いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
三月八日。
理不尽な生贄の儀式である『クラス内投票』が終わり、CクラスとDクラスから学年初の退学者が出て二日が経過した。
重苦しい空気が学校全体に立ち込める中、一年の総決算とも言うべき『学年末特別試験』の全容が、ホームルームにて各クラスの担任教師から発表された。
教壇に立った星之宮先生は、普段の軽薄な態度を完全に潜め、真剣な表情でルールの詳細を書き出していった。
【学年末特別試験:選抜種目試験ルール】
一、対決クラスを自クラスで協議し、一つ選ぶ。指名が重複した場合は抽選となる。
二、各クラスは『本命5種目・ブラフ5種目』の計10種目を考案し、学校側に提出して公開する。
三、10種目は参加人数が被ってはいけない、また『引き分けになる種目は禁止』とする。
四、試験当日、対決する両クラスの『本命5種目×2(計10種目)』の中から、ランダムで7種目が選出され、それぞれの種目で勝敗を競う。
五、各種目の参加者は、あらかじめ選ばれたクラスの『司令塔』が状況に合わせてその場で選出する。また、競技ごとに司令塔は介入する権利を持つ。
六、7種目中、勝ち越したクラスは『100クラスポイント』を獲得する。
七、負け越したクラスの『司令塔』は退学となる。
八、種目の勝敗毎に、敗北クラスから勝利クラスへ『30クラスポイント』が移動する。
「……以上が、今回のルールの基本なんだけど……あっ、そうそう! もう一つ大事なことがあったわ」
星之宮先生はポンと手を叩き、少しだけ嬉しそうに口角を上げた。
「今回は生徒全員、必ず『一人一種目』は出ないといけないルールなんだけど……退学者が出ているクラスとそうでないクラス、それにうちのクラスは藍染くんが椎名さんを引き抜いた関係で、クラスによって人数に差があるでしょう?」
「その点についてはね、複数人が参加する種目の規定人数は『人数の多いクラス』を基準に設定されるようになっているの。つまり、例えば三十八人のCクラスと対戦することになった場合、向こうはどうしても『三人分』の枠を埋められなくて欠員が出ちゃうんだよ〜! 単純に頭数が多い方が手厚くカバーできるし、人数差がそのまま有利に直結するルールなのよ〜! だから、四十一人の大所帯のうちのクラスにとってはかなりのアドバンテージね!」
その言葉に、クラスメイトたちの顔がパッと明るくなった。
私は静かに目を閉じ、頭の中でルールの変遷を整理する。
(2学期のペーパーシャッフルの時は、人数の差による不平等を無くすために『平均点』で競うルールだった。あれは純粋な学力を測る上で人数差がノイズになるのを防ぐための基本ルールだったのだろうが……ひょっとすると、俺がいきなりひよりを引き抜いたイレギュラーに対する、学校側の特別な調整も少なからず含まれていたのかもしれないな)
(だが、今回の試験において人数差による補正は一切ない。先のクラス内投票で団結し、莫大なポイントを消費してでも『退学者を出さなかった』という決断が、そのままクラスの純粋な実力と評価され、アドバンテージとして還元されているというわけだ)
「それじゃあ先生からの説明はここまでね。みんな、悔いの残らないように頑張って!」
星之宮先生が教室を出ていくと同時に、一之瀬がスッと立ち上がった。
「みんな! 今日の放課後、このまま学年末特別試験についての作戦会議をしようと思うの! 用事がある人は仕方ないけど、残れる人は残ってほしいな」
一之瀬の呼びかけに、クラス全員が「当たり前だろ」「もちろん残るよ」と力強く頷いた。
昼休み。私は端末を取り出し、メッセージアプリを開き、放課後はクラスの作戦会議があるため、生徒会の仕事には遅れると南雲に連絡を入れた。
すると、数分も経たないうちに南雲から返信が届いた。
『学年末特別試験の作戦会議だろう? 構わない。お前と一之瀬の分の仕事も俺たちでやっておくから、今日は生徒会には顔を出さず、そのままクラスの連中と話し合って帰っていいぞ』
その文面を見た瞬間、私は思わず端末を落としそうになった。
(――南雲ォォォッ!!いや、めちゃくちゃありがたいけども!! お前、本当にあの俺に突っかかってきてた南雲雅と同一人物か!?)
生徒会長としての器を急激に広げすぎている南雲の神対応に、私は内心で激しいツッコミを入れつつ、『感謝する』とメールを送ったのだった。
――そして、放課後。
Aクラスの教室には、誰一人として欠けることなく全員が席に残っていた。
教壇に立った一之瀬は、黒板にルールの要点を書き出しながら、凛とした声で会議を始めた。
「それじゃあ、作戦会議を始めるね。まずは……この試験の要となる『司令塔』についてなんだけど。負け越した場合は退学という重いペナルティがある以上、他の誰かに任せるわけにはいかない。……私が、Aクラスの司令塔を務めようと思うの」
一切の迷いがない、真っ直ぐな宣言。それに反対する者は一人もいなかった。
「賛成だ。お前が司令塔で異論はない」
神崎が静かに頷く。
「このクラス全員の能力や性格、得意不得意を一番正確に把握しているのは、間違いなく一之瀬だ。俺も、他の連中も、お前になら魂を預けられる」
「うん、一之瀬しかいないよ!」
「私たちも全力でサポートするからね!」
クラスメイトたちからも次々と同意の声が上がり、司令塔は満場一致で一之瀬帆波に決定した。
「みんな……ありがとう! 絶対に勝とうね!」
一之瀬は嬉しそうに微笑むと、次に黒板へ他クラスの名前を書き出した。
「次は『どのクラスを対戦相手に指名するか』についての話し合いだよ。これについては、みんなの意見を聞かせてほしいな」
この議題に関しては、クラス内で真っ二つに意見が割れた。
「現実的に考えるなら、CクラスかDクラスを指名すべきだと思う。学力系の種目を複数用意すれば、それだけで向こうの勝率はガクッと下がるはずだ。ランダム選出とはいえ、相手の提出した種目を一つでも奪えれば、その時点でかなり勝率が高くなる」
堅実な勝利を求める男子生徒の意見。
「でも、ここでBクラスを指名して直接叩けば、クラスポイントの差をさらに広げることができるわ。それに、下位クラスは失うものがないから、どんな奇策を使ってくるか分からない怖さもあるし……」
上位陣としてのプライドと、ポイント差の拡大を狙う女子生徒の意見。
(ふむ……どちらの意見も一理あるな)
私は腕を組み、静かに思考を巡らせた。
(対戦相手の種目と合わせて10種目から7種目がランダムで選ばれると言っているが……果たして本当に『完全ランダム』なのだろうか? 例えば、上位クラスが考案した種目が3つ、下位クラスの種目が4つ選ばれるような、見えない補正がかかっている可能性も否定できない。学校側がクラス間闘争を白熱させたいなら、番狂わせが起きやすいシステムを裏で組んでいる可能性は十分にある)
それに、得意分野で固めるこの試験において、下位クラスだからといって侮るのは危険だ。
(CクラスやDクラスも、特定の分野においては非常に厄介だ。特にDクラスには、高円寺や須藤といった身体能力の高い生徒がいるし、幸村や王のような学力特化型の生徒もいる。……そして何より、清隆がいる)
私が思考していると、一之瀬がパンッと小さく手を叩いて議論をまとめた。
「みんな、色んな意見をありがとう! どっちの意見もすごく理にかなってる。……それじゃあ、最後はみんなで挙手制の多数決を取ろうか!」
一之瀬の提案により、厳正なる多数決が行われた。
結果――Aクラスは『Bクラス』を指名することに決定した。
「決まりだね! 指名が被れば抽選になるから、実際にどのクラスと当たるかはまだ分からないけど……私たちのクラスからは、明日Bクラスを指名して提出するよ!」
一之瀬は力強く宣言した。
「それから、みんなには宿題! 明日までに、自分が『これなら絶対に勝てる!』って自信のある種目のアイデアを考えてきてほしいの。勉強でも、スポーツでも、なんでもいいからね!」
「おーっ!」
クラス全体が活気を取り戻し、前向きな空気のまま作戦会議は終了した。
翌日。三月九日。
放課後のホームルームにて、星之宮先生から対戦相手の抽選結果が発表された。
「結果が出たよー! 今回の対戦カードは……Aクラス対Cクラス! そして、Bクラス対Dクラスに決定しましたーっ!」
結果として、私たちの指名は被ってしまい、抽選によってCクラスとの対戦が確定した。
(なるほど……。Bクラスはてっきり、Aクラスを指名してくると思っていたが。……堅実な葛城がここで確実に勝ちを拾うために下位クラスへの指名を進言したのか……?。まあ、どちらでもいい。相手がどこであろうと、みんなで力を合わせて勝つだけだ)
その日の放課後、私たちは再び教室に残り、対戦相手がCクラスに決まったことを受けての具体的な種目選定の作戦会議を開いた。
みんなから集めた種目案を見ながら、一之瀬が微笑む。
「やっぱり、Cクラス相手なら『学力テスト系』で勝負するのが一番勝率が高いね。みんなからも学力テスト系の案がたくさん出てるし、人数差の有利も活かせるから、本命の5種目は学力系に特化させて固めようと思うの」
「賛成だ。Cクラスの学力水準は決して高くない。こちらの種目が選ばれれば、その時点でほぼ確実に勝ち星をもぎ取れる」
神崎も一之瀬の案に強く同意し、クラスの作戦の方向性は『学力特化』で決定した。
だが、神崎は腕を組み、少しだけ険しい表情を作った。
「しかし、油断はできないぞ。これまで沈黙を保っていた龍園が、これを機に息を吹き返す可能性も大いにある」
「確かに……。石崎くんや伊吹さんが龍園くんを退学から救ったのも、彼をもう一度リーダーとして担ぎ上げるためだろうし、何か強力な策を練ってくるかもしれないね」
一之瀬の表情も引き締まる。神崎が私の方へと視線を向けた。
「藍染。お前の視点から見て、龍園が動いてくるとしたら、何か注意しておくべきことはあるか?」
振られた言葉に、私は静かに立ち上がり、クラスメイトたちの顔を見渡した。
「――深淵を覗き込む時、相手の牙がどこに隠されているかを見極めねばならない。知恵を放棄した獣たちが、我々の堅牢なる城壁を崩そうとするならば……間違いなく野蛮な剣を振るってくるだろう」
教室内がスッと静まり返る。
「獣たちが群れをなし、数と暴力で玉座を崩そうと目論むというのなら、それも一興。……武に覚えのある者たちよ。私が直々に君たちの魂を鍛え上げ、獣を屠るための『牙』を授けよう。圧倒的な力による蹂躙……その至高の術を教えようじゃないか」
「『Cクラスは格闘技の団体戦などを仕掛けてくる可能性が高いですので、運動神経の良い人たちに惣右介くんが直々に戦い方を教えます』とのことです!」
隣に座っていたひよりがクスッと笑いながら、完璧な翻訳を披露してくれた。
「なるほど……。確かに、龍園くんが指揮を執るなら、山田くんや石崎くんたちを使った大人数での腕力勝負でゴリ押ししてくる可能性は高いね!」
一之瀬が納得したように手を打つ。
「ああ。だが、藍染が直々に鍛え上げてくれるというのなら、これほど心強いことはない。格闘技やパワー系の団体戦が来ても、確実に迎え撃てるだろう」
神崎も深く頷いた。
「――それと、もう一つ。盤外での暗躍にも警戒を怠るな」
私はさらに言葉を続ける。
「獣は、正規の闘技場だけで牙を剥くとは限らない。暗がりに潜み、油断した駒を狩るのが奴らの本性だ。……幕が上がるまで、決して一人で影の領域へ足を踏み入れるな」
「『特別試験の前までは、必ず誰かと一緒に行動するようにしてください。それから、監視カメラのないエリアには立ち入らないように注意してくださいね』とのことです!」
ひよりの翻訳を聞き、クラスメイトたちもハッとしたように表情を引き締めた。
「確かに……龍園くんが復活しているなら、相手を怪我させて欠場させるような汚い手を使ってくる可能性も十分あるわね」
「ああ。放課後の移動や休日も、なるべく複数人で行動するようにしよう」
私の忠告によって、Aクラスはさらに警戒と結束を強めたのだった。
それから数日後。
学力系の種目に関しては、元々の学力の高さと人数のアドバンテージがあるため、放課後の勉強会は一之瀬たちに任せておけば確実に勝利を収められるだろう。
一方、私は放課後の武道場にて、運動神経に秀でた生徒たちを集め、直々に空手や柔道のレクチャーを行っていた。
集めたのは、男子からは神崎や柴田、それに運動がそこそこ得意な滝川。女子からは、身体能力の高い津辺と安藤だ。
「――踏み込みが浅い。視線で次の一手を語るな。筋肉の微細な収縮……その『理』を読み取れなければ、私の前ではただの的だ」
「うわっ……! マジかよ藍染!今の投げ、全然見えなかったぞ!」
私が軽く足を払って柴田を畳に転がすと、彼は目を丸くして感嘆の声を上げた。
「……ああ。重心の移動が全く読めない。それに、どれだけ動いても息一つ乱れていないなんて……」
「いや、藍染の動きが規格外すぎるだけだろ……! ガチのスパルタじゃねーか……ッ!」
真剣な表情で私の動きを分析する神崎の横で、滝川が道着を汗だくにして荒い息を吐く。
「はぁっ、はぁっ……藍染くん、強すぎ……っ」
「私たち、これでも運動には自信あったんだけどなぁ……!」
津辺や安藤も、顔を真っ赤にして息を弾ませながら、私の圧倒的な実力に驚きを隠せない様子だった。
(うん。皆、筋は悪くないな)
私は表面上は一切の隙を見せない武の達人としての威圧感を保ちつつ、内心では冷静に戦力分析を行っていた。
(おそらく龍園は、伊吹を主軸にした女子格闘技戦を仕掛けてくるだろう。津辺や安藤もかなり運動能力は高いが……やはり一朝一夕の訓練で、武道経験者の伊吹に勝つのはしんどいだろうな。なんとか防御と受け身の技術だけでも叩き込んで、怪我だけはしないように仕込んでおこう)
私は視線を男子たちへと移す。
(男子の方は、神崎や柴田は呑み込みが早いし、滝川もガッツがある。団体戦で龍園やアルベルトあたりと直接当たればさすがに厳しいだろうが、石崎辺りが相手なら十分に勝機はある。……それに、体育祭での俺の動きを知っている龍園なら、男子の方で『勝ち抜き戦』を仕掛けてくるほど愚かじゃないはずだ。三人か五人か、団体戦の人数は分からないが、神崎と柴田にはなんとか勝ちを拾ってもらいたいところだ。……誰を誰にぶつけるか、そこは司令塔の采配次第ってわけだな)
「休んでいる暇はないぞ。私が君たちに与えたいのは、敗北に屈する安寧ではない。獣を屠るための確かな『牙』だ。……さあ、息を整えて、もう一度掛かってきなさい」
「「「う、うすっ……!!」」」
私の圧倒的でオサレな指導に、生徒たちは悲鳴のような返事を上げながらも、その目には確かな闘志を宿して立ち上がるのだった。
そして――三月十四日。
今日はホワイトデー。
日頃から私のオサレポエムを完璧に翻訳し、隣で支え続けてくれている最愛の恋人へ、感謝と愛情を伝えるための大切な日である。
「お邪魔します、惣右介くん」
自室の扉を開けると、ひよりが嬉しそうに微笑みながら中へ入ってきた。
「ああ、歓迎しよう。さあ、コートを預かろう」
私はオサレな手つきでひよりのコートを受け取り、彼女をソファーへとエスコートした。
部屋のテーブルには、私が朝から仕込んでいた手作りの料理――オサレなフレンチのフルコースの一部が並べられている。
「わあ……! すごく美味しそうです! でも、こんなにたくさん、大変だったんじゃないですか?」
「いや? 君のその笑顔を引き出せるのなら、これしきの労力など安いものだ。君の心を魅了するためならば、いかなる手間も惜しむつもりはないよ」
私は席に着き、二人で乾杯を交わした。
カルパッチョ、ポタージュ、そしてメインの牛頬肉の赤ワイン煮込み。
「んっ……! すっごく美味しいです! お肉が口の中でとろけます……!」
幸せそうに頬を緩ませるひよりの顔を見ているだけで、私の心は満たされていく。
食後のデザートとして、ガトーショコラと紅茶を楽しんだ後。
私は静かに立ち上がり、美しい装飾が施された細長い小箱を取り出して、ひよりの前に差し出した。
「これは……?」
「バレンタインの返礼だ。君の紡ぐ言葉と、愛する物語にふさわしいものを用意した」
ひよりがそっと箱を開けると、中には、流線型の美しいフォルムを持つ透明な『ガラスペン』と、夜空の星々を閉じ込めたような深い蒼色の『特製インク』のセットが収められていた。
「わぁ……! すごく、綺麗です……! ガラスペン……私、ずっと憧れていたんです」
「君はよく本を読み、美しい言葉に触れているだろう。……だからこそ、君自身が美しい物語を綴るための『魔法の杖』を贈りたかった」
私がオサレに微笑むと、ひよりはガラスペンをそっと両手で包み込むように持ち、感動で目を潤ませた。
「惣右介くん……ありがとうございます! 私、一生大切にします……! これで、惣右介くんへの手紙をたくさん書きますね」
「ああ。楽しみにしているよ」
ひよりは嬉しそうに微笑み、私に身を寄せてきた。
窓の外では、まだ少し冷たい春の夜風が吹いている。
だが、この部屋の中だけは、理不尽な試験の重圧も、他クラスとの熾烈な争いも全て忘れさせてくれるような、甘く穏やかな時間が、いつまでもゆっくりと流れていたのだった。