いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
四月二十六日。
いよいよ、特別試験本番の朝がやってきた。
二年Aクラスはペアがすべて決定してから、放課後の教室を大々的に解放し、一年生たちを招いての合同勉強会を連日開催してきた。学力評価の高いメンバーを中心とした、丁寧な教え方により、一年生たちとの絆は深まり、彼らの学力も確実に向上していた。
そして、私たち二年生自身の学力向上にも努め、誰もが自信に満ちた表情でこの日を迎えていた。
「みんな、おはよう!」
ホームルームが始まる直前、教壇の前に立った一之瀬が、クラス全員に向けてパァッと明るい笑顔で呼びかけた。
「いよいよ今日が試験本番だね! この一週間、みんな本当に頑張ったと思う。放課後遅くまで一年生の子たちに勉強を教えてあげたり、自分の苦手なところを克服したり……みんなのその努力は、絶対に裏切らないよ!」
一之瀬の力強い声に、クラスの空気がピリッと、しかし温かく引き締まる。
「今回の試験は退学っていう怖いペナルティがあるけど……今の私たちなら、絶対に大丈夫。一年生のみんなともしっかり信頼関係を築けたし、何より、私たち二年Aクラスの絆があるんだから! だから、今日はリラックスして、自分の力を100パーセント出し切ろうね!」
「おおーっ!」
「一之瀬の言う通りだ、絶対みんなで乗り切ろうぜ!」
クラスメイトたちが次々と呼応し、最高の士気と団結力を持ったまま、私たちは試験本番へと臨んだ。
――そして、数時間に及ぶ五教科のテストが終了した。
(……ふむ。本当に難しいというか、露骨に『解かせる気のない問題』がいくつも紛れ込んでいたな)
解答用紙が回収されていく中、私はオサレにペンを置き、内心で今回のテストの構成を分析していた。
(全体の一割ほどは、大学生レベルの知識や特殊なひらめきを要求される超難問だった。だが、その分、基礎的な簡単な問題も多く配置されていた。ペアのどちらかが意図的に点数を下げない限り、普通に解けば500点を下回ることはない親切設計。つまり、この試験の難易度なら、うちのクラスから退学者が出ることは万に一つもあり得ない)
私はゆっくりと息を吐き、窓の外の青空を見上げた。
(まあ、そんな超難問が混ざっていようと、藍染スペックの前では児戯にも等しい。今回も全教科100点満点は確実だろう。……あとは、清隆が月城の仕向けた刺客をどう凌いだか、だな)
月が替わり、五月一日。
特別試験の結果発表の日。
朝のホームルーム。教壇に立つ星之宮先生は、いつになく真面目な表情でホワイトボードにタブレットの画面を映し出した。
「はい、みんなおはよう。それじゃあ早速だけど、四月に行われたパートナー筆記試験の、クラス別の結果を発表するね。……結果は、こうなりました!」
ドンッ、という効果音が鳴りそうな勢いで、各クラスの順位と変動したクラスポイントが表示された。
【パートナー筆記試験・結果】
1位:Bクラス (坂柳) +50cl
2位:Cクラス (龍園) +30cl
3位:Aクラス (一之瀬) +10cl
4位:Dクラス (堀北) 0cl
【5月度・最新クラスポイント】
Aクラス(一之瀬):1378 → 1388cp
Bクラス(坂柳) :1155 → 1205cp
Cクラス(龍園) : 506 → 536cp
Dクラス(堀北) : 116 → 116cp
「――というわけで、うちのクラスは3位でした! もちろん、退学者もゼロよ! みんな、本当にお疲れ様!」
星之宮先生の言葉に、退学という最悪の事態を免れたことへの安堵の息が漏れる。
しかし、それと同時に「3位かぁ……」「うーん、やっぱりBクラスとCクラスには勝てなかったか」と、順位の低さに落ち込む声がいくつか上がった。
そんな少し沈みかけた空気を察知し、一之瀬がパンッと大きく手を叩いた。
「みんな、落ち込まないで!」
一之瀬は立ち上がり、クラス全員に向けて力強く、そして温かく微笑みかけた。
「確かに順位は3位だったけど、今回の結果は最初から想定の範囲内だよ! 私たちは今回、BクラスやCクラスがやったような、一年生をポイントで買い取る『マネーゲーム』には一切乗らずに、クラスの資金を温存する作戦を選んだんだから。それに、何よりも『一年生の救済』を最優先にしてペアを組んだ結果なんだから、仕方がないよ!」
「一之瀬……」
「たった10ポイントしか増えなかったかもしれないけど、誰も傷つかず、資金も使わずに乗り越えられたのはすごいことだよ! ここで資金を温存したことが、この先の過酷な試験で私たちに有利に働く展開だって大いにあり得るからね。だから、みんな下を向かずに気持ちを切り替えよう!」
一之瀬のポジティブで論理的な励ましに、クラスメイトたちの顔に再び光が戻っていく。
その時だった。
「――その通りだ」
神崎が、スッと立ち上がり、前髪をかき上げながらなぜかフッと冷笑を浮かべた。
「一時的な敗北など、悠久の時を生きる我々にとっては瞬きの如き誤差に過ぎない。盤上の駒はすべて揃っている。ここからが、我らAクラスの真の反撃の始まりだ……」
「神崎くんっ!?」
一之瀬が驚いたように目を丸くしてツッコミを入れた。
「最近すごくまともになってくれてたのに!? また変な言葉が出てるよ!!」
「っ!」
一之瀬の的確なツッコミに、神崎はハッとしてバツが悪そうに咳払いをした。
「す、すまない……! どうやら俺も、想像以上に悔しさを隠しきれていなかったようだ……!」
「あははははっ! 神崎くんウケる!」
「また発症してるぞー!」
神崎の失態により、教室はドッと大きな笑い声に包まれ、先ほどまでの重い空気は完全に吹き飛んでいた。
(……神崎はともかく。まあ、資金を全く使わずに3位なら、上々の結果だな)
私は賑やかなクラスの様子を眺めながら、内心で冷静に結果を分析していた。
(Dクラスは一年Dクラスと『クラス単位での協力』をしたみたいだな。まあ、それもそうか。あのクラスはそもそも資金がないからな。同じように資金を使わない戦略をとった以上、地力で勝るうちのクラスがDクラスに勝つのは当然の結果だな)
そんな私の思考を遮るように、星之宮先生がニコニコと笑いながらこちらを向いた。
「そうそう! 藍染くん、今回も本当にすごかったよ〜! あんなに難しい問題がいっぱいあったのに、またまた全教科100点満点なんて、先生びっくりしちゃった!」
「おおーっ!」
「やっぱり藍染はバケモンだぜ!」
クラス中から尊敬の眼差しが向けられる中、私は優雅に立ち上がり、不敵な笑みを浮かべた。
「――驚くようなことではないさ。深淵の底に用意された些末な謎かけなど、この天の頂に座す私にとっては、ただの退屈しのぎにも満たない。結果はすでに、私が筆を執った瞬間に確定していたのだから」
「『私にとっては当然です。皆さんもよく頑張りましたね』と言っています!」
私のオサレポエムを、ひよりが天使のような笑顔でいつも通り翻訳してくれた。
「あはは、藍染くんらしいね〜!」
先生も笑いながら、さらに画面を操作する。
「ちなみにね、ペアの総得点で見ても、藍染くんと一年Aクラスの藤泉くんのペアが『全体一位』でした! だから、個人報酬の十万プライベートポイントは藍染くんたちのペアに入ってるからねー!」
その直後だった。
「……えっ? ちょっと待って。Dクラスの綾小路も全教科満点で500点取ってるぞ!?」
手元のタブレット端末で全体の成績データを確認していた生徒の一人が、素っ頓狂な声を上げた。
その言葉に、クラス中がにわかにざわめき立つ。
「はぁ!? 嘘だろ!?」
「今回のあんな難しいテストで500点なんて……藍染くんはまあ、藍染くんだから分かるけどさ……」
「OAAの評価的にも絶対おかしいよね?」
「これまでずっと手を抜いてたってことか? だが、今更本気を出した理由はなんだ……?」
(おお!ついに清隆が本気を出したか!)
クラスが混乱する中、私は内心で密かに歓喜の声を上げていた。
(月城の放った『刺客』が現れた以上、ある程度力を見せつけておかないと、いざという時の立ち回りの選択肢も狭まるからな。……しかし、これで強力なブレーンを得た龍園のCクラスと堀北のDクラスの同盟も、決して油断できない存在になる。……面白くなりそうだな)
「み、みんな、落ち着いて! 確かに驚きだけど、他のクラスの生徒の成績を私たちがとやかく言うのは……」
一之瀬が慌ててクラスを鎮めようとするが、理不尽なまでの難問が出題された今回の試験において、藍染と同等の点数を叩き出した伏兵の存在に、クラスメイトたちの動揺と疑念はなかなか収まらない。
(このままでは清隆が不要な詮索と注目を集めすぎてしまうな。ここはいっちょ、俺がフォローを入れてやるとしよう)
私はゆっくりと息を吸い込み、クラスの喧騒を一瞬にして静めるほどの絶対的な威圧感を放ちながら口を開いた。
「――騒ぎ立てるほどのことではない。綾小路清隆……彼こそは、この私が認める数少ない好敵手の一人なのだから」
「『綾小路くんは、私がライバルとして認めるほど素晴らしい実力を持った生徒です』と言っています!」
すぐさまひよりが、私の本心を完璧に察知し、天使の笑顔で翻訳してくれた。
それを聞いたクラスメイトたちは、顔を見合わせた。
「藍染くんがライバル視するくらいだから……」
「まあ、あの藍染が認めるほどの実力があるなら、満点を取っても不思議じゃないか……?」
「だよね、藍染くんのライバルなら納得だわ」
こうして、教室を包んでいた綾小路への疑念は「藍染が認めているならそういうものだ」という、強引ながらも極めてスムーズな納得の空気へと変わっていった。
「はーい、それじゃあ、特別試験の結果発表はこれでおしまい! 明日からいよいよゴールデンウィークに入るけど……くれぐれも羽目を外しすぎないようにね! 問題行動を起こしたら、せっかくのクラスポイントが減っちゃうかもしれないからねー!」
星之宮先生の明るい注意喚起をもって、波乱の四月は幕を閉じたのだった。
一方、二年生となって初の特別試験である『パートナー試験』の結果が発表されたDクラスの教室は、異様なほどのどよめきと混乱に包まれていた。
無理もない。綾小路清隆が、過去最高難易度と言われたこのテストにおいて、ただ一人『500点満点』という規格外の数字を叩き出したのだから。
「……清隆。これは、一体どういうことだ」
これまで綾小路グループの一員として彼に勉強を教えていた幸村が、裏切られたような顔で綾小路の席へと詰め寄る。
「オレは――」
「綾小路。少し来い」
綾小路が口を開きかけたその時、担任の茶柱が教室に顔を出し、彼を廊下へと呼び出した。
綾小路が静かに教室を退出すると、残された生徒たちの間で堰を切ったように不満と疑惑の声が爆発した。
「なんなのよ、あの点数……! あいつ、カンニングでもしたんじゃないの!?」
真っ先に声を荒らげたのは篠原だった。その言葉に、クラスの空気がさらに険悪なものへと傾きかける。
「おい篠原。本人のいない前でそんなこと言うなよ」
すかさず須藤が立ち上がり、篠原をたしなめるようにフォローを入れた。以前の彼であれば真っ先に同調して騒いでいたかもしれないが、今の須藤は精神的にも大きく成長していた。
「でもさぁ、須藤。あいつの普段の学力で、カンニング以外の方法なんてあるのか? ……まさか、これまでずっと手を抜いてたってことか?」
本堂が戸惑ったように首を傾げる。
「だとしたら余計最悪じゃない!? あいつが最初から本気でやってたら、もっとクラスポイントが貰えてたかもしれないのに!」
篠原がヒステリックに叫び、周囲の生徒たちも「確かに……」と同調し始める。
「えー? でもさー、綾小路くんって実はすっごい天才だったってことでしょ!? なんかウケるー、すごーい!」
険悪な空気を切り裂くように、軽井沢がわざとらしくアホっぽいトーンで声を上げた。
「お前は黙ってろ軽井沢! これはクラス全体の問題なんだぞ!」
幸村が声を荒らげて突っかかる。
「まあまあ、ゆきむーも落ち着いてよ。きよぽんがそんな悪いことするわけないしさ……」
「そうだよ、清隆くんがカンニングなんて……」
長谷部と佐倉が必死になだめようとするが、幸村の怒りは収まらない。
「――フッ。愚かしいな、凡骨ども。他者の弾き出した『数字』という名の幻影に惑わされるとは」
突如、今まで黙っていた池が、前髪を掻き上げながらやれやれといった様子で首を振った。
「くだらない。貴様らには、他者の底を暴こうとする余裕など残されているのか? 今はただ、己の内に眠る『魂の深淵』を覗き込み、その輝きを解き放つことにこそ執着するべきだろう」
「は、はあ!? あんたマジで何言ってんの!?」
突然の痛々しいポエムに、篠原がドン引きしたような声を上げる。
「寛治ぃ……! お前、たぶん良いこと言ってんだろうけど、頼むからまともに喋ってくれぇっ!」
須藤も頭を抱え、親友の深刻な厨二病の悪化に悲痛な叫びを上げた。
「あはは……。たぶん池くんは、『他人のことを気にするより、まずは自分の能力を上げることに集中しよう』みたいなことが言いたいんだよね?」
そこで、密かに綾小路の実力に勘付いていた松下が、苦笑いしながら宥めるように口を挟んだ。
「それに、仮に手を抜いてたとしても、これから本気を出してくれるならいいんじゃない? 少なくとも綾小路くんは、これまでクラスの足を引っ張るようなことは一度もしてないし。責めるのは筋違いだと思うけどな」
松下の正論と、池のあまりにも痛々しい言動によって完全に毒気を抜かれてしまった篠原や幸村は、反論の言葉に詰まってしまう。
「フッ……貴様らはここに留まり、底の浅い問答を続けるがいい。俺は更なる高みへ至るため、己の魂を研鑽する孤独な戦いへと赴くとしよう」
言うが早いか、池はバサァッと見えないマントを翻すような大げさな動作を見せ、一人颯爽と教室を後にした。
しかし、池の嵐のような退場に呆れ果てつつも、綾小路に対する疑惑や不満を消化しきれない生徒たちは彼を直接問い詰めるべく、重苦しい空気のまま教室に居残っていた。
――数十分後
綾小路が教室へ戻ってくると、当然のごとく教室に残っていた多くのクラスメイトの視線が一斉に彼へと突き刺さった。
「清隆! 誤魔化さずに説明してくれ。お前は今まで、俺たちを騙していたのか!?」
待ち構えていた幸村が、再び綾小路に詰め寄る。
「……私が説明するわ」
綾小路が口を開くより早く、立ち上がったのは堀北だった。
「引っ込んでろ堀北! 俺は清隆に聞いてるんだ!」
「そうね。でも、その答えを知っているのは私なの」
「……はぁ?」
幸村をはじめ、クラス中の生徒たちが意味が分からず呆気にとられる。
堀北は凛とした態度で全員を見渡し、淡々と語り始めた。
「……私は入学してすぐ、綾小路くんが誰よりも学力の高い天才であることに気づいていたわ。……そして、あえて手を抜くように指示を出していたのよ」
「なっ……!? なんのためによ!?」
篠原が信じられないというように喚く。
「去年までの私たちのクラスの状況を考えてみなさい。あのバラバラで無防備だった状況で、そんな優秀な生徒がいると他クラスに知れ渡ったら、どうなっていたと思う?」
堀北の問いかけに、クラスのまとめ役である平田がハッとしたように顔を上げた。
「なるほど……。確かに、あの時点で目立っていれば、藍染くんや坂柳さんの標的にされて、徹底的に潰されていた可能性が高いね」
「その通りよ、平田くん。だからこそ、力を隠してあえて目立たないようにしてもらっていたの。下手に動けば、クラス全体が致命傷を負いかねなかったからね」
「だとしたら……なんで今更本気を出したのよ!?」
篠原の追及に、堀北は揺るぎない視線で答える。
「この一年間で、私たちもこの学校のルールを十分に把握できたわ。クラスポイントは沈んでしまったけれど、ここからならまだ逆転のチャンスはある。……それに、今年からは龍園くんたちCクラスと同盟を結ぶことが出来た。反撃の準備は整ったのよ」
「今年からは本格的に上位クラスへの逆転を狙う。だからこそ、このタイミングで綾小路くんにも本気を出してもらうってことだね」
平田の完璧なフォローに、堀北が小さく頷く。
「すごーい!!さすが堀北さん、めっちゃ考えてくれてたんだね! 綾小路くんも、ずっと我慢してて偉かったじゃん!」
すかさず軽井沢が明るい声で同調し、クラスの空気を上手く誘導していく。その連携と、もっともらしい理由付けを前に、篠原たちも「……そういうことなら」と次第に納得の表情を浮かべ始めた。
(……即興にしては、上手いことまとめてくれたようだ。よく考えればおかしな点はいくらでもあるが、平田や軽井沢の誘導もあって、とりあえずはこれで落ち着くだろう)
綾小路は静かに息を吐き、これからの苛烈な戦いへと密かに思考を巡らせた。
各クラスが特別試験の結果に悲喜こもごもの反応を見せる中、あっという間に一日の授業が終わり、放課後のチャイムが鳴り響いた。
(清隆のやつ、今頃クラスで大騒ぎになってるだろうな。……まぁ、あいつなら上手く立ち回るだろうけど)
そんなことを内心で考えながら、私は席を立った。
この日は、先日南雲生徒会長が言っていたように、一年生たちが正式に生徒会へと入会する日だった。
私と一之瀬は連れ立って、生徒会室へと向かった。
生徒会室の重厚な扉を開けると、そこにはすでに新旧のメンバーが揃っていた。
「全員揃ったな。それじゃあ、改めて新一年生の入会式……というか、顔合わせを始めよう」
中央のデスクに座る南雲が、鷹揚に頷いて場を取り仕切る。
まずは私たち在校生側から、順に自己紹介をしていくことになった。
「三年Aクラス、生徒会長の南雲雅だ。よろしく頼む」
「三年Bクラス、副会長の桐山だ」
「三年Bクラス、鬼龍院楓花だ。まあ、堅苦しい挨拶は抜きにしよう」
「三年Aクラス、殿河だ。よろしくな」
「三年Aクラス、溝脇だ」
「二年Aクラス、一之瀬帆波です! 書記をやらせてもらってます。わからないことがあったら何でも聞いてね!」
そして、私の番。
「――二年Aクラス、生徒会副会長の藍染惣右介だ。君たちがこの矮小な箱庭で、どこまで私を楽しませてくれるか……期待しているよ」
相変わらずのオサレな威圧感を放つ私の挨拶に、一年生たちは少し緊張した面持ちで姿勢を正した。
続いて、一年生たちの自己紹介が始まる。
「一年Bクラス、八神拓也です。生徒会の名に恥じぬよう、精一杯努力します。先輩方、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします!」
人当たりの良さそうな笑顔でハキハキと挨拶をする八神。
「一年Cクラス、波田野翔です。事務作業などは得意なので、即戦力になれるよう頑張ります」
眼鏡を押し上げながら、真面目そうに一礼する波田野。
そして最後は、私とペアを組み、見事全体一位の成績を収めた彼だった。
「一年Aクラス、藤泉要です。――藍染先輩! 先日の試験では、貴方の圧倒的な知に触れ、さらに忠誠を深める結果となりました! この生徒会という場においても、私は貴方の歩む大義の道に、すべてを捧げる覚悟です!!」
藤泉は私に向かって深々と、それこそ直角に腰を折り曲げて、狂信的なまでの熱を帯びた声で挨拶をした。
「……お、おう。随分と熱い後輩を持ったな、藍染」
南雲が少し呆れたように苦笑する。
「ふっ。忠義に厚いのは良いことだ」
私はオサレに頷きながら、内心では(要ぇぇぇ! お前それもう自己紹介じゃなくて俺への信仰告白じゃねえか!!)と盛大にツッコミを入れていた。
顔合わせが終わり、一年生たちに基本的な事務作業のレクチャーをした後。
「よし。今日は初日だし、仕事はこの辺にしておこう。俺の奢りで歓迎会をやるぞ。いつもの焼肉屋だ」
南雲の鶴の一声で、私たちはケヤキモールにある高級焼肉店へと移動することになった。
生徒会の焼肉において、私は常に『焼肉奉行』としての絶対的な地位を確立していた。絶妙な火加減、完璧なタイミングでの裏返し。私のトング捌きは、まさに芸術の域に達していた。
今日も私が肉をオサレに焼いてやろうとトングを手に取った瞬間――。
「――お待ちください、藍染先輩!!」
バッ! と物凄いスピードで、藤泉が私の手からトングを奪い取ろうとした。
「藍染先輩のような至高の存在に、自ら肉を焼かせるなど……この藤泉、万死に値します! どうか、この盤上の采配は、この私にお任せください!!」
あまりの気迫に押されそうになるが、私はオサレな笑みを崩さず、その申し出を静かに退けた。
「いや、いいよ」
「しかし……!」
「――要。私は"いい"と言ったよ」
「はっ……! 僭上な物言い、お許しください……!」
藤泉は深く、直角に頭を下げると、シュバッと素早く姿勢を正した。
(いくら要でも、焼肉奉行の座は譲らないぜ! 俺の計算し尽くされた完璧な火加減のルーティンを狂わされてたまるか!)
内心で熱い執念を燃やしながらトングを構え直す私の横で、一之瀬が目を白黒させていた。
「えっと……お肉焼くだけで、なんでそんな重めの主従関係みたいな空気になってるの!? ていうか藍染くん、そこは後輩に譲らないんだね!?」
「ふっ。……とはいえ、この人数の胃袋を満たすには私の手だけでは足りないからね。要、向こうの網は君に任せよう」
「はっ! 藍染先輩の舌を満足させられるよう、全身全霊で焼き上げます!」
「あ、うん。なんだかよく分からないけど、二人ともよろしくね……」
一之瀬の呆れたようなツッコミを受けつつ、こうして二つの網を私と藤泉で分担する形となり、熱狂的な狂信者とのツイン焼肉奉行体制が確立されたのだった。
肉を頬張りながら、和やかな雰囲気で歓迎会が進む中。
「……ふむ」
三年生の鬼龍院先輩が、ウーロン茶の入ったグラスを揺らしながら、少し不満げにため息をついた。
「新入生が男子三人というのは、少々味気ないな。現在、生徒会の女子生徒は私と一之瀬しかいない。これでは、華やかなガールズトークが盛り上がらんではないか」
その言葉に、一之瀬が「あはは……」と引きつったような苦笑いを浮かべる。
すかさず、南雲が的確なツッコミを入れた。
「まともなガールズトークなんて、普段全くしてないだろうが。後輩の前で見栄を張るな」
「なんだと? 私だってたまには恋バナの一つや二つ……」
「嘘をつけ。この前、一之瀬相手に『いかにして効率よく筋肉を鍛えるか』について熱弁して困らせていたのを知っているぞ」
「むっ……。筋肉は美しいからな。仕方あるまい」
鬼龍院先輩がそっぽを向くのを見て、場に笑いが起こる。
(……それにしても)
私のお皿に完璧な焼き加減の極上カルビを恭しく乗せてくれる藤泉を見つめながら、静かに思考していた。
(出会ってまだ数週間だというのに、要からの俺への忠誠心が日に日に爆上がりしているのを感じる。生徒会でも間違いなく頼りになる後輩になってくれるだろう。名前的にも、俺との相性は最高だしな! ……でも待てよ?)
ふと、私の脳裏に不穏な記憶がよぎる。
(……東仙要の最期って、アレだよな……。いやいやいや!!)
私は内心でブルッと身震いし、慌ててその不吉な考えを打ち消した。
(ここ学校だし! いくらなんでも、俺が彼を破裂させたりするような胸糞展開になるわけがない!! うん、彼はただの優秀でちょっと重い後輩だ! 大切に育てよう!!)
そんな内心の葛藤を隠しつつ、歓迎会は終始和やかなムードで進み、私たちはお互いの親睦を深めていった。
歓迎会を終え、寮の自室へと戻ってきた私は、シャワーを浴びてソファに深く腰を下ろした。
「いよいよ明日からゴールデンウィークか……」
カレンダーを見つめながら、小さく呟く。
この長期連休中は、ひよりとたくさんデートをする約束をしているのだ。ケヤキモールでの映画鑑賞、カフェ巡り、そして私の部屋での読書。予定を考えるだけで口元が緩んでしまう。
だが――。
その甘い予定を思い浮かべるにつれ、私の胸の内に『ある重大な悩み』がモヤモヤと膨らみ始めていた。
(……もう、ひよりと正式に付き合い始めてから、四ヶ月と少しが経った)
去年のクリスマス。彼女の方から温かく、そして勇気ある告白をしてくれたあの日から、私たちの関係は劇的に変化した。手を繋ぐのは当たり前になり、ハグだって何度もしている。そして、私の部屋で一緒に過ごす時間も飛躍的に増えた。
端から見れば、完璧な理想のカップルだろう。
だが……決定的な何かが足りていない。
(……そろそろ、キスとか……しないと、ダメだよね……?)
私は一人、静かな部屋の中で両手で顔を覆った。
(いや! しないとダメってか、俺だってしたいよ!? したいけども!! でも、いざ意識すると、ひよりの顔が至近距離にあって、天使みたいに可愛すぎて……なんだか直視できなくて、恥ずかしくなっちゃうんだよ!!)
絶対強者であるはずの藍染惣右介の魂が、年相応の男子高校生の初々しさに完全に負けている。
(でも……このままじゃダメだ。クリスマスのあの日、ひよりから好きだと想いを伝えてくれたんだ。それなのに、キスまでひよりからしてくれるのを待つなんて……そんなこと、許されない!)
男として、ここは、私がバシッと決めるべきだ。
(決めたぞ……! このゴールデンウィーク中に、絶対に俺からひよりにキスをする!! これを俺の、俺だけの『特別試験』の目標にしよう!!)
決意を固めた私は、ソファから立ち上がり、部屋の中をウロウロと歩き回り始めた。
(でも、どんなシチュエーションがいいんだ? 映画館の暗闇の中で? 夕暮れの公園のベンチ? いや、誰かに見られたら恥ずかしいしな……。やっぱり、この部屋で二人きりになった時が一番自然か? でも、どうやって雰囲気を……。いきなり肩を抱き寄せて、アゴをクイッと……いやいやいや! それはチャラすぎるだろ!!)
盤上の勝敗を支配し、見えざる敵の陰謀すらも見透かす圧倒的な知能が、今夜ばかりは使い物にならない。
私は頭を抱え、悶々としながらベッドに倒れ込んだ。
(ああもう! 月城の罠を見破るより、キスのタイミングを図る方が何百倍も難しいじゃないか!!)
新たなる学年、見えざる刺客、クラス間の激しいポイント争い。
外の世界では過酷なサバイバルが続いているというのに、私の頭の中は今、一人の銀髪の天使のことで完全に占められていた。