いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
高度育成高等学校に入学して、ちょうど一ヶ月。
五月一日の朝、1年Bクラスの教室は、かつてないほどの不穏な空気に包まれていた。
「……なぁ、お前、今月のポイントいくら振り込まれてた?」
「俺、6万5千ポイントだった……。先月は10万ぴったり振り込まれてたのに、なんで減ってんだよ」
「マジか、俺もだ。絶対おかしいだろこれ……」
生徒たちは皆、自分の端末を片手に顔を見合わせ、不安げな声を漏らしている。
無理もない。学校側からの「毎月一日にポイントが支給される」という説明を信じ、先月支給された10万ポイントを毎月もらえる固定給だと勘違いし、遊びや買い物で使い切ってしまった者が大半だからだ。
(……当然だ。この一ヶ月、授業中の私語や居眠り、遅刻が全くなかったわけじゃないからな)
窓際の一番後ろの席――相変わらずの絶対的な『魔王ボッチ空間』に座りながら、私は内心で一人納得していた。
初日の星之宮先生の説明から推測した通り、この学校のポイント支給は固定給ではない。生徒の行動を評価し、クラス単位で減点していくシステムなのだ。
ガラッ、と。
教室のドアが開き、担任の星之宮知恵が入ってきた。いつも通りのゆるふわな笑顔だが、どこか冷ややかな雰囲気を纏っている。
「はーい、みんな席についてー。五月最初のホームルームを始めるよー」
星之宮が教卓に立つと、生徒の一人がたまらずに立ち上がった。
「せ、先生! 今月のポイントが減ってるんですけど! 10万振り込まれるんじゃないんですか!?」
その悲痛な叫びに、星之宮はフフッと笑い、黒板にチョークで文字を書き始めた。
「私は一度も『毎月10万振り込まれる』なんて言ってないわよ? あなたたちには、今月の評価に見合ったポイントがちゃんと振り込まれているわ。……ただ、先月よりも少しだけ『減っちゃった』だけ」
星之宮が黒板に書き出したのは、各クラスの現在のポイントだった。
『Aクラス:940 cp』
『Bクラス:650 cp』
『Cクラス:490 cp』
『Dクラス:0 cp』
「……えっ?」
「650……? Dクラスに至っては、ゼロ……?」
教室が静まり返る。
星之宮はパンッと手を叩いた。
「この学校はね、生徒の能力や素行を『クラスポイント(cp)』として評価するの。1cpは100ポイントに換算されて、毎月個人に支給されるわ。……Bクラスの今月のクラスポイントは650。つまり、一人当たり6万5千ポイントが、今月振り込まれた金額ってことね」
一ヶ月で約3万5千ポイントもの減点。
授業中の態度や生活態度が、そのまま自分たちの生活費に直結するという事実に、生徒たちの顔から血の気が引いていく。
「それにね、この学校の最大の謳い文句である『希望の進路100%保証』。……あれが適用されるのは、卒業時に最もクラスポイントが高い『Aクラス』の生徒だけよ。Bクラス以下の生徒には、そんな特権はないわ」
「そ、そんな……! 初日にそんなこと一言も言ってなかったじゃないですか!」
「言わなかったわね。でも、『実力で測る』とは言ったわよ? この学校は徹底した実力至上主義。……そしてもう一つ」
星之宮は、さらに残酷な事実を宣告した。
「今月末の中間テストで、一科目でも『赤点』を取った生徒は……即、退学処分になります!」
「「「…………っ!!」」」
絶望的なルール、希望の進路の制限、そして赤点=退学という死の宣告。
入学浮かれ気分から一転、突きつけられた厳しすぎる現実に、Bクラスの生徒たちは完全に言葉を失い、凍りついてしまった。
(ふむ。赤点で退学か。俺の藍染スペックなら満点以外取る方が難しいし、関係ないな。……それより、そろそろ時間じゃないか?)
周囲の絶望をよそに、私は窓の外を眺めながら、心の中でカウントダウンを始めていた。
そう、今日は五月一日。
私が学校側と交わした『契約』が、ついに履行される日だ。
「――はいっ、怖い話はここまで!」
星之宮は突然、明るい声を出して重苦しい空気を振り払った。
「五月に入って、みんなも気持ちを新たに頑張ってほしいんだけど……今日はね、このクラスにお友達が一人増えますよー!」
「……え? お友達……?」
「転校生、ですか?」
ざわめく生徒たちを前に、星之宮は教室のドアに向かって声をかけた。
「入ってきていいわよー!」
ゆっくりと、ドアが開かれる。
そこから姿を現したのは、透き通るような淡い銀色の髪を揺らす、小柄で可憐な少女だった。
両手で鞄をぎゅっと握りしめ、少し緊張した面持ちで教卓の横に立つ。
――椎名ひよりだ。
「えっと……初めまして。今日から、このBクラスでお世話になることになりました、椎名ひよりと申します。……どうぞ、よろしくお願いします」
ひよりが深々と頭を下げると、クラスの男子たちから「おおっ……!」「めっちゃ可愛い……」という感嘆の溜め息が漏れた。
しかし、同時に疑問の声も上がる。
「あの、先生。その子確かCクラスの……」
「そうよ。椎名さんはCクラスからの『移籍』になります。今日からBクラスの生徒として一緒に頑張ってもらうから、みんな仲良くしてあげてね!」
その言葉に、クラス中がさらなる困惑の渦に巻き込まれた。
先ほど『希望の進路はAクラスのみ』と説明されたばかりだ。そんなシステムの中で、クラスを自由に移動できるなどというルールが存在するのか?
「先生! クラスを移籍するなんて、そんなことできるんですか!?」
「できるわよ。……この学校は『あらゆるものがポイントで買える』からね」
星之宮はニッコリと笑った後、とんでもない爆弾を投下した。
「クラスを移籍する権利は、システム上で『2000万ポイント』に設定されてるの。……今回、藍染くんがその2000万ポイントを学校に一括で支払って、椎名さんをこのBクラスに移籍させたのよ〜!」
「「「…………は?」」」
教室の時間が、完全に停止した。
全員の視線が、教卓のひよりから、窓際の一番後ろの席で優雅に頬杖をつく私へと、ギギギ……と機械のように向けられる。
『に、にせんまん……!?』
『たった一ヶ月で!? どうやって!?』
『いや、それより、あの魔王(藍染)が……この可愛い子を、2000万で買ったってことか!?』
生徒たちの脳内で、情報量が完全にキャパシティをオーバーしていた。
ポイントの仕組み、赤点の恐怖、そして「藍染惣右介という得体の知れない化け物が、たった一ヶ月で2000万という大金を荒稼ぎし、一人の少女を自分のもとに呼び寄せた」という異常すぎる事実。
「じゃあ先生、これから職員会議があるから行くねー! 椎名さんの席は……あそこ、藍染くんの隣が空いてるから、そこに座ってね!」
星之宮はパニックに陥るクラスを放置し、嵐のように教室から去っていった。
残されたのは、完全にカオスと化したBクラスの生徒たちと、教卓の前で所在なげに立つひよりだけだった。
「……あの」
静寂を破ったのは、一之瀬帆波だった。
彼女は自分の動揺を必死に押し殺し、立ち上がってひよりの元へと歩み寄った。
「椎名さん、だよね。……ようこそ、Bクラスへ。色々と驚くことも多いと思うけど、分からないことがあったら何でも聞いてね。……私は一之瀬帆波。よろしくね」
「一之瀬さん……。はい、ありがとうございます。ご親切に」
一之瀬が優しく声をかけたことで、クラスの空気は僅かに和らいだ。
だが、ひよりが指定された「藍染の隣の席」へと歩き出すと、生徒たちの顔に再び強烈な『同情』と『恐怖』の色が浮かんだ。
(おいおい……あの子、あの魔王の隣に座るのかよ)
(2000万で買われたってことは、完全に逆らえない奴隷みたいな扱いなんじゃ……)
(可哀想に……きっと脅されて無理やり連れてこられたんだ……)
クラスメイトたちは、ひよりが藍染の毒牙にかかるのではないかと、ハラハラしながら見守っていた。
ひよりは私の隣の席にたどり着き、鞄を置いて、私に向かってふわりと花が咲くような笑顔を向けた。
「……お待たせしました、惣右介くん。今日から、よろしくお願いしますね」
彼女のその無邪気な声に、私は内心で感極まってむせび泣いていた。
(ひよりぃぃぃぃ!! ようこそ!! ついに、ついに俺の隣に来てくれたんだな!! これでもう、俺の高校生活は勝ったも同然だ!! 『よろしくね! 毎日一緒に本読もうね!』って、最高の笑顔で歓迎するぞ!!)
私はゆっくりとひよりの方へ顔を向け、極めて冷酷で傲慢な、圧倒的ラスボスの笑みを浮かべた。
「――ああ。よく来たね、ひより。……私の玉座の隣で、この矮小な箱庭が崩壊していく様を、共に特等席で見届けるとしようか」
(うわああああああああ!! だからなんでそうなるんだよ!! 俺の歓迎の言葉が、世界滅亡を企む魔王のセリフになっちゃったよ!!)
私のその凶悪すぎるポエムを聞いて、周囲の生徒たちは「ヒッ……!」と息を呑み、「やっぱり生贄だ……」「箱庭の崩壊ってなんだよ……学校を破壊する気か……?」と恐怖に震え上がった。
――しかし。
私の隣に座る銀髪の天使は、微塵も怯えることなく、むしろ嬉しそうに目を細めてこう返したのだ。
「ふふっ。はい、惣右介くん。……これからは授業中も、休み時間も、ずっと一緒に特等席にいられますね」
「……ああ。君のその澄んだ瞳に映るに足る景色を、私が約束しよう」
(訳:うん! これからずっと一緒にいようね!)
「ありがとうございます。……あ、そうだ。惣右介くんに借りていたミステリー小説、読み終わりましたよ。密室のトリック、惣右介くんが仰っていた通り、とても美しかったです」
(おおっ! あの密室トリック最高だったよな! 『だろ!? あの時計のアリバイ工作とかマジで天才的だよな!』って熱く語り合おうぜ!)
「――当然だ。凡人が紡いだ浅はかな幻影とはいえ、私の知的好奇心を僅かなりとも満たした代物だからね。……君も、あの作者が仕掛けた哀れなミスリードの数々を見破れたのかな?」
「はいっ。最初はすっかり騙されてしまいましたけど、惣右介くんが事前にヒントをくださったおかげで、時計の仕掛けに気づけました。……本当に、惣右介くんは何でもお見通しなんですね」
「……造作もないことさ。この世の全ての事象は、私の掌の上で踊る駒に過ぎないのだから」
「ふふっ。今日、図書室にその続編を持っていきますね。放課後、また一緒に読みませんか?」
「……良い提案だ。我々の聖域で、共に運命の糸を解き明かすとしよう」
傍から見れば、「全てを支配する魔王」と「それに付き従う謎の美少女」の、あまりにも恐ろしい会話である。
しかし、二人の間には、完全に平和な読書友達としての和やかな空気が流れていた。
私の意味不明なポエムを完璧に翻訳し、ニコニコと楽しそうに会話を続けるひよりの姿を見て、クラスメイトたちはさらに深い混乱の底へと突き落とされた。
『……おい、あの子……あの藍染のヤバい言葉を、完全に理解して笑ってないか……?』
『っていうか、藍染があんなに穏やかな顔してるの、初めて見たぞ……』
その光景に、たまらず一之瀬が恐る恐る二人の席へと近づいてきた。
彼女は冷や汗を流しながら、信じられないものを見るような目でひよりに問いかける。
「し、椎名さん……? あの……今の藍染くんの言葉の意味、本当にわかってるの……? 世界が崩壊するとか、愚かな幻影とか……」
一之瀬の問いかけに、ひよりはキョトンと小首を傾げた後、満面の笑みを浮かべてこう答えた。
「はいっ! 惣右介くんの言葉は少しだけ詩的で難しいですけど、とっても素敵な表現だと思います。それに……」
ひよりは私の方をチラリと見て、優しく微笑んだ。
「惣右介くんは、とっても優しくて思いやりのある方ですよっ」
「「「…………えええええええええええ!?」」」
一之瀬をはじめとするBクラス全員の、声にならない叫び(一部は声に出ていた)が教室に響き渡った。
『優しい!? あの、クラスメイトを「蟻」呼ばわりした魔王が!?』
『2000万で奴隷を買った悪魔が、思いやりがある!?』
『椎名さん、完全に洗脳されてる……!!』
藍染惣右介への「絶対的な恐怖」は、椎名ひよりという少女の存在、そして彼女の「惣右介くんは優しい」という特大の爆弾発言によって、クラスをかつてないカオスへと叩き落とした。
そして、五月一日の衝撃的なホームルームが終わり、午後。
本来なら入学式以降の浮かれた気分が続くはずの時期だが、Sシステムの正体と「赤点即退学」のルールを知らされたBクラスの雰囲気は、真剣そのものへと変貌していた。
「みんな、ちょっといいかな!」
放課後。一之瀬帆波が教卓に立ち、クラス全体に呼びかける。
「先生から言われた通り、これからはクラス単位の連帯責任でポイントが決まる。だから、わたしたち独自の委員会制度を作って、クラスをより良くしていこうと思うんだ!」
一之瀬の提案に、反論する者はいなかった。彼女の卓越したリーダーシップの下、テキパキと役職が決まっていく。
「学級委員は一之瀬、君しかいないだろう」
「あはは、神崎くんにそう言ってもらえると心強いな。じゃあ、副委員は神崎くんにお願いしてもいい?」
「ああ、構わない」
続いて、書記に白波千尋、体育委員に柴田颯、保健委員に網倉麻子……と、クラスの主要なメンバーが次々と名前を連ねていく。
そんな中、私の隣の席でひっそりと手を挙げた少女がいた。
「あの……一之瀬さん。図書委員という枠組みはないのでしょうか?」
ひよりの控えめな、しかし切実な問いかけに、一之瀬はパッと表情を明るくした。
「あ、そうだね! 椎名さんは本が大好きだもんね。わかった、Bクラス独自の図書委員も作ろう! 椎名さん、お願いしてもいいかな?」
「はいっ。ありがとうございます」
ひよりは本当に嬉しそうに微笑んだ。その姿を見守りながら、私は内心で(よかったなぁ、ひより! これで堂々と図書室に行けるな!)と激しく拍手を送っていた。
「あと、もう一つ。今後のためにプライベートポイントの一部をクラスの貯蓄として管理したいと思うんだ。一人二万ポイントずつ、有事の際のために出し合わないかな?」
一之瀬の提案は合理的だった。ポイントがゼロになる可能性を知った今、クラス全体でセーフティネットを作るのは賢明な判断だ。
一通り話し合いが落ち着いたところで、一之瀬が少しだけ躊躇しながら、私の方へと視線を向けた。
「あの……藍染くん。一つ、聞いてもいいかな?」
「……何かな、一之瀬」
「藍染くんがたった一ヶ月で貯めた二千万ポイントのことなんだけど……。もし差し支えなければ、どうやってあんな大金を稼いだのか教えてもらえないかな? クラスの参考にできればと思って」
その質問に、クラス中の視線が私に突き刺さった。
Bクラスの面々にとって、それは最も気になる謎だったのだ。
(ああ、それね。普通に部活回って先輩たちとチェスとか将棋で賭け事しただけだよ。でも、もうみんなに警戒されてるから、同じ方法は無理だと思うって伝えておこう)
私は一之瀬の真っ直ぐな瞳を見つめ返し、口を開いた。
「――浅ましき欲望の揺り籠で、迷える羊たちに現実を教えてあげただけだよ。……だが、既に羊たちは狼の気配を察して散り散りになった。……一度枯れた果実を、再び実らせることは叶わないだろうね」
「「「…………え?」」」
案の定、教室内がフリーズした。
一之瀬も「えっと……羊? 果実……? な、なんて?」と、完全に理解が追いついていない様子で困惑の表情を浮かべる。無理もない。稼ぎ方を聞かれて果実の話をする高校生など、普通は存在しないのだから。
そこに、ひよりがスッと横から助け舟を出した。
「……惣右介くんは、こう仰っているんです」
ひよりは穏やかに、そして迷いのない口調で翻訳を開始した。
「『上級生の部活動を回って、ボードゲームや勝負事でポイントを賭けて勝ち取っただけだよ。でも、もう僕の実力が知れ渡って警戒されているから、これ以上同じ方法で稼ぐのは難しいと思う』……と」
「「「…………っ!!」」」
クラスメイトたちは二度驚いた。
一つは、藍染のその意味不明な比喩表現の正体が「上級生相手のギャンブル無双」というあまりにも武闘派な内容だったこと。
そしてもう一つは、「なんで椎名さんは今の言葉でそこまで完璧に理解できるんだよ!?」という驚愕だ。
「し、椎名さん……今のって、本当にそんな意味だったの?」
「はいっ。惣右介くんはとても合理的な方ですから。ね、惣右介くん?」
「……君の理解が、私の真実だ」
(訳:その通りだよ、ひより! 翻訳助かる!)
「ひぇぇ……あの言葉の意味がわかるなんて、椎名さん、すごいね……」
神崎ですら頭を押さえて絶句していた。Bクラスの面々にとって、ひよりはもはや「この得体の知れない存在と意思疎通ができる唯一の翻訳機」として認識され始めていた。
「あ、あはは……。じゃ、じゃあ最後に。今月末の中間テスト、藍染くんは小テストでもずっと満点だったし、ぜひ勉強会に参加してほしいんだけど……お願いできるかな?」
一之瀬がすがるような目で私を見る。
(もちろんいいよ、クラスのみんなが退学になったらひよりが悲しむしな!)
「――群れを成す必要などないと思っていたが……。君たちが底なしの泥濘に沈み、私の視界から消えるのも、それはそれで退屈かもしれないね。……よかろう、滅びを先延ばしにする手伝いをしてあげよう」
(ひより、通訳お願い!!)
「『いいですよ。みんなが退学になるのは僕も本意ではないので、協力します』とのことです」
「にゃ、にゃはは……ありがと、藍染くん! 椎名さんも、翻訳ありがとね!」
こうして、Bクラスの今後の方針は決まった。話し合いが終わり、私はひよりと共に、私たちの「安息の地」である図書室へと向かった。
図書室へ続く廊下。
夕日に染まる静かな空間を歩いていると、前方の角から、複数の荒々しい足音が近づいてくるのに気づいた。
「――おいおい。いきなり派手にやってくれるじゃねぇか、Bクラスの優等生さんよぉ」
現れたのは、赤みがかった髪をした柄の悪い男だった。数人の取り巻きを引き連れ、不敵な笑みを浮かべて私たちの行く手を阻む。
男はポケットに手を突っ込み、ひよりを一瞥してから、私を射抜くような目で見つめた。
(うわっ、絵に描いたようなヤンキーじゃん。現代日本にもまだこんなコテコテの不良がいるのか。怖いな……でもひよりの前でビビるわけにはいかない)
内心で冷や汗を流しながらも、私は静かに、冷徹な視線を男――龍園翔に向けた。
「一ヶ月で二千万ポイント、か。……ククッ、随分と面白い手品を使ったらしいな。おかげでウチのクラスの『手駒』を奪われちまった。……どう落とし前をつけてくれるんだ、あぁ?」
「――奪った? 語弊があるな。……私はただ、泥の中に咲く蓮を、相応しい水辺へ移したに過ぎない。……地を這う蛇に、空を愛でる花の価値を問うた私が愚かだったかな?」
「…………あぁ? なんだてめぇ、さっきから意味の分からねえことばっか吐きやがって。……喧嘩売ってんのか?」
龍園の取り巻きたちが一歩前に出る。廊下の空気が一気に殺気立った。
彼らはいつでも私に殴りかかる準備ができているようだ。
(ひぃっ! 怒らせた! 『ごめんごめん、喧嘩するつもりはないから落ち着いてよ』って言おう! 穏便に済ませるんだ!)
私は両手を少し前に出し、彼らを宥めようとして、口を開いた。
「――あまり強い言葉を遣うなよ」
(ああああああああ!! また出た!! 全然宥めてない!! むしろめちゃくちゃ煽ってる!!)
私は内心で絶叫したが、一度動き出した口は止まらない。私は龍園の瞳を真っ直ぐに見つめ、薄く、そして傲慢な笑みを浮かべてしまった。
「弱く見えるぞ」
「…………っ!!」
龍園の表情が凍りついた。
あまりにも静かで、あまりにも絶対的な上位者としての宣告。
龍園の背後に立つ取り巻きたちが、思わず一歩後退りするほどの「霊圧(?)」がその場を支配した。
「…………ククッ、クハハハハハハ!!」
一瞬の沈黙の後、龍園は狂ったように笑い出した。
「いいぜ……おもしれぇ。藍染惣右介、お前は俺が思っていた以上に『最高のおもちゃ』だ。……必ずてめぇを絶望の底に叩き落として、その面を泣きっ面に変えてやるよ。……首を洗って待ってな」
龍園はそれだけ言い捨てると、肩を揺らしながら去っていった。
(ふぅ……。終わった……。絶対に目つけられたわあのヤンキーに。帰り道とか気をつけよう……)
内心で震え上がる私を、ひよりが心配そうに、しかしどこか誇らしげに見つめていた。
「惣右介くん。……今の言葉、とても格好良かったです。あの方たちも、惣右介くんの本当の強さに気圧されていましたね」
「……買い被りだよ、ひより。……狂犬に吠えられたからといって、月がその輝きを失うことはないのだから」
(訳:ひよりが無事でよかったよ。さ、本を読みに行こう!)
「はいっ。放課後が台無しになるところでしたね。……さあ、行きましょう」
ひよりは私の言葉の意味を勝手に解釈し、嬉しそうに歩き出した。
圧倒的なスペックと、それを上回るポンコツな呪い。
二人の奇妙で平穏な放課後は、実力主義の嵐が吹き荒れる学園の中で、変わらずに続いていくのであった。