いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
放課後のケヤキモール。
薄暗い照明と微かな防音材の匂いが漂うカラオケボックスの一室で、マイクを手にする者は誰一人としていなかった。
テーブルを挟んで向かい合っているのは、Cクラスを支配する龍園翔と参謀の金田悟、そしてDクラスのリーダー格である堀北鈴音と、その背後で静かに実権を握る綾小路清隆である。
無人島サバイバル特別試験の過酷なルールが発表されたその日のうちに、同盟関係にある彼らはさっそく密会の場を設けていた。
「ククッ。今回は、俺たちの同盟を存分に活かせそうな試験だな」
龍園はソファに深く背中を預け、グラスの氷を揺らしながら不敵に笑った。
「ええ。下位に沈まないように両クラスの生徒を救済することはもちろんですが……勝敗を分けるのは上位への食い込みです。龍園氏と綾小路氏で強力な小グループを組み、一位を狙うべきでしょう」
金田が眼鏡のブリッジを中指で押し上げながら、淡々と最適解を提示する。
「その通りね」
堀北も腕を組み、真剣な眼差しで同意した。
「となると、お二人に加えるもう一人のメンバーですが……。平田氏か私、それから急激な成長を見せている時任氏や池氏、この辺りが候補でしょうか」
金田が手元の端末を操作し、候補となる生徒たちの名前を挙げる。
「その中なら、バランスのいい平田が理想だな」
龍園は即座にそう結論付け、鼻で笑うように金田を見た。
「お前の身体能力じゃ、無人島で俺たちについてこれねえだろう。それに池はよく知らねえが、時任はごめんだ。混合合宿以降、偉そうでうぜえ喋り方しやがる」
心底嫌そうな顔で吐き捨てた龍園の言葉に、金田も深く同意するようにため息をこぼした。
「……ええ。龍園氏に反発することはなくなりましたが、別人のようになっていますからね……」
「……あなたたちも苦労しているようね」
堀北が、どこか同情めいた、疲労を共有するような遠い目をして呟いた。
少しの間、部屋の中に『藍染の被害者』としての奇妙な連帯感と沈黙が流れた後、堀北が小さく咳払いをして話を本筋に戻す。
「……男子の主力グループについては、平田くんを組み込む方向で調整しましょう。そして、人数が多い方が有利に働くルール以上、男子だけでなく女子も上位を狙える小グループを組んで、無人島内で合流して大グループを結成するのが理想ね」
「無人島が舞台だからな。当然、体力のある動けるやつと、学力に特化したやつをバランスよく配置するのがベターだ。女子の方は、そっちのクラスならお前と桔梗、王。うちのクラスなら伊吹、矢島、木下あたりを上手く組ませて、強力なグループを複数作るべきだろうな」
龍園が即座にメンバーの具体名を挙げる。
体力と機動力を兼ね備えた生徒と、頭脳を担う生徒を組み合わせたCクラスとDクラスの混成エリート部隊。理にかなった人選ではあるが、堀北は少しだけ顔をしかめた。
「ええ、そのメンバーの選出には異論はないわ。でも……伊吹さんと協力してグループを組めるかは、少し不安が残るわね。彼女、私に対して敵対心が強いもの」
「ククッ、問題ねえよ。あいつはバカだが、俺が『勝ちを狙う以上、言うことを聞け』と命じれば従う。お前も無駄に煽るような真似はするなよ」
「善処するわ」
ため息交じりに答える堀北から視線を外し、龍園は正面に座る男へと目を向けた。
「――おい、綾小路。お前はどう考える」
話を振られた綾小路は、感情の読めない平坦な瞳で龍園を見返し、静かに口を開いた。
「平田も能力が高く、三人目の枠としては決して悪くない。だが、一位を狙うならばそれだけでは足りない。……『藍染惣右介』がいる以上、こちらもさらに戦力を増強する必要がある」
その名が出た瞬間、室内の空気が一段と張り詰めた。
学力、身体能力、そして底知れぬ思考力。その全てにおいて他を圧倒する藍染の存在は、勝ちを狙う彼らにとって最大の障壁となる。
「……まさか!?」
綾小路の意図に気付いた堀北が、目を見開いた。
「ああ。高円寺に協力してもらうしかないだろうな」
Dクラスが抱える最大の異端児であり、底知れないポテンシャルを秘めた男。
「高円寺を動かすための最低条件として、上位報酬のプライベートポイントをすべて渡す必要はあるだろうが」
「でも、彼のことよ? グループを組んだとしても、無人島に行って早々に、リタイアする危険性の方が高いんじゃないかしら?」
「もちろん、その危険性は高い。だが……オレも前回の試験で、ある程度の実力をクラスに示したからな」
綾小路は淡々と語る。その実力の一端を見せたことで、クラス内には不信感や戸惑いを生んだが、同時に無視できない発言力も得ている。
「クラス内投票のような、生徒を退学に追いやる試験が起きた時、絶対に高円寺を退学させないようにオレが立ち回る。そういう『契約』を結ぶしかないだろう」
「それは……彼に、これからの学校生活における『完全な自由』を与えるというつもりかしら?」
堀北の問いに、綾小路は短く「ああ」と肯定した。
「どのみち、通常の試験ではまともに動かせない駒だ。ならば、この一回限りとはいえ、巨大なクラスポイントが動く無人島試験で高円寺を動かすべきだ。出し惜しみをしている余裕はない」
「クククッ……」
龍園が腹の底から楽しそうに笑い声を漏らした。
「あんな狂人に自由を与えるとはな」
「それしか、あいつを確実に動かす手はない」
綾小路の言葉には、一切の迷いがなかった。冷徹なまでの損得勘定と、勝利への執念。
堀北は少しの間黙り込み、やがて諦めたように息を吐いた。
「……そうね。交渉は任せてもいいかしら」
「ああ。オレがする」
綾小路の確約を得て、金田が再び口を開いた。
「では、一位を狙う編成方針はこれで決まりですね。後は、お互いのクラスの残りの生徒たちを、OAAの数値を基準としてバランスよく振り分け、体力不足や能力不足で単独リタイアとなる生徒がなるべく出ないように細かく調整するべきですね」
「ああ。下位五グループに入らなければ、退学は回避できる。徹底的に底上げを図るぞ」
龍園の言葉に金田が頷き、編成についての基本的な方針が固まる。
そのタイミングで、綾小路が静かに口を開いた。
「……今回の試験に限ってだが、AクラスとBクラスも手を組む可能性がある」
「……双方にあまりメリットがあるとは思えませんが。AクラスとしてはBクラスを突き放したい場面ですし、逆にBクラスとしては逆転のチャンス。それをみすみす手放すというのですか?」
金田が眼鏡のブリッジを押し上げながら疑問を呈する。
「ええ、金田くんの言う通りだと、私も思うのだけど?」
堀北も首を傾げたが、龍園は少し考える素振りを見せた後、喉の奥で笑った。
「……ククッ。なるほどな。Aクラスとしては、ここでBクラスを突き放した場合、危機感を抱いた俺たち三クラスによる『Aクラス包囲網』が敷かれる危険性がある。Bクラスとしては、これ以上差を広げられないためにも協力する。双方に確かなメリットも存在するってわけか」
「ああ。もちろん試験の内容にはよるが、総合的な能力が問われる以上、惣右介がいるAクラス単独のグループ、オレたちのC・Dクラス同盟、そして南雲会長たち三年生。他にも有力なグループは出来るだろうが、少なくともその三つを確実に上回るグループをBクラス単独で作ることは難しいと坂柳ならば理解しているはずだ」
「……なるほど。そうなると最悪の場合、私たちが上位に入ってクラスポイントを得ても、彼らに一位を取られてしまったら上位クラスと下位クラスの差が開くだけになってしまうわね」
堀北が険しい表情で呟く。
「チッ。だが、あの藍染の野郎なら三クラスで同盟を組まれようが気にしねえんじゃねえのか?」
「惣右介がクラスのリーダーとして全権を握っているならば、そうだろうな。だが、これまでの動向を見ても、クラスのリーダーは一之瀬に任せて、自身はサポート役に徹している。一之瀬ならば、坂柳との同盟で自クラスの生徒が下位に沈まないように安全策を取る可能性が高い」
「……あの二クラスに同盟を組まれると、かなり厄介ですね。そもそもの能力が高い生徒が多い以上、強力な小グループを複数用意できますから」
「ええ。無人島で確実に狙い通りの大グループを組める保証がない以上、単純に強力な小グループが多ければそれだけでかなり有利に働くわね」
堀北が警戒を強める中、綾小路は淡々とした口調で告げる。
「だが、勝ち目がない訳ではない」
「ああ。藍染も坂柳も潰して勝てばいい。それだけだ」
龍園が不敵な笑みを浮かべ、拳を鳴らす。
議論が進む中、綾小路は一人、静かに思考の海へと沈んでいた。
(オレが下位五グループに沈まないことなど、月城なら分かっているはずだ。となると、確実に盤外での妨害はあるだろう。それに、二千万ポイントの賞金を狙ってオレを狙う一年生も警戒する必要がある)
本来ならば、他の生徒をオレの事情に巻き込まないために単独で参加するべきだろうが……それでは、惣右介に勝つことはできない。
綾小路の脳裏に、不敵な笑みを浮かべる男の顔が浮かぶ。
(それに、月城や一年生が罠を仕掛けてきたとしても、龍園と高円寺が同じグループなら何があっても確実に対処することができるだろう)
盤面を思い描き、綾小路は静かに最善の一手を考案する。
(……ここで試験が始まる直前、あるいは試験が始まってから惣右介にこの『退学の危機』について伝えれば、ホワイトルームや月城の件を知っている彼は、こちらに協力して動いてくれるだろうか?)
綾小路は少しだけ思考を巡らせ、すぐに別の確実なルートを導き出す。
(いや、惣右介がどう判断するかに依らずとも、AクラスがBクラスと同盟を組んでくれれば、オレの事情を知る坂柳ならば協力してくれるだろう。となると、同盟によって坂柳が惣右介と連携できる状況にあるならば、彼女を介して月城や一年生への牽制として惣右介をぶつけることができる。そして、その対応に追わせることで、結果的に惣右介のグループの進軍を停滞させる……二つの狙いを同時に満たすことができる一石二鳥の一手になるな)
(惣右介。お前がどれほど強大な存在であろうと、あるいは月城の仕掛ける罠がいかに悪辣であろうとも関係ない)
見えざる大人の思惑と、強敵たちの野心が複雑に絡み合う無人島でのサバイバル。どれほど不確定要素に満ちた混沌とした盤面であろうとも、勝利に至る最善の道筋は必ず存在している。
龍園たちの熱を帯びた議論が続くカラオケボックスの喧騒の中で、綾小路は一人、静かに思考を締めくくった。
(……月城も、刺客も、坂柳も、そして惣右介……お前さえも。全てを利用し尽くして、オレは勝つ)
深い闇のような瞳の奥に冷徹な光を宿し、綾小路が静かに勝利への道筋を描いていた頃。
同じ頃、二年Bクラスの主戦力たちもまた、葛城の部屋に集い、盤面を睨んでいた。
部屋に集まっているのは、坂柳、葛城、橋本、神室、鬼頭、真田の六名。Bクラスの中核を担う面々である。
「今回は得られるクラスポイントは非常に大きいが、下位に沈むと退学のリスクがある。ある程度バランスよくグループを組みつつ、一位を狙える強固なグループを最低一つは作るべきだな」
腕を組み、険しい顔つきで葛城が口火を切る。
「葛城の言う通りだな。俺たちのクラスの総合力なら、上位の報酬を狙うことも不可能ではないはずだ」
壁に背を預けていた橋本も、同意するように頷いた。
だが、部屋の中央の椅子に優雅に腰掛けていた坂柳は、ふふっと小さく微笑み、静かに首を横に振った。
「……いえ。今回の試験、私はAクラスと同盟を組みたいと考えています」
「はあ? Aクラスと組んでも、クラスポイントの差を縮められないわよ」
神室が呆れたように即座にツッコミを入れる。首位を走るAクラスとポイントを分け合っていては、いつまで経っても逆転などできないからだ。
「ええ。分かっています。ですが……試験の詳細なルールはまだ分からないとはいえ、総合的な能力が問われるサバイバルであり、クラス単位ではなくグループ単位での試験となると話は別です。藍染くん、綾小路くん、そして南雲会長。彼らに確実に勝てるグループを、Bクラス単独で組むとなると非常に厳しいでしょう」
「……なるほど。確かにあの三人は脅威だ」
葛城は苦虫を噛み潰したような顔で、深く頷いた。
「特に綾小路だ。奴はこれまでは力を隠していたようだが、前回の試験での満点や、体育祭で見せた圧倒的な身体能力。それに、龍園たちとの同盟の件も考えれば……かなりの脅威と言わざるを得ない」
「でもよ、姫さん」
橋本が首の後ろを掻きながら、疑念を口にする。
「藍染なら、俺たちが同盟を持ちかけても、その裏の意図ごと見透かしてるんじゃないか? そもそも、向こうに俺たちと組むメリットが少なすぎる。同盟を提案しても蹴られるんじゃないか?」
「藍染くんならば、ここで私たちを突き放して差をつけすぎた場合、他三クラスで対Aクラスの強固な包囲網を敷かれる危険性も考慮しているはずです。もちろん、ここで私たちを突き放すメリットも大いにある以上、上位報酬のプライベートポイントやプロテクトポイントは、Aクラスに譲るなどの条件を提示する必要はあると思いますが」
「なるほど……。坂柳さんの意見は、確かに最も現実的な防御策ではありますね」
真田が顎に手を当て、理路整然と分析に加わる。
「確かにな」
葛城も真田の言葉に同調した。
「ここで一発逆転を狙って単独で挑み、もし俺たちが三位以内に入れず、藍染が一位を取った場合……一気に取り返しのつかない差をつけられる。ここはあえて同盟を組み、差をキープして致命傷を避けるのが堅実な判断か」
「……でも」
神室が、少しだけ意外そうな目で坂柳を見下ろした。
「有栖なら、それでも『私の手で叩き潰します』とか言って、単独で挑むって言うかと思ったわ。意外ね」
神室の率直な言葉に、坂柳は目を伏せ、どこか柔らかい、しかし芯の通った声で答えた。
「そうですね。以前までの私なら、迷わずその選択を取っていたでしょう。ですが……私も、『このクラスの皆と一緒にAクラスで卒業したい』今は、そう思っているのです」
坂柳は顔を上げ、室内にいるクラスメイトたちを真っ直ぐに見渡した。
「私のプライドを捨てることで、皆でAクラスを目指せるのなら……安いものです」
その言葉に、部屋の空気が微かに震えた。
かつては独断専行も辞さなかった彼女が見せた、クラス全体を思いやる確かな変化。
「坂柳……」
葛城は少しだけ目を瞠った後、深く、敬意を込めて頭を下げた。
「お前が己のプライドを捨ててまで、クラスのことを第一に考えてくれたこと……感謝する」
「ふふっ。今回の試験は個人の能力が大きく影響しそうなので堅実な策を取ることにしましたが、クラスの総合力として、私たちがAクラスに勝てないとは少しも思っていませんよ」
「ああ、その通りだ。俺たちもクラス全体の底上げを図り、どんな試験であっても、Aクラスに単独で完全勝利できる強固な集団を作り上げる必要がある」
葛城は力強く頷き、次なる一手を提案した。
「現在放課後に行っている勉強会に加え、今回の無人島試験でも間違いなく問われるであろう、俺たちのクラスの弱点……『身体能力』の向上も図るべきだ。放課後に俺と鬼頭で指揮をとり、学力に余裕のある生徒から優先して身体を鍛え上げるようにしよう」
「ええ、素晴らしい提案です。お任せします。鬼頭くんも、お願いできますね?」
「……ああ」
腕を組んで黙り込んでいた鬼頭が、短く、しかし力強い声で応じた。
「おそらく、同盟の提案は通ると考えていますが……もちろん、拒否される可能性もあります。そうなったとしても上位を目指せるよう、私たちにできる限りの準備を尽くしましょう」
坂柳のその号令で、Bクラスの結束はより一層強固なものへと昇華された。
一方、放課後の生徒会室。
藍染惣右介と一之瀬帆波が退出した後、残っていた他の生徒会役員たちも日々の業務を終え、次々と部屋を後にしていた。
南雲雅から「少し残ってくれ」と引き留められていた鬼龍院楓花は、最後に残った役員が扉を閉めるのを見届けると、ゆっくりと南雲のデスクへと向き直った。
「他の役員を帰らせて私一人を残すとは。もしかして、告白でもするつもりかい?」
鬼龍院は悪びれる様子もなく、薄く揶揄うような笑みを浮かべてみせた。その優雅な振る舞いは、生徒会役員という立場でありながらも誰にも縛られない、彼女特有の孤高の気配を漂わせている。
「笑えない冗談はよせ。お前に一つ提案がある」
南雲は軽くため息をつき、真剣な眼差しで鬼龍院を真っ直ぐに見据えた。
「今回の特別試験でのグループを組もうという誘いだろう?構わないよ」
「…………なに?」
あまりにもあっさりとした返答に、南雲は思わず眉をひそめた。集団行動を好まない彼女を説得するためにいくつか言葉を用意していたが、見事に肩透かしを食らった形だ。
「ふっ……。まさか、お前が二つ返事で了承するとはな」
「何も不思議なことはないさ。私たちは今年で卒業だ。二年生の藍染と直接戦える機会は、この特別試験が最後になるかもしれないからね。……私とて、単独参加で藍染に勝てるなどと自惚れてはいないさ」
学力、身体能力ともに最高峰の実力を誇る鬼龍院が、自らの口で「単独では勝てない」と認める。それは彼女が藍染惣右介という男をどれほど高く評価しているかの証左だった。
「君からの誘いに乗るのが、最も効率よく彼に挑むためのチケットだというなら喜んで乗るさ。だが、君こそ意外だったよ。てっきり君は、お得意の『学年全体』を指揮して藍染に対抗するのだと思っていたからね」
三年生の絶対的なトップであり、圧倒的な権力を持つ南雲なら、学年全体を動員して完璧な包囲網を敷くことも容易い。だが、南雲は静かに首を横に振った。
「学年全体を動員して藍染のグループを上回ったとしても……それは本当に、『俺の実力』で藍染に勝利したと言えるのか?」
「……あまり自分を卑下するな」
南雲の言葉に対し、鬼龍院は面白そうに唇の端を釣り上げた。
「あの堀北学や藍染惣右介ですら、学年全体を完全に支配し統率することなどできていないのだ。やり方はどうあれ、お前が成し遂げたその事実自体は誇るべきことだと私は思うがね」
「……俺たちの学年には、俺のライバルたり得る存在がいなかったからな」
南雲は窓の外に視線を向けたまま、静かに返す。
「桐山じゃなくてお前がクラスの指揮を執っていれば、この学年の環境もまた違っただろうさ。……もっとも、お前が指揮を執ったとて、俺が負けていたとまでは思っていないがな」
「ははっ。私がクラスの指揮など執るはずがないだろう」
鬼龍院は愉快そうに笑い声を立てた。
「そもそも、この学校が用意する『希望する進路の保証』など、他人に頼らずとも己の力のみで叶えてみせるべきものだからな」
「はっ。お前らしいな」
南雲は呆れたように鼻で笑い、そして再び真剣な声音に戻った。
「藍染惣右介と対等な条件で戦いたい。そう思ったのさ。あいつが試験本番で最高のグループを作り上げてくるなら、俺も学年の統率者という肩書きを捨てて同じ土俵に立つ。純粋なグループ同士のぶつかり合いで真っ向から勝利してこそ、俺があいつを完全に超えたという証明になるからな」
純粋な個の力とグループの力を極限まで高め、己の全てを懸けてあの男に真っ向から挑む。それが、今の南雲雅が導き出した答えだった。
南雲の熱を帯びた言葉を聞き、鬼龍院は感心したように小さく息を吐いた。
「随分と殊勝な心がけだな。……それで、もう一人は朝比奈かい?」
「ああ。なずななら、俺とお前にも十分について来れるだろう。というより……お前とまともにコミュニケーションが取れて優秀な女子生徒となると、なずな以外の選択肢がない」
それを聞いた鬼龍院は、面白そうに喉の奥で笑い声を立てた。
「ははっ。失礼な。私のような誰とでも円滑に付き合える淑女を、まるでお転婆娘のように言うのだな」
「どの口が言ってやがる」
南雲は呆れたように鼻で笑い、話題を先へと進める。
「もちろん、三年全体から下位のグループが出ないようにはしたいが、それは今回は桐山にでも任せるさ」
「……桐山では少し不安だが、確かに、藍染を相手にする以上そんなところに気を回す余裕はないだろうね」
鬼龍院は納得したように頷いた。
「ああ。それに、最大六人の大グループ自体は試験が始まった後にしか結成できないからな。俺たち三人のグループの他に、優秀な三年生を集めた小グループをあらかじめいくつか用意しておくつもりだ」
「なるほど。試験開始後、状況に合わせてそのいずれかと合流し、大グループを完成させるというわけだね」
「ああ。藍染がどんな戦略を練り、どんなグループを構築してこようが関係ない。純粋な勝負を挑み勝利を掴むだけだ」
南雲は窓の外の暗闇を見つめ、静かに、だが確かな熱情を込めて宣言した。
「全力で挑んでやるさ」
「ふふっ……いい顔をするじゃないか、南雲」
南雲の熱に当てられたのか。鬼龍院もまた、普段の飄々とした態度からは想像もつかないほど好戦的な、獰猛とも言える笑みを浮かべた。
「私も、ただ大人しくお前のサポートに徹するつもりはないぞ。あの規格外の化け物を前にして、血が騒がないほど私は枯れちゃいないからな。持てる力の全てを懸けて……藍染惣右介、あの男を真っ向から叩き伏せてやろう」
静かな生徒会室に、二人の強者の凄まじい熱と決意が低く響き渡る。
来るべき無人島でのサバイバル試験まで、残り約一ヶ月。グループ結成の火蓋が切って落とされたばかりの盤上では、早くも水面下で様々な思惑が交錯し始めていた。
盤面を操ろうと暗躍する綾小路、己の全てを懸けて規格外の怪物に挑む南雲と鬼龍院。そして――遥か高みで彼らを迎え撃つ藍染と、次なる一手を打つべく密かにAクラスへの接触を画策する坂柳。
それぞれの野心と執念が渦巻く、過酷な特別試験の前哨戦。本番に向けた静かで熱い戦いは、すでに確実に動き出していた。