いつからここが尸魂界だと錯覚していた?   作:yvrararara

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八十七話

 無人島での特別試験の予告がされた、翌日の朝。

 全生徒の端末のOAA上に、今回の試験で使用される『カード』が配布・表示された。

 

(『追加』、か)

 

 自室のベッドに腰掛けたまま、私は端末の画面に表示された自身のカードを確認し、静かに思考を巡らせる。

 

 効果としては、試験終了後に得られるプライベートポイントの報酬が純粋に増額されるというものだ。戦局を大きく左右する劇的な効果はないものの、クラス全体の貯金という観点から見れば非常にありがたい恩恵と言える。

 

(さて、特殊カードの行方はどうなったかな)

 

 学年に一枚ずつしか存在しない、強力な効力を持つ三枚のカード。その所持者をOAAで検索し、状況を整理する。

 

『増員』:網倉麻子(Aクラス)

 

『無効』:矢野小春(Bクラス)

 

『試練』:綾小路清隆(Dクラス)

 

(なるほどな)

 

 『増員』カードがAクラスの網倉に渡ったのは、戦略的にも非常に大きい。

 網倉自身も優秀な生徒であるため、仮にAクラス単独で試験に挑む方針だったとしても、そのまま有効活用できる。だが、もしBクラスの坂柳と同盟を組む展開になれば、戦略の幅はさらに広がる。

 

 網倉にこのカードを葛城康平へとトレードさせ、葛城を私の小グループに加えるのがベストな選択だ。そうすれば、初期から四人の強固なグループを形成できる。

 

 続いて、Bクラスに渡った『無効』カード。

 下位五グループに入った際の退学ペナルティを打ち消すという保険だが、そもそも下位に沈まなければ全く意味をなさない。

 

 そして最後の一枚、『試練』のカードはDクラスの綾小路清隆が引いていた。

 

(クラスポイント報酬が1・5倍になる恩恵は極めて大きい。ペナルティである『上位三十%以内に入れなければ退学』という条件も、清隆相手では無意味に等しい)

 

 月城やホワイトルームからの刺客から妨害を受けることが予想される清隆だが、どんな状況に陥ろうと、彼が上位三十%から漏れることなどあり得ない。

 

「おはようございます、惣右介くん」

 

「ああ、おはよう。ひより」

 

 思考を一段落させ、寮のロビーに降りると、すでにひよりが待ってくれていた。彼女もまた、カードの確認を終えたのか、柔らかな笑みを浮かべている。

 

「いよいよ、本格的に動き出しますね」

 

「ああ。今日あたり、一之瀬のところに接触があるだろう。……さぁ、行こうか」

 

 二人は並んで、朝の光に包まれたキャンパスへと歩みを進めた。

 

 

 そして、放課後。

 ケヤキモール内にある静かなカフェの一角で、見えざる同盟の交渉がひっそりと幕を開けていた。

 

「突然お呼び立てして申し訳ありませんね、一之瀬さん」

 

「全然大丈夫だよ!……今回の試験で、私たちのクラスと同盟を組もうって提案だよね?」

 

 テーブルを挟んで向かい合うAクラスのリーダー・一之瀬帆波と、Bクラスのリーダー・坂柳有栖。

 

 探りを入れる間もなく核心を突いた一之瀬の言葉に、坂柳は杖の持ち手で軽く顎を撫でながら、面白そうに目を細めた。

 

「……なるほど。流石ですね」

 

「昨日、藍染くんが『坂柳さんが同盟を提案してくるかも』って教えてくれたんだ。だから、ある程度は心の準備ができてたの」

 

「ふふっ、やはり藍染くんにはお見通しのようですね。……では話が早いです。一之瀬さんは、この提案をどうお考えですか?」

 

 坂柳の問いに対し、一之瀬は真っ直ぐな瞳で答えを返す。

 

「私としては、悪くはないかなって思ってるよ。単純にAクラスもBクラスも能力の高い生徒が多いから、お互いにカバーし合えば下位に沈むリスクもほぼ無くせると思う。……ただ」

 

 一之瀬の瞳に、強い光が宿る。

 

「私は、Aクラスの仲間だけで挑んでも絶対に下位には沈まない。そう、みんなを信じてる」

 

「なるほど。同盟は組めないと?」

 

「ううん。そこは『条件次第』だね」

 

 一之瀬はリーダーとしての自覚を胸に、一歩も引かずに交渉のテーブルにつく。

 

「確かに、ここで同盟を組まずに試験を戦い、Bクラスにクラスポイントの差をつければ私たちはさらに優位に立てる。でも……それは同時に、B、C、Dの三クラスによる『Aクラス包囲網』を組まれる危険性も秘めてる」

 

「ふふふ。その通りです」

 

 坂柳は嬉しそうに微笑んだ。

 

「仮にここで同盟が組めず、これ以上の差がつくことが明白となれば、間違いなくAクラス包囲網が形成されるでしょう。お互いにメリットがある話です。……これ以上の条件が必要ですか?」

 

「特別試験によっては、同盟自体が意味をなさないようなルールもあるからね。お互いに確実なメリットがないと」

 

 一之瀬の言葉を受け、坂柳は静かに目を閉じ、そして開いた。

 

「ふふ。……では、上位三位に入った際の報酬で得られる『プライベートポイント』、そして一位になった時に一つ与えられる『プロテクトポイント』。これらはすべてAクラスに譲りましょう。これで、如何ですか?」

 

(……悪くないね)

 

 一之瀬は表情には出さず、頭の中で冷静に計算を弾き出す。

 

 藍染と坂柳が手を組めば、無人島で一位を取ることも決して夢物語ではない。退学を一度だけ無効化できるプロテクトポイントは、クラスにとって計り知れない価値がある。

 

 これ以上の譲歩を坂柳から引き出そうとすれば、決裂のリスクが高まるだろう。

 

 藍染が言っていたように、Bクラス単独での上位入賞は難しいとしても、決して不可能ではない。まだ試験の詳細なルールが完全に明かされていない以上、不確定要素は多いのだ。

 

 もしここで断れば、坂柳は確実に龍園や綾小路を巻き込み、強固な包囲網を敷いてくる。

 

(あの藍染くんが『ライバル』と認める綾小路くんに、底知れぬ知略を持つ坂柳さん、そして手段を選ばず牙を剥く龍園くん。この三人が手を組む事態だけは、絶対に避けなければならないからね)

 

「うん。それで、提案を飲むよ!」

 

 一之瀬が力強く頷くと、坂柳は満足げに微笑んだ。

 

「これで同盟は成立ですね。あくまで、この試験の間のみの限定的なものですが」

 

「今回はお互いにメリットがあるからね。でも、私たちもAクラスの座を譲る気はないよ」

 

「ふふ、頼もしいですね。……それではこのまま、一位を狙うグループだけでも決めてしまいましょうか」

 

 坂柳はテーブルの上に、自前のメモ帳を広げた。

 

「藍染くん、椎名さん、そして、私。ここに、そちらのクラスが持つ『増員』のカードを葛城くんに渡してもらい、葛城くんを加えた四人で小グループを組みましょうか」

 

「うん、それが一番良いと思う。私は神崎くん、神室さんと組んで、試験中に坂柳さんたちのグループに合流するってことだよね?」

 

「ええ、それが理想的ですね。ただ、試験本番で希望通りの大グループが組める保証はありません。ですから、それ以外にも複数の有力な小グループを編成しておき、状況に応じていずれかと合流することとしましょう」

 

 坂柳は杖の先でコンコンと床を叩く。

 

「それから、私は本部付近で半リタイア状態での参加となります。下位に沈みそうなグループがあれば、他の小グループと合流させ、大グループを形成させるように全体の指揮は私が取ります」

 

「うん。それなら安心できるね。よろしくお願いするよ、坂柳さん」

 

「ええ、こちらこそ」

 

 二人のリーダーが手を結んだ瞬間、この試験における勢力図は大きく書き換わった。 

 

 だが、この強大な『同盟』の成立は、必然的に他クラスを圧倒的な不利へと追い込むことを意味していた。

 

 特に、下位からの脱却を狙うDクラスにとっては死活問題となる。

 そしてそのDクラス内には、他クラスの動向以上に厄介な『爆弾』が存在していた。

 

 ――学年随一の能力を持ちながら、一切の協調性を持たない男。

 

 高円寺六助。

 

 AクラスとBクラスが手を結ぶであろう未来をいち早く予測していた綾小路清隆は、クラスの命運を分ける無人島試験を前に、その『変人』の手綱を握るための行動を静かに開始していた。

 

 放課後の喧騒から少し離れた帰り道。

 綾小路は、前方を悠然と歩く巨背の男——高円寺六助の跡を静かにつけていた。

 

 足音はおろか、呼吸や気配すらも周囲の環境に完璧に溶け込ませる。ホワイトルームで培われた、誰にも悟られることのない尾行技術。

 

 しかし、しばらく進んだところで、高円寺は不意に足を止め、振り返ることなく口を開いた。

 

「何の用だい? 綾小路ボーイ」

 

(……完璧に気配を消したはずだが。やはりこの男は底知れないな)

 

 微塵の動揺も表に出さず、綾小路は静かに歩み寄り、単刀直入に切り出した。

 

「今回の試験、どう動くつもりだ?」

 

「フッ。私は私さ。君たちには関係ない話だろう?」

 

「開始早々にリタイアして、退学するつもりか?」

 

「さぁ? どうだろうねぇ。私はもう行かせてもらうよ」

 

 興味なさげに歩き出そうとする高円寺の背中に、綾小路は言葉を投げかける。

 

「待ってくれ。今回の試験、オレと龍園とお前の三人で小グループを組んで、一位を狙うのに協力して欲しい」

 

 ピタリ、と高円寺の足が止まった。

 彼はゆっくりと振り返り、品定めするような視線を綾小路に向ける。

 

「ふむ。私が君に従う必要がないねえ」

 

「上位報酬で得られるプライベートポイントは、全てお前が受け取れば良い。それに、今後クラス内投票のような理不尽な試験があったとしても、お前が絶対に退学にならないように立ち回ることを約束しよう」

 

「ほう? なるほどねぇ」

 

 高円寺の口角が、面白そうに吊り上がった。

 

「私に完全な自由を保証する代わりに、この無人島試験では全力を出して欲しい、そういうことかい?」

 

「その通りだ。もちろん一位を狙うが、仮に一位でなかったとしても、お前が本気で取り組んでくれたと判断できたならば、お前の自由は保障する」

 

「ふぅむ。悪くない提案だね。その提案、飲もうじゃあないか。……ただし」

 

 高円寺は鋭い眼光を放ち、綾小路を真っ直ぐに見据えた。

 

「口約束じゃあ信じられないねぇ。特に、君のような人間は」

 

「明日、契約書を用意する。オレが約束を破ってお前を退学に追い込む、またはお前の不利益になるようなことをすれば、オレ自身が自主退学する。……これならばどうだ?」

 

「ふむ。それならばいいだろう」

 

 自身の退学という破格の担保に、高円寺は満足げに頷いた。しかし、その直後、ふと思いついたように問いかけてきた。

 

「だが、この前の試験といい、堀北ガールを隠れ蓑にするのを辞めたようだねぇ」

 

 今まで頑なに黒子に徹し、目立つことを避けてきた綾小路の心境の変化。

 それを的確に突かれた綾小路は、淡々と、しかし確かな意思を持って答えた。

 

「この学校を卒業すれば、藍染惣右介のような、オレより優れた人間と競える機会はもう無くなるからな。……全力で挑みたい。そう考え直しただけだ」

 

「フッ、ハハハハ!」

 

 高円寺は腹の底から愉快そうに、声高らかに笑い声を上げた。

 

「以前までのつまらない君よりは、いくらかマシになったようだねえ」

 

「それはどうも」

 

「それに今回の試験は、もともとオサレボーイと競おうかと考えていたからねぇ。君の提案は、私にとっては得しかない話なのさ」

 

(……これがこいつの本心か。それとも、交渉において俺が一方的に不利な条件を飲まされたという構図にしたいだけなのか。真意のほどは分からないが……)

 

 不敵に笑う高円寺を見つめながら、綾小路は内心で冷静に分析する。

 

(まあ、いいだろう。仮に本心から惣右介と競いたいと思っているのなら、今後の試験でも気まぐれでクラスに協力してくれる可能性が出てくる。そうなれば御の字だ)

 

 高円寺は優雅に前髪をかき上げると、今度こそ振り返ることなく悠然と歩き出した。

 

 これで、最大の不確定要素であった高円寺を『龍園との小グループ』という最強の矛に組み込む目処が立った。

 

 盤面は着実に整いつつある。見えざる同盟を結ぶ二年生たち、己の全てを賭けて藍染に挑もうとする南雲と鬼龍院、そして背後で暗躍する一年生の刺客や月城。

 

 数多の思惑が入り乱れる中、綾小路は無人島という巨大な盤面を見据え、次なる布石を打つべく静かに歩みを進めた。

 

 

 一方、放課後の武道場――。

 今日は月に一度、池からの熱烈な懇願により、私が武道の稽古をつける日だ。しかし今回は、「私も参加させてください」と要まで請願してきたため、三人で武道場へ足を運ぶこととなった。

 

(いや、なんで要まで来るんだよ!? まあお前は間違いなく参加したがるタイプだろうけどさ!)

 

 道着に身を包み、異常なほどの気合を漲らせている二人の姿を前に、私は内心で激しくツッコミを入れながらも、表情は一切崩さない。

 

 他クラスの生徒である池が、混合合宿以降、私に影響を受けて血の滲むような努力を重ねるようになったこと自体は、非常に好ましいことだ。ただ、それ以上に――少々私の影響が強すぎたせいか、色々とおかしな方向へ仕上がってしまっていることには、少なからず責任を感じていた。

 

「要、池。二人同時にかかってきなさい」

 

 私が静かに手招きすると、二人は「「シィィィッ!!」」という鋭すぎる呼気とともに左右から同時に打ちかかってきた。

 

(いや怖いって!!気合入りすぎなんだけど!?)

 

 内心で冷や汗を流しつつも、私は一歩も動かない。

 

 振り下ろされる拳も、鋭い蹴りも、寸分の狂いもない『理合』によって、すべて円を描くように美しく受け流していく。彼らが自ら虚空へ倒れ込んでいるかのような、次元の違う圧倒的な実力差を見せつける。

 

「池」

 

「は、はいっ!」

 

 息を弾ませ、直立不動になる池に向け、私は涼やかな声で指導を始める。

 

「要と違って、君は決して体格に恵まれているわけではない。ならば、真っ向からの力ではなく『違う力』――相手の力と質量を利用し、死角を突く技術を身につけるんだ。視線一つ、重心一つで相手の脳を錯覚させる。それが君の歩むべき戦い方になる」

 

「……ッ! はいっ! ありがとうございます、藍染様!」

 

(いや、なんで神の啓示でも受けたかのように目を潤ませてるの!? 割と基本的な重心の話をしただけなんだけど!? ……とはいえ、ここまで真剣に己と向き合ってひたむきに努力を続けていること自体は素直に偉いぞ。うん、すごく頑張ってる!)

 

「要」

 

「ハッ」

 

「君は武道の経験もあり、非常に筋がいい。流れるような無駄のない動きは評価に値する。だが――」

 

 私はスッと目を細め、底知れぬ凄みを滲ませてみせる。

 

「君の剣は、あまりに『綺麗』すぎる。どれほど精緻に型を磨こうと、そこに相手を砕く絶対的な『意志』と『覚悟』が伴わなければ、真の強者には通じない。型という枠を打ち破るほどの、圧倒的な圧を身に纏いなさい」

 

「――肝に銘じます。この身に代えても、必ずやその領域へ至ってみせます」

 

(だから命かけんなって!? ただの部活動の延長みたいな稽古だからね!? 一体何と戦うつもりなの!?)

 

 二人の目は、神の教えを賜る狂信者のように、私の一挙手一投足に深く感銘を受け、熱を帯びた視線を送ってくる。

 

 その後もみっちりと稽古を行い、心地よい疲労感が武道場を包み込む。

 片付けを終えた後、汗を拭いながら池が恐る恐る、しかし決死の覚悟を決めたような顔で私の前に進み出た。

 

「あ、あの……藍染様。一つ、厚かましいお願いがありまして……」

 

「なんだい?」

 

「俺のことも……その、『寛治』と、名前で呼んでいただけないでしょうか……!」

 

 まるで己の存在意義を問うかのような、痛々しいほどに真剣な面持ちだ。

 

(名前!? 下の名前で呼ぶだけだろ!? なんでそんな特攻隊に志願する直前みたいな悲壮な顔してんの!?)

 

 内心で激しいツッコミを入れつつ、私はふと、直近で更新された彼のOAAの数値を思い返していた。

 

【ニ年Dクラス:池寛治】

・学力    B(73) 

・身体能力  Bー(63) 

・機転思考力 C(53) 

・社会貢献性 C(51) 

・総合力   Bー(61) 

 

(そういえば、寛治のOAAまためちゃくちゃ伸びてたな……。四月時点の評価と比べると、目に見えてどんどん数値が上がっている。『機転思考力』だけが下がっていってるのはちょっとアレだけど……。ともかく、Dクラスの三馬鹿と言われていた彼はもういない。日々の鍛錬や勉学への姿勢が、着実に結果として表れてる)

 

 内心で彼のひたむきな努力に素直に感心しつつ、私は完璧に動揺を隠し通し、どこまでも絵になるオサレな笑みを浮かべてみせた。

 

「――寛治、要」

 

「「はいッ!!」」

 

「君たちに、次なる頂きへの道標を与えよう」

 

 私が涼やかに告げると、二人は息を呑み、さらに居住まいを正した。

 

「寛治。君の魂の形は、まだその程度の器に収まりきるものではないはずだ。まずはOAAの総合力『70』……その高みへ至り、さらに進化した君の景色を私に見せてみろ」

 

「ッ……!! はいぃぃッ!! この命と魂を燃やし尽くしてでも、必ずやその境地へ辿り着いてみせます!!」

 

「そして要。君は私の補佐として隣に立つ以上、凡庸な位置に甘んじることは許されない。同世代の頂……総合力で『学年一位』という玉座を奪い取れ。私の背を追うのなら、それくらいでなければ困るからね」

 

「おおおおおッ!! 藍染先輩の御心のままに! 我が全身全霊を懸けて、必ずやその玉座を先輩へ献上いたします!!」

 

(いや、寛治の命と魂を燃やすって何!? そして要、俺に玉座を献上しなくていいから自分のために一位になって!? 重い、重いよ二人ともぉぉ!!)

 

 ただ武道の稽古をつけて、次の目標を設定してあげただけなのに、二人は感極まったように目を潤ませ、深く、深く頭を下げていた。

 

 私は内心で激しくツッコミを入れつつも、表面上は完璧なオサレのオーラを保ったまま、静かに踵を返す。

 

「――では、私はこれで失礼する。次なる進化を遂げた君たちと相見える日を、心待ちにしているよ」 

 

「「ははっ!! お気をつけて、藍染様(先輩)!!」」

 

 背後から飛んでくる二人の熱狂的な見送りの声を背に受けながら、私は颯爽と武道場を後にして、茶道部の部室前へと足を運んだ。

 

 ほどなくして扉が開き、ひよりが姿を現す。

 

「お疲れ様です、惣右介くん。今日は池くんとのお稽古の日でしたね」

 

 並んで帰路につきながら、ひよりが柔らかく微笑みかけてくる。

 私は先ほどまでの内心の嵐をおくびにも出さず、優しげな声音で、しかしどこか王者のような風格を漂わせてオサレに応えた。 

 

「ああ。今日は要も来てね。三人で汗を流したよ。二人とも、実に素晴らしい熱意だった。よく頑張っていたよ」

 

 慈愛と余裕に満ちた口ぶりでそう言うと、ひよりは花が咲いたように嬉しそうな顔をした。

 

「ふふっ。惣右介くんも、なんだか楽しそうで……私も嬉しいです」

 

 夕暮れ時の穏やかな風が、私たちの間を優しく吹き抜けていく。

 無人島試験という過酷な試練が目前に迫る中、今だけは静かで満ち足りた日常の時間が流れていた。

 

 

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