いつからここが尸魂界だと錯覚していた?   作:yvrararara

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六十七話

 三月の中旬。

 『学年末特別試験』に向けて、各クラスが水面下で牙を研ぎ続ける中、ついに互いの手札が明かされる『十種目公表日』がやってきた。

 

 朝のホームルーム。

 教室の教壇に立った星之宮先生は、普段の緩い空気を微塵も感じさせない真剣な表情で、手に持ったプリントを掲げた。

 

「みんな、おはよう。今日はいよいよ、対戦相手であるCクラスが提出した十種目と、うちのクラスが提出した十種目が正式に公開される日だよ。……相手の手札を知ることは、勝負の絶対条件。心して確認してね」

 

 星之宮先生が黒板のモニターを操作すると、そこに二つのクラスが考案した種目の一覧と、それぞれの参加人数がずらりと表示された。

 

【Aクラス選出種目】

一、100メートル走(参加人数:1人)

二、卓球(参加人数:2人)

三、サッカーPK戦(参加人数:3人)

四、現代文テスト(参加人数:4人)

五、数学テスト(参加人数:5人)

六、英語テスト(参加人数:6人)

七、化学テスト(参加人数:7人)

八、世界史テスト(参加人数:8人)

九、地理テスト(参加人数:9人)

十、リレー(参加人数:15人)

 

【Cクラス選出種目】

一、女子キックボクシング(参加人数:1人)

二、バドミントン(参加人数:2人)

三、剣道(参加人数:3人)

四、リレー(参加人数:4人)

五、空手(参加人数:5人)

六、柔道(参加人数:7人)

七、腕相撲(参加人数:9人)

八、ドッジボール(参加人数:10人)

九、サッカー(参加人数:11人)

十、綱引き(参加人数:15人)

 

 一覧が表示された瞬間、教室には張り詰めたような静寂が落ちた。

 

 私たちが提出した種目は、事前に話し合った通り『学力テスト系』を中心とした構成だ。人数の違いによる総合点勝負において、現在のAクラスは四十一人の大所帯である。学力テスト系の種目が選ばれ、可能な限り多くの人数を参加させれば、それだけで圧倒的なアドバンテージを得ることができる。

 

 対して、Cクラスが提出してきた種目リストは、まさに私の予想通りの極端なラインナップだった。

 

「……見事なまでに、運動系と武道系で固めてきたね」

 

 最前列に座る白波が、少しだけ顔を引き攣らせて呟く。

 

「ああ。彼らの最大の武器である腕力と格闘能力を極限まで活かせるように調整されている」

 

 神崎も鋭い視線でモニターを睨みつけ、静かに分析を口にした。

 

 

 放課後。

 Aクラスは誰一人帰宅することなく、公開された種目リストを元に詳細な作戦会議を開いていた。

 

 教壇には司令塔である一之瀬帆波が立ち、黒板にはCクラスの十種目が大きく書き出されている。

 

「みんな、今日発表されたCクラスの種目について話し合おう。……予想はしていたけれど、やっぱり難しい戦いになりそうだね」

 

 一之瀬が少しだけ眉を下げて言うと、神崎が立ち上がった。

 

「ああ。相手の本命五種目がどれなのかは、このラインナップを見れば一目瞭然だ。まず、参加人数一人の『女子キックボクシング』。これは間違いなく、伊吹澪を想定した必勝の種目だろう。そして、『剣道』『空手』『柔道』『腕相撲』。この辺りの武道系・格闘系の種目も、彼らの本命として確実に組み込まれていると見て間違いない」

 

「うん。私も神崎くんの言う通りだと思うよ!」

 

 一之瀬は力強く頷いたが、すぐに表情を引き締めた。

 

「ただ、武道系の種目についてのルール詳細を確認したんだけど……全て、一人一試合ずつの『星取戦』ルールになってるの。勝ち抜き戦じゃないから、いくら藍染くんが強くても、彼一人だけで全部の試合に勝つことはできない仕様になってるんだよね」

 

「――知恵を絞ったな。絶対的な捕食者を前にした群れが、ただ一つの生贄を差し出すことで残りの命を繋ぐように……私の圧倒的な暴威から目を逸らし、矮小な数を束ねて細やかな星を拾い集めるか。実に小賢しい生存本能だ」

 

「『惣右介くんの強さを警戒して、一人で全員倒されないように団体戦にして確実に勝ちを取りに来る堅実な作戦ですね』とのことです!」

 

 私は腕を組み、深く納得の息を吐いた。

 

(……やはり、こういう種目構成で挑んでくるよな)

 

「……相手の土俵である武道系の種目に出てもらう子は、どうか怪我だけは絶対にしないでね」

 

 一之瀬はクラス全体にそう呼びかけた後、少し申し訳なさそうに視線を向けた。

 

「その上で……参加人数が一人の『女子キックボクシング』には、うちの女子で一番運動神経のいい津辺ちゃんに出てもらいたいと思ってるの。……大丈夫かな……?」

 

 不安げに尋ねる一之瀬に対し、名指しされた津辺は明るく胸を張った。

 

「任せて、一之瀬さん! 藍染くんに放課後いろいろ指導してもらってるし、怪我をするようなことにはならないと思う! ……でも、正直に言うと、伊吹さんに勝てるかって聞かれたら、全然自信はないかな……」

 

「ごめんね、負担の大きい役回りを押し付けちゃって。引き受けてくれて本当にありがとう!」

 

 一之瀬はホッとしたように微笑み、津辺を優しくフォローした。

 

「ううん、勝敗のことは気にしないで。相手の伊吹さんは武道経験者だし、負けちゃってもそれはもう仕方がないよ。とにかく怪我をしないこと、自分の身を守ることを最優先にしてね」

 

「うん、分かった!」

 

 私は黒板に書かれた武道系の種目を見つめ、脳内で目まぐるしく思考を回転させた。

 

(正直なところ、女子キックボクシングに関してはかなり分が悪い。津辺も、放課後に時間を割いて必死に格闘技の練習をしてくれてはいる。だが……相手は伊吹だ。幼い頃から武道を修め、実戦慣れもしている生粋の武闘派。付け焼き刃の練習で勝てるほど甘い相手ではない。女子キックボクシングが選ばれた時点で、ほぼ確実に相手に星を一つ取られると思った方がいいだろう)

 

 問題は、男子の武道系種目である。

 

(俺と、運動神経抜群の柴田、そして冷静に立ち回れる神崎。この三人の戦力を、どの種目に固めて配置するかが最大の鍵になるな)

 

 参加人数3人の『剣道』

 

 参加人数5人の『空手』

 

 参加人数7人の『柔道』

 

(この中で、俺と神崎と柴田の三人で確実に勝ち越しを狙うなら……選択肢は『剣道』か『空手』の二択に絞られる。剣道なら三本勝負のうち二本取れば勝ち、空手なら五本勝負のうち三本取れば勝ちだ)

 

 だが、七人参加の『柔道』となると話が変わってくる。

 

(柔道のルールで七人も揃えなければならないとなると、どうしても身体能力の劣る生徒を数合わせで出さざるを得なくなる。相手は山田アルベルトや石崎をはじめとする、喧嘩慣れしたCクラスの不良連中だ。いくら俺が確実に一勝をもぎ取ったとしても、残りのメンバーでさらに三勝、四勝と星を拾うのはギャンブル性が高すぎる)

 

 司令塔である一之瀬が、どのタイミングでどの種目に我々をアサインするか。その臨機応変な采配が、勝敗を大きく分けることになる。

 

「藍染。お前なら、武道系のどこに出ても勝てる自信はあるか?」

 

 神崎の問いかけに、私は静かに立ち上がった。

 

「――月を穿つ槍があろうと、海を裂く剣があろうと、私の領域を侵すことなどできはしない。彼らがどれほどの暴力を束ねてこようとも、私はただ、盤上の埃を払うように静かに蹂躙するだけだ」

 

「『惣右介くん自身はどの武道種目に出ても確実に一勝を取る自信がありますが、団体戦ですので、勝利を掴むためには皆さんのお力が必要です』とのことです!」

 

 私の言葉を、隣に座るひよりがクスッと笑いながら完璧に翻訳してくれた。

 

「藍染の言う通りだ!」

 

 柴田がドンッと自分の胸を叩いて立ち上がる。

 

「藍染が確実に一勝を取ってくれるなら、残りの試合は俺と神崎、それに他の男子たちで死に物狂いで食らいついて、なんとか勝ちの星をもぎ取ってやるぜ! 団体戦なら、チームワークで絶対に勝てる!」

 

「ああ。我々Aクラスの決して揺るがぬ絆を、奴らに深く刻み込んでやろう」

 

 神崎も熱い闘志を燃やしてオサレに頷く。彼らの頼もしい姿に、クラス全体が勇気づけられたように明るい空気に包まれた。

 

「でも、向こうの種目が選ばれても絶望することはないよね!」

 

 網倉が明るい声で空気をさらに引き上げる。

 

「こっちが用意した本命の学力テスト系の種目なら、人数の多さも活用できるし、間違いなく三つは確実に取れるはずだもん! Cクラスの学力じゃ、絶対にうちには勝てないよ!」

 

「ああ、網倉の言う通りだ」

 

 神崎が冷静に分析を加える。

 

「この学年末特別試験は、お互いが提出した本命五種目、計十種目の中から七種目が選出されるルールだ。これまでの特別試験の傾向から推測して……完全なランダムでどちらかのクラスの本命種目が偏るなどという、白けさせるような采配を学校側がするとは思えない」

 

「つまり……?」

 

「恐らく選出される種目は『Aクラスの本命から三種目』、そして『Cクラスの本命から三種目』という具合に、ある程度均等に選ばれるよう調整されているはずだ。少なくとも、俺たちの学力種目は三つは確実に選ばれると見ていい」

 

 神崎の考察に、クラスメイトたちは深く納得して頷いた。

 

「……問題は、残る『最後の一種目』が、どっちのクラスの本命から選ばれるか、だね」

 

 一之瀬が黒板のモニターを見つめながら、真剣な声で締めくくろうとした、その時だった。

 

「あの……プライベートポイントを使って、その七種目目が選ばれる権利を学校側から買い取るというのはいかがでしょう?」

 

 ひよりが控えめに手を挙げて、一つの提案を口にした。

 

「確かに! その手があるね! ポイントの力で確実に勝てる状況を作れるかもしれない!」

 

 一之瀬が目を輝かせて賛同する。だが、私は静かに首を振って立ち上がった。

 

「――天の秤を傾けるには、それ相応の魂の重さが必要だ。我々の軌跡に直結する事象を歪める以上、要求される代償は莫大なものとなるだろう」

 

 私は淡々と事実を告げる。

 

「それに、盤面が敵に傾こうと我々が敗北するとは限らず、仮に足元をすくわれたとて、失うものは僅かな欠片に過ぎない。先の狂宴で多大な血を流した直後だ。致命傷にもならない傷を防ぐために、これ以上の蓄えを今放出するだけの価値が、果たしてあるのかどうか……」

 

「なるほど……」

 

 ひよりは私の言葉に深く頷くと、クラスメイトたちに向かってニコリと微笑んだ。

 

「『クラスポイントに直結する以上、莫大なポイントを要求されるはずです。仮に相手の本命種目が選ばれても私たちに勝ちの目は十分にありますし、万が一負けたとしてもペナルティはマイナス三十クラスポイントで済みます。Bクラスに差を詰められる懸念はありますが……先のクラス内投票で莫大なプライベートポイントを使ったばかりですし、ここでも資金を放出するかどうかは慎重に検討するべきですね』とのことです!」

 

「確かに……藍染くんの言う通りだね。ここで無理にポイントを使いすぎちゃうのはリスクが大きいかもしれない。でも、念のためいくらで買えるのかだけは、一応星之宮先生に確認してみるね!」

 

 一之瀬は私の冷静な分析に納得したように頷きつつも、可能性を探るために前向きな笑顔を見せた。

 

「三勝三敗で並んだ時の、最後の一枠。もしそこが私たちの学力種目ならその時点で勝ち確だけど……もしCクラスの武道種目が選ばれたら、そこで絶対に勝たなきゃいけなくなる。だから、どんな種目が来ても戦えるように、残りの期間でやれるだけの準備をしよう!」

 

「おおーっ!」

 

 一之瀬の言葉に、Aクラスは一致団結して大きな声を上げた。

 学力による確実な勝利と、武道による泥臭い防衛戦。

 我々は一丸となって、来たるべき決戦の日へ向けて士気を高めていた。

 

 ――一方、その頃。

 カラオケボックスの一室では、Cクラスの首領である龍園翔が、同じく公開されたAクラスの種目リストを前に、不敵な笑みを浮かべていた。

 

 周囲には金田、石崎に加え、伊吹澪と巨漢の山田アルベルトの姿もある。

 

「ククク……。やはり、面白いくらいに学力テストで固めてきやがったな」

 

 テーブルに投げ出されたプリントを見下ろし、龍園は喉の奥で笑う。

 

「ええ。私たちの武道系種目の選出も、藍染氏や一之瀬氏には完全に読まれているでしょうね。お互いに相手の狙いが分かった上で、自分の得意な土俵に引きずり込もうとしている。考えていることは同じでしょう」

 

 金田が眼鏡の位置を直しつつ、冷静に分析した。

 

「ああ。問題は、選ばれた武道系種目の『どこ』に藍染が配置されるか……そこだけを読む必要がある」

 

 龍園は氷の入ったグラスをカラカラと鳴らす。

 

「星取戦ルールにしたことで、藍染一人に無双される危険性は消した。だが、あいつが出場する試合は確実にこちらが星を一つ落とすことになる。だからこそ、藍染が出てくるポジションには、あえて実力のない『捨て駒』を当てたいところだ」

 

 龍園の狡猾な作戦に、金田は顎に手を当てて思考を巡らせる。

 

「向こうの戦力配分を考えれば、藍染氏、神崎氏、柴田氏あたりを一つの種目に固めて、勝ち越しを狙ってくるはずです。我々の用意した種目の参加人数から推測すると……彼らが勝負を仕掛けてくるのは、三人参加の『剣道』か、五人参加の『空手』のどちらかでしょうね。七人必要な『柔道』では、彼らも数合わせの素人を出さざるを得ず、リスクが高すぎますから」

 

「なら、話は簡単じゃねえか!」

 

 石崎が身を乗り出し、拳を握りしめて叫んだ。

 

「藍染以外の奴らを全員ぶっ倒せば、俺たちの勝ちなんだ! どんな手を使ってでも、神崎や柴田を潰して星をもぎ取ってやりましょうよ!」

 

 勢い込む石崎に対し、龍園は冷ややかな視線を向けた。

 

「馬鹿が。調子に乗るなよ、石崎」

 

「ひっ……!」

 

 凄まじい威圧感に、石崎が肩をビクッと跳ねさせる。

 

「向こうも、俺たちが武道系を選ぶことなど百も承知だ。藍染の指示で、放課後に時間を割いてかなり入念に格闘技の練習をしているという報告も入っている。付け焼き刃だろうが、元から運動神経のいい奴らが死に物狂いで抵抗してくれば、足元をすくわれる可能性は十分にある」

 

 龍園はグラスをテーブルに置き、鋭い眼光で配下たちを睨みつけた。

 

「万が一にも、こちらの土俵である武道系種目で星を落とすことは許されねえ。藍染という化け物がどこにいようと、他の試合は死んでも勝て。……確実に、こちらの種目では勝つぞ」

 

「は、はいっ!」

 

 石崎が緊張した面持ちで深く頷き、その背後でアルベルトも静かに頷いた。

 

「Yes, boss.」

 

 アルベルトの短くも力強い返答を聞き届けた後、龍園は腕を組んで壁にもたれかかっていた伊吹へと視線を向けた。

 

「伊吹、てめえの『女子キックボクシング』は確実に取れよ。参加人数一人のタイマンだ。万が一にも星を落とすことは許さねえぞ」

 

「当然よ」

 

 伊吹は鼻で笑い、自信に満ちた強い視線で龍園を睨み返した。

 

「あっちの女子が放課後にどれだけ付け焼き刃の練習をしようが、私に勝てるわけないじゃない。……絶対に勝つわ」

 

 学力を武器に盤石の態勢を敷くAクラス。

 暴力を武器に下剋上を狙うCクラス。

 

 手の内が公開されたことで、両クラスの思考はより深く絡み合う。開戦へ向けて、その静かな読み合いは確実に熱量を増していた。

 

 

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