いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
七月二十日。八時半。
長きにわたる過酷な無人島特別試験の火蓋が切られた。
船はすでに無人島の港である『本部』――座標でいうところの【D9】エリアに接岸している。
混雑と混乱を避けるため、下船は一年生から順に行われていった。そして午前九時ちょうど、生徒全員に支給されたタブレット端末に一斉に通知が鳴り、最初の『指定エリア』が発表された。
その頃になって、ようやく我々二年生Aクラスから順に船を降りるよう指示が出た。
潮風を全身に浴びながら、タラップを降りて無人島に上陸する。
すると、少し前を歩いていた一之瀬と神崎が振り返り、こちらへと駆け寄ってきた。
「藍染くん!ひよりちゃん!二人の最初の指定エリアはどこだった?」
一之瀬がタブレットを片手に尋ねてくる。
「私たちは【C8】です。帆波ちゃんたちはどこでしたか?」
「私と神崎くんは【E8】だったよ。どうやら、藍染くんたちとは違うテーブルみたいだね……」
一之瀬が少しだけ残念そうに眉尻を下げる。
「合流することを考えると少し残念ですが、逆にお互いが離れていた方が、四日目の大グループ結成までにそれぞれのテーブルで効率よくポイントを稼ぐことができるとも考えられますから」
ひよりがすかさずポジティブな見解を示してフォローする。私もそれに同調し、フッと余裕のある笑みを浮かべた。
「――星々の運行が違えど、天が回る限り我々の軌跡は必ず交差する。それに、広大な盤面の中、同じ領域で重なり合う瞬間も訪れるだろう。憂う必要はないさ」
「『テーブルが違っても、どこかで同じエリアが指定されることもあると思いますから、大丈夫ですよ!』とのことです」
ひよりの完璧な翻訳を聞き、一之瀬は「そっか、そうだね!」とパッと表情を明るくした。
すると、その隣にいた神崎が、静かに、しかしどこか重々しい空気を纏って口を開いた。
「――ああ。今は互いの戦場で刃を振るい、這い寄る敵を退けよう。そして……勝利を掴もう」
「神崎くん!?さっきも注意したよね!?」
「っ!?す、すまない……!これからいよいよ試験が始まると思ったら、つい気合が入ってしまって……」
一之瀬の容赦ないツッコミに、神崎はハッとして耳まで真っ赤にする。
(……まあ、気合が入ってるのはいいことだ!うん、俺は何も見ていない!)
私はオサレ病に苦しむ神崎からスッと目を逸らし、気づかないフリをした。
一之瀬と神崎は、小グループを組んでいるBクラスの神室とこの後合流する手はずになっている。彼らとはここで一旦別れ、お互いの健闘を祈って背を向けた。
私とひよりがその場で待機していると、やがてBクラスの生徒たちも下船してきて、坂柳と葛城がこちらへ合流した。
「お待たせしました。私は予定通り、この本部付近での待機となりますので、よろしくお願いしますね」
「こちらこそ、坂柳さんの的確な指揮を頼りにしています」
ひよりがにっこりと笑って返す。
スキンヘッドを撫でながら、葛城がタブレットに視線を落とした。
「藍染。俺たちの最初のエリアは【C8】だな。ここからなら北西への移動になるが、すぐに向かうか?」
(いや、一年生が先に出発しているし、最初から焦って無理をする必要はないよ。到着までの時間にはかなり余裕があるし、まずは坂柳が一人でここで快適に過ごせるように、テントの準備とかを手伝ってから向かおうか)
「――焦燥は自らの首を絞める鎖に過ぎない。まずは後方の憂いを断つため、白き女王が座すに相応しい玉座を設えるとしようか」
「『急ぐ必要はありませんから、まずは坂柳さんのテントの設営や準備を手伝ってから向かいましょう』とのことです」
ひよりが優しく翻訳すると、坂柳は目を細めて嬉しそうに微笑んだ。
「お気遣いありがとうございます、藍染くん。私としては、昨年の無人島試験は不参加でしたし、この身体ですのでテント設営などの経験が全くないので……そうしていただけると本当に助かります」
「藍染の言う通りだな。すまん、坂柳。本来なら同じクラスである俺が気を使うべきことだった」
葛城が真面目な顔で謝罪するが、坂柳はゆっくりと首を振った。
「謝る必要はありませんよ、葛城くん。私たちは一位を狙うグループなのですから、勝利を優先して急ぐのは当然の思考です。ここはありがたく、藍染くんの余裕に甘えさせてもらいましょう」
そうして私たちは、港のすぐ近く、木陰になっていて涼しい風が通る最適なエリアを見つけ、坂柳のための拠点を構築し始めた。
私と葛城で手早く一人用テントを組み立て、ポイントで購入していた折りたたみ式のテーブルとチェアを設置する。これなら彼女の身体への負担も最小限で済むだろう。
「なにかあれば、すぐにトランシーバーで連絡してくれ」
「わかりました。それでは、お互い勝利のために全力を尽くしましょう」
「はいっ!」
ひよりが元気よく返事をし、私もフッと色気のある笑みで応える。
「――ああ。吉報を待っていてくれたまえ」
「よし、それではそろそろ俺たちも【C8】へ向かうとしよう」
葛城の言葉を合図に、私たちは坂柳に見送られながら森の中へと足を踏み入れた。
移動の隊列は、葛城が先頭を歩き、次にひより、私が最後尾から全体を見る形だ。
葛城は自身の荷物が入ったリュックを背負っている。私は一番大きいリュックに自分の荷物とひよりの荷物、そして食料や水などをパンパンに詰めて背負っていた。
ひよりには小さめのリュックに、三人分のアメニティ用品など軽いものだけを入れてもらっている。
「惣右介くん。荷物、重くありませんか?やっぱり、少し私が持ちましょうか?」
「――重圧など感じないさ。私が背負うのは、君の希望という名の羽だからね」
「ふふっ、ありがとうございます惣右介くん。でも無理はなさらないでくださいね」
(藍染スペックの圧倒的体力ならこれくらいの荷物、全く重く感じないぜ!)
内心でガッツポーズを決めつつ、涼しい顔で歩みを進める。
森の中は木々が鬱蒼と茂り、地面も起伏に富んでいる。
「港や本部施設があり、かつて人がいた痕跡はあるが……やはり遠い昔のことなのだろうな。かなり険しい森だ」
「でも、先に一年生が通ってくれているので、蜘蛛の巣とかに引っかかることがないのはよかったですね」
「ああ。最初のエリアは森の中だからな。学校側が管理している以上、致死性の毒を持つ虫などは事前に排除しているだろうが、それでも注意が必要だ」
葛城の慎重な言葉に、私は静かに頷く。
「――脱落という結末は我々の辞書にはないからね。……どうやら最初の領域に足を踏み入れたようだな」
「『怪我によるリタイアは避けなきゃいけませんね。それから、エリアに入ったみたいですね。タブレットに3点追加されていますよ』ですね!」
ひよりの言う通り、タブレットの画面には到着ボーナスである1点×三人分の『3点』がしっかりと加算されていた。
「とりあえずエリアには着きましたが……この後、エリアの中央に向かいますか?それとも、次の指定エリアの発表に賭けて、どこかの端に寄っておきますか?」
ひよりが立ち止まり、タブレットのマップを見ながら問いかけてくる。
「無難なのはエリアの中央だろうな。おそらく、多くの生徒がそう考えて中央付近に集まるはずだ」
「同じテーブルとなる他の生徒を確認することもできますね」
(うん、葛城の言う通り、それに十時からは課題も始まるからね。まずは中央に向かおう!)
「――王道こそが覇道。迷うことなく、歩みを進めよう」
「『とりあえず、無難にエリアの中央に向かいましょう』ですね。行きましょう!」
私のオサレな決定をひよりが翻訳し、私たちはそのまま【C8】エリアの中心部を目指して、再び険しい森の中を歩き始めた。
中央付近まで進むと、ポツポツと数人の生徒の姿が確認できた。しかし、やはり険しい森の中ということもあり、木々や茂みに視界を遮られ、思ったよりも他の生徒の姿は視認しづらい。
そんな中、ふと見知った顔を見かけ、私たちはそちらへ声をかけることにした。
A・Bクラス同盟である、Aクラスの姫野ユキ、Bクラスの森下藍、吉田健太の小グループだ。
「姫野さん。同じエリアだったんですね!」
ひよりが嬉しそうに小走りで駆け寄る。
「あ、椎名さんに藍染くん。指定エリアが同じってことは同じテーブルなのかな」
姫野が少しほっとしたような表情で応じた。葛城も、同じクラスである森下と吉田に「無事だったか」と短く声をかけている。
そのまま、しばらく二つのグループで円になって談笑することになった。
(そういえば、吉田も一年生の時の混合合宿で俺と同じグループだったな……。寛治や時任みたいに、俺の影響でオサレ病に感染してないよな……?)
私は内心で少しヒヤヒヤしながら吉田の様子を窺っていたが、彼はいたって普通の態度で葛城と会話をしており、どうやら感染していないようでホッと胸を撫で下ろした。
「――君たちも無事に最初の領域へ辿り着いたようだな。我々の歩む道が交差したことも、また見えざる運命の導きか」
私がフッと艶やかな笑みを浮かべ、いつも通りにオサレな言葉を紡いだ、その時だった。
「藍染惣右介。先ほどから何を言ってるんですか?普通に喋ってください」
森下が、一切の感情を排したような真顔で私を真っ直ぐに見つめ、容赦のない言葉を放った。
(ガーンッ!?俺だって普通に喋りたいんだよ!!勝手にポエムに変換されちゃうんだよ!!)
見事なまでの正論のストレートパンチを食らい、私は内心で激しくショックを受けた。
しかし、そんな森下にすかさず吉田がツッコミを入れる。
「お前は人のこと言えないだろう?この森に入ってからも、急にカブトムシを探しに行こうとしたりして、俺と姫野が大変だったんだからな」
「何を言ってるんですか、吉田健太。夏の森ですよ?カブトムシを探すのが日本男児たるものの務めでしょう」
「いや、お前男児じゃねえじゃん……」
呆れ果てる吉田の横で、葛城が申し訳なさそうに頭をかいた。
「……すまないな、藍染。森下は少し変わった奴なんだ」
「ふふっ。面白い方ですね」
ひよりは口元に手を当てて楽しそうに笑っている。
(ええ……?俺、この子に変人扱いされてるの……?いや、確かに俺の喋り方は変人と言われても仕方がないレベルだけども!!お前も大概だぞ森下!)
私の内心の激しいツッコミをよそに、時間は刻一刻と経過していた。葛城が腕時計に目をやる。
「そろそろ十時になるな。最初の『課題』が出現する頃だ」
「そうですね。確認しましょう」
ひよりがタブレットを操作し、マップ上に新しく表示された赤い点を素早くチェックしていく。私も横から画面を覗き込み、即座に脳内で最適なルートを弾き出した。
(ふむ。ここから狙うなら……一つ北【C7】エリアの『握力測定(参加人数一人)』、報酬は一位5点、二位3点、三位1点。それから、【E7】エリアの『英語テスト(参加人数二人)』、こちらも報酬は同じだ)
(距離的にはこの二つが理想的だな。握力測定なら俺が行けば確実に一位を獲れるが、俺がそこに行くと、ひよりと葛城に【E7】まで歩かせることになる。森の起伏を考えると、少し遠いし間に合わないリスクがあるな)
(……よし。葛城に【C7】の握力測定を任せて、俺がひよりを抱っこして【E7】の英語テストに爆速で連れて行こう)
方針を固めた私は、葛城とひよりに向けてオサレに提案を放った。
「――天秤はすでに傾いている。葛城、君には隣接する力の試練を任せよう。私はひよりを抱え、言葉の壁を瞬きする間に越えに行く」
「ふぇっ!?」
私の真意を読み取ったひよりは、一瞬驚いたように肩をビクッと跳ねさせ、ポッと頬を真っ赤に染めながら葛城へ向き直った。
「あ、あの……!『葛城くんは握力測定へ、惣右介くんは私を抱き抱えて英語テストへ向かいましょう』とのことです……」
「なるほど、それが合理的だな」
ひよりの恥ずかしそうな翻訳にも、葛城は真面目な顔で頷いた。
「握力なら俺も自信はある。須藤や高円寺、綾小路といった規格外と被らなければ、得点を獲得できそうだ。……だが、藍染。お前は荷物を多く持っているし、それに加えて椎名を抱えて移動できるのか?握力測定はすぐ隣のエリアだから、俺が荷物を持つか?」
(俺の体力なら全部余裕だけど、抱っこする時にひよりが背負ってるリュックが少し邪魔になるな。よし、それだけ預かってもらおう)
「――案ずるな。私の腕の中にある限り、彼女は舞い降りた羽のように軽いからね。だが……その羽の枷となる小さな荷だけは、君に預けるとしよう」
「『重さは全く問題ありませんが、抱っこする時に邪魔になってしまうので、私の小さなリュックだけお願いできますか?』とのことです……」
私のオサレな自信満々の返答とお願いを、ひよりが照れながら翻訳する。葛城は「ああ、その程度なら任せておけ」と力強く頷き、ひよりから小さなリュックを受け取ってくれた。
私たちは「課題が終わったらトランシーバーで連絡する」と約束を交わし、ここで姫野たちとも別れて二手に分かれることになった。
葛城が【C7】へと向かって見えなくなったのを確認し、私はひよりの前にスッと片膝をついた。そして、背中に自分の大きなリュックを背負ったまま、彼女の細い身体をひょいっと軽々とお姫様抱っこで抱き上げた。
「ひゃっ……!」
足がふわりと浮いたひよりが、反射的に私の首に腕を回す。
「うぅ……惣右介くんならこの方が速いのは分かりますけども、やっぱり恥ずかしいです……」
至近距離で潤んだ瞳を向けてくるひよりに、私はオサレに微笑みを返した。
「――許してほしい。もし君の翼が傷つくのを恐れるのなら、私はすぐにでもこの腕を解こう」
(訳:ごめんね!本当に嫌だったらやめるけど……どうする?)
私のポエムに込められた本音を正確に汲み取ったひよりは、首元まで赤く染めながら、私の胸にコテンと頭を預けてきた。
「嫌なわけではありませんが……少し恥ずかしいです。でも、惣右介くんと、こうして密着できるのは嬉しいです……」
(――――ッッッッ!!!可愛すぎか!!??よーし!!爆速で向かってやるぜ!!)
私の内心のテンションメーターは限界を突破して振り切れた。
愛しい恋人の温もりを腕の中に感じながら、私は常人離れした身体能力を遺憾なく発揮し、鬱蒼とした森の中を【E7】の英語テストの会場へ向かって弾丸のように駆け出した。
「わぁっ!速いです!!ふふっ、なんだか空を飛んでるみたいです!」
腕の中から、ひよりの弾むような声が響く。風を切るスピードに怯えるどころか、彼女は目を輝かせて景色が後ろへ飛んでいく様を楽しんでいた。
その愛らしい反応に、私はひっそりと頬を緩ませる。もちろん、ただ速いだけではない。私は常人離れした身体操作をもって、彼女に一切の振動を与えないよう完璧なサスペンションの役割を果たしながら疾走していた。
その道中、同じく【E7】の課題へ向かうと思しき他グループの生徒たちの脇を、風の如く通り抜けていく。
「なっ……なんだ今の!?」
「せ、生徒会副会長だ!藍染先輩だぞ!」
「ええ!?嘘でしょ!?彼女さん抱っこしたままあのスピードってどうなってるの!?」
「バケモンかよ……!」
背後から呆然としたような声が聞こえてきたが、立ち止まって応えている暇はない。私は一陣の風となり、最短経路で英語テストの会場へと辿り着いた。
「着いたよ、ひより」
会場の端でそっと彼女を地面に下ろすと、ひよりは乱れた前髪を軽く整えながら、少しだけ頬を朱に染めて微笑んだ。
「……ふふっ。とっても楽しかったです。ありがとうございます、惣右介くん」
「君が楽しめたなら何よりだ。道中の揺れは大丈夫だったかい?」
私が余裕のある笑みを浮かべて尋ねると、彼女は目を丸くして首を横に振った。
「むしろ、あのスピードでどうしてあんなに揺れないのか不思議なくらいで驚いています。それから……体力は本当に大丈夫ですか?初日から無理はしないでくださいね?」
私の体を気遣い、上目遣いで覗き込んでくるひより。その優しさに胸の奥が温かくなる。
「ああ、全然問題ないよ。……それじゃあ、さっそくエントリーしに行こうか」
私は彼女を安心させるように微笑み、二人で受付へと向かった。
担当の教員に端末を提示し、説明を受ける。それによれば、学年ごとに問題の内容は異なるものの、難易度は同等に調整されているらしい。そして、二人の合計点によって順位がつけられるというルールだった。
周囲を見渡すが、綾小路清隆や南雲雅の姿はない。
(となると、彼らは別のテーブルなのか、あるいは単純に他の課題を狙ったのか……)
用意された席につき、指定されたタブレットで試験が開始される。
問題のレベルはそれなりに高かったが、私にとっては造作もない内容だ。淀みなくタップを進め、瞬く間に全問を解答し終えた。
やがて制限時間が終了し、結果が画面に表示される。
『藍染惣右介:100点 椎名ひより:94点 合計:194点 順位:1位』
「やりましたね! 惣右介くん!」
結果を見たひよりが、パァッと花が咲いたような笑顔を見せ、両手をこちらに向けてきた。
私はオサレに微笑み返し、彼女の小さな両手と優しくハイタッチを交わした。
見事1位を獲得した私たちは、順位報酬である『5得点』と『水1.5リットル』を手に入れた。
会場を後にしながらタブレットのマップを確認すると、先ほどまでは無かった新たな課題が出現していることに気がついた。
少し遠回りにはなるが、【D6】エリアに『現代文テスト』が出現している。参加人数は一人だ。
「こちら椎名です。葛城くん、聞こえますか?」
『ああ、こちら葛城だ。そっちの状況はどうだ?』
「こちらは無事に1位を獲得できました。これから少し遠回りになりますが、【D6】の現代文テストに向かおうと思います」
『そうか、流石だな。俺も握力測定では一位を獲得できた。そして【B7】に出た課題に向かうところだ。それが終わったら合流地点で落ち合おう』
「分かりました。後ほどお会いしましょう」
通信を終えると、私は再びひよりを腕の中に抱え上げ、【D6】へと弾丸のように駆け出した。
到着後、ひよりに安全な場所に待機してもらい、私単独で現代文テストの受付へと向かう。
そこで偶然にも、見知った顔と遭遇した。三年生の生徒会役員の一人だ。
(おや、殿河じゃないか。今回は溝脇と一緒じゃないんだな)
私はオサレに微笑みながら言葉を紡ぎ、後方で待機しているひよりに翻訳を頼んだ。
「げっ!お前がいるのかよ……」
私の姿を認めた彼は露骨に嫌そうな顔をした後、ひよりの通訳を聞いて青筋を立てた。
「いや、確かに俺は同じ生徒会役員といえどお前と話すことはほとんどないが……俺は溝脇だ!!前も間違ってただろ!!」
(ええー!??嘘でしょ!?いや本当ごめんって!でも、殿河と溝脇ってセット感あるしどっちがどっちか忘れちゃうんだよ!ごめんね!)
内心では平謝りしながらも、私はそんな動揺を微塵も表に出さず、ただオサレにフッと笑ってみせた。
「いや、まあいいや……」
溝脇は私の無言の微笑みに何かを察したのか、それ以上は突っ込まずにため息をついた。
やがてテストが開始された。
当然のように、瞬く間に解答を終わらせ、結果は当然の100点。ここでも1位となり5得点を獲得した。さらに順位報酬として食料の『牛肉』も手に入れた。
課題を終え、葛城との待ち合わせ場所まではひよりと共に歩いて向かうことにした。
木漏れ日の落ちる森の道をたわいもない会話を楽しみながら進むと、合流地点には既に葛城の姿があった。
「さすがは藍染と椎名だ。いきなり10得点は大きいな」
葛城が労いの言葉をかけてくる。
「ふふっ。葛城くんも握力測定の一位、お疲れ様でした。背筋力測定でも得点を取れたようですね!」
「ああ。だが、綾小路と須藤に負けて三位で1得点しか稼げなかったがな」
「体力系の試験で、あのお二人が相手なら仕方がないかと……」
ひよりが苦笑交じりにフォローを入れる。
(清隆はそっちにいたのか。まだ同じテーブルかは分からないが、今後どうなるかな)
私は内心で状況を分析しつつ、次の指定エリア発表である13時までに昼食を取ろうかとオサレに提案した。
「先ほど手に入れた牛肉を使いましょうか」
ひよりの提案に、私はオサレに頷いて肯定した。
事前に購入しておいたカセットコンロを取り出し、火をつけて手際よく肉を焼き上げる。森の中に香ばしい匂いが漂い始めた。
用意していた食器類に取り分け、三人で食事を始める。
「最初は携帯食料でいいかと思っていたが、やはりきちんとした食事は必須だな。気力が回復していくのがわかる」
肉を咀嚼しながら、葛城がしみじみと呟く。
「ええ。14日間という長丁場ですから、心身の健康は大事ですからね」
ひよりも微笑みながら同意した。
「坂柳は大丈夫だろうか?ある程度食料や水は購入してあるが……」
葛城が遠く離れたリーダーを気遣うように視線を落とす。
私は、今日はまだ初日であるため、17時の試験が終わったタイミングで一度本部に戻るのも選択肢の一つだとオサレに見解を述べた。最後の指定エリアが遠ければ物理的に厳しいが、仮設シャワーよりも本部の設備である大浴場の湯船にゆったりと浸かりたいという思いもある、と。
私のその言葉を、ひよりが的確に翻訳して葛城へと伝える。
「そうだな。その時点で判断することにしよう」
葛城は力強く頷いた。
食事を終えた私たちは、貴重な水を少しだけ使って手際よく食器類を洗い、午後からの動きに向けてしっかりと英気を養った。
(よしよし、初日の昼食としては文句なしの出来だ。ひよりの体力もしっかり回復できたみたいだし、この調子でいこう)
木陰を吹き抜ける涼やかな風を感じながら、私は静かに目を閉じる。
十三時に発表される次なる指定エリア――そこから本格化するであろうポイント争奪戦に向け、我々は静かな森の中で鋭く牙を研ぐのだった。