いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
一之瀬と坂柳。AクラスとBクラスのリーダー同士による交渉によって同盟が結ばれた翌日である、土曜日。
私たちは休日のカラオケボックスの一室に集まっていた。
顔を揃えたのは、Aクラスから一之瀬、神崎、私、ひより。そしてBクラスから坂柳、葛城、神室、橋本の計八名である。
防音設備の整った広いパーティールームは、極秘裏に方針のすり合わせとグループ決めを行うための、最適な会議室として機能していた。
「みんな、休日のところ集まってくれてありがとう」
全員が席に着き、ドリンクが行き渡ったところで、一之瀬が真剣な面持ちで口火を切った。
「昨日、坂柳さんからの提案で、今回の無人島試験に限っては同盟を組むことになったよ。Bクラスのみんなも、よろしくね」
「ええ、こちらこそよろしくお願いいたします。Aクラスの皆さん」
一之瀬の挨拶に対し、坂柳が上品に微笑みながら優雅に頭を下げる。
それに続いて、彼女は今回結んだ同盟における『契約内容』の確認を始めた。
「昨日取り決めた通り、上位報酬に関しては、一位のみに与えられる『プロテクトポイント』、および上位三位までに与えられる『プライベートポイント』は、Aクラスが受け取る形とします。そして、確実な一位を狙うための『主力グループ』として、藍染くん、椎名さん、私……そして『増員カード』を使用した葛城くんを加えた四人で組ませていただきます」
それ以外にも、AクラスとBクラスの生徒を混成させた強力な小グループをいくつか編成し、試験本番で合流して大グループを形成する、というのがこの同盟の基本方針だった。
(……条件としてはまあ悪くはないかな、これでプロテクトポイントを得たらひよりに付与できるしな)
私は内心でそう分析しつつ、静かに耳を傾ける。
「こちら側から同盟を提案している以上、譲歩するのは当然だな。それに、一位を狙うグループの編成についても異論はない」
腕を組み、重々しく頷いたのはBクラスの葛城だ。神崎もそれに同調する。
「俺も悪くないと思う。今日は、その小グループの編成についてある程度決めていくのか?」
「ええ。そのつもりです。……藍染くん、あなたはいかが思われますか?」
坂柳の探るような視線が、静かに私へと注がれた。
私はグラスをそっとテーブルに置き、どこまでも深く、静謐な笑みを浮かべる。
「――私としても異論はない。すでに盤面が定まった以上、我々が踏み出す道程に一切の淀みはないからね」
「ふふ、頼もしいですね。同盟を組む以上、お互いに信頼し合って勝利を目指しましょう」
「うん! 藍染くんと坂柳さんが組むのは、すごく心強いね!」
一之瀬がパッと表情を明るくして喜ぶ中、葛城が僅かに眉間に皺を寄せて口を開いた。
「AクラスとBクラスで組む以上、下位に沈むグループはそう出ないだろうが、坂柳が全体を指揮して、下位に沈みそうなグループを他のグループと合流させるようにするつもりだ。もちろん試験の詳細が分かっていないから、指揮が通らない可能性も否定できないが……」
「それについては、少し思うところがあります」
ひよりが控えめに、けれど理知的な光を瞳に宿して言葉を紡ぐ。
「坂柳さんの参加を学校側が認めている以上、ある程度指示は通すことができるんじゃないでしょうか?」
「――その通りだ。彼女を盤面の外に置くことを許した時点で、その声が戦場へ届くことはとうに約束されている。個の争いに見せかけて、その実、我々は『群』としての連携を試されているのだからね」
「『特殊な条件とはいえ、坂柳さんの参加が認められていることや、クラス全体での協力も不可欠な試験であることを踏まえれば、通信手段は確実に用意されるはずです』とのことです」
ニコッと花が咲くような愛らしい笑顔で、ひよりが淀みなく翻訳してみせる。
「ええ。私もそう予想しています」
ひよりの流れるような通訳を経て、坂柳も自信に満ちた笑みで頷いた。
「問題は、他のクラスや学年の動向だな」
壁に寄りかかっていた橋本が、口元に手を当てながら思考を巡らせる。
「そうだね……。やっぱり、CクラスとDクラスは手を組んでくるだろうね」
「ええ。ですが、私も勝利のために全力を尽くすつもりです。藍染くんなら、私があえて足を引っ張ることを警戒している可能性もありますから……先に宣言しておきますね」
坂柳が、不敵な笑みを浮かべて私を見据える。
「――警戒などしていないさ。だが、同盟の提案自体は予測していたとはいえ……君なら、誰かの手を借りずとも己の切っ先だけで全てを両断できると錯覚し、一人で盤面に立つ未来も、私の眼には見えていたのだがね」
「『警戒はしていないですよ。ただ、同盟の提案自体は予測していましたが、坂柳さんの性格ならBクラス単独で勝負してくることも想定していました』とのことです」
私がオサレに問いかけると、坂柳はふと真剣な色を瞳に浮かべた。
「ふふ。そうですね、以前までの私ならそうしていたでしょう。ですが――私も私自身を見つめ返して、クラスの皆さんと交流をしていくうちに……『このクラスをAクラスにしたい』。そう、思ったんです。だからこそ、今回の試験は堅実な作戦を取ることにしたのです」
(なるほど。坂柳も、葛城と組んだことで良い方向に成長してるんだな)
私は内心で素直に感心しつつ、フッと絵になる笑みをこぼした。
「――素晴らしい覚悟だ」
私の言葉を合図に、場を覆っていた僅かな緊張が解け、前向きな熱気へと変わっていった。
その後、私たちは試験本番を想定した混成小グループの具体的な構想に加え、各生徒にランダムに配布されている『カード』の運用方針についてすり合わせを行っていく。
「カードのトレードに関してですが、一位を狙う私たちの『主力グループ』には、試験開始時に有利になる『先行』や、報酬が倍増する『追加』のカードを優先して集めましょうか。余った分は、本番で大グループへの合流を前提としている他の小グループにできるだけ集約しておきましょう」
坂柳が手元の端末を操作しながら、淀みなく提案する。
「うん、それが間違いないね。逆に、体力に少し不安がありそうな生徒や、下位に沈むリスクが考えられるグループには、ペナルティを減らせる『半減』や、リタイアを一日猶予される『保険』のカードを優先して持たせておきたいな」
一之瀬がクラス全員の顔を思い浮かべるように、優しくフォローを入れた。
(まあ、それが最も合理的だろうな。結局、無人島試験の詳細なルールが直前まで分からない状態で事前に出来ることといえば、グループの枠組みを決めることと、こうしてカードを最適な配置に集めておくことくらいなもんだ)
私は内心で深く同意し、静かに頷いた。
こうして、カードのトレード方針も含めた綿密なすり合わせを行い、合同会議は無事に幕を閉じた。
「じゃあ、合同の話し合いはこの辺にしておこうか! 私たちは、藍染くんの部屋でご飯を食べながら続きの会議をしよっか」
「ええ。それでは私たちは、このままカラオケに残ってBクラスの作戦会議といたしましょう」
一之瀬と坂柳が言葉を交わし、私たちAクラスの四人は一足先にカラオケボックスを後にした。
スーパーで買い出しを済ませ、私の部屋のキッチンで夕食の準備を進めながら、試験に向けての対策を話し合うことになった。
キッチンに立ち、ひよりと並んで手際よく夕食の支度を進める私の背中越しに、ダイニングテーブルについていた神崎が静かに口を開いた。
「いい話し合いとなったな。Bクラスと組む以上、下位に沈むグループが出るリスクは格段に減ったし、これで確実に一位を狙うことも現実的だ」
「そうだね! Bクラスと大きくポイント差をつけられないのは少し残念だけど、今の私たちならきっと大丈夫だよ!」
神崎の冷静な分析に、一之瀬が弾んだ声で同調する。
二人のやり取りを背中で聞きながら、私は手際よく鍋の様子を窺っていた。隣では、ひよりが愛らしい手付きでサラダの盛り付けを進めている。
すると、ひよりがふと手を止め、ニコッと花が咲くような笑顔を浮かべて、ダイニングテーブルの方を振り返った。
「帆波ちゃんの言う通りですね! それに……三クラスでの同盟を組ませないというのももちろん重要ですが、私は、今のBクラスと僅差で争っているこの状況自体が、とても良いことだと思っています」
「どういうことだ、椎名?」
神崎が不思議そうに眉をひそめ、一之瀬も興味深そうにひよりを見つめる。
「もちろん、私たちのクラスからAクラスの座が安泰になったからといって、怠けるような生徒は一人もいないと思います。ですが……常にすぐ後ろに強力なライバルがいて、いつでも追いつかれるかもしれないという緊張感があるからこそ、お互いの更なる成長に繋がっているのではないでしょうか。切磋琢磨できる存在が間近にいるというのは、とても素敵なことだと思います」
(ひよりぃぃぃ! 俺の内心覗いてるの!? 俺と全く同じこと考えてるじゃん!!)
私は心の中で盛大に驚愕していた。
なんという思考のシンクロニシティだろうか。彼女は私の意図を完全に汲み取っているどころか、魂のレベルで同じ景色を見ているのではないかとさえ思えてくる。
しかし、私はそんな内心の動揺と嬉しさを一切表に出すことなく、火を止め、お玉を静かに置くと、どこまでも深く、理知的な響きを持った声音で、静かに空間へ言葉を紡ぎ出す。
「――光が強さを増すのは、常に闇がその輪郭を脅かそうとするからだ。絶対的な安寧のなかに、真の進化は訪れない。背後に迫る足音が、我々の歩みをより確固たるものへと変えていくのだからね。……彼女の言う通り、今の距離感こそが、我々を研ぎ澄ますための最も美しい舞台なのさ」
「『Aクラスという地位に甘んじることなく、常に危機感を持って上を目指し続けるために、今のBクラスとの距離感は理想的だということです』とのことです」
ニコニコとした優しい笑顔を浮かべたまま、ひよりが私のオサレなセリフを、一瞬の澱みもなく完璧な言葉へと翻訳してみせる。
「なるほどな……。確かに、一年生の時も、Bクラスが僅差で追ってきている状況だったからこそ、誰もが現状に満足せずにより一層の努力を重ねることができた。椎名と藍染の言う通り、ライバルの存在は組織の質を上げるために不可欠な要素というわけか」
神崎は腕を組み、深く納得したように頷いた。
「うん、ひよりちゃんの言う通りだね! もちろんAクラスで卒業することは私たちの絶対の目標だけど、それだけじゃなくて、その時にクラスのみんなが、胸を張って『自分たちはAクラスに相応しい生徒だ』って言えるようになってる必要があるもんね!」
一之瀬が拳を少し握りしめ、ひまわりのような満面の笑みで肯定してくれる。クラス全員の成長を心から願う、彼女らしい優しくも強い決意がそこに滲んでいた。
私は内心で深く深く感動し、温かい気持ちでみんなを見つめていた。だが、表面上はすべてを見通したかのような、余裕に満ちたオサレな微笑を返すに留めている。
「さて、料理もできたことだし、食べながら話を続けようか」
私が出来上がった温かい料理をテーブルへと運ぶと、ひよりが手際よく取り皿や箸を並べてくれた。四人で食卓を囲み、「いただきます」と手を合わせる。
私の作った料理を口にした一之瀬とひよりが、「やっぱり藍染くんのご飯は美味しいね!」「はい、本当に幸せな味がします」と笑顔を咲かせるのを見て、私の内心の幸福度は有頂天に達していた。
和やかな雰囲気の中、食事が少し進んだところで、一之瀬がふと真剣な表情になって口を開いた。
「ねえ、今回の無人島での特別試験の対策なんだけど……みんなに提案があるんだ!」
「提案、ですか?」
ひよりが小首を傾げると、一之瀬は力強く頷いた。
「うん。放課後に有志で集まって勉強会をやってるじゃない? それに加えて、『体力作り』もみんなでやらないかなって思って!」
「体力作り……なるほど。無人島が舞台となれば、学力と同等かそれ以上に、体力がものを言う場面が出てくるのは間違いないな」
神崎が即座に一之瀬の意図を察して頷く。
「でしょ? 毎日のランニングとか、基礎的なトレーニングとか……一人だと辛いことでも、クラスのみんなで声を掛け合いながらやれば、きっと長く続けられると思うんだ。それが試験本番で、絶対に私たちの助けになるはずだよ」
一之瀬の前向きな提案に、ひよりが真っ先にパッと目を輝かせた。
「わあ、それはとても良い提案だと思います! 私、体力にはあまり自信がないので少し不安だったんです。でも、皆さんと一緒なら心強いですし、頑張れます!」
「ああ、俺も賛成だ。肉体的なタフさが試される過酷な舞台になる以上、女子や体力に不安がある生徒の底上げは必須だ。さっそく週明けにでもクラスに呼びかけてみよう」
神崎も力強く賛同し、具体的な段取りを思い描いているようだ。
私は彼らの頼もしいやり取りを見つめながら、静かに目を伏せ、オサレな微笑を浮かべた。
「――素晴らしい。肉体を鍛え上げることは、精神を強固にすることと同義だ。荒れ狂う孤島の嵐のなかでも決して折れない大樹を、我々の手で育て上げていくとしよう」
「『帆波ちゃんの言う通り、体力をつけることは無人島試験においてとても重要な対策になりますね。みんなで協力して、万全の準備をしていきましょう』とのことです」
こうして、過酷な無人島試験を目前に控え、私たちAクラスはさらなる団結と、未知なる戦いに向けた着実な一歩を踏み出すのだった
一方、Aクラスが立ち去った後のカラオケボックスでは、室内に残ったBクラスの四人による密やかな戦略会議が続いていた。
「とりあえずは、無事に話がまとまってよかったな。事前の会議で決めた通り、これで確実な防衛線を敷くことができる」
腕を組み、重々しく頷く葛城に、橋本が飄々とした口調で同意する。
「全くだな。……ところで姫さん。プライベートポイントに余裕ができたタイミングで、綾小路を引き抜くって手はどうだ?」
「綾小路か……。なるほどな」
葛城が真剣な表情で橋本の案に耳を傾ける。
「クラスの人数差も埋められるし、あの極めて難解なテストで満点を取るほどの学力、それに体育祭で見せた圧倒的な運動能力。藍染に対抗するための手札としては、喉から手が出るほど必要な人材だ」
だが、坂柳はゆっくりと、しかし明確に首を横に振った。
「ふふ、綾小路くんが私たちのクラスへの移動に、首を縦に振るとも思えませんけどね。彼も実力を隠すのをやめたみたいですし、いよいよ藍染くんに本気で挑む気になったのでしょう。それに……私たちのクラスに来たとしても、私や葛城くんがいる以上、自分の思い通りにクラスの意思決定を動かすとなると難しいですからね」
「だが、そこは同じクラスの仲間として、意見を話し合ってすり合わせればいいんじゃないか?」
「いいえ」
葛城の正論を、坂柳は冷ややかな声で遮った。
「彼は、己の能力に絶対の自信を持っています。そして、私以上に非情で冷酷な手段を取ることに何の躊躇いもありません。もしも、誰か一人を退学させることでクラスの勝利が確実になるような状況が訪れれば……彼は何の迷いもなく、クラスメイトを切り捨てるでしょう。葛城くんは、そんな彼のやり方に賛同できますか?」
「む……。それは……」
坂柳の指摘に、葛城は顔を顰めて言葉に詰まる。仲間を重んじる葛城にとって、それは到底受け入れられない思想だった。
「なるほどな。姫さんの一強体制の時ならいざ知らず、葛城と協力し合って上手く回っている今のBクラスにとって、綾小路は劇薬になりかねないってことか」
「わざわざそんな大きなリスクを負ってまで、今の雰囲気のいいクラスに迎え入れる必要はないってことね」
神室の結論に、坂柳は「ええ」と満足げに頷いた。
「私はこのクラスで、Aクラスに勝ちたいと思っています。ですが、そのためにクラスを壊すような真似はしたくありませんから」
「……なるほど。坂柳の懸念ももっともだ。俺たちは俺たちのやり方で強固なクラスを創り上げ、Aクラスに正面から勝てる力をつけるべきだな」
「ええ。その通りです」
(――今回のような、個人の総合的な能力やフィジカルが大きく問われる試験では、確かに藍染くんには敵わないでしょう。……ですが、クラスという組織の力でAクラスに勝つことは、決して不可能ではありません。いずれ必ず、あの余裕に満ちた表情を崩してみせます)
底知れない天才たちとの激突を前に、坂柳有栖は静かな笑みの奥で、Bクラスの勝利への執念と熱い闘志を燃やしていた。