いつからここが尸魂界だと錯覚していた?   作:yvrararara

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八十三話

 ゴールデンウィークが明け、高度育成高等学校に再びいつもの日常が戻ってきた。

 

 五月の爽やかな初夏の風が吹き抜ける放課後。私は、生徒会室の特等席とも言える革張りのソファに深く腰掛け、優雅に紅茶の香りを嗜んでいた。

 

 その静寂な空間の中央、南雲生徒会長のデスクの前に、一人の女子生徒がピンと背筋を伸ばして直立している。

 

 二年Dクラス、堀北鈴音。

 

 連休中に私の部屋で宣言した通り、彼女は自らの足で、この生徒会の門を叩きに来たのだ。

 

「――なるほどな。堀北先輩の妹が、自らの意思でこの生徒会に入りたいと直訴してくるとは」

 

 南雲会長は、面白そうに口角を吊り上げて堀北を見据えた。

 

 前生徒会長である堀北学を誰よりも尊敬し、同時にライバル視していた南雲にとって、その妹の加入は退屈な盤上に投げ込まれた興味深いスパイスに違いない。

 

「いいぜ。お前の入会を受け入れよう」

 

「……ありがとうございます。南雲生徒会長」

 

 堀北が深く一礼する。その堂々とした佇まいには、一年生の時のように兄の幻影に囚われていた頃の脆さは微塵も感じられない。

 

 南雲は椅子に深く寄りかかりながら、ふと思いついたように口を開いた。

 

「ただ、一つ条件というか、提案がある。……お前を『堀北』と呼び捨てにするのは、俺としてはどうも抵抗があるな。尊敬する先輩と同じ苗字を、気安く呼び捨てで呼ぶ気になれない。……鈴音、と呼ばせてもらうぜ」

 

 その言葉に、堀北は一切の動揺を見せることなく、静かに頷いた。

 

「ええ。構いません」

 

「ふっ、いい返事だ。……堀北先輩の足跡を辿る、か」

 

 南雲は楽しげに笑い、そして不意に視線をこちらへと向けた。

 

「だが、鈴音。俺の後の『次期生徒会長』は、あそこに座っている藍染でほぼ決まってるぜ? 奴は一年生の時から副会長としてこの生徒会に多大な貢献をしているし、その圧倒的な実力は、俺を含めて誰もが認めるものだからな」

 

 南雲の言葉と共に、室内にいる全員の視線が私に集まる。

 

 私はティーカップを静かにソーサーに置き、フッと不敵でオサレな笑みを浮かべた。

 

「――買い被りすぎだよ、南雲。空の頂へ至る玉座は常に一つ。それを誰が継ぐかなど、盤上の運命が導く些末な結果に過ぎないさ」

 

 絶対的な強者の余裕を纏ったポエムを返しつつも、私の内心は少しばかり複雑な葛藤を抱えていた。

 

(やっぱ流れ的には、俺が生徒会長やることになるよな。堀北さんがやりたいって言うなら譲ってもいいんだけど……。でも、俺をこの場所に引き入れてくれた学先輩や、こうして成長した南雲の後を継ぎたいって気持ちも、少なからずあるんだよな。……まあ、まだ先の話だし、その時が来たら一番オサレな選択をするとしよう!)

 

 内心で一人ウンウンと頷いていると、堀北が私を真っ直ぐに見据え、力強く言い放った。

 

「分かっています。藍染くんがどれほど高い壁であるかは、嫌というほど理解しているつもりです。……でも、私も負ける気はありません」

 

 その瞳には、尊敬する兄の背中を追い、そしていつかそれを『越える』という、確固たる強い意志の炎が宿っていた。

 

「フッ。言うようになったじゃないか。その決意、見せてもらうとしよう」

 

 私が鷹揚に頷いてみせると、ソファの向かい側で長い脚を組んでいた三年生の鬼龍院楓花が、面白そうにクスクスと笑い声を上げた。

 

「フフッ。ようやく、一之瀬以外に女子が入ってきたか。これでこのむさ苦しい空気も少しは薄れ、ガールズトークに花が咲くというものだな」

 

 その冗談めかした言葉に、隣で書類を整理していた一之瀬が苦笑いを浮かべる。

 

「あはは……鬼龍院先輩、普段からそんなにガールズトークなんてしてないじゃないですか」

 

 一之瀬はそうツッコミを入れつつも、パッと花が咲くような明るい笑顔を堀北に向けた。

 

「これからよろしくね、堀北さん。分からないことがあったら何でも聞いてね」

 

「ええ、ありがとう、一之瀬さん。これからよろしくお願いするわ」

 

 自然なトーンで言葉を交わす二人。

 

「よし、決まりだな」

 

 南雲がパンッと手を叩いて場を締めた。

 

「明日からはさっそく、一之瀬から具体的な仕事を教わってくれ。……仕事が終わったら、鈴音の歓迎会をやるぞ」

 

 

 次の日の放課後。

 生徒会室では、有言実行とばかりに一之瀬が資料を広げ、堀北に生徒会の業務内容を丁寧にレクチャーしていた。

 

「ここが各クラスのポイント変動の集計でね、こっちのファイルが部活動の予算申請の……」

 

「なるほど。この処理は、月ごとにフォーマットが違うのね」

 

「うん、そう! さすが堀北さん、飲み込みが早いね」

 

 堀北は真剣な表情で細かくメモを取り、一之瀬の説明をスポンジのように吸収していく。元々ポテンシャルは高いのだ。実務に慣れるのも時間の問題だろう。

 

(一之瀬、教え方が上手いな! そして堀北も真面目で優秀だ。……うんうん、これで俺の事務仕事が少しでも減ってくれれば万々歳だな!)

 

 私は自分のデスクで、オサレに万年筆を走らせて書類にサインをしながら、二人の様子を内心でほくほく顔で見守っていた。

 

 やがて予定していた業務が終わり、南雲が立ち上がった。

 

「よし、今日の仕事はここまでだ。行くぞお前ら」

 

 

 ケヤキモールにある、いつもの高級焼肉屋。

 私たちは広めの個室に陣取り、堀北鈴音の生徒会入会を祝う歓迎会を開いていた。

 

「――さあ、存分に味わうがいい。私の手で極限まで高められた、至高の恩恵をね」

 

 私はオサレなポエムを紡ぎながら、絶妙な火加減で焼き上げた極上の肉を、次々と役員たちの皿へ配給していく。

 

 すると、もう片方の網を任されている一年生の藤泉要が、恭しい手つきで一枚の肉を私の皿に差し出してきた。

 

「藍染先輩。私なりの全力で焼き上げました。……如何でしょうか」

 

 前回の特別試験を機に生徒会入りを果たした彼は、相変わらず私への異常なまでの敬意と狂信的なオーラを放っている。

 

 私はその肉を口に運び、静かに目を閉じて咀嚼した。

 

(うん、普通に美味い! 焼き加減もバッチリだ!)

 

 内心で高評価を下しつつも、私はゆっくりと目を開き、傲慢な王のごとき笑みで彼を見下ろした。

 

「悪くはない。だが……君の刃には、まだ迷いがある。肉の脂が落ちる一瞬の隙、そこに生じる僅かな焦り……それが味の輪郭をぼやけさせている。もっと自分の火加減を信じることだ、要」

 

「おお……! なんという的確にして慈悲深きご指導……! この藤泉、己の未熟さを恥じると共に、先輩の深淵なる高みにまた一歩近づけることを光栄に思います!」

 

(いや焼肉の話なんだけど!? なんで剣術の修行みたいなテンションになってんの!?)

 

 堀北は、このあまりにも仰々しく熱烈な主従関係の空気と謎のポエム空間に戸惑いながらも、私から配られた肉を受け取り、上品に口へと運んだ。

 

「おっ、鈴音もいける口だな! 藍染、お前も焼いてばかりいないでもっと食え!」

 

 南雲が上機嫌で勧めてくるが、私はフッとオサレな笑みを浮かべて首を振った。

 

「――感謝するよ。だが、私の胃袋はすでに満たされている。君たちが争い、喰らい合う様を眺めるのが、何よりの極上のディナーだからね」

 

(訳:もう結構お腹いっぱいだし、焼くの楽しいからみんなで食べてね!)

 

 私がオサレポエムでスマートに肉を譲ると、要が再びハッとして、感極まったように声を震わせた。

 

「御自らの糧を削り、あえて我々の成長を見守ってくださるとは……! その底知れぬ慈悲深さ、五臓六腑に染み渡ります!」

 

(相変わらず俺への忠誠心がバグってるな!? ただお腹がいっぱいなだけなんだけど!! でも絶対裏切らない安心感があるからヨシ!!)

 

 内心で激しくツッコミを入れつつも、私はあくまで涼しい顔を保ち続けた。

 

 そんな私たちのやり取りを見て、鬼龍院がウーロン茶の入ったグラスを片手に、ニヤニヤと笑いながら堀北に絡み始めた。

 

「どうだ新入り。この生徒会の特異な空気は? お前は、少し真面目すぎるぞ。もっと肩の力を抜け」

 

「……鬼龍院先輩。真面目に取り組むことは悪いことではないはずですが」

 

「フフッ、堅いな。まあいい、そのうち嫌でも毒されていくさ」

 

「もう、鬼龍院先輩ったら! 堀北さんが困ってるじゃないですか!」

 

 一之瀬がすかさずフォローに入り、南雲がそれを楽しそうに笑い飛ばす。

 

(うん……この生徒会の空気、やっぱりいいな)

 

 私は静かにウーロン茶を口に含みながら、目の前で繰り広げられる和やかな光景に目を細めた。

 

 学先輩という絶対的な存在が去った後も、南雲を中心に、この生徒会は独自の確固たる形を保っている。そこに新たに加わった堀北、そして一年生というピースが、これからどんな化学反応を起こしていくのか。

 

 歓迎会はお開きとなり、私たちは店の前で解散した。

 

 寮へと続く夜道を一人で歩きながら、私はふと夜空を見上げた。

 夜風が、少しだけ火照った頬を心地よく撫でていく。

 

 波乱に満ちた四月と甘やかなゴールデンウィークが過ぎ、学校には再び穏やかな日常が戻ってきた。しかし、水面下では次なる戦いに向けて、各クラス、そして見えざる刺客たちが静かに牙を研いでいた。

 

 ……そうして、水面下での静かなる思惑が交錯する中、時は少しだけ進み。

 

 五月二十九日。

 この日、私は一つの特別な節目を迎えていた。

 

 他でもない、『藍染惣右介』の誕生日である。

 

 朝、Aクラスの教室に入ろうとすると、そこにはすでに待ち構えていたかのように二人の男子生徒が立ち塞がっていた。

 

 生徒会で私の補佐をしてくれている一年生の藤泉要と、二年Dクラスの池寛治だ。

 

 二人は私の顔を見るなり恭しく進み出ると、まるで神へ供物を捧げるかのように、綺麗にラッピングされたプレゼントを両手で差し出してきた。

 

「藍染先輩……! 本日は先輩がこの腐敗した世界に生を受けられた、大いなる正義の祝祭。未熟な私から、ささやかながら献上品をお持ちいたしました」

 

「俺からもです! 今日という運命の日のために、俺は己の血肉とも言える『漆黒の霊子(プライベートポイント)』を極限まで絞り尽くして、この供物を錬成してまいりました! どうか受け取ってください……ッ!」

 

(朝イチから熱量がすごすぎる!! でも要は後輩だし、池に至っては常に金欠なDクラスなのに生活費削ってまでプレゼントとか、本当に申し訳ない!!)

 

 内心で激しいツッコミと心配を交錯させつつも、私は悠然とした笑みを浮かべて二人のプレゼントを受け取った。

 

「――君たちの眼に映る忠誠という名の光、確かに掬い上げさせてもらったよ。私の歩む果てなき道程を、その熱で照らし続けるがいい」

 

「っ……!! もったいなきお言葉……!」

 

「おおおお……ッ! 藍染様の言霊が、俺の魂の奥底にまで響き渡る……! 」

 

 私のオサレな感謝の言葉に要は感涙し、池は右腕を押さえて悦に入りながら、嵐のように去っていった。

 

 その後、続々と登校してきたクラスメイトたちも、次々と私の席に集まり、祝福の言葉と共に軽めのプレゼントを手渡してくれた。

 

「藍染! 誕生日おめでとう!」

 

「いつもクラスのために頑張ってくれてありがとね、藍染くん。これ、みんなから!」

 

 私たちのクラスでは、誕生日の生徒がいると有志でポイントを出し合い、ささやかなプレゼントを渡し合うという心温まる習慣があるのだ。

 

(みんな……!! そして朝イチで祝ってくれた要と池も……!! ありがとう!! 俺、この学校に来て本当に良かったよ!! みんなのおかげで最高の誕生日になりそうだよ!!)

 

 内心では感涙しながら大感謝の嵐を巻き起こしていたが、私の外面はあくまで絶対的強者にしてオサレの体現者である。

 

「――フッ。深淵の底から見上げる星屑どもの祝祭か。この空の頂に捧げられた君たちの忠誠心、確かに受け取っておこう」

 

 もらったプレゼントを優雅に受け取り、オサレなポエムで感謝を伝える。

 

 クラスメイトたちも「相変わらず偉そうだけど、喜んでるみたいだな!」と笑顔で返してくれた。平和なAクラスの日常だ。

 

 やがて、午前中の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。

 

 昼休み。私がひよりと机をくっつけ、二人でお弁当箱を開こうとしていた、その時だった。

 

「――此度の祝祭、私も末席に加わらせていただこう」

 

 涼やかな、しかしどこか堅苦しい声が教室の入り口から響いた。

 

 そこに立っていたのは、Cクラスの時任だった。

 

(時任じゃん!混合合宿以来だな! ……噂によると、時任も池ほどじゃないけどちょっと俺の影響を受けてるらしいからな。大丈夫か?)

 

 私が内心で少し身構えていると、時任はゆっくりと私に近づき、ふっと目を伏せて口を開いた。

 

(けい)の生誕を祝そう。……我が矜持にかけて、見事な贈り物を用意させてもらった」

 

(兄!? なんだその呼び方!?どこの六番隊隊長だよ!?なんで俺の影響受けてそうなるんだ!?)

 

 想定外の角度からのオサレ被弾に、私の内心は大パニックを起こしていた。

 

 しかし、そんな私の激しい動揺に気づくはずもなく、時任はどこか誇らしげに視線を送ってくる。

 

「――フッ。よもや君まで、私の生誕を祝うために足を運んでくれるとはね。感謝しよう、時任」

 

「我々の間に、感謝などという安い言葉は不要だ。……行くぞ」

 

 時任はそれだけ言い残すと、桜の花びらが舞い散るような幻覚が見えるほど颯爽と踵を返し、去っていった。

 

 周囲のAクラスの生徒たちがポカンと見送る中、隣の席に座るひよりだけは、「ふふっ。惣右介くん、皆さんに慕われていて素敵ですね」とニコニコ嬉しそうに見守ってくれていた。

 

(えええ……なんだったんだあいつ……!?)

 

 かくして、嵐のような余韻を残したまま、時間は放課後へと移り変わる。

 

 私は事前に南雲に『本日は私用により、休暇をいただくよ』と連絡を入れて、業務の休みをもらっていた。南雲も『誕生日デートか。たまには羽を伸ばしてこい』と快く送り出してくれた。

 

 ケヤキモールの入り口で待っていると、少しお洒落をしたひよりが小走りで駆け寄ってきた。

 

「お待たせしました、惣右介くん!」

 

「……今日の君は、いつもに増して可憐だな」

 

「えへへ……ありがとうございます。今日は私がデートのプランを組んできましたから、任せてくださいね!」

 

 ふわりと微笑むひよりにエスコートされ、私たちの特別な放課後が始まった。

 

 まずは、二人のお気に入りのカフェへ。

 いつもの特等席に座り、落ち着いたBGMに耳を傾けながら、美味しい紅茶と共に読書と会話を楽しむ。互いの存在を感じながら過ごす、静かで満たされた時間。

 

 その後、私たちはモールの大型書店へと足を運んだ。

 

「せっかくのお誕生日ですから、お互いにおすすめの本を選び合いませんか?」

 

 ひよりの素敵な提案に乗り、私たちは本棚の間を歩きながら、一冊ずつ本を選んだ。

 

 レジに向かうと、ひよりがスッと自分の学生証を取り出した。

 

「今日は惣右介くんのお誕生日ですから、私が全部払いますね!」

 

(いやいやいや!! いくら俺の誕生日だからって、可愛い彼女にデートで全部お金を出させるわけにはいかないだろ!! ここは俺にもカッコつけさせてくれ!!)

 

 内心で全力で首を振りながら、私はひよりの手を優しく制し、自分の学生証を端末にかざした。

 

「――君のその温かい気持ちだけで、私の心はすでに満たされている。私が君から受け取るべきは、金銭などという無粋なものではないからね。……それに、君に似合う本を贈るのは、私の特権だ」

 

「あっ……惣右介くん。もう、ずるいです……」

 

 少し頬を膨らませながらも、ひよりは嬉しそうに目を細めた。オサレな会計、大成功である。

 

 本屋を出た後は、モール内にある少し背伸びをした高級レストランへ。

 落ち着いた照明と静かなクラシックが流れる店内で、私たちは極上のコース料理に舌鼓を打った。

 

「いつもありがとう、ひより。君という月が隣にいてくれるからこそ、私はこの盤上で輝くことができる」

 

 メインディッシュを食べ終えたところで、私は改めて彼女への想いと感謝をオサレに伝えた。

 

 すると、そのタイミングを見計らったかのように、店員がワゴンを押して私たちのテーブルへやってきた。

 

「お誕生日、おめでとうございます」

 

 そこに乗せられていたのは、華やかにデコレーションされたバースデーケーキだった。プレートには『Happy Birthday 惣右介くん』の文字。

 

(うおぉぉぉ!!! サプライズケーキきたぁぁぁ!!! マジで!? ひより、こんな素敵な手配までしてくれてたの!? 最高かよ!!)

 

 内心では嬉しさのあまり大号泣して踊り出しそうになっていたが、私はあくまで涼しい顔を崩さなかった。

 

「……フッ。悪くない趣向だ。君の魔法には、いつも驚かされるよ」

 

 私がオサレに微笑むと、ひよりは私の内心の喜びを完全に察したように、

「ふふっ、喜んでいただけて本当に良かったです」と天使のような笑顔を咲かせた。

 

 食事を終え、レストランを出た私たちは、夜の海沿いの遊歩道へと足を向けた。

 

 初夏の心地よい夜風が、潮の香りを運んでくる。波の音だけが静かに響く暗い道を、私たちは肩を並べて歩いた。

 

(……この海沿いの道を歩いていると、初めてひよりとキスをしたあの夜を思い出すな……)

 

 私は歩きながら、胸の奥が高鳴るのを感じていた。横顔をチラリと見ると、ひよりの顔も少し赤い気がする。彼女も同じことを思い出しているのだろうか。

 

 ふと、ひよりが足を止め、波打ち際を背にしてこちらを振り返った。

 月明かりに照らされた銀色の髪が、夜風に揺れる。

 彼女は少しだけ潤んだ瞳で私を見上げ、両手を胸の前でぎゅっと握りしめた。

 

「惣右介くん。……改めて、お誕生日おめでとうございます」

 

「……ああ」

 

「私……惣右介くんの隣にいられて、本当に幸せです。……大好きです」

 

 その真っ直ぐな言葉と共に、ひよりはそっと背伸びをして、私の唇に自らの唇を重ねた。

 

 柔らかく、甘い、愛情に満ちたキス。

 

(ひよりぃぃぃ!!! 俺も大好きだよぉぉ!! )

 

 内心で魂の雄叫びを上げながら、私はそっと彼女の腰に手を回し、その細い身体を優しく抱き寄せた。

 

 そっと唇を離すと、ひよりは顔を真っ赤にしながら、小さな箱を私に差し出した。

 

「これ……私からの、誕生日プレゼントです。もし良かったら、使ってください」

 

 受け取って箱を開けると、そこには銀色に輝く、ひよりの髪色に似たとても美しい意匠の栞が入っていた。

 

「……ありがとう。私の人生に、君という永遠の栞を挟んでおこう」

 

 私が最高のオサレポエムで喜びを表現すると、ひよりは恥ずかしそうに私の胸元に顔を埋めた。

 

 その後、ひよりを女子寮の自室前まで送り届け、「おやすみ」と優しい言葉を交わして別れた。

 

 自室に戻り、一人きりになった部屋で。

 私はソファに寝転がり、ひよりからもらったブックマーカーを光にかざしながら、深く息を吐いた。

 

(……最高の誕生日だったなぁ……)

 

 クラスメイトたちからの祝福、そして何より、ひよりからの真っ直ぐな愛情。

 

 私はただ、この温かく満たされた余韻に浸りながら、しみじみと感激の涙をこぼすのだった――。

 

 

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