いつからここが尸魂界だと錯覚していた? 作:yvrararara
七月二十四日。無人島サバイバル五日目。
全員で和やかな朝食を済ませた私たちは、タブレットを手に、本日最初の指定エリアの発表と新たな課題の出現を待っていた。
ピロンッ、と通知音が鳴り響き、画面が更新される。
「最初の指定エリアは【G8】ですね」
「本部周辺でキャンプをしたこともあり、三つ先のエリアが指定されてしまったな。ここは俺と神室で、道中の課題を拾いつつ指定エリアを踏もう」
マップを確認した葛城が、冷静に役割分担を提案する。
「うん!それでいいと思うよ!私と神崎くんは、少し離れた課題を狙いに行くね!」
一之瀬も元気よく同意し、大グループ内での動きがスムーズに決まっていく。
そんな中、タブレットで課題のリストを眺めていたひよりが、私の袖をちょこんと引いた。
「惣右介くん。私たちはどの課題を狙いましょうか?……あ、私、この『だるまさんがころんだ』の課題が気になりますね。配点も高いですし、惣右介くんなら、きっと一位を狙えると思いますっ」
(うん!いいと思うよ!これまでは学力系や純粋な身体能力系の課題がメインだったし、たまにはこういう遊び心のあるその他の課題を取りに行くのもありかもね!)
「――盤面が求めるのであれば、童の遊戯に興じるのも悪くはない。止まった時の中で、私が最速で星を掴み取ってこよう」
「『だるまさんがころんだですね、任せてください』とのことですっ」
私がオサレに肯定し、ひよりがニコニコと翻訳した、その時だった。
「成程。『チョコラテ・イングレス』か」
葛城が、腕を組みながらひどく真面目な顔で、唐突にそう呟いた。
「……チョ、チョコ?」
「か、葛城くん……? なぜ急にスペイン語で……?」
一之瀬が目を丸くし、木陰に座っていた坂柳すらも目を瞬かせて困惑の表情を浮かべる。
「…………すまん。何故だか分からないが、言わなければならない気がしてな……」
葛城自身もなぜそんな言葉を発したのか本当に分かっていないらしく、腕を組んだまま不思議そうに首を傾げている。
(葛城ィィィ!!! お前はまともであってくれよ!? いや、前から声そっくりだと思ってたけど!! だからって無意識に同じこと言わないで!!罪深ゆるるんバードにだけはならないでよ!?)
突如として謎のスペイン語を口にし始めた葛城の奇行に、私は内心で盛大なツッコミを入れた。
すると、坂柳がスッと鋭い視線を私に向けてきた。
「……まさか、葛城くんにまで、藍染くんの『影響』が及ぶとは……」
(俺のせいじゃないって!? そんな諸悪の根源を見るような目で睨まないで!! 俺も葛城が
完全に、私が葛城に変な吹き込みをした――あるいは新たなオサレ病を発症させたのだと思われている。
私は内心で必死に無実を主張しつつも、外面だけは「――フッ」と不敵な笑みを浮かべて、誤魔化すことしかできなかった。
そんな、朝からひとしきりのカオスな騒動を経て、場が落ち着いた後――。
私たちは気を取り直し、指定エリアへの到達や課題への参加など、各々の目標に向けて拠点を出発するのだった。
私は『だるまさんがころんだ』の課題会場へ向かう前に、いつものようにひよりを軽々とお姫様抱っこで抱え上げ、隣のエリアに発生している学力系の課題会場へと送り届ける。
「到着したよ、ひより」
「はいっ、ありがとうございます。惣右介くん」
木々の間を抜け、ひよりが参加する課題のテント前に降り立つと、そこには見知った顔――私たちのクラスの担任である星之宮知恵先生が、受付のタブレットを持って立っていた。
「あら〜!教師の間で噂にはなってたけど、ようやくナマで二人を見れたわ!くぅ〜!青春ね!若いって素晴らしいわね〜!」
私たちの姿を見るなり、星之宮先生は両手を頬に当てて身悶えするようなリアクションをとった。
「先生も疲れちゃったし、私も藍染くんにお姫様抱っこしてほしいなっ!ねえねえ、お願いしちゃダメ〜?」
星之宮先生は上目遣いで私を見つめ、これでもかというほどにぶりっ子全開の猫撫で声を出してくる。
(いや、歳考えてよ先生……!生徒にそれをねだるのは流石に痛いって……!)
私は内心で至極真っ当なツッコミを入れた。
ひよりを抱えている腕で、三十路手前の教師を抱えるつもりなど毛頭ない。
適当に笑ってあしらおうとした、その瞬間。私の意思とは裏腹に、私の口が勝手にオサレな煽りポエムを紡ぎ出してしまったのだ。
「――過ぎ去った春を嘆くのは愚かなことだ。枯れ落ちる寸前の花弁が、無理に蕾のふりをして甘い蜜を気取ったところで、蝶は寄り付かないものさ」
(煽らないで!?俺の口ぃぃぃ!!女性教師に向かって『枯れ落ちる寸前の花弁』とか絶対言っちゃダメなやつだから!!絶対ぶちギレられるよ!?)
自らの口から放たれたあまりにも鋭利すぎるポエムに、私は内心でパニックに陥った。
案の定、私の言葉を聞いた星之宮先生の顔からスッと笑顔が消え、こめかみのあたりがピクッと引き攣る。
「…………枯れ落ちる、寸前……?」
星之宮先生が地を這うような低い声で呟き、周囲の空気が一気に冷え込んだ。
しかしその時、隣に立っていたひよりが私の方を見上げ、ニコリと微笑みかけてきた。
(ひよりぃぃ!君だけが頼りだ!どうかいい感じにマイルドに翻訳してくれ!!)
私がすがるような思いで視線を送ると、ひよりは星之宮先生の方を向き、ふわりとした天使の微笑みを浮かべて口を開いた。
「『いい歳をして、一回りも若い生徒にぶりっ子でお姫様抱っこをせがむお姿は、痛々しいを通り越していっそ惨めで、深い憐れみすら覚えますよ。ご自身の年齢から目を背けず、どうか年相応の恥じらいを持って生きてくださいね』とのことですっ」
(ひよりさぁぁぁん!?? なんでトドメを刺しに行くの!? マイルドにするどころか鋭利なナイフで急所をえぐりにいってるよ!!)
いつもは私のポエムを優しく包んでくれるはずのひよりが、猛毒を塗りたくった極めて鋭利な翻訳を、極上の笑顔とともに披露してしまったのだった。
あまりの追撃に星之宮先生の顔からは完全に表情が抜け落ち、周囲の空気が氷点下まで冷え込む。
「……藍染くぅん?君は、先生に向かって何を言っているのかなぁ?」
地を這うような底冷えする声とともに、星之宮先生の背後にどす黒いオーラが立ち上った。
(ひぇぇぇ!? やっぱりブチギレてるじゃん!! ここは逃げるしかない!!)
私は内心で絶叫しつつも、外面だけは決して崩すことなく、「――フッ」とオサレで不敵な笑みを浮かべてみせた。
「これ以上の言葉は不要だ。私は私の道を往かせてもらおう」
それだけを言い残すと、私は全力で、自らの課題へ向けてその場から逃走するのだった。
そんな、カオス過ぎる午前中をなんとか乗り越え、私たちの大グループの面々は、各々の長所を活かして一切の隙を見せることなく、順調に課題と到着ボーナスを積み重ねて得点を増やしていった。
そして、五日目の最終指定エリアは【H3】。
本部周辺の拠点からはかなり離れた北東の端となってしまったが、こればかりはルール上どうしようもない。私たちは無理に本部へは戻らず、この日は【H3】の森の中で静かにキャンプを張ることにした。
翌日。
ついに特別試験の空気がガラリと変わる、無人島サバイバル六日目の朝を迎えた。
今日から、得点を消費して全グループの位置情報を特定できる『GPSサーチ』が解禁される。
手早く朝食とテントの片付けを済ませた私たちは、大グループの面々と共に、運命の七時を待っていた。
「七時になったな」
アラームと共にタブレットを操作し、葛城が静かに順位表を開く。
「うん! しっかり一位をキープ出来ているね!」
画面を覗き込んだ一之瀬が、パッと明るい声を上げた。私たちのグループは、依然としてトップの座に君臨している。
「ああ。だが、二位の龍園たちのグループも、三位の南雲生徒会長のグループも、俺たちに離されないようにしぶとく点差をキープしてきている。全く油断はできないな」
神崎が険しい表情で、すぐ下に迫るライバルたちの得点を睨みつけた。
「この時点から、いよいよGPSサーチも解禁されますからね。……試しにここで一度使ってみますか?」
ひよりがタブレットを手に、私へと視線を向ける。
(そうだね! 一回の使用につき一点消費するから何回も無駄撃ちするのは得策じゃないけど、まずは現時点での敵の配置を確認しておこう!)
「――盲目のまま荒野を歩むのは愚者の行いだからね。まずは盤上の駒の配置を見定めようか」
「『何回も使うのは得策じゃありませんが、現時点の配置を確認しておきましょう』とのことですっ」
私のオサレな肯定をひよりが翻訳すると同時に、タブレットの画面をタップしてGPSサーチを起動させる。
画面上の島全体に波紋が広がり、全生徒の現在地を示す光点が次々と浮かび上がった。
(……なるほど。すでにCクラスとDクラスの生徒たちが、俺たちの現在地【H3】を囲い込むように配置されているな。おそらく、昨日の夜のうちにペナルティのリスクを承知で移動して網を張っていたんだろう)
さらに視線を動かし、もう一人の警戒すべき男の光点を探す。
(清隆たちのグループは……ここからはかなり離れたエリアにいるね。やっぱり、俺たちが足止めを食らっている間に、俺たちの狙いそうな課題の参加枠を潰しつつ、確実に得点を重ねるつもりだな)
私が内心で相手の作戦を推測していると、葛城が冷静に口を開いた。
「相手も本格的に動いてきたようだな。だが、俺たちも事前の作戦通りに動こう。後方にいる坂柳の指揮を信じて、それぞれ行動するとしようか」
「うん! そうだね!」
一之瀬が両手をギュッと握りしめ、力強く頷く。
「相手は確実に、一番の脅威である藍染くんをマークしてくるはず。だから、その間に私たちでしっかり得点を稼ごう!」
「……やっぱり、私も帆波ちゃんたちと一緒に行動した方が良いでしょうか?私がいると、どうしても移動の足枷になってしまいますし……」
マップに表示された敵の包囲陣形を見て、ひよりが申し訳なそうに見上げてくる。
(それだと、一之瀬たちの方にもかなり厳しいマークが行っちゃうからね。今まで通りでいいと思うよ! 俺をマークするにしても、彼らが先回りするよりも早く狙える課題を、坂柳が的確に指示してくれるはずだからね)
「――月が太陽の傍を離れる必要はない。我らを絡め取ろうとする蜘蛛の糸がどれほど張り巡らされようと、白き女王の瞳はそれを遥か上空から見下ろし、最善の道を切り開いてくれるからね」
「なるほど……。分かりました! 引き続き一緒に頑張りましょうねっ!」
私がオサレに安心させると、ひよりはパァッと表情を明るくして頷いた。
すると、トランシーバーから坂柳の通信が入る。
『――予定通り、三手に分かれてください。藍染くんと椎名さんは、少しの間その場から動かずに、相手の包囲網がどう動くか見させてください』
「分かりましたっ!」
「では、俺と神室は【H5】の指定エリアと、その手前の課題を狙ってくる」
「うん! 私と神崎くんは【G3】の課題に向かうね!」
葛城と一之瀬が素早く宣言し、それぞれの目的地へと駆け出す。
「みなさん、お気をつけて」
「ひよりちゃんも気をつけてね!」
別れを告げた後、私とひよりは指示通りその場に留まり、相手の出方を窺った。
そして、およそ十分後。再び坂柳から通信が入る。
『――やはり、藍染くんを直接包囲している部隊と、近くの課題の参加枠を先回りして埋める部隊に分かれていますね。まずは、【G5】の山頂にある身体能力系の課題を取りに行きましょう。配点も高いですし、藍染くんなら確実です』
「分かりました」
「――ああ」
通信を終えると、私はいつものようにひよりを軽々と抱き上げ、指定された【G5】の山へ向けて森の中を駆け出した。
だが、その道中。木々を抜けた先の獣道で、C・D同盟の小グループたちが、壁を作るように立ち塞がっていた。
「待て! 藍染!! ここを通すわけにはいかねえ!」
「Stop, Aizen. You cannot pass here.」
前方に立つのは、石崎とアルベルトのペアだ。
そして、彼らの周囲や後方には、何人かの女子生徒が配置され、完全に道を塞いでいる。
(なるほど。体力があって動ける石崎とアルベルトくんを直接的な足止めに使いつつ、周囲を女子生徒で固めることで、俺が強引に突破しづらいように配置したか。悪くない作戦だね)
明確な人数の有利があり、かつこちらはひよりを抱えている状態。
しかし、私が放つ圧倒的な強者の威圧感の前に、道を塞ぐ女子生徒たちは「ヒッ……」と怯え、石崎やアルベルトの顔にも明らかな緊張と冷や汗が浮かんでいた。
ここで、私の口が彼らの心を完璧にへし折るべく、恐ろしくオサレで絶望的なポエムを紡ぎ出した。
「――迂闊に近付こうが慎重に近付こうが、或いは全く近付かずとも、全ての結末は同じこと。未来の話などしていない。君達の終焉など、既に逃れようの無い過去の事実なのだから」
(『終焉』って!! めちゃくちゃビビってんじゃん、女子たち涙目だよ!? ごめんね!? ただ横を通り過ぎたいだけなのに、なんか俺が君たちの命を奪うみたいになっちゃってるけど!!)
あまりの絶望感に震え上がった石崎たちの包囲網に一瞬、恐怖による硬直が生まれた。
私はひよりをしっかりと抱き抱えたまま、その僅かな隙間を風のようにすり抜け、彼らを置き去りにして山へと駆け上がっていった。
無事にエントリーに間に合い、圧倒的な身体能力で課題をクリアした後。
『お見事ですね。ですが、相手も直接の包囲を突破されること自体は想定していたのでしょう。ここから近い課題には、かなりの生徒が集まり始めています』
「今までよりは、どうしても得点のペースが落ちてしまいそうですね」
『ええ。ですが、何の問題もありません。藍染くんに釣られて敵が密集している分、空いている課題が増えることになりますから、その隙に一之瀬さんや葛城くんがしっかりと稼いでくれるでしょう』
「そうですねっ! 惣右介くんへの強引なマークを続けるにしても、山を登ったり降りたりと体力的に厳しいでしょうから、そう長くは続かないでしょうし」
『ええ。綾小路くんや高円寺くんはともかく、その他の生徒が、椎名さんを抱えているとはいえ、藍染くんの移動ペースについて来られるはずがありません。そもそも、この妨害策にはその重大な欠陥がありますからね』
(ここで俺が相手の戦力を大量に引きつけておけば、その分、うちの同盟の他の小グループが自由に動けて得点を伸ばせる。彼らが完全な安全圏に上がれれば、後半戦に向けてさらに動きやすくなるからね!)
「――私が灯火となり、群がる羽虫を引き寄せることで、我らが同盟の星々は安全な空で輝きを増す。後の盤面を思えば、安い余興だよ」
「『私が相手を引きつけている間に他のグループが得点を伸ばせば、後半戦に向けて動きやすくなりますね』とのことですっ」
『ええ。では、私は一之瀬さんと葛城くんに次の指示を出しますので、この辺で。しっかりとお休みください』
「はいっ!」
通信が切れ、静寂が戻った山頂。
(山を登ったばかりだし、ここで一休みしてから次のエリアへ移動しようか)
「――天に近きこの峰で、少し羽を休めようか。焦る必要はないからね」
「ふふっ。ここからの眺めは、とっても綺麗ですね」
吹き抜ける風が心地よい山頂で、私とひよりは並んで座り、眼下に広がる無人島の景色をゆったりと楽しむのだった。
その後の六日目は、一日中そんな展開が続いた。
私が包囲を引きつけて敵の体力を削り、隙を突いて狙える課題を確実に取る。その裏で、一之瀬と葛城たちが空いた課題を総なめにしていく。
そして、七日目の朝。
ランキングを確認すると、私とひよりの得点ペースが落ちたことで、二位の龍園グループと三位の南雲グループに少しだけ差を詰められていた。
(でも、みんなの頑張りのおかげで、そんなに差を詰められてないね。みんなには無理はしないでほしいけど……まあ、先に向こうの包囲網の方が体力的な限界が来るだろうな)
私は冷静に状況を分析し、七日目も昨日と同じように、囮としての役割を果たしつつ着実にポイントを拾っていく動きを継続した。
C・D同盟の包囲網も徐々に足取りが重くなり、盤面は完全に私たちがコントロールしているように見えた。
だが――波乱は、折り返し地点となる七日目の夜に起きた。
夜の闇が森を包み込む中、静まり返ったキャンプ地に、突如として不穏な足音が忍び寄る。
それは、この無人島サバイバルという試験そのものの根幹を揺るがす、深く、暗い悪意の予兆だった。