いつからここが尸魂界だと錯覚していた?   作:yvrararara

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八話

 高度育成高等学校に入学して、二週間が経過した。

 

 この学び舎のシステムや敷地内の地理にもすっかり慣れてきた今日この頃だが、私の1年Bクラスにおける立ち位置は、見事なまでに『魔王ぼっち』のまま固定化されていた。

 

(……今日も、誰も俺の半径二メートル以内に近づこうとしないな)

 

 朝のホームルーム前。クラスメイトたちはすっかりグループを形成し、週末の予定や部活の話題で花を咲かせている。しかし、窓際の一番後ろの席――私の絶対領域だけは、まるで極寒のツンドラ地帯のように冷え切っていた。

 

 そんな中、唯一の例外が存在する。

 

「おはよう、藍染くん! 今日もいい天気だね!」

 

 ピンク色の髪を揺らして、クラスの中心人物である一之瀬帆波が笑顔で話しかけてきた。

 

 入学初日から私がどんな大惨事(ポエム)を巻き起こそうと、彼女だけは「同じクラスの仲間だから」と、毎日欠かさず挨拶をしてくれるのだ。

 

(一之瀬さん……! 君は本当に聖母なのか!? ありがとう、おはよう! 今日もよろしくねって、最高の笑顔で返すぞ俺!)

 

 私は内心で感涙に咽び泣きながら、優しげな笑みを作って口を開いた。

 

「――ああ。だが、この狭小な箱庭に降り注ぐ光など、私にとっては酷く退屈なものに過ぎない。……君も、いつまでも足元の小石に囚われていると、空の青さを忘れてしまうよ」

 

(うわああああああ!! だからなんで挨拶一つで世界の理を語るみたいなスケールになっちゃうんだよ俺の口は!!)

 

 私の言葉を聞いた一之瀬は、「あ、あはは……そっか、藍染くんはもっと広い世界を見てるんだね」と、必死に苦笑いを浮かべてフォローしてくれた。

 

 しかし、周囲の生徒たちの反応は違った。

 

『……おい、またあいつ一之瀬さんに嫌味言ってんぞ』

 

『一之瀬さんがせっかく話しかけてあげてるのに、何様のつもりだ……?』

 

『……でも、目つけられたら何されるか分かんねえから、放っておこうぜ……』

 

 藍染スペックの驚異的な聴覚は、クラスメイトたちの憤りに満ちたヒソヒソ声を正確に拾い上げていた。彼らは一之瀬に対する私の態度に明確な怒りを抱いているが、私の放つ「得体の知れない威圧感」に恐れをなし、直接文句を言ってくる者は誰もいない。

 

(違うんだよみんな! 俺はただ普通のコミュニケーションが取りたいだけなんだ! 頼むから一之瀬さん、俺の心の中の『おはよう』を受信してくれ!!)

 

 内心で血の涙を流し、土下座を繰り返しながら、私はただ静かに放課後のチャイムが鳴るのを待ち続けた。

 

 

 放課後。

 私は今日も『資金稼ぎ』のための任務を終え、特別棟の廊下を歩いていた。

 

(……ふう。今日の剣道部とテニス部の道場破りも、なんとか無事に終わったな)

 

 入学してからの二週間、私は放課後になるたびに様々な部活に顔を出し、先輩たちに『賭け事』を吹っかけまくっていた。

 

 ボードゲーム部での圧勝に味を占めた私は、eスポーツ部での対戦ゲーム、柔道部での組み手、剣道部での試合など、ありとあらゆる勝負事で上級生を蹂躙し、彼らのポイントを根こそぎ奪い取ってきたのだ。

 

 藍染スペックの圧倒的な頭脳と身体能力の前には、高校生レベルの部活動など児戯にも等しかった。

 

(だが……そろそろ限界だな。どの部活に行っても『あ、悪魔が来たぞおおお!』って逃げられるようになっちゃったし)

 

 私は自分の端末を確認する。

 この二週間で荒稼ぎしたポイントは、なんと900万ポイント。

 

 それに、私とひよりの特別口止め料合わせると、現在の合計金額は1500万ポイントだ。

 

(2000万ポイントまで、残りあと500万ポイント……。ここまで来たら一気に稼ぎたいところだけど、もうカモにできる部活が残ってないんだよな……)

 

 溜め息をつきながら、私は唯一の安息地である図書室の扉を開けた。

 そこにはいつものように、窓際の席で本を広げる銀髪の少女の姿があった。

 

「待たせたね、ひより」

 

「あ、惣右介くん。お疲れ様です。今日も……その、色々と大変だったみたいですね」

 

 ひよりは私の「部活荒らし」の噂をどこからか聞いているらしく、心配そうに微笑んだ。

 

「……構わないさ。玉座に至るまでの道に転がる石を、少しばかり蹴り飛ばしたに過ぎない。君が気にかけるようなことではないよ」

 

「ふふっ、惣右介くんは本当に強いですね」

 

 私がポエムで返すと、ひよりは意図を正確に汲み取り、嬉しそうに目を細めた。

 

 二人で並んで本を広げ、穏やかな時間を過ごそうとした、その時だった。

 

「――へぇ。お前が、最近上級生を食い物にして荒らし回っているっていう、生意気な1年か」

 

 図書室には似つかわしくない、自信に満ち溢れた声。

 振り向くと、そこには金髪を整え、傲慢な笑みを浮かべた見知らぬ上級生が立っていた。

 

 整った顔立ちに、どこか人を食ったような、余裕と野心を隠し持った目つき。

 

「……私の読書を邪魔するとは、随分と度胸のある男だね。君は?」

 

 私が静かに、だが明確な威圧感を込めて問うと、男はニヤリと笑った。

 

「俺は2年Aクラス、生徒会副会長の南雲雅だ。……お前、藍染惣右介だろ? 入学早々、俺のオモチャ……じゃなかった、可愛い先輩たちから随分とポイントを巻き上げているらしいな」

 

「……なるほど。敗残兵どもの親玉というわけか。それで? 私に何の用だ?」

 

(生徒会副会長!? やばい、賭け事のペナルティで退学とか言われるパターンか!? 逃げるか!? いや、でもここで引いたらひよりにカッコ悪いし……!!)

 

 内心で焦りまくる私をよそに、南雲は「退学」といった言葉を口にすることはなかった。代わりに、彼は獰猛な笑みを浮かべてこう言ったのだ。

 

「俺と勝負しろよ、藍染。お前のその生意気な態度、俺が実力で黙らせてやる」

 

「…………ほう?」

 

 私はピクリと眉を動かした。

 

(生徒会副会長からの勝負!? 好都合だ、2000万までちょうどあと500万ポイント足りなかったんだよな!)

 

 私はゆっくりと本を閉じ、立ち上がって南雲と対峙した。

 私から放たれる藍染特有のプレッシャーに、南雲の背後の空気がわずかに歪む。

 

「……いいだろう。君のその無謀な勇気には敬意を表するが、ただの遊戯では退屈すぎる。……お互いに『500万ポイント』の対価を盤上に乗せるというのはどうかな?」

 

「……へえ?」

 

 南雲が、1年の口から出た規格外の金額に目を細め、警戒と興味を混ぜたような声を漏らす。

 

(よし! ここで『生徒会副会長ならそれくらい持ってるよね? ビビッた?』って軽く煽って勝負を確定させるぞ!)

 

「――どうした? 己の羽の脆さに怯えるのなら、大人しく地に伏していることだ。……空の広さを知らぬ小鳥が、無理に天を仰ぐ必要はないのだからね」

 

(うわああああ!! 煽り方が完全にラスボスのそれ!! 絶対怒るだろこれ!)

 

 ピキッ、と。南雲の額に明確な青筋が浮かんだ。

 彼は明らかに苛立った様子で、獰猛な笑みを浮かべる。

 

「……上等だ、藍染。その舐めた口、二度と叩けなくしてやる。勝負の内容はどうする? 1年相手に俺が有利なのも悪いし、選ばせてやってもいいぜ?」

 

「――必要ない」

 

 私は優雅に髪をかき上げ、南雲を見下ろすように言い放った。

 

「勝負方法は、君の最も得意なものに合わせよう。……私がどれほどハンデを与えようとも、君の足掻きが天に届くことはないのだと、その身に刻み込んでやるためにな」

 

 彼は「へえ?」と明らかに苛立った表情を作り、目を細める。

 

「……上等だ。じゃあ、俺の土俵で殺してやるよ。サッカーだ。一対一のPK戦で勝負しようぜ。俺はこれでも、サッカーでは誰にも負けたことがないんでね」

 

「構わないよ。……その自信が絶望に変わる瞬間を、楽しみにさせてもらおう」

 

 三十分後。

 私たちは、放課後のグラウンドの端にあるサッカーゴールに向かい合っていた。

 

 ギャラリーは、心配そうについてきたひよりと、南雲が連れてきた数人の取り巻きだけだ。

 

「ルールは単純だ。交互に5本ずつ蹴って、多くゴールを入れた方の勝ち。先攻は俺からでいいな?」

 

「好きにしたまえ」

 

 私がゴールキーパーのポジションに立つと、南雲はボールをセットし、助走を取った。

 

 彼のシュートフォームは、確かに素人のそれではない。洗練された動きと、強力なインパクト。放たれたボールは、弾丸のような速度でゴールの右隅へと向かった。

 

 普通の高校生なら、反応することすらできないだろう。

 

 ――だが。

 

(……遅いな。止まって見えるぜ)

 

 藍染スペックの動体視力を持つ私にとって、そのボールはまるで水の中を漂う風船のようにゆっくりと見えた。

 

 私は全く焦ることなく、ボールがゴールラインを割る直前に、スッと右手を伸ばした。

 

 パァンッ! という乾いた音と共に、ボールは私の手のひらに完全に収まった。

 

「……なっ!?」

 

 南雲が、信じられないものを見るように目を見開いた。

 

「……どうした? 今のが君の『全力』というわけではあるまい?」

 

 私はボールを転がし、冷酷に微笑んだ。

 

 続く私のキック。

 極限まで鍛え上げられた、人体の限界値とも言える完璧な肉体。私は南雲の重心が僅かに傾いた瞬間を突き、彼が物理的に反応できない死角へ向けて、正確無比なスピードとコースでゴールネットを揺らした。

 

 結果は、言うまでもない。

 私の5戦全勝、いや、南雲のシュートを全て片手でキャッチし、私のシュートは全て彼の一歩先を抜けていくという、完全なる『蹂躙』だった。

 

「……ハァ、ハァ……ば、化け物か、お前……」

 

 膝をつき、肩で息をする南雲。

 彼のプライドは完全に粉砕されていた。

 

「……ゲームセットだ。君の足掻きは、退屈しのぎにすらならなかったよ」

 

 私は容赦のない言葉を突きつけ、自分の端末を開いた。

 南雲は悔しげに唇を噛み締めながらも、約束通り500万ポイントを私の口座へと送金した。

 

(よしっ!! よおおおおおしっ!!)

 

 私は内心でガッツポーズを決め、喜びの舞を踊っていた。

 ついに、ついに集まったのだ。

 画面に表示された途方もない数字。これこそが、ひよりを私の隣に呼び寄せるための切符。

 

「……行くぞ、ひより」

 

「あ……はいっ、惣右介くん!」

 

 私は南雲を一瞥することなく背を向け、ひよりと共にその場を後にした。

 足早に向かった先は、職員室。

 私たちは1年Bクラスの担任である星之宮知恵のデスクへと直行した。

 

「あ、あら藍染くん。それに椎名さんも。今日はどうし……」

 

「――契約の履行を要求しに来ました」

 

 私は端末の画面を星之宮の目の前に提示した。

 

「に、二千万……!? 嘘でしょ、たった二週間でどうやって……!?」

 

 星之宮は椅子から転げ落ちそうになりながら、目玉が飛び出るほど驚愕した。

 

「過程など些末なことです。……私はこのポイントと引き換えに、彼女――椎名ひよりの『Bクラスへの移籍』を要求する。……学校のルール上、可能でしたね?」

 

「ま、待って! 前代未聞よこんなの! 1年の四月でクラス移動の権利を行使する生徒なんて、過去に一人もいないわ! ちょ、ちょっと待ってて! 上に確認してくるから!!」

 

 星之宮はパニックに陥ったまま、またしても職員室の奥へと駆け込んでいった。

 

 それから三十分以上、待たされただろうか。

 戻ってきた星之宮の顔は、初日に300万の口止め料を支払った時以上に、疲労困憊していた。

 

「……はぁ、はぁ……藍染くん。学校側は、あなたの2000万ポイントの支払いを認め、椎名さんのBクラスへの移籍を受理したわ」

 

「……当然の帰結です」

 

「でもね……一つだけ条件があるの」

 

 星之宮は真剣な顔で私たちを見た。

 

「クラス移籍の正式な手続きと発表は、『五月一日』まで待ってほしいの。……四月の段階では、まだ生徒たちにポイントの増減やシステムの全容を隠している状態だから、今動かすと学校側のテストが根底から崩れちゃうのよ」

 

(なるほど。五月一日のポイント発表のタイミングで、色々とネタばらしがあるから、それに合わせたいってことか。まあ、あと二週間なら待てないこともないか)

 

 私はゆっくりと頷いた。

 

「……よかろう。大人たちの面子を潰すのは、私の本意ではないからね。五月一日。……その日を境に、彼女は私の隣に座ることになる。それでいいな?」

 

「え、ええ。約束するわ」

 

 ついに、目的は達成された。

 私は星之宮に背を向け、ひよりと共に職員室を後にした。

 

 夕日に染まる帰り道。

 並んで歩くひよりの足取りは、いつにも増して軽く見えた。

 

「惣右介くんっ!」

 

 不意に、ひよりが立ち止まり、私を見上げてきた。

 その瞳には、うっすらと涙が浮かんでいるように見えた。

 

「本当に、本当にありがとうございますっ! 惣右介くんが、私のためにこんな……二千万なんて途方もないポイントを集めてくれるなんて。……でも、本当に私なんかのために、良かったんですか……?」

 

 彼女の健気な問いかけに、私の心臓が大きく跳ねた。

 

(いいに決まってるだろ!! むしろ俺がひよりと一緒にいたいからやったんだよ!! 『気にするなよ、俺もひよりと同じクラスになりたかったし!』って、一番の笑顔で言ってやる!!)

 

 私は大きく深呼吸をし、優しく微笑んで、口を開いた。

 

「――愚問だね、ひより。……月が夜空を美しく照らすのは、誰のためでもない。ただそこに在るからこそ、私はその光を手元に置きたいと願っただけだ。……君の価値は、二千万という矮小な数字で測れるものではないよ」

 

(だからなんでそうなるのーーー!? すぐ月とか星とか出す!! しかもなんかプロポーズみたいな激重ポエムになっちゃったよ!?)

 

 内心で頭を抱える私だったが、ひよりは私の言葉の裏にある「君と一緒にいたいからだよ」という意図を完璧に理解し、パァッと花が咲いたような、極上の笑顔を見せた。

 

「……ふふっ。惣右介くんは、本当に優しいですね」

 

「――。……買い被りだ」

 

「五月からが、楽しみですっ! クラスでも、またたくさん本のお話をしましょうね!」

 

 夕焼けを背に微笑むひよりの姿は、天使のようだった。

 勝手に出るポエムの呪いも、魔王ぼっちの孤独も、彼女のこの笑顔を見られるのなら安いものだ。

 

 転生者・藍染惣右介の高校生活は、五月一日を境に、ついに念願の平穏な「二人ぼっち」へと突入しようとしていたのである。

 

 

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