いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
各クラスのホームルームで『クラス内投票』のルールが発表されたその日の放課後。
Bクラスのリーダーである坂柳有栖は、自室にクラスの幹部たちを招集していた。
集まったのは葛城、神室、橋本、鬼頭、真田の五名。彼らは円卓を囲むように座り、室内には重苦しい空気が漂っていた。
「――姫さん。この理不尽な試験、どうするつもりだ?」
橋本が腕を組みながら、探るような視線を坂柳に向ける。
「ふふっ、どうしましょうかねぇ」
坂柳は杖を傍らに置き、優雅に紅茶を口に運んだ。
「葛城くん。貴方はどうするべきだと思いますか?」
真田が真剣な表情で問いかける。
「俺は、クラス全員のプライベートポイントを徴収し、二千万ポイントで救済措置を使うべきだと考える」
葛城が真面目な顔で即答した。
「Aクラスは間違いなくポイントで退学者を阻止してくるだろう。ただでさえ、藍染が椎名を引き抜いたことで、向こうは俺たちより一人多い。ここでクラスの人数にさらなる差をつけられれば、今後の特別試験で圧倒的に不利になるやもしれん」
葛城の堅実な意見。だが、坂柳はクスリと笑った。
「いえ。これまでのポイントの総数や、各々がある程度浪費していることを考えれば、今のBクラスの貯蓄で二千万に届くかは微妙なところでしょう。もちろん、足りないポイントを埋める手段はありますが……」
坂柳は一度言葉を切り、葛城を見据えた。
「いくらAクラスといえど、ここで救済に動けば確実に莫大なポイントを削ることになります。対してこちらは、ポイントを多く温存した状態で次の試験に臨めるという利点があります。それに――葛城くんが以前、龍園くんと結んだ契約で、かなりのプライベートポイントがCクラスに流出していますからね」
「む……。それは……いや、だがな……!」
痛いところを突かれ、葛城が言葉を詰まらせる。
「ふふっ。責めているわけではありませんよ、葛城くん」
坂柳は座ったまま、彼を宥めるように柔らかく微笑んだ。
「あの契約は、私との派閥争いが生んだ焦りによるものでしょう? ……ならば、その事態を招いた責任は私にもあります」
「坂柳……」
予想外の言葉に、葛城は僅かに目を見開き、それ以上反発することはなく静かに口を噤んだ。
「なら、誰かを退学にするわけ?」
神室が呆れたようにため息をついた。
「ええ。今のところ、絶対的な『第一候補』が居ますので。その方次第で、救済に動くか、退学させるかを決めます」
「まさか……弥彦か!?」
葛城が顔色を変えて身を乗り出した。戸塚弥彦は葛城の側近であり、Bクラスの中でもお世辞にも能力が高いとは言えない生徒だ。
「ふふ。確かに戸塚くんは能力も低く、色々問題はある生徒ですからね。ですが……彼を切れば、葛城くんがこれ以降、クラスに協力しなくなる恐れがありますからね。彼は切りませんよ」
「……じゃあ、誰が第一候補なんだ?」
橋本が訝しげに尋ねる。
坂柳はゆっくりと橋本の方へ顔を向け、氷のように冷たい、見透かすような笑みを浮かべた。
「ふふふ。もうお分かりでしょう? 橋本くん。――貴方ですよ」
「……っ!?」
橋本は目を見開き、数秒遅れて激しい怒りの表情を見せた。
「おいおい! 姫さん、冗談はやめてくれよ! 確かに俺は葛城みたいに頭脳で目立つタイプじゃないが、これまであんたの手足として裏で結構働いてるぜ!? クラス内での貢献度は間違いなく高いはずだ!」
「貴方が藍染くんや、龍園くんと裏で接触していることは分かっていますよ」
坂柳の静かな宣告に、橋本の動きがピタリと止まった。
「自分がAクラスとして卒業するためなら、手段を選ばない。その気概自体は悪くありませんが……藍染くんという化物が君臨している以上、貴方のような『裏切り者』が盤上にいては、勝てる勝負も勝てなくなります」
「っ! いや、待てよ! 俺は裏切ってなんてない! ただ他クラスの情報を収集して、クラスのために動いていただけだ!」
「なら、なぜ私に相談も報告もなかったのでしょう?」
「…………っ!!」
完全に逃げ道を塞がれた橋本は、膝から崩れ落ちるようにソファーへ深く沈み込んだ。
「ですが、貴方の戦力としての価値は認めています。これから先、決して裏切らず、Bクラスに忠誠を誓うのであれば……この試験、退学者が出ないように立ち回ることも可能です」
「……っ! 誓う! 絶対に、これから先クラスを裏切るような真似はしない!! だから、見捨てないでくれ!」
橋本が必死に懇願する。
「坂柳。あんた、こんなやつを信じていいの? 絶対また裏切ろうとするでしょ?」
神室が冷ややかに指摘するが、坂柳は用意していた一枚の紙をテーブルに滑らせた。
「ええ。だからこそ、契約書を用意しています。今回の試験で橋本くんを退学させない代わりに、次から私か葛城くんが『橋本くんが裏切った』と判断した場合、自主退学すること。……これにサインしていただきます」
「……分かった、サインする! クラスを裏切ったりしない!」
橋本は震える手でペンを取り、契約書にサインをした。
(ふふ。まあ、自主退学などされればクラスポイントがマイナスされてしまうので、この契約書を実際に使うことはありませんが……これで今後の裏切りを封じ込めることができるでしょう)
坂柳は内心で満足げに笑いながら、契約書を回収した。
「意外ね」
その様子を見ていた神室が、少し驚いたような声を上げた。
「あんたなら、容赦なく誰かを切り捨てると思ってたけど」
「ふふっ。確かに、以前までの私ならそうしていたでしょうね」
坂柳は楽しげに目を細めた。
「ですが……私はどうやら、藍染くんたちAクラスに負けたくないようです。彼らに勝つためには、私たちBクラスも足並みを揃え、クラスを一つにして立ち向かう必要がありますから」
「ああ、その通りだ。Aクラスの結束力は本物だ。真っ向から対抗するには、我々も内輪揉めをしている場合ではない」
葛城が深く頷き、坂柳の意見に力強く同調する。彼もまた、クラスが一つにまとまりつつある現状を心から歓迎しているようだった。
「ふーん……。なんか、楽しそうな顔してるね、あんた」
神室が呆れたように、しかしどこか口元を緩めながら指摘すると、坂柳は「ええ、とても」と微笑み返した。
(ふふ。藍染くんたちAクラスに負けたくないというのも、もちろん本心ですが……。私にはもう一つ、あの『人工の天才』を葬り去るという目的も果たさなくてはなりませんからね。今回のこの試験……彼を私の盤上に引きずり出し、直接対決を申し込むための絶好の機会になりそうです)
坂柳は心中で、間もなく対峙するであろう因縁の相手に思いを馳せながら、蠱惑的な笑みを深めた。
「退学者を出さない方針は分かった。だが、どうやって二千万ポイントを用意するつもりだ?」
葛城の問いに対し、坂柳はもったいぶることなくその策略の口を割った。
「龍園くん……いえ、金田くんや石崎くんたちと取引をしようと思っています」
「……まさか!」
その予想外の名前に、葛城が驚愕に目を見開く。
「ええ。龍園くんは暴君として振る舞い、クラスの多くから反感を買って嫌われていますが……石崎くんや山田くんのように彼を慕うクラスメイトや、金田くんのように『クラスの勝利のためには龍園くんの力が必要だ』と合理的に考えている生徒もいますからね」
「なるほどな……。確かに龍園なら、無人島試験の際に俺と結んだ契約で得たプライベートポイントを大量に保有しているはずだ。奴からポイントさえ回収できれば、二千万に届く公算は大きい」
葛城は顎に手を当て、坂柳の狙いが『龍園の莫大なポイント』にあることを正確に理解した。
「ですが、あの龍園くんが素直に応じますかね? 噂では、すでに抜け殻のようになっていると聞いていますが……」
真田が冷静に懸念材料を口にすると、坂柳はふふふ、と喉の奥で楽しげに笑った。
「その点については問題ありませんよ。――橋本くん。貴方の出番です。貴方が密かに繋いでおいてくれたコネクションが役に立つでしょう」
「あ、ああ! 絶対になんとかする! 任せてくれ!」
坂柳から名指しされた橋本は、先ほどの宣告に額へ冷や汗を滲ませながら、切羽詰まった様子で請け負った。
「……他クラスとはいえ、龍園をこの学校に残すということに不安要素はあるが……退学者を出さないためなら仕方がないな」
葛城は渋い顔をしながらも、クラスを守るための苦渋の決断として、坂柳の策に静かに同意を示した。
一方、リーダーを失ったCクラスは、完全に泥沼の様相を呈していた。
かつての暴君・龍園翔が失脚し、代わりに真鍋を中心としたグループが調子に乗り始めていた。
「っは! どうせ退学になるのは龍園で決まりでしょ? あいつのせいでどんだけ私たちのポイントが削られたと思ってんのよ!」
「そうね。むしろちょうどいい機会じゃない?」
教室のあちこちで龍園の退学を確実視する声が上がり、それに反発する伊吹と真鍋が掴み合いの喧嘩になりかけるなど、クラスの空気は最悪だった。
Dクラスもまた、不穏な空気に包まれていた。
誰が退学になるのかという恐怖に誰も彼もが保身のために走り、クラスのまとめ役であった平田洋介は、そのプレッシャーに押し潰されそうになっていた。
そんな中、Bクラスのリーダーである坂柳有栖は神室真澄を連れて、Dクラスの山内春樹に接触を図っていた。
事の発端は、先日の混合合宿にまで遡る。合宿中、山内は不注意から坂柳とぶつかり、彼女を転倒させてしまったのだ。その際、山内はまともな謝罪もせず、「坂柳ちゃんて顔は可愛いけど、どんくさいよなあ」と小馬鹿にするような態度で立ち去っていた。
己を侮辱したこの男を、確実に地獄へ叩き落とす。
そう決意した坂柳は、合宿以降、山内へ好意があるかのように装って接触を繰り返し、彼を完全に増長させていた。
そして迎えた、今回の理不尽な特別試験。退学の恐怖に怯える山内に対し、坂柳はとびきり甘い誘惑を囁いた。
「山内くん、貴方が退学になってしまうのは、私としてもとても悲しいことです。……もし、他の誰かを退学にできるよう動いてみれば、状況は変わるかもしれませんよ?」
自身に惚れている(と勘違いしている)美少女からの慈悲深い助言。山内がその誘惑に抗えるはずもなかった。
「坂柳ちゃん……! で、でも、誰を退学にすればいいんだよ……」
「そうですね……退学になってもクラスから文句が出ない、あるいは庇う人が少ない生徒、というのは誰でしょうね?」
坂柳が優雅に問いかけると、山内はあからさまに鼻を鳴らした。
「……綾小路だ。あいつのせいで体育祭も負けたようなもんだしな! 俺たちのポイントが減ったのも、全部あいつのせいだ! 友達も少ないし、あいつを退学にしたところで誰も悲しまねえよ!」
(……体育祭の敗因は出場表を流出させた生徒と、エースでありながら挑発に乗って帰宅した須藤くんにあるのでは? それに貴方もクラスに何も貢献していないでしょうに……本当に、救いようのない愚かさですね)
坂柳は内心でドン引きしつつ、表情には可憐な微笑みを浮かべる。
「なるほど……山内くんの言う通りかもしれません。では、綾小路くんを標的にしましょう。万全を期すために、私からBクラスの賞賛票を山内くんに入れておきますね。そうすれば、山内くんが退学になる心配は一切なくなりますから」
「マジで!? 坂柳ちゃん、サンキュー!」
自分が坂柳に守られていると信じ込み、山内は意気揚々と裏工作を開始する。
(……私がここまでお膳立てしなくても、彼は自らの軽率な行動で退学になっていたのではないでしょうか? このような愚者がクラスの合意形成を乱し、自ら破滅へ突き進んでいく姿は……ある意味、芸術的ですらありますね)
山内は綾小路を陥れていると信じ込みながら、実際には坂柳の手の上で滑稽に踊らされ、自ら破滅の穴を掘り続けているに過ぎなかった。
その日の放課後。
綾小路清隆は自室で一人、状況を俯瞰していた。
(これまでのAクラスのポイントと結束力を考えれば、間違いなく退学者が出ないように動くだろう。Bクラスは坂柳なら不要な生徒を処分する可能性が高い。……問題は、CクラスとDクラスだ)
綾小路は静かに息を吐く。
(Cクラス。……龍園にここで退学になってもらっては困るな。あいつはまだ、オレにとって利用価値がある)
夜になり、綾小路の部屋のチャイムが鳴った。
扉を開けると、そこには思い詰めた表情の石崎と伊吹が立っていた。
「頼む、綾小路! 龍園さんを救うための策を教えてくれ!」
石崎がなりふり構わず土下座する勢いで懇願してくる。
「……オレが、龍園を救う理由があるのか?」
「頼むよ! お前なら、なんとかできるんだろ!?」
綾小路は石崎の悲痛な叫びを無表情で受け流し、伊吹へと視線を向けた。
「龍園は、退学を受け入れているのか?」
「……ええ。そうね。あいつ、全く抵抗する気がないみたい」
「……そうか。なら、龍園が持っているプライベートポイントを全て回収してこい。それができれば、龍園を救う手立てはある」
「ポイントを!? ……分かった、なんとかやってみる!」
石崎たちは困惑しながらも、綾小路の指示に従って部屋を後にした。
彼らが去ってから数分後。綾小路のスマートフォンが着信を知らせた。
画面に表示されたのは、知らない番号。だが、綾小路には相手の予想がついていた。
「何の用だ?」
『ふふふ。山内くんを使って貴方に批判票を集めるように指示をしましたが……安心してください、貴方を退学させるつもりはありませんよ』
電話の主は、坂柳有栖だった。
「……そうか」
『ええ。むしろ、貴方にプロテクトポイントを付与しましょう。その代わり……試験の内容にもよりますが、学年末特別試験で私と真剣勝負をしてもらいます』
なるほど、と綾小路は内心で合点がいった。混合合宿での山内への恨みを晴らして彼を退学へと誘導しつつ、オレに賞賛票を集めるわけか。
『ですが、私たちのクラスの賞賛票は龍園くんに入れるつもりです』
「……Bクラスも退学者を出さない方針というわけか、意外だな。……ちょうどさっき、石崎たちが来て龍園を救いたいと相談されたところだ。ポイントはこれからオレが回収させる」
『あら。二千万ポイントを消費して資金が削られるAクラスと、そのポイントを使って取引させるつもりだったのですね。さすがは綾小路くん、それならば話は早いですね』
坂柳は楽しげに笑うが、当然の疑問が残る。
「だが、Bクラスが龍園に賞賛票を入れるなら、どうやってオレにプロテクトポイントを付与するつもりだ? Aクラスが、オレに賞賛票を集めるとは思えないが」
『それについては、藍染くんとの交渉次第です。貴方にも同席してもらいますよ』
「惣右介が、オレを残すメリットがあるとは思えないが」
『ホワイトルームが貴方を連れ戻すために動いていると言えば、彼は協力してくれるでしょう。休日によく遊んでいる仲だと聞いていますが?』
「……あれは、オレを測るためのテストだろう。惣右介に、友情のような無駄な思考があるとは思えない」
『ふふっ。ですが、彼は椎名さんとお付き合いされているようですし、クラスメイトとの仲も良好なようですよ。案外、誰よりも人間らしいところがあるのかもしれませんね』
電話越しの坂柳は、どこか楽しそうにそう告げた。
「……そうだな」
綾小路は短く同調したが、内心では冷静に分析を続けていた。
(藍染惣右介にとって、椎名ひよりという存在は間違いなく特別だ。わずか一月で二千万ポイントという途方もない額を稼ぎ出し、他クラスから引き抜いた事実を見ても、彼女があの男の『急所』であることは間違いない)
だが――同時に綾小路は深く疑ってもいた。
(惣右介のことだ。彼女という唯一の例外はさておき、その他のクラスメイトへ向ける友情や、Aクラスという集団での馴れ合いは、本当に心からのものなのだろうか。それら全てが、何らかの壮大な実験の一環に過ぎないのではないか)
綾小路は淡々と答えながら、電話越しに坂柳との交渉を成立させた。
――そして、三月三日の夜。
ひよりを彼女の部屋の前まで送り届けた後、自室に戻った私は、静かな空間で一人、古典文学のページをめくっていた。
すると、テーブルに置いていたスマートフォンが、短い着信音を鳴らした。
(ん? こんな夜に誰からだ?)
画面を確認すると、そこには『坂柳有栖』の文字があった。
(……坂柳か。何の用だ?こんな時間にチェスのお誘いか?)
訝しげに眉をひそめつつも、私は通話ボタンをタップしてスマートフォンを耳に当てた。
「――夜の静寂を破る訪問者か。私に何の用だ、坂柳」
『ふふっ、夜分遅くに申し訳ありません、藍染くん。実は、貴方と少し……交渉をしたいことがありまして』
坂柳の声は相変わらず丁寧で、どこか楽しげな響きを孕んでいた。
『これから貴方の部屋に綾小路くんと共にお伺いしてもよろしいですか? ああ、できれば椎名さんには席を外しておいていただきたいのですが』
「――案ずるな。我が玉座に今、同席している者はいない。……いつでも謁見を許そう」
(訳:ひよりはもう帰ったから、いつでも来ていいよ)
『ありがとうございます。では、すぐに』
十分後。
私の部屋のチャイムが鳴り、扉を開けると、そこには杖をついた坂柳と――無表情な顔をした幼馴染、綾小路清隆の姿があった。
二人を部屋のソファーに招き入れ、私は紅茶を差し出した。
「それで? 私にどのような取引を持ちかけるつもりだ?」
私が問いかけると、坂柳は紅茶を一口飲み、静かに事情を説明し始めた。
彼女が語った内容は、こうだ。
まず、Bクラスは退学者を出さないため、Cクラスの龍園へ賞賛票を全て入れる。その見返りとして、龍園が保有している莫大なプライベートポイントをBクラスが譲り受ける。
そして――新たに赴任してきた月城理事長代理は、綾小路の父親が送り込んできた『ホワイトルームからの刺客』であり、この理不尽な試験も彼を退学させるために強行されたものであること。今後の試験で不当な退学から綾小路を守るため、今回の試験で彼に『プロテクトポイント』を付与したい。そのために、Aクラスのクラス外賞賛票を綾小路に集めてほしい、というものだった。
(えええええっ!? 清隆、ホワイトルームのカリキュラムを終えて卒業してきたんじゃなくて、親から逃げて脱走してきてたの!?)
私は予想外の事実に驚愕しつつも、すぐに頭を切り替えて思考を加速させた。
(……なるほど。あの不自然な理事長の交代も、この理不尽すぎる特別試験も、全てはその月城……いや、清隆の親父の仕業ってことか。だが、国が運営するこの高度育成高等学校にそんな露骨な干渉ができるのか? あんな訳の分からない施設の運営者ごときが……いや、確かあのおっさん、政治家もやってたんだったな。権力やら裏のツテはいくらでもあるってことか)
私は顎に手を当て、冷静に状況を分析する。
(……だが、いくら理不尽な試験を強行しようと、こんなもので清隆が退学になることはないだろう。Dクラスの連中だって、清隆がいなければクラスが勝つ可能性がないことくらい、分かっているはずだからな)
とはいえ、私の胸の奥には静かな怒りがふつふつと沸き上がっていた。
(清隆を連れ戻すためとはいえ、随分と好き勝手やってくれるじゃないか。正直、俺もこの学校の方針に思うところもあるが……それでも、クラスメイトたちは確かにこの学校で悩み、成長している。その学び舎を個人の身勝手な目的で荒らし、不当な生贄を強要するなど……流石にこれは、許容できる範囲を超えているな)
私が内心で静かな怒りを滾らせ、威圧的な沈黙を落としていると、坂柳がふわりと微笑んだ。
「もちろん、無条件でとは言いません。Aクラスにも相応のメリットを用意しています」
「……ほう?」
「龍園くんから受け取るプライベートポイントのうち、Bクラスの救済に二千万を差し引いて三百万ポイントほど余る予定ですので、その半分の百五十万ポイントをAクラスに譲渡します」
私は静かに目を閉じ、提案を吟味した。
(幼馴染である清隆が理不尽な形で退学になってしまうのは純粋に悲しいし、俺としては協力したいと思うが……クラスの貴重な手札である賞賛票を、何のメリットもなく俺の独断で切るわけにはいかなかった)
(だが、百五十万ポイントの対価となれば話は別だ。うちのクラスも今回の試験でクラス貯金が大幅に削られたところだからな。十分な補填になるし、クラスメイトを納得させる大義名分としては申し分ない。……よし、この交渉は乗ろう)
私は目を開き、鷹揚に頷いた。
「――なるほど。底辺を這う蟻の蓄えとはいえ、塵も積もれば山となるか。いいだろう、その条件で手を打とう」
「ふふっ、ありがとうございます」
坂柳が満足げに微笑む中、私はさらに先の盤面へと意識を向けていた。
(理想としては、明日理事長室に乗り込んで、月城にこの試験そのものを取り下げさせる、あるいは、何らかの譲歩を引き出すことができればいいんだがな。……これほど強引な手を使ってまで強行している以上、正面からの抗議で覆せる可能性はかなり低いだろう。だが……あんな輩の思惑通りに事が運ぶのは我慢ならない。俺もこの学校を気に入ってるからな。最低限の牽制はしておく必要がある)
私は明日への決意を固めると、隣で無言を貫いていた綾小路へと、絶対者の余裕を見せつけるように鋭い視線を向けた。
「清隆。私が君に加護を与えるのは、君が他者の手によって無様に散ることを許さないからだ。……君の終焉を定める権利を持つのは、この世界でただ一人、私だけなのだからな」
(訳:今回は俺たちにもメリットがあるし、坂柳の頼みを聞いてプロテクトポイントをあげるけど、刺客なんかに負けて退学になるなよ。幼馴染のお前が退学になるのは悲しいからな)
「…………っ!!」
私の傲慢なポエムを聞いた瞬間、綾小路の背筋にゾクッと冷たい悪寒が走った。
(……ホワイトルームの刺客にオレを潰されるのが我慢ならない。オレを破滅させるのは、自分自身の手でなければ納得できない……そういうことか。どこまでも底知れない悪意だ)
お互いに幼馴染を想う気持ちと、それを完全に悪意として受け取るすれ違いは、解消されることなくこの日の会談は幕を閉じた。