いつからここが尸魂界だと錯覚していた?   作:yvrararara

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七十九話

 四月十六日、金曜日。

 二年生に進級し、新たなる特別試験『パートナー筆記試験』が告知されてから数日が経過した。

 

 私たちの所属する二年Aクラスは、持ち前の圧倒的な団結力と一之瀬の迅速な指揮により、他クラスに先駆けてかなり早い段階で一年生とのペアリングを完了させていた。

 

 我々の目標は明確だ。

 

『誰一人として退学者を出さないこと』

 

『クラスの貴重な資金を消費しないこと』

 

『一年生と信頼関係を築くこと』

 

 勝ちに急いで優秀な一年生を札束で囲い込むような真似はせず、あくまで対話と誠意によって信頼関係を築く。その結果、Aクラスは資金を一切減らすことなく、すべてのペアを成立させることに成功したのだ。

 

 現在は放課後の教室を利用し、一之瀬や私、ひよりといったOAAの学力評価の高いメンバーを中心に、一年生を交えた合同勉強会を毎日開催している。基礎問題から応用までを先輩が後輩に丁寧に教え込むその光景は、まさに理想的な学び舎の姿と言えた。

 

「ごめんね、みんな。今日はこれから生徒会の仕事があるから、私と藍染くんは一回抜けさせてもらうね。仕事が早く終わったらまた戻ってくるから、ひよりちゃん、それまでの間お願いしてもいいかな?」

 

「はい、任せてください。お二人とも、生徒会のお仕事頑張ってくださいね」

 

 ひよりが笑顔で頷くと、勉強会に参加していた一年生たちからも次々と感謝の言葉が上がった。

 

「ありがとうございました、先輩方! お疲れ様です!」

 

 その中で一際大きな声を上げ、ガバッと勢いよく立ち上がって深々と頭を下げてきたのは、一年生の藤泉要だった。

 

「藍染先輩! 御自らの貴重な時間を削り、我々のような未熟者に至高の知識を授けてくださったこと、この藤泉、生涯忘れません! 」

 

(ただ数学の公式教えただけなんだけど!! でも真面目に勉強に取り組んでくれてるのは良いことだ!)

 

 内心で激しくツッコミを入れつつも、私はあくまで涼しい顔を保ち、フッとオサレな笑みを浮かべた。

 

「――君たちの乾ききった知的好奇心を潤すのも、上に立つ者の務めだからね。……せいぜい、私が戻るまでにその公式を脳髄に刻み込んでおくことだ」

 

「ははっ!! ありがたき幸せ……!!」

 

 頼もしい一年生たちと、笑顔で手を振るひよりに見送られながら、私と一之瀬は連れ立って生徒会室へと向かった。

 

「順調だね、藍染くん。一年生の子たちもすごく真面目に勉強に取り組んでくれてるし、これなら絶対に誰も退学になんてならないよ」

 

「ああ。君が築き上げたこのAクラスの結束力があれば、いかなる試験であろうと揺らぐことはないさ」

 

 和やかに言葉を交わしながら生徒会室の扉を開けると、そこにはすでに、生徒会長である南雲雅が中央のデスクで優雅に書類に目を通していた。

 

「待たせたな、南雲」

 

「遅れてすみません!南雲先輩!」

 

「揃ったな。……藍染、一之瀬。今日お前たちを呼んだのは他でもない。今年度の『新入生の生徒会入会』についてだ」

 

 南雲は手元の書類を置き、私たちに向けて不敵な笑みを向けた。

 

「現在、新一年生の中から三名、生徒会へ入りたいと希望を出している者がいる」

 

(……新一年生の入会希望者、ね)

 

 私はオサレな無表情を保ちながら、内心で冷静に思考を巡らせた。

 

(南雲の方針は基本的に『来るもの拒まず』で、実力主義を掲げつつも意欲ある者はどんどん取り入れていくスタイルだからな。入れること自体は別にいいんだけど……正直、これ以上人数を増やしても、生徒会にそこまで回す仕事なくないか? ただでさえ、俺と、鬼龍院先輩の二人で、生徒会の事務作業は爆速で処理できてるからな。新入生が入っても、お茶汲みくらいしかやることがない気がするぞ)

 

 私が内心でそんな身も蓋もないことを考えていると、南雲が腕を組んで口を開いた。

 

「お前たち役員の負担も軽減するし、人手が増えることに問題はないだろう? 藍染、お前のように一年生の早い段階から生徒会に所属することは、学校のシステムを理解する上でも大きなメリットがあるしな」

 

(まあ、それもそうか。俺自身、生徒会に入ったおかげで情報のアドバンテージを得ることが出来たし、何より人間として大きく成長することが出来た。後輩を育てるのも先輩の役目ってやつだな)

 

 私は内心で深く頷きつつ、ふっと傲慢に微笑んでみせた。

 

「――構わないよ。新たなる風がこの盤上に吹き込むというのなら、それを受け入れる度量を持つのが上の者の務めだ。彼らがどこまで私を楽しませてくれるか、見物させてもらおう」

 

「私も大丈夫です! 後輩が入ってきてくれるのはすごく嬉しいですし、しっかりサポートしますね!」

 

 一之瀬も満面の笑みで同意する。

 

「よし、決まりだな」

 

 南雲は満足そうに頷くと、手元のタブレット端末を操作し、OAAの画面をモニターに投影した。

 

「とりあえず、お前たち一、二年の合同の特別試験が終わった後、五月に正式に入会を認めることになっている。その時に改めて顔合わせをしよう。……今回加入するメンバーは、この三人だ」

 

 浮かび上がった三つのプロフィール画面。

 

・一年Bクラス:八神 拓也(やがみ たくや)

・一年Cクラス:波田野 翔(はたの かける)

・一年Aクラス:藤泉 要(とうせん かなめ)

 

(――要ぇぇぇぇ!!)

 

 最後の一人の名前と顔写真を見た瞬間、私は内心で盛大にガッツポーズを決めた。

 

(いや絶対俺の後を追って生徒会に入ってくると思ってたけど!!さすが俺の狂信的……いや、優秀な後輩だ! 学力Aで頭も切れるし、生徒会の仕事も間違いなくそつなくこなすだろう。手元に置いておける頼もしい後輩が入ってくるのは、素直に喜ばしいことだ!)

 

 私は内なる歓喜を完璧に隠蔽し、ただ静かに、そしてオサレに口角を上げた。

 

「……フッ。なるほど、悪くない駒が揃っているようだね」

 

 生徒会での軽い打ち合わせと業務を光の速さで終わらせた私と一之瀬は、そのままひよりたちが残る教室へと足を運んだ。

 

 

 静かに扉を開けて中を覗き込むと、大半の一年生はすでに帰宅しており、ひよりと二宮、浜口、そして神崎が残ってプリントの整理や机の後片付けをしているところだった。……が、よく見ると、なぜかそこに一年生の藤泉要の姿も混ざっている。

 

「――黄昏の帳が下りる中、知識という名の光を分け与える君たちの献身……見事だったよ。後片付け、ご苦労だったね」

 

 私が教室へ足を踏み入れながらオサレに労いの言葉をかけると、ひよりがパッと花が咲くような愛らしい笑顔を浮かべて振り返った。

 

「あ、惣右介くん! 帆波ちゃんも。生徒会のお仕事、お疲れ様です」

 

「ひよりこそ。……私のいない間、よくこの盤上を守り抜いてくれたね」

 

「ふふっ、惣右介くんが残してくれた教えがあったからこそですよ」

 

(ひより……! マジで天使かよ!! 疲れた体にその笑顔と全肯定の言葉がめちゃくちゃ染み渡る……!!)

 

 尊さに天を仰ぎそうになるのを必死に堪えていると、バッ!と要が直立不動の姿勢をとってこちらを向いた。

 

「藍染先輩、お疲れ様です! どうしても直接ご挨拶をしてから帰ろうと思い、勝手ながら先輩方の後片付けを手伝わせていただいておりました!」

 

(わざわざ挨拶のためだけに残ってたの!? でも片付けを手伝ってくれるのはえらいぞ!!!)

 

 内心で激しくツッコミを入れつつ、私は「……君の忠義、しかと受け取った」と鷹揚に頷いてみせた。

 

「藤泉くんも、みんなも遅くまで残ってくれてありがとう! 残りの片付けは私たちも手伝うよ!」

 

 一之瀬が明るく声をかけ、私を含めた全員で協力し、残りの作業を終わらせた。 

 

「それじゃあ、僕たちはこれで」

 

「藍染くん、ひよりちゃん、ゆっくりデート楽しんできてね〜」

 

「あ、ありがとうございます……! 神崎くん、浜口くん、二宮さんも、遅くまでごめんなさい。また明日」

 

 クラスメイトたちの温かい冷やかしにひよりが照れくさそうに笑い、要の仰々しい最敬礼のポーズに見送られながら、私たち二人は夕暮れ時のケヤキモールへと向かった。

 

「さて、買い出しに行こうか。今日は何を作ろうか」

 

「はいっ。今日も惣右介くんの手料理、とっても楽しみです」

 

 並んで歩きながら、自然な流れでそっと手を繋ぐ。ひよりの少し冷たくて柔らかい手が、私の掌にすっぽりと収まった。

 

 スーパーで新鮮な野菜や肉を選び、カートを押しながら夕食のメニューについて語り合う。

 

「今日は少し肌寒いですし、温かいシチューなんてどうでしょうか?」

 

 そんな穏やかな買い物の最中だった。

 

「――あーっ! 見ぃ〜つけたっ!」

 

 不意に、背後から弾むような、どこか小悪魔的な響きを持った声がかけられた。

 

 振り返ると、そこには見慣れない女子生徒が立っていた。ツインテールに結ばれた赤みがかった髪と、挑発的ながらも愛嬌のある笑顔。

 

「んふふ〜。あなたが噂の、生徒会副会長さんだぁ」

 

 彼女は私たちの前に立ち塞がると、両手を後ろで組みながら、じっと私の顔を覗き込んできた。

 

「初めましてぇ! あたしは一年Aクラスの、天沢一夏って言います! よろしくね、せぇんぱい!」

 

 まるで猫のように人懐っこく、しかしその奥に得体の知れない光を宿した瞳。

 

「……初めまして、天沢さん。私は二年Aクラスの椎名ひよりです」

 

 ひよりが礼儀正しく、丁寧にお辞儀をして自己紹介をする。

 

 私も普通に自己紹介を返そうとした。……が、悲しいかな、私の口は後輩を前にすると自動的に『ラスボスモード』へと切り替わってしまうのだ。

 

「――私の名をすでに知っているのなら、挨拶は不要だ。この箱庭において、私の前に立つ意味を理解しているのかな?」

 

(ああああああ普通に挨拶しろよ俺の口ぃぃぃ! なんで初対面の一年生相手にラスボスみたいな貫禄出しちゃってんの!?)

 

 内心で激しく頭を抱える私をよそに、隣のひよりはニコッと微笑んだ。

 

「『初めまして、天沢さん。声をかけてくれて嬉しいです。これからこの学校で一緒に頑張りましょうね』と言っています!」

 

「あははっ! なにそれ、ウケる〜!」

 

 ひよりの完璧な翻訳を聞いた天沢は、お腹を抱えるようにしてケラケラと笑い出した。

 

「いやぁ、噂には聞いてたけど、藍染先輩ってホントに面白い人なんだねぇ。あ、それよりさ……」

 

 天沢はピタッと笑いを止め、私とひよりの繋がれた手へと視線を落とした。

 

「お二人って、付き合ってるんですかぁ〜?」

 

 ニヤニヤとからかうような、好奇心に満ちた問いかけ。

 

(おおっ、直球で聞いてきたな。まあ、ここで照れて隠すような真似は俺の美学に反する。ここはバシッと、オサレに肯定してやろうじゃないか!)

 

「――彼女は、私の孤独な夜空を照らす唯一の月だ。その光を手放すことなど、あり得ないさ」

 

 私がオサレに言い放つと、ひよりはふふっと頬をほんのり桜色に染めながら、嬉しそうに微笑んだ。

 

「『はい、私たちはお付き合いしています』とのことです」

 

(ひよりぃぃ!照れてる顔が可愛すぎるぜ!!)

 

「え〜っ、ロマンチックぅ! じゃあじゃあ、いつから付き合ってるんですかぁ?」

 

 私の言葉を聞き、天沢はさらに興味津々に目を輝かせて身を乗り出してきた。

 

「――聖なる夜に舞い降りた白雪が、私たちの時計の針を永遠に重ね合わせた日からさ」

 

「『去年のクリスマスからです』とのことです……ふふっ」

 

 ひよりは恥ずかしそうにはにかみながらも、その瞳には隠しきれない幸せを滲ませている。

 

「クリスマスかぁ、いいなぁ〜! じゃあどっちから告白したんですかぁ?」

 

 なおも追及してくる天沢。

 

「――恐怖を退け、尊き『勇気』を示してくれたのは彼女だ。私はただ、その無垢なる光に導かれ、自らの臆病な幻を打ち砕いたに過ぎない」

 

 ひよりは顔を真っ赤にしながら、少し俯き加減で幸せそうにギュッと私の手を握りしめた。

 

(ああっ……照れながらも幸せそうに笑うひより、本当に可愛いなぁ……。俺の理性が吹き飛びそうだよ!)

 

 内心で大いにほっこりしていると、私たちの甘いやり取りを特等席で堪能した天沢は、満足げにウンウンと頷いた。

 

「あははっ、椎名先輩ってば、かぁわいいねぇ!」

 

(ひよりのこの圧倒的な可愛さを瞬時に理解するとは……うんうん! 実に見込みのある、いい後輩じゃないか!)

 

 私が内心で大絶賛していると、天沢はニシシと悪戯っぽく笑った。

 

「うんうん、いろいろ聞けてあたしは大満足! ……じゃ、これ以上ラブラブなデートの邪魔しちゃうのも悪いし、あたしはこれで! またね〜、藍染先輩、椎名先輩!」

 

 天沢はそう言うと、ひらひらと手を振りながら、嵐のように去っていった。

 

「――まるで、凪いだ水面に突如として現れたつむじ風だな。軌道が読めず、ひどく捉えどころのない存在だ」

 

「ふふっ。本当ですね。まるで嵐のような不思議な子でしたね」

 

 ひよりがクスクスと笑いながら私の手を握り返す。

 

 その後、私たちは無事に買い物を終え、私の部屋へと戻った。

 

「さて、腕によりをかけて作るとしよう」

 

「わあ、楽しみです! 私もお手伝いしますね」

 

 キッチンに立ち、手際よく包丁を握る私の隣で、ひよりがエプロン姿で甲斐甲斐しくお皿や小鉢を用意してくれる。

 

 共に食卓を囲み、私が振る舞った手料理に舌鼓を打ちながら、その日あった他愛のない出来事を語り合う。

 

 見えざる敵の影や、過酷な特別試験のプレッシャーなど、この部屋の中には存在しない。ただひたすらに穏やかで幸福な時間が流れていくのだった。

 

 

 

 一方その頃。

 一年生寮の一室。

 

 自室に戻った天沢一夏は、ベッドにダイブするように寝転がり、天井を見つめながら一人、不敵な笑みを浮かべていた。

 

「あーあ、びっくりしちゃった……」

 

 彼女の口から漏れたのは、先ほどまでの人懐っこい小悪魔的なトーンとは全く違う、冷たく、そしてどこか歓喜に震えるような声だった。

 

『ホワイトルーム』

 

 彼女が育ったその施設において、規格外の伝説として扱われている存在――藍染惣右介。

 

 どんな成績を残しても「綾小路清隆の方が凄かった」と言われ続けた日々。

マジックミラー越しに、息をするように過酷なカリキュラムをこなす綾小路清隆の姿を実際に見た時、同じ五期生の——は激しい憎悪を抱き、天沢は逆に狂信的な崇拝の感情を抱いた。

 

 そんなある日、一人の職員がポツリとこぼしたのだ。

 

『――もしも藍染くんが残っていれば、最高傑作は彼だったでしょうけどね』

 

 すぐに別の職員が『綾小路先生に聞かれたら問題になるぞ』と慌てて口を塞いだが、天沢の耳にはしっかりと届いていた。

 

 後日、興味本位でその職員に尋ねて知った。この施設の『天才を人工的に生み出す』という理念そのものを根底からぶっ壊す、規格外の天才がかつて存在したこと。そして、その怪物の名前が『藍染惣右介』であることを。

 

 四月初旬、理事長室で月城理事長代理から告げられた言葉が脳裏に蘇る。

 

『はっきり言って、君たちの能力では彼に太刀打ちすることは不可能です』

 

 あの露骨な忠告に対し、もう一人の『刺客』は自らの能力を否定された屈辱から、激しい憎悪で奥歯を噛み締めていた。

 

 だが、天沢は違った。彼女はただただ、かつての伝説に対する好奇心が疼いて仕方がなかったのだ。

 

「あたしの崇拝する綾小路先輩は、この学校で目立たないように必死に力を隠してるみたいだけど……藍染先輩は、全く隠す気がないみたいだねぇ」

 

 天沢はケラケラと喉の奥で笑う。

 

 今日、初めて直接対面した藍染惣右介という男。月城が「絶対に勝てない」と断言した理由が、直接見て嫌というほど理解できた。

 

(勝てない、なんてチャチなレベルじゃない。あの人の前に立った瞬間……あたしの本能が、細胞の一つ一つが『逆らうな』って悲鳴を上げてた。圧倒的なまでの強者のオーラ。あれは、人間の皮を被った怪物だよ)

 

 恐怖すらも心地よい刺激として受け入れながら、天沢はベッドの上で寝返りを打つ。そして、ふと先ほどのケヤキモールでの甘すぎる光景を思い出し、ニヤリと唇を歪めた。

 

「でも……あの伝説の藍染先輩が、あんな普通の女の子にベタ惚れだなんてねぇ。ちょっとからかっただけなのに、『唯一の月』だの『永遠に時計の針を重ねた』だの、あんな甘ったるいポエムを大真面目に返しちゃうんだもん。椎名先輩もすっごく幸せそうにしてたし」

 

 そんな二人の姿を思い浮かべ、サディスティックな欲求が頭をもたげる。

 

「もしも、あの椎名先輩をぐちゃぐちゃに壊しちゃったら、藍染先輩はどんな顔するのかなぁ……」

 

 ――だが、すぐに天沢はブルッと大げさに体を震わせ、その考えを即座に打ち消した。

 

「……やーめた。絶対に止めておこう。どう見ても藍染先輩の椎名先輩に対する想いは本気だからねぇ。あの怪物の逆鱗に触れて本気でキレさせるなんて、いくらあたしでも命が惜しいし」

 

 もしあの『唯一の月』を奪うような真似をすれば、自分がどうなるか。本能が全力で警鐘を鳴らしているのだ。

 

(……綾小路先輩に向けての長年の憎悪とは違うけど、月城さんから『絶対に勝てない』って頭ごなしに否定された屈辱で、——が変に暴走しないように一応忠告しておいてあげないとね)

 

 天沢は、自分と同じ『刺客』として送り込まれた少年の顔を思い浮かべる。

 

(——はプライドが高いからなぁ。自分の実力を証明したいあまりに、万が一にでも椎名先輩に危害を加えるようなことがあれば……。きっと、退学なんてもんじゃ済まされない。大切な同期が、文字通りこの世から『消される』なんてことになったら、あたしだって悲しいしねぇ)

 

 触らぬ神に祟りなし。あの規格外の怪物には余計な手出しをせず、安全圏から観察するにとどめておくのが一番賢明だ。そもそも、月城から彼女たち刺客に与えられた任務は、藍染惣右介の排除ではなく、『ホワイトルームの最高傑作』綾小路清隆を退学させることなのだから。

 

 だが――自らの本来の目的へと意識を向けた天沢は、つまらなそうに鼻で笑った。

 

「綾小路先輩を退学にさせる任務? そんなの、あたしが真面目に遂行する気なんて最初からあるわけないじゃん。あたしはただ、一番近くの特等席に座って……崇拝する綾小路先輩がどんな実力を持っていて、この学校でどんな生活を送るのかを見ていたいだけ」

 

 恍惚とした吐息を漏らしながら、天沢は天井に向けてそっと手を伸ばした。

 

「ふふふ……でもさ。綾小路先輩と、藍染先輩。――もし二人が本気でぶつかり合ったら、いったいどっちが強いんだろうね?」

 

 静寂の部屋に響く、少女の無邪気で残酷な笑い声。

 新たなる波乱の火種は、盤上の至る所で確実に、そして静かに燃え広がり始めていた。

 

 

 

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