いつからここが尸魂界だと錯覚していた?   作:yvrararara

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五十七話

 週末のケヤキモールは、授業の疲れを癒やす生徒たちで賑わっていた。

 私はひよりと共にモールの大型書店を訪れていた。殺伐としたクラス間闘争や、生徒会の煩わしい業務から解放され、彼女と過ごすこの穏やかな時間は、私にとって何よりの癒やしであった。

 

「あ、惣右介くん。ずっと探していたミステリー小説の新刊が出ているみたいです!」

 

 ひよりが嬉しそうに一冊の文庫本を胸に抱いた。

 

「――ほう。未踏の知を求めるその探求心、実に喜ばしいことだ。私も一冊、興味深い海外の古典を見つけたところだよ」

 

 私は手元に取っていたハードカバーの小説を見せた。

 

「わぁ、素敵な装丁ですね。ふふっ、お互いに読み終わったら、また貸し合いましょうね」

 

「ああ。君の瞳が捉えた真理の欠片、私も共有させてもらうとしよう」

 

 ひよりの提案に、私は外見上は『知を愛する孤高の魔王』の顔を崩さずに頷きつつ、内心では盛大にデレデレとしていた。

 

(くっ……可愛い! 今日も今日とてひよりが尊い! 本を貸し借りするというこの学生らしいささやかな交流、最高じゃないか……!)

 

 お互いに目当ての本を購入した私たちは、そのままモールの隅にある落ち着いた雰囲気のカフェへと移動した。

 

 テーブルに向かい合って座り、私はブラックコーヒーを、ひよりは香りの良いダージリンティーを注文する。飲み物が運ばれてくると、ひよりは早速先ほど買ったばかりの新刊を開き、その世界へと没入していった。

 

 窓から差し込む柔らかな日差しが、ひよりの銀色の髪をキラキラと輝かせている。ページをめくる細く白い指先、真剣な眼差し、時折内容に反応してコロコロと変わる表情。

 

(ああ……最高だ。この空間だけ時間が止まってくれないだろうか。読書に集中しているひよりの横顔、何時間でも見ていられるな……)

 

 私は手元のコーヒーカップを傾けながら、内心の叫びを必死に押し殺し、穏やかな午後のひとときを満喫していた。

 

 そんな至福の時間を破るように、不意に声をかけられた。

 

「こんにちは、藍染くん、椎名さん。相変わらず仲がいいね」

 

 聞き覚えのある声に視線を向けると、そこには二年生の朝比奈なずなが立っていた。彼女は、気さくな笑みを浮かべながら私たちのテーブルの脇に立ち止まっていた。

 

 ひよりは栞を挟んで本を閉じ、立ち上がって丁寧に頭を下げた。

 

「こんにちは、朝比奈先輩」

 

 私もゆっくりと視線を上げ、朝比奈の顔を見据えた。

 

「――何用だ、朝比奈」

 

 私が静かに問うと、朝比奈は少しだけ肩をすくめ、周囲に人がいないことを確認してから声を潜めた。

 

「実はね、雅の様子が、あの混合合宿の後からおかしくって。何か知らないかな、って思ってさ」

 

 朝比奈の言葉に、私は内心でやはりなと納得した。

 

(同じクラスでよく一緒に行動している朝比奈先輩なら、あの急激な変化は当然気になるだろう)

 

 私はコーヒーカップをソーサーに置き、表情を変えずに誤魔化すようにポエムを紡いだ。

 

「――さあ。だが、天を統べられると錯覚した鳥が、真の空の高さに触れ、己の羽の脆さを知ったというなら……それは自然の摂理というものだろう」

 

 私の言葉を聞いた朝比奈は、「ふーん……」と少しだけ目を細め、どこか納得したように小さく息を吐いた。

 

「そっか。……やっぱり、藍染くんが何かしたんだね」

 

 完全に察せられていた。しかし、彼女の目には怒りはなく、むしろ少しだけ安堵したような色が浮かんでいた。

 

「雅も、ちょっと調子に乗りすぎてたからね。生徒会長になってから、誰も彼を止められなくなってた。どこかで、圧倒的に負けてへし折られる必要があったんだと思う。……ありがとうね」

 

(……本当に南雲のことを案じている、いい人だな。あの傲慢な南雲のままではダメだと心配していたのだろう)

 

 私は彼女の真っ直ぐな言葉に内心で感心しながらも、静かに目を細めた。

 

「じゃあ、デートの邪魔しちゃってごめんね。またね、二人とも」

 

 朝比奈が軽く手を振って立ち去ろうとしたその背中に向け、私は一つの忠告を投げかけることにした。

 

「――朝比奈。あの男に伝えたまえ。地に墜ちた鳥であっても、私が定めた理を違えぬ限り、その羽を毟り取る真似はしない。だが、いつまでも天の高さに怯え、震える姿を晒し続けるのは酷く見苦しい。君の過剰な畏怖は、私の庭に不要な波風を立てるだけだ。……己の矮小さを理解したのなら、虚勢でもいい、今まで通り空を飛ぶふりをして見せることだ」

 

 朝比奈はピタリと足を止め、きょとんとした表情で振り返った。

 すかさず、隣にいたひよりがふわりと微笑みながら翻訳を入れる。

 

「『私がした警告さえ守れば何もしないから、そんなに怯えなくていい。あからさまにビクビクされると周りに変な気を遣わせて面倒だから、今まで通り普通に生徒会の仕事をこなせ』とのことですよ」

 

「あ……あはは、うん! なるほどね、分かった! 雅にはそう伝えとくね!」

 

 ひよりの完璧な翻訳のおかげで意図を理解した朝比奈は、パッと明るい笑顔を見せ、今度こそ手を振ってカフェを後にした。

 

 彼女の後ろ姿を見送った後、ひよりはクスクスと嬉しそうに笑った。

 

「惣右介くんは、やっぱりお優しいですね。南雲先輩のこと、わざわざ気にかけてあげるなんて」

 

(いや、違うんだよひより! 仮にも生徒会長があんな廃人状態だと、副会長である俺の仕事が増えてめちゃくちゃ面倒くさいんだよ! 俺の平穏な学校生活のために、あいつにはちゃんと働いてもらわなきゃ困るんだ。それに、まともにさえやってくれれば、あいつの事務処理能力や統率力は本物だしな)

 

「――地に這う蟻であっても、私の庭を整える程度の役割はある。自ら歩みを止め、無様に干からびられては……後始末の手間が増えるだけだからね」

 

「ふふっ、そうですね」

 

 ひよりは私のオサレなポエムを温かく受け入れ、再び手元の小説へと視線を落とした。

 

 私は残りのコーヒーを飲み干しながら、この平和な日常が少しでも長く続くことを祈っていた。

     

 

 夕暮れ時の特別棟。

 生徒たちの喧騒から遠く離れた、人気の全くない静寂な廊下に、カツン、カツンという規則正しい杖の音が響いていた。

 

 窓から差し込む茜色の光が、対峙する二人の影を長く伸ばしている。

 

「――何の用だ、坂柳」

 

 重厚な声で問いかけたのは、葛城康平だった。彼の腕組みをした堅牢な姿勢には、警戒と緊張が滲んでいる。

 

 対する坂柳有栖は、杖を両手で持ち、ふふっと穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「ふふ。貴方なら、私がなぜここに呼び出したか、もう察しているでしょう?」

 

「……俺を慕う生徒たちを、正式にお前の下に降らせろということだな」

 

 葛城の低い声に、坂柳はゆっくりと首を横に振った。

 

「夏休みの無人島、そして船上試験を経て、貴方はすでに失脚し、クラスの主導権は私の手におさまりました。私たちBクラスの『内戦』は、とうの昔に決着がついています。ですが――」

 

 坂柳はあえてそこで言葉を切り、葛城の目を真っ直ぐに見据えた。

 

「貴方を慕う者たちは、私に大人しく従ってはいても、決して心から服従しているわけではありません。今の私たちのクラスは、完全な一枚岩とは言えないのです」

 

「……俺に、彼らを説得しろと?」

 

「葛城くん……貴方は、今のこの不完全なBクラスが、最終的にAクラスとして卒業できると本気で思っていますか?」

 

「む。勿論、可能性はあるだろう。俺たちには十分な実力がある」

 

「いいえ、残念ながら現状では不可能です」

 

 坂柳は冷静な声で、はっきりと現実を突きつけた。

 

「一之瀬帆波さんの人徳によって完璧にまとまっている強固なAクラス。そして何より、藍染惣右介くんという理不尽極まりない天才が控えている。……今の状態の私たちでは、彼らを相手に勝負にすらなりません」

 

「そこまで言うか。確かにあの男の力は脅威だが……」

 

「……この前の混合合宿では、男女別での試験であったため、私は貴方に男子のまとめ役を任せましたね。結果として、貴方も私もそれぞれのグループで二位という成績を収めました。二、三年生や他クラスの生徒もいたので上々の結果と言いたいところですが……藍染くんは違いました。彼は二、三年生がDクラス主体という不利なグループでありながらも、その圧倒的な実力とカリスマ性で大グループ全体を勝利に導きました。盤面を支配する力の次元が違うのです」

 

 坂柳は自嘲気味に微笑み、自らの細い脚へ視線を落とした。

 

「体育祭では紅組は敗北したとはいえ、Aクラス自体は学年一位でした。彼らの唯一の敗北と言えるのは、私たちBクラスが勝利した『ペーパーシャッフル』くらいですね」

 

「ああ……確かにそうだな」

 

「ええ。私はあの試験が終わった後、初めての敗北に対して彼がどんな反応をするか、直接話しかけに行ったのです。……ですが、彼は微塵も焦っていませんでした。それどころか、『この敗北すらもクラスを高めるための進化の兆しとなる』と言ってのけた。実際、学力に特化した生徒の多い私たち相手に、彼らはほんの僅差まで迫っていましたしね。ええ、あの敗北すらも、全ては彼の掌の上だったというわけです」

 

 心底楽しそうに、けれど微かな悔しさを滲ませて語る坂柳の言葉に、葛城は息を呑んだ。

 

「私一人では、全てを掌握することはできません。私一人の力では、藍染くんのいるAクラスには勝てないのです」

 

 坂柳はそこで一度言葉を区切り、静かに頭を下げた。

 

「……これまでの数々の非礼、深くお詫びします、葛城くん。クラスの派閥争いに勝利するためとはいえ、貴方の堅実なやり方を軽視し、妨害工作を仕掛けて足を引っ張るような真似をしたこと……本当に、申し訳ありませんでした」

 

「っ……! まさか、お前が人に頭を下げるとはな」

 

 葛城は驚きに大きく目を見開いた。

 

 天才と持て囃され、己の知略のみを信じていたあの坂柳が、明確に自らの非を認め、頭を下げている。彼女もまた、この過酷な競争の中で、ただの傲慢な天才から確かな『成長』を遂げていたのだ。

 

「ええ。私は自分で思っていたより、負けず嫌いのようです。彼らに勝つためならば、つまらないプライドなどいくらでも捨てられます」

 

「いや……お前が負けず嫌いなのは、皆知っていると思うが……」

 

「はい? 何かおっしゃいましたか?」

 

 葛城が思わずこぼしたツッコミに、坂柳は不思議そうに小首を傾げた。

 

「……いや、何でもない」

 

「そうですか。とにかく……私と手を取り合って、クラスを完全に一つにしてほしいのです。貴方には、私の補佐としてBクラスを支えていただきたい」

 

 坂柳は微笑み、真摯な声音で葛城を見つめた。

 夕日の光に照らされながら、葛城はゆっくりと目を閉じ、深く思考する。そして――力強く目を開いた。

 

「……なるほど。お前がそこまで自らの非と現状を直視し、頭を下げるというのなら、俺が意固地になる理由はない。クラスのためだ、協力しよう、坂柳」

 

「ふふ、ありがとうございます」

 

「ただ、一つ条件がある。お前は勝利のために、リスクのある策を好む傾向にある。俺の目から見て危ういと感じた時は、俺はそれに対して口出しするぞ。お前の暴走を止めるストッパーにならせてもらう」

 

 葛城の堅実で重みのある言葉に、坂柳は満足そうに頷いた。

 

「ええ、構いません。私の矛と、葛城くんの盾。この二つを合わせて戦うことが、藍染くんたちに勝つための最低条件ですから」

 

 葛城が力強く頷いた瞬間、残っていたわずかなわだかまりも消え、Bクラスは真の意味で一つになった。

 

 盤面を俯瞰する坂柳と、強固な統率力を持つ葛城が手を結んだ。それは、Aクラスの玉座を脅かす最強の同盟が誕生した瞬間であった。

 

     

 その日の夜。

 薄暗い自室のベッドに寝転がりながら、綾小路清隆は静かに天井を見つめていた。

 

 彼の脳裏に浮かぶのは、先日学校に訪れた『あの男』――自身の父親の姿だった。

 

(以前、あの男が直々にこの学校へ足を運んできたことで、茶柱の脅迫が全くの嘘だったことが証明された。オレがAクラスを目指す義務は、もうどこにもない)

 

 茶柱の呪縛から解放された綾小路の心には、平穏への安堵と共に、一つの確信が生まれていた。

 

(あの時、オレは一つの探りを入れた。『藍染惣右介を覚えているか』と。……その名を聞いた瞬間、あの男は微かに、だがはっきりと忌々しげに顔を歪めた)

 

 かつて、ホワイトルームに在籍していた藍染惣右介。しかし彼は、あの男から直々に追放された過去を持つ。

 

 極限の教育によって凡人を『人工の天才』に仕立て上げるというホワイトルームの理念において、生まれながらにして理を凌駕する才能を持っていた惣右介は、施設そのものの意義を否定する絶対的な『異物』だったからだ。

 

(あの男が、自ら捨てたはずの『本物の天才』を、今更オレを連れ戻すための手駒として使うはずがない)

 

 父親のあの不快そうな反応が、すべてを物語っていた。

 惣右介がホワイトルームの刺客である可能性は、完全にゼロになった。彼がこの学校にいるのは、あの男の計画とは全く無関係なのだ。

 

(ならば、これからどうするか……)

 

 来年になれば、間違いなくあの男の手引きによって、ホワイトルームからの『本物の刺客』が新入生として送り込まれてくるだろう。

 

(刺客への対策として、惣右介に協力を要請するか……? いや、あいつがオレの味方として無条件で動いてくれる保証はどこにもない)

 

 惣右介は不確定要素が大きすぎる。下手に触れれば、火の粉が自分に降りかかる。

 

 綾小路は思考を切り替え、現在の『クラス間闘争』の勢力図へと分析を進めた。

 

(Aクラスを目指す義務はなくなった。……現状のDクラスはどうだ?)

 

 ペーパーシャッフル、そして混合合宿を経て、Dクラスは確実に変化している。

 

 堀北は自立し、周囲を導くリーダーとしての兆しを見せ始めた。櫛田や平田の統率力も健在で、高円寺という規格外の駒も控えている。駒の質としては、決して悪くない。粒揃いと言ってもいいだろう。

 

(だが……それでも、今のBクラスやAクラスに勝つのは、現状不可能に近い)

 

 綾小路は冷徹な計算式を頭の中で弾き出した。

 まず、クラスポイントの差が絶望的に開きすぎている。それに加え、クラス全員の学力、身体能力、判断力といった『駒の平均値』において、DクラスはAやBに大きく劣っている。

 

 オレと高円寺が本気で立ち回れば、局地的な特別試験でならある程度戦えるだろう。だが、総合的なクラス間闘争を制するには、正攻法では絶対に届かない。

 

(かといって、裏の手を使うわけにもいかない)

 

 この学校の仕組み上、他クラスへの物理的・精神的な攻撃や、ルールの穴を突いた裏工作を使うことは可能であり、むしろ学校側が推奨している節まである。

 

 しかし、藍染惣右介という男を観察していて気づいたことがある。彼は、あれほど圧倒的な力と知略を持ちながらも、あくまで『正当な手段』にこだわっているのだ。裏工作や卑怯な作戦を使う気配が一切ない。

 

 そんな彼が生徒会副会長という権力の座にいる以上、Dクラスが危険な手段を取れば、正論とルールをもって完膚なきまでに叩き潰されるだろう。

 

(だが……Aクラスに、付け入る隙が全くないわけではない)

 

 オレの脳裏に、惣右介の隣でいつも微笑んでいる銀髪の少女の姿が浮かんだ。

 

 惣右介は、詩的で極めて難解な言葉を好んで使う。それに加えて、あの常軌を逸した威圧感だ。普通ならクラス内で孤立し、周囲との間に軋轢を生みそうなものだが……あの『椎名ひより』という少女が、惣右介の言葉の深淵――その裏にある本心を完全に理解し、周囲に伝わりやすい言葉へと翻訳することで、彼をAクラスに完璧に溶け込ませている。

 

 今のAクラスの鉄壁の連携と信頼関係は、彼女という潤滑油があってこそ成立しているのだ。

 

(ならば、椎名ひよりを退学に追い込めば、惣右介とAクラスの繋がりを絶ち、その力を大きく削ぐことができる……)

 

 オレの思考は、勝利への最短経路として冷徹な一手を弾き出した。

 ……しかし、オレは即座にその策を棄却した。

 

(いや、それは最悪の悪手だ)

 

 そんな真似をすれば、あの男がどう動くか分からない。

 これまでの惣右介は、基本的にはルールの範疇での正攻法という枷を自ら嵌めて遊んでいるような節があった。だが、もし椎名ひよりに危害を加えれば、その枷は外れ、勝つため――いや、オレを完膚なきまでに破壊するために、一切の容赦を捨てるだろう。

 

 それに、どれだけ精巧に罠を張り、証拠を隠滅しようとも、惣右介の眼を誤魔化すことは不可能だ。オレが関与していることは即座に見抜かれ、確実に報復を受けることになる。オレが望む平穏な生活など、木っ端微塵に吹き飛ばされるだろう。

 

(単独での正攻法は不可能。かといって裏の手を使えば惣右介に潰され、急所である少女を突けば逆鱗に触れて報復される。……ならば、どうする?)

 

 オレの思考は、ごく自然に『次の一手』を探り始めていた。

 すでにオレの実力の一端は、堀北や坂柳、龍園といった各クラスのリーダー陣には知れ渡っている。これから先、下手に無能を演じて隠し通すのも無理があるだろう。

 

(このまま惣右介に一方的に負け続けるというのも……少し、面白くない)

 

 一クラスの戦力でAクラスに届かないのなら、取るべき戦術は限られている。

 

(他クラスと同盟を結び、包囲網を敷くしかない。だが、現在Aクラスを僅差で追っているBクラスを巻き込むのは現実的ではないだろう。仮に同盟を結ぶにしても、立場が上のBクラスにかなりの譲歩をしてもらう必要があり、交渉が難航するのは目に見えている)

 

(ならば、少なくとも上位陣を崩すという点で利害が一致するCクラスと手を結び、AクラスとBクラスを共に引き摺り下ろすしかない。……だが、あの龍園と堀北が、果たして素直に協力し合うことができるのか……?)

 

 そこまで思考を巡らせたところで、オレはハッと我に返り、小さく息を吐いて静かに目を閉じた。

 

(……いや。オレは何を考えているんだ。ただ平穏な高校生活が送れれば、それでいいはずだ)

 

 茶柱の脅迫がなくなった今、オレがクラス間闘争に首を突っ込む義理はどこにもない。自ら面倒な盤面を構築する必要などないのだ。

 

 頭ではそう理解しているはずなのに、深層心理に刻み込まれた本能が、無意識のうちに『勝つための最適解』を弾き出そうとしてしまう。

 

 ——平穏を望みながらも、目の前に盤面があれば無意識に戦術を組み立てずにはいられない。オレ自身のこの矛盾した本性こそが、今後の最大の不確定要素なのかもしれない。

 

 

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