり魔王の傲慢ポエムだった。

 

「――王が王である限り、その玉座が揺るぐことはない。……だが、私の見据える景色は常にその先にある。今回は私が少しばかり高く飛んだ、ただそれだけのことだ。」

 

「……っ」

 

 学先輩が少しだけ目を見開く。

 すかさず、隣でひよりが完璧な翻訳を入れた。

 

「『今回は勝つことができましたが、学先輩が尊敬できる素晴らしい先輩であることに変わりはありません。これからも尊敬しています』とうちの惣右介くんは仰っています」

 

(ひよりー! 『うちの』って付けた!? 今『うちの惣右介くん』って言ったよね!? 可愛い!! 大天使すぎる!!)

 

 ひよりの内助の功(?)による翻訳を聞いて、学先輩はフッと口元を深く綻ばせ、満足げに小さく頷いた。

 

「……そうか。椎名という、お前の言葉を誰よりも理解する最高の理解者がいることも、お前の強さの一因なのだろうな。……藍染、お前に生徒会副会長を任せて本当に良かった。これからの生徒会を、そしてこの学校を、お前のその高みへ至る力で引っ張っていってくれ。期待しているぞ」

 

「はい。私も、藍染くんが副会長なら、これからの生徒会も絶対に大丈夫だって信じてます!」

 

 学先輩の、魂に響くような激励の言葉。そして橘先輩からの心からの信頼。

 

(先輩方……! 俺のこんな傲慢なポエムの裏にあるリスペクトを完璧に分かってくれるなんて……! ああ、もう本当に一生ついていきます!! 卒業しないでずっと学校にいてほしい!!)

 

 私は内心で涙を流して狂喜乱舞しつつも、表面上はどこまでも不敵で、優雅な魔王の微笑みを崩さずに深く一礼するのだった。

 

 

 全ての結果発表と解散の手続きが終わり、私たちは学校へ帰るための大型バスに乗り込んだ。 

 

 バスの車内は、過酷な合宿を最高の形で乗り切ったAクラスの生徒たちの熱気と歓声で満ち溢れていた。

 

「いやー、マジで疲れたけど、最高の結果だったな!」

 

「うんっ! みんな本当によく頑張ったね!」

 

 一之瀬が立ち上がり、クラス全員に向けて明るい声を響かせる。

 

「二学期のペーパーシャッフルでの悔しさを、この合宿で完璧に活かすことができたね! これでまたBクラスとの差を広げられたけど、これからも絶対に油断しないで、みんなでもっともっと成長していこう!」

 

「「「おーっ!!!」」」

 

 クラスの士気を高め終えた一之瀬は、そのまま通路を歩き、最後列の席に座る私の元へとやってきた。

 

「……ふふっ。ひよりちゃん、すっごく頑張ってたもんね」

 

 一之瀬は、私の肩に頭を預けてスヤスヤと眠るひよりの寝顔を優しい眼差しで見つめ、起こさないように声を潜めた。

 

「本当にありがとう、藍染くん。今回Aクラスが大勝できたのは、男子が一位を取ってくれたおかげだよ。……でも、ごめんね。私たち女子が二位以上に入っていれば、もっとクラスポイントをプラスにできたのに……私の力不足だね」

 

 一之瀬は少しだけ悔しそうに、自嘲気味な笑みを浮かべた。

 

(いやいやいや! 橘先輩を退学させるために執拗な手抜き工作を受けていたひよりたちのグループはもちろんだけど、一之瀬のグループだって途中までは南雲の息のかかった二年生たちに妨害されてたんだろう? その逆境の中で退学者を出さず、堅実にポイントを守り抜いただけでも大金星だよ! ここは彼女の健闘をしっかり褒めて励ましてあげないと!)

 

 私は静かに姿勢を正し、彼女の不安を払拭するような温かい言葉をかけようと口を開いた。

 

 だが、当然のように出力されたのは、どこまでも傲慢でオサレな魔王の理だった。

 

「――目に見えるすべての果実を刈り取る必要はない。勝者が適度な余白を残してこそ、盤面はより美しく回るのだから。……君が逆境の中で堅実に護り抜いたその結果こそが、私の求める最高の布石だよ」

 

「……っ」

 

 私の静かで、けれど絶対的な自信に満ちた言葉に、一之瀬は少しだけ目を丸くした。

 

 いつもならここで隣の大天使が完璧な翻訳をしてくれるのだが、今は夢の中だ。

 

 しかし、一之瀬は数秒間の沈黙の後、パッと顔を輝かせて柔らかく微笑んだ。

 

「ふふっ……相変わらず、藍染くんの言葉はスケールが大きすぎてびっくりしちゃうけど。……私を励ましてくれてるんだよね? ありがとう、藍染くん。私、次の試験も絶対に頑張るからね!」

 

(おお……! ひよりの翻訳がなくても、俺の激励の意図がちゃんと伝わってる! よかった!)

 

 私はオサレな笑みを崩さずに、静かに頷いてみせた。

 一之瀬が自分の席へと戻っていくのを見送りながら、私は窓の外の流れる景色へと視線を移した。

 

(一之瀬にはああ言ったが、実際、今の状況は俺にとって『理想的なポイント差』だ。確かに女子が一位を取っていれば、さらに圧倒的なポイント差をつけることはできた。だが……今の段階であまりに差をつけすぎると、下位の3クラスが俺たちを引きずり下ろすために同盟を組む危険性がある)

 

 私は頭の中で、他クラスの実力者たちの顔を冷静に思い浮かべていた。

 

(龍園、坂柳、そして清隆。龍園は現在、クラスの表舞台から退いているが……あいつのことだ。いずれその牙をさらに研ぎ澄ませて、より凶悪で厄介な存在として戻ってくるだろう。もし、あの3人が手を組んで牙を剥いてくれば、かなり厄介だ。あいつらは3人とも、勝利のためには手段を選ばずなんでもするタイプだからな。特別試験の内容によってはクラスメイト全員を無傷で守り抜くことはできないかもしれない。……だからこそ、すぐ後ろにBクラスが迫っている状況を残すことで、下位クラスの矛先を分散させつつ、『まだ逆転できる』という希望を抱かせる。この適度なリードこそが最善というわけだ)

 

 私は内心で大満足の笑みを浮かべつつ、そっとひよりの肩に自分の肩を寄せた。

 

 七泊八日に及ぶ過酷な混合合宿。

 盤面を揺るがす幾多の悪意は退けられ、私たちは更なる高みへと、力強い一歩を踏み出したのだった。

 

 

 




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