いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
三月二十三日。
一年間の集大成である『学年末特別試験』が昨日で終了し、今日は休日となっている。
祝勝会と一年間の振り返りを兼ねて、夕方からはクラス全員での打ち上げが予定されている。
だが、私にはその前に果たさなければならない重要な職務があった。
「よし、パイプ椅子の間隔はこれで完璧だな。赤絨毯のズレもないか確認しろ」
「ああ。桐山たちの方も、設営は最終段階に入っているよ」
昼間の体育館。
私は生徒会の役員として、明日に控えた『卒業式』の会場設営に駆り出されていた。
広大な体育館の中では、生徒会長である南雲雅をはじめ、鬼龍院先輩、桐山、殿河、溝脇といった二年生たちがテキパキと準備を進めている。一年生からは私と一之瀬帆波が参加し、紅白の幕を張ったり、来賓用の席を整えたりと、裏方の仕事に汗を流していた。
「ふふ。藍染、お前がこうして地味な肉体労働をしている姿というのは、どうにも違和感があって面白いな。そのうち『こんな雑用、私には相応しくない』とでも言い出して、玉座にふんぞり返るんじゃないか?」
パイプ椅子を並べている私の背後から、鬼龍院先輩がニヤニヤと笑いながら冷やかしてきた。
(俺はこう見えて、真面目に働くタイプなんですよ!鬼龍院先輩!)
内心でそう反論しつつも、私はあくまで涼しい顔で振り返る。
「――真の支配者とは、玉座に座るだけでなく、その玉座を築き上げる基礎すらも己の手で完璧に整えるものだ。この程度の労働、私の歩む覇道においては瞬きにも等しい」
「くくっ、相変わらず良い心意気だ。なら、あっちの立て看板の設置も頼むぞ、未来の支配者殿」
「ああ。お任せを」
先輩相手であろうと一切崩れないオサレで傲慢な切り返しでやり過ごし、私は黙々と設営作業を続けた。
やがて体育館の準備が全て整うと、私たち生徒会役員は校舎へと移動し、生徒会室にて明日の卒業式の進行に関する最終打ち合わせを行うことになった。
広々とした生徒会室の長机。
上座に座る南雲が、手元の分厚いファイルを開きながら口を開いた。
「明日の進行スケジュールは、概ねこの通りだ。例年通り、在校生代表としての送辞は、生徒会長である俺が行うことになっている」
南雲の言葉に、桐山や殿河たちが真剣な表情で頷く。
だが、南雲はそこでふと視線を上げ、長机の端に座る私へと目を向けた。
「だが、藍染。……あの堀北先輩が、誰よりも目をかけ、生徒会へと直接引き入れたのはお前だ。お前も最後に、卒業生に向けて何か挨拶をするべきだな」
「……ほう?」
私は表面上、わずかに目を細めて興味深そうに微笑んだ。
しかし――内心では、滝のような冷や汗を流して大慌てしていた。
(えぇぇぇぇっ!? いや、確かに学先輩や橘先輩に向けて、最後に何か言葉を贈ることができるというのは、後輩としてすごく光栄だし嬉しいけど……!! 明日は『卒業式』だぞ!? 学校行事の中で一番厳粛で、来賓まで来るガチの式典だぞ!? そんな超真面目な場所で、俺が喋って大丈夫か!? 確実に会場の空気が絶対零度に凍りつくぞ!!)
想像してみてほしい。
静まり返った体育館。涙ぐむ卒業生たち。厳かなBGM。
そのマイクの前に立ち、傲慢で的外れなポエムを朗読し始める姿を。
(ダメだ、どう考えても放送事故だ! 学校の歴史に黒歴史として永遠に刻まれてしまう! ここは丁重にお断りしなければ……!!)
私は必死に頭を回転させ、最も無難で角の立たない断り文句を探した。
しかし、私の思考とは裏腹に、口は勝手に『絶対強者』としての完璧なセリフを紡ぎ出していた。
「――光栄な提案だ、南雲。去り行く王の足跡に敬意を表し、鎮魂の言葉を贈る……。それもまた、後に続く者としての責務だろう。私が最後に、彼らの魂を震わせる別れの言葉を紡ごう」
(何言ってんの俺えぇぇぇぇぇぇっ!? 鎮魂の言葉ってなんだよ、誰も死んでないよ!? 卒業式を葬式みたいに言うな!!)
内心の絶叫も虚しく、私の傲慢かつオサレな快諾を聞いた南雲は、満足げに深く頷いた。
「ははっ、いい返事だ。なら、卒業生が退場する直前の『閉会の言葉』、お前に任せる。存分に堀北先輩と橘先輩を送り出してやれ」
「うんっ! 藍染くんなら、絶対に堀北先輩や橘先輩も喜んでくれるよ!」
隣に座る一之瀬も、両手を打ち合わせて嬉しそうに微笑んでいる。
もはや後戻りはできない。
私は絶望的な気分で「任せておけ」とフッと笑い、自らの首を絞めることになったのだった。
その後、夕方まで本番を想定したリハーサルと原稿の確認が行われ、生徒会の業務は解散となった。
「それじゃあ藍染くん、また後でね! 打ち上げの場所で待ってるから!」
「ああ、後ほど」
一之瀬と別れ、私は一度男子寮の自室へと戻った。
シャワーを浴びて汗を流し、クローゼットから黒を基調としたシックで細身のジャケットと、清潔感のある白いシャツを取り出して着替える。これくらいの服装の方が、私の醸し出すオサレな雰囲気にマッチするからだ。
身支度を整えた後、ロビーでひよりと合流した。
「お待たせしました、惣右介くん」
ふわりと春の香りを漂わせながら現れたひよりは、淡いベージュのワンピースに薄手のカーディガンを羽織り、いつも以上に可憐で柔らかい雰囲気をまとっていた。
「いや、私も今来たところだ。……よく似合っているよ、ひより」
「えへへ、ありがとうございます」
ひよりは少し照れくさそうにはにかむと、ごく自然な動作で私の右手に自身の左手を絡め、ギュッと指先を繋いできた。
手のひらから伝わる、彼女の柔らかな体温。
私たちは手を繋いだまま、打ち上げの会場となっているケヤキモールへと向かって歩き出した。
春の夕暮れ時。
オレンジ色に染まる敷地内の遊歩道は、試験を終えて解放感に包まれた生徒たちで賑わっていた。
そんな中、ケヤキモールに続くガラス張りの連絡通路を歩いていた時のことだ。
(……ん?)
私は明らかに周囲から浮きまくっている異質なオーラに気づき、思わず足を止めた。
通路の脇のガラス窓。そこに映る自分自身の姿を見つめ、金色の髪を掻き上げながら、うっとりとした表情で何事かを呟いている筋骨隆々の男。
Dクラスの高円寺六助だった。
(げっ……! あの変態、また窓ガラスの前で自分の美しさにうっとりしてる……。周りの生徒がドン引きして避けて通ってることを全く気にしてないのか?)
私は内心で盛大に顔を引き攣らせた。
「あら……? あの方は、確かDクラスの高円寺くんでしたよね?」
私の隣で、ひよりが不思議そうに小首を傾げる。
「ああ。だが、あれは視界に入れない方がいい。……俗物の狂態など、我々の歩む道を曇らせるだけの塵芥に過ぎないからね」
私はひよりを導き、高円寺の背後を音もなく通り過ぎようとした。
――だが、その瞬間。
「ふっ」
くるりと、高円寺が華麗なターンを決めてこちらを振り返った。
(なんで気づくんだよこいつ!? 全く気配を立てずに歩いていたはずなのに!!)
驚愕する私の内心をよそに、高円寺はバサッと前髪を掻き上げ、眩しい笑顔を向けてきた。
「やあ、奇遇だねえ。オサレボーイに、読書ガール」
「……」
ピタッと、私の足が止まる。
「ど、読書ガール……?」
ひよりは突然の珍妙なネーミングに、目をパチクリとさせて困惑している。
(いや、ひよりはともかく、その『オサレボーイ』って呼ぶの本当にやめろ!! 絶妙にダサい上に的確すぎて心に刺さるんだよ!!)
内心でツッコミつつ、私は「また窓ガラス見てんの?」とただ普通に聞こうとして口を開いた。
しかし――私の意志とは裏腹に、私の口は勝手に極上の煽りポエムを紡ぎ出してしまう。
「――無知なる眼窩は硝子を覗き込むが、真なる美は決して反射などされない。それはただ、世界を平伏させる絶対の理として君臨するのみだ。……虚像に酔いしれる滑稽な姿、実に哀れだな」
(何でこんなバリバリの煽りポエムになっちゃうの俺の口!? 普通に聞こうとしただけなのに!!)
私が内心で激しくセルフツッコミを入れていると、ひよりが「あっ、通訳しますね!」と意気込んで口を開きかけた。
だが、それよりも早く。
「フハハハハハハハハ!!」
突然、高円寺が連絡通路に響き渡るほどの高笑いを上げた。
ひよりも、そして私も、予想外の反応に完全に虚を突かれた。
「エクセレント! まったくもってその通りだとも、オサレボーイ!!」
高円寺は私の言葉を手で制し、満足げに頷いた。
「このガラスという卑小な物質では、私の美しさを一パーセントも反射しきれない。真なる美である私は、この世界そのものを平伏させる絶対の存在! 己の美しさを枠に収めようとした私の愚かさを、君は見事に指摘してくれたというわけだね! 素晴らしい洞察力だ!」
「…………」
(こいつやっぱイカれてるって!! なんで今のバリバリの煽りポエムを、自分を褒め称えるポジティブなメッセージとして受け取れるの!? メンタルが強靭を通り越して合金で出来てるのか!?)
私は絶句し、ひよりも「えっと……そういう意味でしたっけ……?」と困惑の極致といった顔で私を見上げている。
「いやあ、気分がいいねえ」
高円寺は上機嫌で金髪を弄りながら、唐突に話題を変えてきた。
「ところで、オサレボーイ。君ほどの逸材、卒業後の進路はすでに決まっているのかね?」
「……何?」
「もし良ければ、卒業後は我が高円寺コンツェルンで働く気はないかい? 私と君が組めば、この日本……いや、世界すらも自由に動かせる最強の企業になるだろう」
ビシッと私を指差し、高円寺はなんと『自社の幹部候補としてのスカウト』をしてきたのだ。
(おおっ!? 高円寺コンツェルンからの直接のスカウト!?)
私は内心で大きくどよめいた。
(正直なところ、高校を卒業した後の進路については結構悩んでいたんだ。仮にこのまま無事にAクラスで卒業して、その特権でどこかの超一流企業に就職できたとしてもだ……! 息をするようにポエムを吐き、常に上から目線で相手を見下ろす俺の呪いがある以上、速攻でクビになる未来しか見えない!)
だからこそ、将来は自分で起業するか、投資家になって一人で生きていくしかないと思っていたのだ。
(だが、日本有数の財閥である高円寺コンツェルンなら話は別だ。このイカれた変態のコネがあれば、いきなり超エリートの役員待遇で雇ってもらえるかもしれない。……これは、真剣に考える価値のあるありがたい誘いだぞ!)
私の理性は、即座に「YES」と答えるべきだと警鐘を鳴らしていた。
しかし――私の中に住まう『藍染惣右介』の魂は、自らが天の座に就く以外の道など絶対に許さなかった。
「――他者の用意した玉座に座るつもりはないよ、高円寺」
私はフッと嘲笑するように口角を吊り上げ、高円寺を見下ろした。
「私の魂は、自らが世界の理を創り出すことしか求めていない。……これからは――私が天に立ち、この混沌とした世界をあるべき高みへと導こう」
オサレで、傲慢で、神をも恐れぬ究極の意志。
(なんでだよ!?せっかくこの変態が、就職難民になりそうな俺に超優良企業の幹部ポジションを提示してくれたのに!? なんで断ってんの!? 就職活動の絶望的な難易度を分かってるのか俺の口は!!)
内心で頭を抱えてのたうち回っている間にも、高円寺は再び楽しげな高笑いを上げた。
「フハハハハハハ!! なるほど! 確かに、君ほどの男なら他人の傘に入らずとも、天を掴む力があるだろうね! 面白いねえ!」
高円寺は全く気を悪くした様子もなく、むしろ私への評価をさらに高めたようだった。
「是非、君が会社を起こした暁には、我が高円寺コンツェルンと対等の立場で取引をしようじゃあないか。君と私が手を組めば、世界を牛耳るのも容易いことだ」
「ふっ……。楽しみにしているよ」
私は涼しい顔で不敵な笑みを返し、ひよりの手を引いて歩き出した。
(あぁぁぁ……終わった。せっかくの就職先がパアになっちゃった……。本当に将来起業するしか道がなくなっちゃったよ……)
内心で血の涙を流しながらも、背筋を伸ばして優雅な足取りでケヤキモールへと向かう。
高円寺の姿が見えなくなった頃。
隣を歩いていたひよりが、パァッと目を輝かせて私を見上げてきた。
「惣右介くんなら、起業家としても間違いなく成功しますねっ!」
その言葉には、一切の疑念もなかった。ひよりは、私の本当は就職に不安を抱えているという本心を読み取った上で、すべてを肯定するように微笑んでくれたのだ。
「……君の期待には、応えねばならないな」
尊敬と愛情の入り混じった眼差しで励まされ、私の心は急速に癒されていった。
(ひ、ひよりが励ましてくれた……! いや、俺の将来の不安とか全部見抜いて、その上で背中を押してくれてるんだよな……! こんなにキラキラした目で見つめられたら、なんだか本当に世界を導ける気がしてくる!)
愛しい恋人の優しさを浴び、有頂天になった私の口は、再び致命的なまでにオサレで、そして取り返しのつかない言葉を紡ぎ出してしまった。
「――この孤独な玉座に、私一人で座るつもりはないよ」
私は足を止め、振り返ってひよりの小さな両手を優しく包み込んだ。
「えっ……」
夕日に照らされ、不思議そうに見上げるひよりの瞳を真っ直ぐに見つめ、私は甘く、そして絶対的な響きで囁く。
「私が世界を高みへ導くその時……君には、最も近くでその夜明けを見届けてほしい。私の傍らで、永遠を共に歩んでくれるね?」
「…………っ!!」
その言葉の意味を理解した瞬間。
ボンッ! という音が聞こえそうなほど、ひよりの顔が耳の先まで真っ赤に染まった。
「は、はいっ……! 私でよければ、ずっと、永遠に……惣右介くんの傍に、いますっ……!」
潤んだ瞳で私を見つめ返し、ひよりは消え入りそうな声で、しかし確かな想いを込めて小さく、深く頷いた。
その愛らしい姿を見た瞬間、私の脳内は完全にフリーズした。
(……………何言ってんの俺!? いや、確かにひよりとはこの先もずっと一緒にいたいし、心から愛してるけども!! 今の言葉、完全に『プロポーズ』じゃん!! しかも「永遠を共に歩んでくれるね」って、高校一年生が言うセリフじゃないだろ!! 気が早すぎない!? まだ付き合って数ヶ月だよ!?)
呼吸をするように吐き出された極上の愛の言葉に、私自身が一番驚き、内心で激しすぎるセルフツッコミを入れる。
だが、私に握られたひよりの手は先ほどよりもずっと強く、確かな熱を持って私の手を握り返してくれていた。
見下ろせば、そこには今にも泣き出しそうなほど幸せに満ちた、大天使の笑顔がある。
(……いや。ひよりがこんなにも嬉しそうに笑ってくれるなら、気が早いとか、言葉が重すぎるだなんて、ただの野暮だな)
私は、繋いだ手に少しだけ力を込めた。
(この小さな手から伝わる温もりを、俺は絶対に手放したりしない。いつか必ず、このフライング気味なプロポーズを本物の『誓い』にしてみせる)
私はこれ以上ないほどに照れ隠しのオサレな笑みを浮かべ、再び歩き出した。
「さあ、行こうか。皆が待っている」
「はいっ、惣右介くん!」
入り口のガラス扉の向こうでは、すでに集まっていたAクラスのクラスメイトたちが、私とひよりの姿を見つけて大きく手を振っていた。
その中心で満面の笑みを浮かべる一之瀬、そして神崎や柴田たちの姿を確認し、私は愛する少女と手を繋いだまま、一年間の戦いを労う祝勝の宴へと足を踏み入れたのだった。
貸し切られたパーティールーム仕様の巨大なカラオケボックス。テーブルには山盛りのフライドポテトやピザ、色とりどりのドリンクが並べられ、クラスメイトたち全員がグラスを手に持っている。
部屋の中央に立った一之瀬が、弾けるような笑顔で声を張り上げた。
「みんな! 今年一年間本当にお疲れ様! 学年末の選抜種目試験の勝利、そして何より……この過酷な一年間を、誰一人欠けることなく全員で乗り越えられたことに! 乾杯っ!!」
「「「乾杯ーーーーっ!!」」」
グラスが打ち鳴らされる小気味良い音が部屋中に響き渡る。
その熱気の中、神崎が静かに一之瀬の隣へと歩み出た。
「俺たちがこの理不尽な箱庭において、一切の欠落なく『光の城壁』を保てたのは……リーダーとして皆を導いてくれた一之瀬。圧倒的な力で盤面を制圧してくれた藍染、そして藍染を支え続けた椎名の活躍が極めて大きい。……改めて、心からの称賛を贈りたい」
(神崎ィ! またオサレになってるぞ! でもありがとう!)
神崎の熱い賛辞に、クラスメイトたちも「間違いない!」「一之瀬たちがいなきゃどうなってたか分かんねえよ!」と口々に同意する。
だが、一之瀬は照れくさそうに両手を振った。
「ううん、私なんて全然だよ! Aクラスがここまでポイントを積み上げてトップを守れたのは、皆がこの一年間、絶対に諦めずに努力し続けてくれたからだよ。みんなの力があったからこその結果だよ!」
(その通りだ! このクラスの最大の武器は、一人一人が成長するために必死に努力した結果の『結束力』だ! よし、ここは俺も皆の努力を素直に褒め称えよう!)
私は静かに立ち上がり、クラスメイトたちへ向けて口を開いた。
「――這い蹲るだけの無力な蛹たちが、泥を啜りながらも天を仰いだ。その矮小ながらも尊き足掻きこそが、我々の玉座を盤石なものへと昇華させたのだ。……見事な進化だったと、誉めておこう」
(あああああああ!! また上から目線!! みんなの努力を『泥を啜る蛹の足掻き』とか言っちゃったよ!! 違うんです、ただ『みんな一人一人が成長した結果だね』って言いたかっただけなんです!!)
盛大に暴発したオサレポエムに内心で頭を抱えかけた、その時。
「ふふっ」
隣に座っていたひよりが、パァッと花が咲くような笑顔で口を開いた。
「『皆さんが日々、自分の限界を超えようと努力し、見事に成長した結果が勝利に繋がりました。本当によく頑張りましたね』と、惣右介くんは仰っていますっ」
「おおおお!! 藍染っ!!」
「藍染くん、ありがとーっ!」
ひよりの完璧な翻訳によって、クラスメイトたちは大いに感動し、私への称賛の声を上げてくれた。
それを皮切りに、「柴田の運動神経に助けられたぜ!」「小橋ちゃんたちがいつも雰囲気良くしてくれたおかげだよ!」と、クラス中でお互いの健闘を讃え合う、最高に温かな時間が始まった。
歓談が落ち着くと、いよいよカラオケタイムの幕開けだ。
先陣を切ったのは、やはりクラスの陽キャ代表である柴田や網倉たちだった。最近流行りのアップテンポなポップスを入れ、タンバリンとマラカスを両手に持って部屋のボルテージを一気に最高潮へと引き上げる。
「イェーイ! みんな盛り上がっていこーぜ!!」
「「「フゥーーッ!!」」」
大盛り上がりのフロアの熱気を心地よく感じながら、私は当然のように、特等席であるひよりの隣に座っていた。
「惣右介くん、あーん」
「……ああ」
ひよりがフォークで刺してくれたフライドポテトをパクリと口に含む。
(うおおお! カラオケのポテトってなんでこんなに美味いんだ!? しかもひよりからの『あーん』付きとか、ここは天国か!?)
私は内心でデレデレになりながら、ひよりと肩を寄せ合い、他愛のないお喋りとクラスメイトたちの歌声を心から楽しんでいた。
やがて、マイクはひよりの元へと回ってきた。
「椎名さんも歌って歌ってー!」
クラスの女子たちに背中を押され、ひよりは少し恥ずかしそうにマイクを両手でギュッと握りしめた。
彼女が選曲したのは、ゆったりとした可愛らしいバラードだった。透き通るような、それでいて鈴を転がすような甘い歌声が部屋に響く。
クラスメイトたちがペンライト代わりにスマホのライトを振りながら、完全に魅了されている。
(うわああああああ!! ひより超絶可愛い!! なにその天使の歌声!! マイナスイオン出すぎだろ!! 俺の鼓膜が幸せすぎて溶けそう!!)
内心で限界オタクと化してペンライトを振り乱していた私は、歌い終わって頬を染めながら席に戻ってきたひよりに対し、極めてオサレに足を組みながら囁いた。
「――天上の調べすらも、今の君の響きにはひどく色褪せて聞こえるだろう。……極上の余韻だったよ」
「ふふっ……ありがとうございます、惣右介くんっ」
私のベタ褒めに、ひよりはえへへと嬉しそうに微笑んだ。
「藍染もなんか歌ってくれよ!」
「そうだそうだ! 聴かせてくれー!」
今度は、クラスの男子たちからの熱烈なコールが私に向けられた。
私は「……仕方ないな」と優雅に立ち上がり、一曲だけデンモクで予約を入れた。
体育祭の打ち上げの時はジャズ調のバラードを歌ったが、今回は少し激しめのロックテイストな名曲だ。
前奏が流れ、私がマイクを口元に寄せて歌い出した瞬間――。
『〜〜〜♪』
「「「おおおおおおおっ!!!」」」
部屋の空気をビリビリと震わせる、圧倒的な声量と極上のバリトンボイス。激しいリズムに一切負けない完璧なピッチと、藍染スペックから繰り出される力強いシャウトが、聴く者の魂を直接揺さぶる。
まるで、一流のアーティストがそこに降臨したかのような凄まじい歌唱力に、クラスメイトたちは大興奮で合いの手を入れ、部屋の熱気は最高潮に達した。
(ふふん、伊達に藍染スペックの喉を持ってるわけじゃないからな! )
歌い終えた私に、割れんばかりの大拍手が送られる。
「すっごくかっこよかったです……! 惣右介くん、あんな激しい曲も完璧なんですねっ!」
ひよりが目を輝かせながら、パチパチと拍手で出迎えてくれる。
(よっしゃ! ロックもひよりに大好評! 今日も俺のカラオケは完全勝利だ!!)
「――音の羅列に命を吹き込むのは、それを聴く者の心だ。君の心に届いたのなら、歌った甲斐があったというものさ」
全員が歌い切り、食べて笑って、最高の時間が過ぎていった。
終了の時間が近づき、一之瀬が再び部屋の中央に立ってマイクを握った。
「みんな、今日は本当に楽しかったね! ……これで私たちの一年目も終わり。明日は三年生の先輩たちの卒業式だよ。お世話になった先輩たちに、しっかり感謝の気持ちを伝えようね!」
一之瀬の言葉に、皆が真剣な顔で頷く。
「そして、もうすぐ春休みに入ります! 少しの間羽を伸ばせるけど、私たちは高度育成高校の生徒なんだから、学生らしいルールを守った行動を心がけること! いいね?」
「「「はーい!」」」
「それじゃあ、最後に……」
一之瀬は、マイクを両手で握り直し、真っ直ぐで力強い視線をクラスの全員に向けた。
「来年も、再来年も……絶対に、誰一人欠けることなく、この最高のメンバーでAクラスをキープしよう!!」
「「「おおおおおおおっ!!!」」」
クラス全員の心が一つになった、力強い宣言。
それは、これから始まる二年生という新たな戦場へ向けた、一年Aクラスの完璧な決意表明だった。
理不尽な試験、そして自身のオサレポエムの呪い。
様々な混沌を乗り越え、私は最愛の天使の手を握りしめながら、かけがえのない仲間たちと共に、眩しい春の訪れを迎えようとしていた。