いつからここが尸魂界だと錯覚していた?   作:yvrararara

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七十三話

 三月三十日。

 明日には堀北学先輩と橘先輩が正式にこの学校を去るという、春休みの半ば。

 

 私たち現生徒会の役員全員は、生徒会長である南雲雅の呼び出しを受け、休日の学校の生徒会室へと集合していた。

 

「――休みのところ集まってもらって悪いな。だが、明日で今年度も終わる。来年度の始業式から導入される『新たなシステム』について、生徒会のメンバーには事前に共有しておきたくてな」

 

 上座に立つ南雲が、手元の端末を操作しながら全員を見渡した。

 

「俺が以前から構想を練り、上層部への働きかけを行っていた新システムだ。この年度が変わるタイミングで、ついに導入に踏み切る許可が下りた」

 

「新システム、ですか?」

 

 一之瀬が小首を傾げると、南雲はニヤリと自信に満ちた笑みを浮かべ、生徒会室の大型モニターに一つのアプリの画面を投影した。

 

「来年度から導入される新評価システム――その名も『Over All Ability』通称『OAA』だ」

 

 モニターに映し出されたのは、生徒の顔写真と共に、各能力がレーダーチャートと数値で詳細に表示された画面だった。

 

「全生徒は、4月の上旬にはこのアプリを自身の端末にダウンロードすることになる。OAAとは、学校側が査定した生徒個人の評価を数値化・可視化したものであり、全生徒に公開される。数値は毎月の初めに更新される仕組みだ」

 

 南雲の説明によると、OAAで評価される項目は以下の四つに分類されるという。

 

学力: 主に定期試験などの筆記試験での点数から算出される。

 

身体能力: 体育の授業での評価、部活動での活躍、特別試験等での運動的な評価から算出される。

 

機転思考力: 友人の多さ、その立ち位置を始めとしたコミュニケーション能力や、機転・応用が利くかどうかなど、社会への適応力を求められ算出される。

 

社会貢献性: 授業態度、遅刻欠席の回数をはじめ、問題行動の有無、学校への貢献など、様々な要素から総合的に算出される。

 

「そして、この四つの項目のうち『社会貢献性』のみ重みを半分として計算し、全ての平均を出したものが、その生徒の『総合力』となる」

 

「論より証拠だな。試しに、このシステムの提唱者である俺自身の現在の数値を表示してみよう。……ちなみに現在のデータでは、この学校で俺がOAA上ではトップだ」

 

 南雲が手元の端末を操作すると、モニターに彼の顔写真と共に驚異的なパラメーターが表示された。

 

【二年Aクラス:南雲 雅】

 ・学力 A(95)

 ・身体能力  A(93)

 ・機転思考力 A+(96)

 ・社会貢献性 A+(98)

 ・総合力   A(95)

 

 (……オールA以上か。確かに、南雲がトップなのは納得だな。そつなく何でもこなせる実力がある上に、生徒会としての実績で社会貢献性は抜群。さらに、友人の多さや派閥の広さから機転思考力も極めて高く評価されているってわけだ)

 

 私は内心で深く納得しつつ、涼しい顔でモニターを見つめた。

 

「そして――一年生の総合力トップはお前だぜ? 藍染」

 

 南雲がニヤリと笑いながら画面を切り替えると、今度は私の顔写真と共に、極端に振り切れたパラメーターが表示された。

 

【一年Aクラス:藍染 惣右介】

 ・学力    A+(100)

 ・身体能力  A+(100)

 ・機転思考力 B(72)

 ・社会貢献性 A(87)

 ・総合力   A(90)

 

「ええっ!? ひゃ、100が二つも……!!」

 

 モニターを見た一之瀬が、目を丸くして驚きの声を上げた。しかし、すぐに納得したようにパァッと顔を輝かせる。

 

「でも、当然だよね。藍染くん、今までテストで100点しか取ったことないもんね。それに体育祭の時の、あの圧倒的な身体能力を見れば、この数値も間違いないよ! すごい、さすが藍染くん!」

 

 一之瀬が手放しで称賛を送ってくれる。

 

(学力と身体能力が振り切れているのは、まあ今までの満点続きや体育祭での結果を考えればそうなるか。社会貢献性が『87』か。……この項目は問題行動の有無も査定に入ることを考えれば、俺のあの言葉遣いでこれだけの高評価をもらえているのは、入学してすぐに生徒会に入り、業務を真面目にこなしてきたことが大きく評価されているからだろう。もし生徒会に入っていなかったら、もっと低かっただろうな)

 

 私は内心で冷静に自己分析を続ける。

 

(機転思考力が『72』と少し低いのは仕方がない……いや、てかこれですら相当高く評価してもらえてる方だな!? 俺のあの絶望的なコミュ力でこれだけ評価されてるってことは、生徒会での活動実績や、混合合宿の時のグループ活動がかなり影響してるっぽいな。それに、うちのクラスのみんながいい奴らばっかで普段から助けられているからこそだ。みんなのおかげだな)

 

(そして何より……もしひよりが俺の言葉を皆に分かりやすく翻訳してくれていなかったら、孤高のぼっちとして機転思考力は『0』でもおかしくなかったぞ!! ひより、本当に感謝してもしきれないよ……!!)

 

 私は内心で、愛しい恋人の存在のありがたさを噛み締め、見えない方向に向かって全力で土下座する勢いで感謝した。

 

 しかし、絶対強者たる私の外面が崩れることはない。

 

「――当然だ。私が歩む道に、完璧以外の文字は存在しないからね」

 

 私はフッと目を細め、余裕に満ちたオサレな笑みを浮かべてみせた。

 

 南雲はモニターの電源を落とし、言葉に熱を帯びさせた。

 

「この学校のルールは、基本的にクラス単位での争いだ。だが、それは下位のクラスに沈んでいる実力者たちが正当な評価や日の目を浴びることができないという不公平を生んでいる。同時に、Aクラスにいるからといって安心し、怠けるような人間が出てくるのも事実だ」

 

「だからこそ、個人の能力を数値化し、全生徒に公開する。そうすれば、誰が優秀で誰が無能かが一目でわかるようになり、より個人の競争を煽ることができるはずだ。実力のある者はより上を目指し、怠ける者は淘汰される。……これが、俺の創り上げる新しい高度育成高等学校の姿だ」

 

 その堂々たるプレゼンテーションを聞き終え、生徒会室には感嘆の空気が広がった。

 

「ふむ、なかなか面白い試みだと私は思うよ。実力のない者がメッキを剥がされる姿を見るのは愉快だし、個人の能力が正当に評価されるのはいいんじゃないか?」

 

 鬼龍院先輩が、腕を組みながら面白そうに目を細めて賛成の意を示した。

 

 桐山をはじめとする他の二年生役員たちも、南雲の悲願が達成されたことに深く頷き、賛成の意を示している。

 

 そんな中、南雲は視線をこちらに向けた。

 

「藍染、一之瀬。お前たちの忌憚のない意見も聞かせてくれ。まだ導入前だから、簡易な調整くらいなら可能だぞ」

 

 水を向けられ、一之瀬は少しだけ考え込むように顎に手を当てた。

 

「……そうですね。最初は全員に自分の能力が見られてしまうことに戸惑う生徒もいるかもしれませんが……確かにこの制度があれば、みんなが自分の強みや弱みを客観的に知ることができて、より一層の成長に繋がると思います。私も、素晴らしいシステムだと思います!」

 

 一之瀬は持ち前のポジティブさで、OAAの持つ『成長の起爆剤』としての側面に目を向け、力強く賛成した。

 

(……確かに南雲の言う通り、個人の能力が数値化されて全員に公開されれば、競争意識は嫌でも跳ね上がるだろうな。だが……)

 

 私は内心で、先日行われた凄惨な『クラス内投票』の記憶を呼び起こしていた。

 

(もしまたあんな、クラス内の人間を退学に追い込むような試験があった場合、このOAAの数値は、真っ先に槍玉に挙がるための『標的のマーカー』になりかねない。いや……逆か。あんな試験があったからこそ、可視化された能力が公開されることで、誰もが『次は自分が狙われるかもしれない』という危機感を抱き、努力を怠らずに上を目指すきっかけになるのか)

 

 私は少しの沈黙の後、オサレに目を細め、フッと口角を吊り上げた。

 

「――悪くない。むしろ、凡庸な惰眠を貪る者たちを目覚めさせる、極上の劇薬になるだろう」

 

 私は南雲を見据え、余裕ある口調で告げる。

 

「評価が可視化された世界において、無知と怠惰は即ち己の首を絞める鎖となる。……彼らが己の現在地を知り、足掻く姿を見るのも一興だ。大いに賛成しよう」

 

 私の傲慢な肯定に、南雲は「ふっ、お前ならそう言うと思っていたぜ」と満足げに笑った。

 

(……このOAAシステムがこれからの特別試験に反映されるとしたら、今までのように単なるクラスの総力戦だけでなく、個人の数値をベースにした全く新しい形式の試験が行われる可能性もあるな。……それはそれでみんなの成長に繋がるだろう)

 

「よし。全員の合意も得られたことだし、OAAの導入はこのまま進める」

 南雲先輩が力強く宣言し、生徒会室の空気が来年度へ向けての新たな期待で満たされた。

 

 

 ――同日、午後。

 生徒会室で来年度へ向けた新たなシステムの導入が決定されていた頃。

 

 ケヤキモール内にあるカラオケ店の、とある一室では、春休みの学生たちの喧騒から隔離された密やかな会談が行われていた。

 

 カラオケの電源は切られ、薄暗い防音室の中には重苦しい沈黙が落ちている。

 

 向かい合うように座る二組の男女。

 

 片方のソファには、不敵な笑みを浮かべるCクラスのリーダー・龍園翔と、その参謀役である金田悟。

 

 そして対面のソファには、険しい表情で腕を組むDクラスのリーダー・堀北鈴音と、その隣で無表情にドリンクのストローを弄る綾小路清隆が座っていた。

 

「……それで? わざわざ春休みに、私たちをこんな場所に呼び出して何の用かしら」

 

 張り詰めた空気を切り裂くように、堀北が鋭い視線を龍園へと向けた。

 龍園はソファの背もたれに深く寄りかかり、喉の奥で嗤った。

 

「ククク……。わざわざ聞かなくても分かるだろう?」

 

「……貴方たちのクラスとの『同盟』ってことよね」

 

「その通りだ。鈴音ぇ、お前も分かっているだろう? 現状のままじゃ、俺たちは一生AクラスやBクラスには太刀打ちできねえ」

 

 龍園の言葉は、紛れもない現実だった。

 その事実を突きつけられ、堀北は悔しげに眉根を寄せ、小さく唇を噛んだ。

 

「……っ! そうね。悔しいけれど、貴方の言う通りだわ」

 

 堀北は俯き加減で、重々しく肯定した。

 

「生徒一人一人の平均的な能力値が高い上に、AクラスもBクラスも、隙のない強固な結束力を誇っている。それに……あの二つのクラスは、誰一人として退学者を出していない。単純なクラスの人数すらも、完全に負けているわ」

 

 クラス内投票で退学者を出し、ポイントも枯渇している下位二クラスと、完璧な状態で首位争いをしている上位二クラス。その差は、もはや単独のクラスの努力だけで埋められる次元を超えていた。

 

「だが、俺たちのクラスで同盟を結べば話は別だ」

 

 龍園が身を乗り出し、ギラついた目を堀北に向けた。

 

「もちろん今後の特別試験の内容にはよるが、無人島や船上試験の時のような大規模な試験なら、二つのクラスが完全に手を組んで動くメリットは絶大だ。人数と手札を倍にすれば、あいつらの牙城を崩す隙も生まれる」

 

「そうね。……でも、私たちが同盟を組む動きを見せれば、あちらも対抗してAクラスとBクラスで同盟を組む可能性もあるんじゃないかしら?」

 

 堀北の妥当な推測に、龍園は「ククク」と鼻で笑って否定した。

 

「そんなわけねえだろ」

 

「ええ、その可能性は極めて低いと言えます」

 

 龍園に代わって、隣に座る金田が眼鏡の位置を直し、理路整然と解説を始めた。

 

「私たち下位クラスと違って、AクラスとBクラスのクラスポイントの差は、現在およそ二百ポイント程しかありません。特別試験の内容によっては、一度の勝敗で首位がひっくり返る可能性が十分にある点差です。あの二つのクラスは、常に互いの首を狙い合う関係にある。……土壇場でのリスクを考えれば、あの二クラスが手を取り合って強固な同盟を組むなど、到底不可能です」

 

「……確かに、その通りね」

 

 金田の分析を聞き、堀北は小さく息を吐いた。

 

「同盟が必要なことは分かったわ。……でも、その前に私たちにとって最大のリスクをはっきりさせておくべきね。他でもない『貴方の裏切り』よ。今までの貴方のやり方を見てきて、無条件で信用できるとでも思っているの?」

 

 これまでの卑劣な手口を引き合いに出し、龍園の信用のなさを真っ向から指摘する堀北。

 

 しかし龍園は、悪びれる様子もなく「ククク」と喉を鳴らした。

 

「耳が痛え話だな。だが、そこは信じるしかねえだろう? どちらにせよ、お前らDクラスは俺たちと手を組む以外に浮上する目はねえんだ。それに……裏切りのリスクはお互い様だ。お前らDクラスが、そんなに他所から信用されてるとでも思ってんのか?」

 

「なっ……!」

 

「ククク、図星か? あのクラス内投票の時、Aクラスの連中がわざわざ救済のポイントを貸してやるって慈悲を見せたのによ。テメェらのクラスの有象無象は、自分の身銭を切るのを嫌がって恩を仇で返すような内ゲバを始めたらしいじゃねえか」

 

「っ……!」

 

 龍園の言葉に、堀北の表情が苦痛に歪んだ。

 

「テメェらの仲間のために全額払えだの、自分の買いたいゲームがあるからポイントを出したくねえだの……。自分の保身しか頭にねえバカ共が揃ってるクラスで、重要な同盟の情報が外に漏れねえ保証がどこにある? 俺から言わせりゃ、テメェらのクラスの底辺共の軽薄さの方が、よっぽど背中を預けるには恐ろしいリスクだぜ」

 

「……貴方のクラスだって同じだったでしょう。あの時、Aクラスからの救済提案を、真鍋さんたちが中心になって突っぱねたことは聞いているわ」

 

 堀北も痛いところを突かれた反撃として指摘するが、龍園は痛くも痒くもないといった様子で鼻で笑った。

 

「ククク、一緒にするな鈴音。俺たちとテメェらとじゃあ、根本的な『事情』が違うからな」

 

「…………っ」

 

(確かに、あの時のCクラスは龍園の退学を望む生徒が多かったからな)

 

 黙ってやり取りを聞いていた綾小路は、内心で二つのクラスの違いを冷静に分析する。

 

(純粋に仲間を救うために身銭を切るのを嫌がって内ゲバを起こしたDクラスとは違い、あの時のCクラスは龍園を排除したいがために、当然救済には動かなかった。結果的には、Bクラスとの取引で龍園が退学になることはなく、代わりにヘイトを集めいていた、真鍋が退学になったわけだが)

 

(……とはいえ、龍園のDクラスに対する懸念も当然だろう)

 

 綾小路の思考は、再び自クラスの脆さへと戻る。 

 

(Aクラスが好条件の提案を持ってきたにも関わらず、山内や篠原たちが見せた利己的で思慮の浅い醜態は、確実に他クラスにも噂として広まっている。Dクラスには能力の高い生徒も多くいるが、底辺層の生徒のレベルが低すぎる。悪気はなくとも、自分の小さな利益や感情を優先した不用意な発言から、同盟の重要な情報が流出する懸念は常に付きまとうだろう)

 

 隠しようのないクラスの脆さというリスクを突かれた堀北は、ぐっと拳を握り込み、悔しげに押し黙るしかなかった。

 

 だが、龍園の言うことは紛れもない事実だ。現実を直視し、やがて小さく息を吐いて妥協点を見出した。

 

「……そうね。お互いにリスクを抱えている以上、今は信用し合うしかなさそうね」

 

「ククク、賢明な判断だ」

 

「……なら、最後に一つだけ聞かせてちょうだい。この同盟は、一体いつまで継続するつもりかしら」

 

 利益だけで結びついた関係は、いずれ必ず破綻する。堀北の問いに、龍園は当然のように答えた。

 

「理想としては、四つのクラスのポイントが横並びになるまでは同盟を組むべきだ。……まあ、それまでに同盟を解消するにしても、単独であの二つのクラスと戦えるレベルまで、お互いのクラスの力を引き上げておく必要があるがな」

 

 明確なビジョンを語る龍園。堀北もその条件には完全に納得したように頷いた。

 

 すると、龍園は不意に視線を動かし、ここまで一言も発さずに気配を消していた男へと標的を変えた。

 

「……おい、綾小路。さっきから何も言わねえが、お前はどう思ってるんだ?」

 

 堀北が同盟を正式に受け入れたのを確認すると、龍園は不意に視線を動かし、ここまで一言も発さずに気配を消していた男へと標的を変えた。

 

「オレも異論はない。現状のままでは、どう足掻こうと上二つのクラスには届かないからな。手を取り合うのは合理的だとは思う」

 

「ククク、そうかよ」

 

「だが……同盟を組むにあたって、指揮権はどっちが取るんだ? お前と堀北では、戦い方の思考も方針もかなり違う。いざという時に船頭が二人いれば、船は沈むぞ」

 

 綾小路の的確な指摘に、龍園はニヤリと笑みを深めた。

 

「俺が取る、と言いてえところだが……対等な同盟を組む以上、そうもいかねえだろうな。……この四人で舵取りをするべきだろう」

 

 龍園は、自分と金田、そして堀北と綾小路の四人を指し示した。

 

 いつもならここで面倒くさそうに嘆息し、極力責任を回避しようとする綾小路だが、今回は違った。

 

「……オレを巻き込まないで欲しい、と普段なら言うところだがな。まあ、いいだろう」

 

 綾小路は静かに、しかし確かな意志を込めて真っ直ぐに龍園たちを見据えた。

 

「これからは、オレも出し惜しみはしないつもりだ。打倒上位クラスに向けて、オレに出来る手立ては全て講じる」

 

 予想外の綾小路の宣言に、龍園は一瞬だけ目を丸くし、次いで腹の底から楽しそうに嗤った。

 

「クハハ! どういう風の吹き回しかは知らねえが、歓迎してやるよ。あのバケモノを引きずり下ろそうってなら、てめえの力は不可欠だからな」

 

「ええ。その言葉、絶対に撤回させないわよ。綾小路くん」

 

 隣の堀北も、驚きを隠せない様子だったが、すぐに逃げ道を塞ぐように鋭い視線を向けて不敵に微笑んだ。

 

 こうして、カラオケ店の一室で、打倒上位クラスを掲げた『C・Dクラス共同戦線』の同盟が正式に成立したのだった。

 

 

 ――数十分後。

 龍園たちと別れ、ケヤキモールの出口へ向かって歩く堀北と綾小路。

 夕日に照らされるモールの外を見つめながら、堀北が重い口を開いた。

 

「……まずは第一段階クリアね。でも、クラスのみんなにこの同盟を説明して、納得させるのはかなり骨が折れそうね」

 

 これまで散々敵対し、卑劣な罠を仕掛けてきた龍園たちと手を組むというのだ。反発する生徒は必ず出る。

 

「ああ。龍園への嫌悪感だけじゃない。一番厄介なのは、すでに『Aクラスを目指すこと』自体を諦めてしまっている連中の説得だろうな」

 

「…………ええ、そうね」

 

 綾小路の指摘に、堀北の表情が険しくなる。

 彼女の脳裏に蘇ったのは、あのクラス内投票での醜悪な言い争いの光景だった。

 

 クラスの危機を前にして篠原や山内たちが放った、あの中途半端な諦観と、ひたすらに利己的な言葉の数々。

 

「現状に甘んじて上を目指す意志を失った彼らにとって、他クラスと連携して強敵に挑むなんて、リスクばかりの面倒な負担でしかないものね。……下手をすれば、龍園くんとの同盟を理由に、またクラス内で醜い内ゲバを起こしかねないわ」

 

「だが、あのまま腐らせておくわけにもいかない。この同盟は、クラス全体の意識をもう一度上位へと向かわせるための劇薬にもなるはずだ」

 

「ええ。何としてでも納得させなければならないわね。……とりあえず、平田くんと櫛田さんに相談して、クラスがこれ以上混乱しないように上手く収めてもらう必要がありそうね」

 

 クラスのまとめ役である二人の影響力を利用すれば、諦めている層の反発も最小限に抑えられる。堀北はすでにその先の算段をつけていた。

 

「ああ。必要な根回しがあるなら、オレも手伝おう」

 

 綾小路が改めて協力を申し出ると、堀北は横目でじっと彼の顔を見つめた。

 

「……さっきのカラオケでの発言、やっぱり本気だったのね。貴方が自らそんなやる気を出すなんて、明日は槍でも降るのかしら」

 

 呆れ半分、驚き半分の堀北の軽口に対し、綾小路は一切の感情を交えない淡々とした声で返した。

 

「クラスが上を目指すというのなら、オレもそれに必要な行動をするだけだ」

 

「……そう。気が変わらないうちに、しっかり働いてもらうわ」

 

 堀北はフッと口角を上げ、その足取りは以前よりも確かな力強さを持っていた。

 

(……これで、正式に下位二クラスによる同盟が結ばれたか)

 

 堀北の隣を歩きながら、綾小路は静かに思考の海へと沈んでいた。

 

 CクラスとDクラス、合計約八十名。単純に人数が倍に膨れ上がったという物理的なアドバンテージは、どんな盤面においても強力な武器となる。

 

(さすがにこれだけの手数が一気に襲いかかれば、いくら惣右介といえど、全てを完璧に捌き切ることは出来ないだろう。上位クラスへの強烈なカウンターになることは間違いない。……だが、惣右介や坂柳なら、下位クラスが生き残るために同盟を結ぶというこの展開くらい、当然予測しているはずだ)

 

 これから始まる二年生としての新たな一年間。

 

(……あと二年、か)

 

 綾小路は、己に課せられたタイムリミットを静かに噛み締める。

 

 高校卒業後はホワイトルームに戻ることが、すでに決定づけられている。ならば、あの藍染惣右介のような『オレより優れた個体』と、己の全てを尽くして真正面から競い合う機会など、この学校を去ればもう二度と訪れないだろう。

 

(……もっとも、格闘ゲームで一方的にボコボコにされるのはもうごめんだが。この学校のクラス間闘争でならば、また違った戦いができるはずだ)

 

 逃げ場のない画面端で理不尽なコンボを叩き込まれ続けた記憶を静かに振り払い、綾小路は冷徹な思考を取り戻す。

 

(それに、月城がオレを退学させようと本格的に刺客を送り込んでくる以上、自分の身を守るためにも、もはや傍観者でいる余裕はない)

 

 迫り来る理不尽な悪意を打ち払い、自身を凌駕する怪物と全力で鎬を削るため。

 

(残された時間、オレの持つ全てを注ぎ込んで挑ませてもらおう)

 

 夕闇が迫る空を見上げながら、綾小路清隆は自覚のないままに、その平坦な口元に微かな弧を描いていた。

 

 

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