いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
七月二十三日。無人島サバイバル四日目。
この日も、私は午前五時に目を覚ました。
(うーん!よく寝た!みんなが起きてくる前に、ささっと朝ごはんを作っちゃお!)
テントから抜け出し、大きく伸びをする。昨晩から合流した一之瀬たちを含め、六人分の朝食となると少し手間がかかるが、藍染スペックの私にとっては造作もないことだ。
私はポイントで購入しておいたカセットコンロを取り出し、三日目の課題で手に入れたお米とお肉、それに手持ちの缶詰を使った手軽だがスタミナのつく料理を手際よく作っていく。
鍋から食欲をそそる良い香りが漂い始めた頃、テントのファスナーが開いて一之瀬とひよりが顔を出した。
「おはようございます、惣右介くん。毎日朝早くからご飯を作っていただいて、本当にありがとうございます」
ひよりが目をこすりながら、ホワホワとした笑顔で近寄ってくる。
「ごめんね!藍染くん!私たちも手伝うよ!」
一之瀬も慌てたように駆け寄り、すぐに料理のサポートに入ってくれた。
「――太陽より早く目覚める君たちの勤勉さに敬意を表そう。君たちの手が加われば、この糧もより深い味わいになるだろうね」
(訳:おはよう!手伝ってくれてありがとうね!)
「ふふっ、お任せください!」
「うん!任せて!」
三人で並んで、和気藹々と料理を進める。早朝の森の中でひよりと一之瀬とのクッキングタイムは、最高に癒やされる時間だった。
「いよいよ、七時には現時点のランキングが上位も下位も開示されるし、最大六人までの大グループ結成の課題も始まるね!」
お皿に料理を盛り付けながら、一之瀬が引き締まった表情で言う。
「はいっ!ここからが、この無人島サバイバルの本番ですね!」
ひよりも気合を入れるように、両手をぎゅっと握りしめた。
(そうだね!とりあえず、うちの同盟から下位に沈んでるグループがないことを祈ろう!)
「――深淵の底に、我らが同盟の星が堕ちていないことを祈るばかりだね」
「『私たちのクラスから、下位に沈んでいるグループがないといいですね』とのことですっ」
「そうだね!でも、坂柳さんからの報告では、得点が少ないグループもそれなりに課題をクリアできているみたいだから、大丈夫だと信じてるよ!」
「それに、後方で坂柳さんが全体の指揮をとってくださっていますから、危ういグループは優先的に大グループに組み込めるように手配してくださると思いますよっ」
「――彼女という揺るぎない眼光がある限り、我々の星が理不尽に散ることはない。今はただ、信じるとしようか」
「『坂柳さんがいれば私たちの同盟は大丈夫ですね』とのことですっ」
私たちが和やかに談笑しながら朝食の準備を終える頃には、葛城、神崎、神室の三人もテントから起きてきた。
全員が揃ったところで、無人島での豪華な朝食タイムが始まる。
食事を終え、七時まではまだ少し時間があったため、課題で手に入れたコーヒーを淹れ、全員で香りを楽しみながらゆっくりと会話を交わした。
そして――時刻が七時に近づいてきた頃。
「――いよいよ、深き霧が晴れる刻だな」
神崎が、紙コップを片手に目を伏せながら、静かに、そして非常にオサレな声音で呟いた。
「神崎くん!?なんで藍染くんが近くにいると、急にそうなっちゃうのかな!?」
即座に一之瀬が悲鳴のようなツッコミを入れる。
「っ!す、すまない。一之瀬。藍染と顔を合わせるのが初日以来だったから……つい、深淵を覗き込みすぎたようだ……」
「その『深淵』って言うのもやめてぇぇ!!」
(朝からそのやり取りやめてくれぇぇぇ!!俺が一番ダメージ受けてるから!!精神をごっそり削られてるから!!)
私が内心で血の涙を流して悶え苦しんでいると、ひよりがパッとタブレットの画面を指差した。
「あ、七時になりましたよ!」
通知音が鳴り響き、本日の最初の指定エリアの発表とともに『上位十組と下位十組のランキング』が、ついに画面上に開示された。
『一位:藍染グループ (二年)――139点』
『二位:龍園グループ (二年)――115点』
『三位:南雲グループ (三年)――109点』
『四位:桐山グループ (三年)――77点』
『五位:時任グループ (二年)――75点』
『六位:一之瀬グループ (二年)――71点』
『七位:藤泉グループ (一年)――69点』
『八位:落合グループ (三年)――67点』
『九位:宝泉グループ (一年)――66点』
『十位:堀北グループ (二年)――65点』
そして、画面をスクロールして下位のランキングを確認する。
下位十組の中には、三年生が三組、二年生が二組、一年生が五組入っていた。
そして、下位十組に沈んでいる二年生の二組は、C・Dクラス同盟の小グループだった。
(うん!しっかり一位を確保できたね!でも、二位の清隆や三位の南雲たちとの差はそこまで大きく開いているわけじゃないね。まだまだ試験は長いし、油断は禁物だね!)
「ふふっ。さすがは惣右介くんですっ!」
ひよりが自分のことのように嬉しそうに微笑み、私の袖をちょこんと引く。
「ああ。お前が椎名を連れて課題を荒らし回っていた成果が、確実に出ているな。見事だ」
葛城も深く頷き、賛辞を送ってきた。
「三人ともすごいよ!それに、下位には私たちの同盟の小グループは一つも入ってなかったね!」
一之瀬がホッと胸を撫で下ろす。
「ああ。だが……」
神崎が険しい表情で下位ランキングの画面を睨みつける。
「下位三位になってしまった小グループのいる学年全体からクラスポイントが引かれる仕様だ。二年生であるC・D同盟のグループが、もし下位三位まで沈んでしまった時は……俺たちでフォローする必要があるか?」
「あっちも同盟を組んでるし私たちの支援は受けないんじゃない?それに、私たちはクラスポイントに余裕があるから、学年全体で等しくポイントが引かれる分には、そこまで痛手じゃないでしょ」
神室が冷めた口調で現実的な意見を述べる。
(神室の意見も一理あるけど、退学者を出さないためにも、プライベートポイントは非常に重要だからね。本当に二年生がやばそうなら、助けるのも悪くないと思うよ!坂柳も多分同じ判断をするだろうし)
「――彼女の言うことも一つの真理だが、敗者を救い上げる慈悲の糸は、何本あっても困るものではないからね。もし彼らが深淵に沈みかけるのなら、手を差し伸べるのも一興だ。白き女王も、同じ盤面を描くだろう」
「『神室さんの意見も一理ありますが、退学者の救済用としてもプライベートポイントは重要です。本当に危なそうなら助けるのも悪くないと思いますよ。おそらく坂柳さんも同じ判断をすると思います』とのことですっ」
「藍染くんの言う通りだね!それに、ボーダーラインがあるとはいえ、それが何点なのか分からないから、下位五組に入っている二年生のグループを引き上げるのは重要だと思う!」
一之瀬が力強く同意する。
(まあ、ボーダーラインに関しては、清隆のグループが下位に沈まなければ、月城としても特別試験のルールを利用して無理に退学者を出すメリットもないはずだから、そこまで深刻に気にする必要はないと思うけどね)
私は内心で『月城の思惑』を冷静に分析しつつ、タブレットに表示された次なる指定エリアの座標へと視線を向けた。
一方、ランキング開示によって衝撃を受けたのは、上級生たちだけではない。
九位につけている、天沢一夏、宝泉和臣、七瀬翼の一年生の小グループもまた、その圧倒的なポイント差を前に言葉を交わしていた。
「あははっ!藍染先輩たち、私たちの倍以上、得点稼いでるじゃん!凄いねぇ!」
天沢がタブレットの画面を指差し、無邪気にケラケラと笑い声を上げる。
「チッ……バケモンかよ」
宝泉が忌々しそうに舌打ちをした後、鋭い眼光を七瀬に向けた。
「だが、この試験の順位なんざどうでもいい。俺たちにとっては、あいつを退学させて二千万のプライベートポイントを稼ぐことの方が重要だ。おい七瀬、てめぇが綾小路と接触するんじゃなかったのか?」
「綾小路先輩も単独行動とはいえ、グループを組んでいる以上、接触のタイミングを計るのはなかなか難しいですね。それに、あの移動速度について行くのはかなり厳しいです」
七瀬が冷静に状況を分析し、静かに首を振る。
「うんうん!綾小路先輩も凄いねぇ。さすがは二千万の男だねぇ」
「……これで大グループを結成されたら、余計やりにくくなりやがるぞ」
宝泉が苛立ちを露わにするが、七瀬は表情を変えずに答えた。
「いえ、その点は大丈夫でしょう。同じグループの高円寺先輩が単独行動を貫く以上、他の誰かが綾小路先輩のペースについていけるとは思えませんから」
「この後も単独で動くと?」
「おそらくは。必ずどこかに隙はあるはずです」
(綾小路先輩に隙?……あるわけないじゃん)
真剣な顔で戦略を練る二人を横目に、天沢は内心で鼻で笑っていた。
(あったとしても、あんたたち程度じゃ無理に決まってるし。……それにしても、藍染先輩は本当にバケモンだね。椎名先輩を背負ったまま課題を狙って島中を駆け回るなんて)
天沢自身もホワイトルーム生としての圧倒的な身体能力を持っているが、それでもあの男の異常性は理解の範疇を超えていた。
(私にも同じことができる?……いや、無理だね。どう考えても一日も持たない。あんな規格外なことができるのは、藍染先輩と綾小路先輩だけでしょ)
化け物同士の激突。その様子を想像し、天沢の口角が自然と吊り上がる。
(ふふっ、綾小路先輩もこの試験では本気を出すみたいだし、どっちが最後に勝ってるか……楽しみだなぁ。……ただ、問題はこの圧倒的な結果を見て、——が暴走しないかってことだね。試験前に一応声はかけたけど……)
少しだけ目を伏せ、予測不能な身内の凶行を危惧する。
天沢は一人、小悪魔のような笑みの裏に微かな懸念を忍ばせながら、見えない盤面の向こう側で静かに火花を散らす二人の『怪物』に思いを馳せていた。
その頃。
別のエリアを移動中だった三年生の生徒会長・南雲雅が率いるグループもまた、タブレットに表示されたランキングを前に足を止めていた。
「藍染のグループ、凄えな……」
相馬が信じられないものを見るような目で、画面の一番上に君臨する得点を見つめて呟く。
「ああ。俺たちもかなり課題をこなしてきたが……三位、か」
南雲もまた、悔しさよりもどこか感心したような息を吐き出した。
「やっぱり凄いね〜、藍染くんは。それに、二位の龍園くんたちのグループにも負けちゃってるね」
「ははっ!これでこそ藍染だ。だが南雲、こんな序盤で諦めたわけじゃないんだろう?」
朝比奈の呑気な声に続くように、鬼龍院が好戦的な笑みを浮かべて南雲を見遣る。
「はっ、当たり前だろ。まだまだ折り返し地点にも来てないからな。それに、今日からは大グループ結成が解禁される。勝負はまだまだこれからだ」
「その通りだ。で?落合のグループと大グループを組むんだろう?」
鬼龍院の問いに、朝比奈が頷きながら補足する。
「桐山くんのグループは男子三人で組んでるし、上位に入ってて、大グループ結成の条件を満たせるのは、今のところ落合くんのグループしかないね」
「藍染も一之瀬のグループと組むだろうからな。こっちも無理をしてでもポイントを重ねる必要があるな」
相馬が気を引き締めるように言うと、南雲は鋭い視線で森の奥を見据えた。
「ああ。これまでは、なずなと相馬に指定エリアを任せて、俺と鬼龍院で課題を巡っていたが……大グループ結成後は、落合に指定エリアは任せて、他の六人で課題を巡るぞ」
「どうする?ここまでは一人参加の課題もそれなりにあったが、大グループ結成後は複数人必要な課題が増える可能性もあるぞ」
「だけど、大グループ結成自体が全体の二、三割しかできないって説明通りなら、単独で参加できる課題もかなり残るんじゃないかな?」
鬼龍院の懸念に対し、朝比奈がルールを元にした推測を立てる。
「俺もなずなの意見に同意だな」
「だけど、全員バラバラで行くのか?」
「私としては、単独行動の方が気楽でいいんだがね」
相馬の疑問に鬼龍院が肩をすくめて答えるが、南雲は首を横に振った。
「いや、基本は二人ずつに分かれて行動しようか」
「ふむ。どう分けるんだ?」
「バランスよく分けるのが理想的だろうな。……はっきり言って、二人参加の学力系課題で藍染たちと被れば、俺とお前で組んだとしても勝つのは厳しい」
南雲の冷静な分析に、鬼龍院も異論はないとばかりに頷いた。
「ああ。藍染は100点しか取らんし、椎名の学力も私に引けを取らんからな」
「それなら、戦力をバランスよく振った方が、得点を重ねやすいはずだ」
「なるほどな。その方が全体の勝率が上がるってわけだな」
相馬が納得したように頷く。
南雲はタブレットの電源を落とし、不敵な笑みを浮かべた。
「ああ。とりあえずは……一つ上の龍園グループを抜くぞ」
「ふふふ、楽しいな」
鬼龍院が目を細めて笑うと、南雲もまた、これまでに見せたことのないような充実した表情を見せた。
「そうだな。……ああ、楽しいな」
南雲のその言葉を合図に、三年生の最強グループは次なる戦略に向けて静かに動き出した。
南雲たちが新たな戦略に向けて動き出していた頃、また別の場所で、この特別試験のランキングを静かに見つめるもう一組のグループの姿があった――。
「チッ……。かなり離されてやがるな」
木に寄りかかりながらタブレットを睨みつけ、龍園翔が忌々しそうに舌打ちをした。
彼らのグループは現時点で115点を獲得し、堂々の二位につけている。しかし、一位の藍染グループの『139点』という異常な数字を前にしては、その表情も険しくならざるを得なかった。
「ああ。オレと高円寺が分かれて単独で課題を巡った分、二人参加の課題には参戦できていないからな。その差が出た形だ」
綾小路清隆が淡々と事実を分析する。
「あの野郎はどこに行きやがった?」
「さあな。オレが起きた時には、既にテントはなかったぞ」
綾小路のそっけない返答に、龍園はふんと鼻を鳴らした。
「まあ、あいつを大人しく縛り付けておくのは不可能か」
「ああ。それに、高円寺もこの試験には本気で取り組んでいるからな。今のモチベーションが高い状態で、下手に口を挟んでペースを乱さない方がいい」
「違いねえ。……それにしても、鈴音たちのグループも上位には入ってるが、一之瀬たちに負けてやがる。大グループ結成の時の平均化でも、さらに差をつけられるな」
ランキングの十位に位置する堀北グループ(65点)と、六位の一之瀬グループ(71点)。その得点差を見比べながら龍園が言うと、綾小路は静かに首を横に振った。
「一之瀬たちと堀北たちのグループの得点差は、誤差のようなものだろう。大グループ結成時に一時的に平均点が下がったとしても、すぐに取り戻せる範囲だ。……それに、いくら惣右介といえど、残りの全期間を椎名を抱えた状態で移動し続けられるとは思えない。どこかで必ずペースは落ちるはずだ」
「…………本当に落ちるのか?」
龍園が胡乱な目を綾小路に向ける。
「あいつを常識的な基準で考えない方がいいんじゃねえか?」
「……確かにな。お前の言う通りだな」
藍染惣右介という規格外の強者に常識的な疲労という概念が存在するのか。綾小路も龍園も確信を持てないでいた。
「とりあえず、このランキング開示で下位に沈んでるクラスの連中は金田たちにフォローを任せればいいだろうが……安全圏の得点を稼いでるグループをそろそろ使うか?」
龍園が不敵な笑みを浮かべ、他グループを使った妨害工作を提案する。しかし、綾小路は冷静にそれを制止した。
「まだ、その時じゃない。惣右介はおそらく、課題を中心とする方針は変えないだろう。惣右介のスピードなら、椎名を抱えていても監視の目はすぐに振り切られてしまう。やはり『GPSサーチ』が解禁されてからがいいだろう」
「藍染の足止めをしつつ、奴が狙いそうな課題を先読みして参加枠を埋めるってことか」
「ああ。惣右介が参加した課題の全てを把握しているわけじゃないが、これまでの他グループからの報告からしても、あいつの狙う課題には明確な傾向がある。基本的には『二人参加の学力系の課題』か、『単独参加の運動系の課題』だ。GPSサーチで位置さえ把握できていれば、向かう先の課題は絞れる」
綾小路の理路整然とした戦略に、龍園は面白そうに喉の奥で笑った。
「ククッ……なるほどな。あいつの実力なら、運の要素も絡む課題や着順報酬を狙うよりも、そっちの方が確実に得点できるってわけか」
「その通りだ。惣右介の思考を利用して、行動を縛る。……とりあえずはオレたちも、堀北たちと合流するぞ」
「ああ」
龍園がタブレットをしまい、二人は歩き出す。
(――まさか、椎名を抱えて島中を走り回るとはな)
綾小路は森の奥へ視線を向けながら、内心で静かに思考を巡らせた。
(惣右介の規格外の身体能力を持ってすれば、確かにそれが最も合理的な作戦だ。もっとも、オレや高円寺が単独で動いていることも、狙っている課題の傾向も、惣右介や坂柳のことだ……既に見抜いているだろう)
向こうがこちらの手の内を読んでいる以上、同じように妨害工作を仕掛けてくる可能性は十分にある。
(だが、妨害に回したグループが下位に沈むリスクを考えれば、あいつらがそこまで積極的に妨害をしてくることはないはずだ。坂柳も一之瀬たちと手を組んでいる以上、得点を削ってまで他者を蹴落とすより、下位グループの退学リスクを抑えることを最優先にするだろうからな)
自分たちの動きを悟られていたとしても、相手の『守るべきもの』が多い以上、付け入る隙は確実にある。
(――まだ勝負は始まったばかりだ)
無人島サバイバル特別試験、四日目。
ランキングの開示と大グループ結成の解禁を引き金に、各学年の実力者たちが藍染惣右介という圧倒的な『強者』を引き摺り下ろすべく、静かに包囲網を敷き始めていた。