【異伝】神の眼を持つ少女   作:12club

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第1話 士官候補生たち

 抜き打ちテスト後の翌日。

 

 

 

 今日も今日とて太陽は元気に咲き誇っている。

 さんさんと生け垣越しに窓から差し込んでくる陽光は、眠るキラを容赦なく起床へと連れ戻しに来た。

 

「はいはい……、いま起きますよ~、……っと」

 

 毛布を剝いで体を起こす。

 

 

 

 身支度を整えて、さて朝食はと壁掛け時計に眼をやると。

 

「うっ、ヤバい」

 

 あと20分程で始業時刻だ。

 授業には十分間に合うが、朝食など取っている余裕はない。

 しかも今日は朝から軍事演習。

 朝食抜きで、長距離ランニングしたり木剣を振ったり、そして演習が終わればそのまま講義、という過酷なスケジュールをこなさなくてはならない。

 昼まで生きていられるかな、と本物の戦場に放り込まれるかのような緊張感をキラは味わいながら、極めて深刻な心地で悩み始める。

 過労を装って欠席してしまおうか。

 いやマズい、ただでさえ講義態度が最悪なのに軍事演習までボイコットしたら、内申点に傷が付くどころじゃない。

 ならせめて軍事演習だけでも切り抜けて、疲労を名分に講義をどこかでさぼるか。

 待て待て、そういえば昨日、寝ぼけまなこで聞いていたけれど、どれかの講義でテストをやるとか言ってた気がする。

 ただでさえ日頃の受講態度の悪さを成績の良さでお目こぼしを貰っている身としては、座学で点数を落とすのはヤバすぎる。

 

 あーだこーだ。

 

 とにかく目の前の課題に真剣に取り組むのではなく、自分の休憩を如何にしてもぎ取るかを中心に考えるのが、キラ・シルヴェントという女生徒の在り方だった。

 

 と。

 

 トントン。

 

 控えめに扉を叩く音が聞こえた。

 こんな時間に誰だ? もう演習が始まるぞ?

 その闖入者に対してキラは的外れな心配をしていた。

 少しは自分の心配をすれば、真っ当な解も得られように。

 

 鍵を開けて。

 

「はいはーい」

 

 ガチャ。

 

 ドアを開けて見ると。

 

「お、おはよーございますっ!」

 

 キラの腰上くらいまでか、そのくらい小さな黒いセミロングヘアの少女が、緊張に満ちた大きな声音で挨拶した。

 

 その間、数秒。

 キラと少女の間に沈黙が訪れた。

 

 キラは思う。

 

(誰だっけ、この子)

 

「あの」

「あのですねっ」

 

 先手を取って声掛けしたが、後から少女の声が覆いかぶさるように遮る。

 そのまままくし立てるように少女が続けた。

 

「ほ、本日は演習、講義、共に全て中止です! 北天騎士団の百人長様がお越しになるので講堂に集まるように! とのことです!」

 

 よくよく見れば、少女の着ているのはアカデミー指定の学生服だ。

 ということは、目分量で測った感じ、アカデミーの初等部か。

 

「ありがと、連絡ご苦労様」

「はい、先輩!」

「これからまだ声掛けするの?」

「はい! 今日の緊急呼集の女子寮当番は私ですので!」

「ふーん」

 

 良い事は巡ってくるものである。

 この場合は棚から牡丹餅というやつだろうか。

 

 講堂なら5分で行ける――!

 10分あればいつもの朝食なら十分間に合う――!

 

「頑張ってね、きみ。名前は?」

 

 逸る気持ちを抑えて、如何にも真面目ぶった女生徒の顔を貼り付かせて、キラは少女に言葉を掛ける。

 少女は逸る気持ちを抑えきれず、緊張した声音で応えた。

 

「わ、私、カリンっていいます! 初等部の1期生です!」

「覚えておくね。私はキラ。重ねて言うけど、ありがと」

「は、はい! キラ先輩! よ、よろしくお願いします!」

 

 ぺたーん、と、顔がお腹に引っ付くような深いお辞儀をして。

 少女――カリンはキラに向けて手を大きく振って走り去っていった。

 一応キラも手を小さく振り返しておいた。

 

 さて。

 

 とりあえず、キラはアカデミー指定の制服を身に纏って。

 猛スピードで食堂目指して駆け出した。

 

 

 

 

 

 アカデミー内の大講堂。

 朝の支度を終えたところで、男子寮に急報が走った。

 本日の演習、講義は全て中止、代わりに大講堂に集合せよ、とのこと。

 

「もうとっくに呼び出し時刻は過ぎているのに、集まりが悪いね……。どう思う、ディリータ」

「キラもいないしな。……ただ、ある程度の予想はつく」

「と、言うと?」

 

 半歩、ディリータが踏み出してラムザにしか聞こえない声量で続けた。

 

「ラーグ公がこの町においでになる」

「公爵閣下が? 何故?」

「声が大きい……。それにラーグ公だけじゃない、エルムドア侯爵もだ」

「エルムドア侯爵が……? 初耳だ、公式訪問じゃないな」

 

 ふ、とディリータが半歩下がった。

 そのまま先のラムザに続くように再び話し出す。

 

「今のイヴァリースはどこも危険地帯ばかりだ。騎士団は八面六臂の大活躍だが正直なところ、人手が足りない」

「なるほど……、それでボクら士官候補生に出番が回ってきた、と」

 

 と。

 

「さて、ディリータが言ったラーグ公とエルムドア侯の会談。果たして何を目的とした企てか。はい制限時間30秒」

 

 言って、ポンと手を叩いたのは遅れてやってきたキラだった。

 急な登場に合わせて、降って湧いた問題にラムザはしどろもどろになって。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。いきなりそんなこと言われても」

 

 対するディリータは余裕の表情をたたえながら腕を組み静かな口調で。

 

「ガリオンヌ領主ラーグ公とランベリー領主エルムドア侯の秘密軍事会談。が、秘密とは名ばかりで、要は周囲の有力諸侯に喧伝するのが目的だろう。我々、二大領主が賊徒討伐の大義の旗を掲げる、力のある者はこれに続け。しかし手をこまねいていた諸侯は……、皆まで言わなくてもわかるよな?」

「大・正・解」

 

 ディリータの回答に満足した様子で、キラは拍手を送った。

 ディリータも満更でもなさそうに、わかりにくいドヤ顔をしている。

 

「さすが帝王学首席のディリータ、きみには王の才があるね」

「だってよ、ラムザ」

 

 ディリータの視線に、ラムザは苦笑いで応えた。

 

「ボクにはそんな大層な才は無いからね……、ベオルブ家の人間として恥じないマネだけはしないといけないけど」

「そう気を落とさなくてもいいよ。きみだって軍事学首席っていう立派な看板が下げられているじゃないか」

「ディリータが王で、ボクがその剣か……。なんだかそう考えるとスッキリするよ」

「いやいや、順序が逆だろ」

 

 そんな二人を見て、ディリータはからからと笑った。

 

「いいじゃないか。ラムザ、オレがイヴァリース王になった暁にはおまえを顎でこき使ってやるよ」

「またディリータは調子に乗って……」

「オレが王様で、ラムザは北天騎士団と南天騎士団を合わせた無敵の騎士団の長ってわけか。オレたち二人に敵う奴らはいないな」

「ディリータは夢見がちなところが玉に瑕なんだよなぁ……」

 

 三者三様に話に花を咲かせていたところに。

 

『一同、整列ッ!!』

 

 講堂に備え付けられた拡声機からくぐもった大声が響く。

 ざわ、と講堂内がざわついた。

 思った瞬間、全員が講堂の所定位置に散らばり、列を作って並び出す。

 すぐさまアカデミーの全生徒が、大講堂内に整然とした二つのモザイク模様を作り出した。

 

 外から一人の騎士が早足で、講堂に進入して割れたモザイクの真ん中を突っ切って壇上に上がり立つ。

 彼が北天騎士団の百人長なのだろう。

 

「士官候補生の諸君、任務である!」

 

 居丈高な声で百人長が告げた。

 

「諸君らも知っての通り、昨今、このガリオンヌを始め各地で無法を働く輩が急増している。中でも“骸旅団”はかつての五十年戦争時には国から禄を賜っておきながら、今では国家に仇成す不忠者。見過ごせぬ匪賊である」

 

 “骸旅団”ねぇ……。

 

 キラは無言の内に木の節くれに指を引っかけたような、そんな引っ掛かりを覚えた。

 彼女は噂話頼りに聞く“骸騎士団”の活躍と、“義賊で鳴らす騎士団崩れ”と言われる“骸旅団”の現在を比べていた。

 実態と噂に差異があり過ぎる。

 

「我々、北天騎士団は君命によりこれら賊徒どもの掃滅作戦を展開する。これは我ら北天騎士団だけではない、ラーグ閣下の近衛騎士団など多くの騎士団が加わる大規模な作戦である」

 

 要するに、枯れた枝葉諸共“骸騎士団”――いや、“骸旅団”という大樹を焼き尽くそうというわけか。

 なりふり構ってられないわけだ。

 まあ仕方ないか。

 結局は一部を除いて野盗の群れなんだし。

 リーダーが部下を掌握し切れなかった時点で、それが罪だ。

 

「諸君らの任務は後方支援である。具体的には、手薄になるイグーロス城の警護の任に就いてもらいたい」

 

 と。

 

 講堂の中にまた一人、騎士が駆け込んできた。

 壇上の騎士に小声で何かを伝えて、来た道をそのまま返していく。

 百人長が拳を握って。

 

「士官候補生の諸君、装備を整え、剣を手に取るがいい!」

 

 ざわ、と今日一番大きなざわめきが波立った。

 

「先刻、北天騎士団によって撃砕された盗賊どもの一団がこのガリランドの町に逃げ込もうとしていると報が入った。我々、騎士団は町に群がるゴミどもの掃討を開始する。これは殲滅作戦の前哨戦だ、直ちに準備に掛かれ!」

 

 声高に告げ、百人長は講堂を出てあっという間に姿を消した。

 

 まとめ役がいなくなって、講堂のざわめきは本日最高潮に達した。

 初めての実戦に臨んで怯え震える者、武者震いする者、声高に威勢を発する者、神に祈りを捧げる者、エトセトラ、エトセトラ……。

 さて、我らがラムザとディリータと言えば。

 

「早速お出ましか。オレたちのいるガリランドに逃げ込むとは奴ら、運がなかったな」

「逸るなよ、ディリータ。気持ちが昂るのはわかるけどね」

 

 やる気十分なようだ。

 この場合、ヤる気なのか殺る気なのか判別付かなかったが。

 

 

 

「先ぱ~い! キラ先輩!」

 

 唐突にかけられた声に、キラは「ん?」と疑問符を上げて声のした方を見やった。

 あれか。

 何やら黒い塊がぴょんぴょんと跳ねているのが見えた。

 こちらに近付いてくる。

 

「カリン?」

 

 パタパタとキラたちに向かって駆けてきたのは、先刻、女子寮で出会った黒髪セミロングの少女、アカデミー初等部所属のカリンだった。

 ラムザとディリータがキョトンとする。

 少女――カリンが三人の前でぜえぜえと荒く呼吸した。

 ディリータが。

 

「知り合いか?」

「今朝、ちょっとね」

 

 対するキラは一言で応えた。

 ディリータが訝しむ。

 

「それだけの割にはやけになつかれてないか」

「いやでもそれくらいしか心当たりが」

 

 キラの言葉に、カリンはブンブンと頭を横に振った。

 

「それくらいじゃないんです!」

 

 握った拳を振りながらカリンは続ける。

 

「私、キラ先輩のファンなんです!」

 

 キラは一生懸命騒ぐカリンを見ながら、チラリとラムザ、ディリータの顔も観察した。

 二人は顔を見合わせて、示し合わせたように頷いた。

 

「よかったな、キラ。ファンだってよ」

「ボクら以外に友達が出来て良かったじゃないか」

 

 二人の言葉にキラは顔を手で覆って、はあ~と深く息をつく。

 

「ファン……って言われてもなぁ。私、何かきみにやったっけ?」

「先輩は忘れたかもしれませんけど、私は頭上から爪先まで覚えてますからね!」

「それについて教えてくれるかな?」

「はい! あれはとある軍事演習のことでした――!」

 

 

 

 あれは遡ることひと月前。

 

 たまたまとある初等部の訓練と、高等部の軍事演習が重なった時の事だ。

 グループ別の対抗戦、その一方の大将を務めたのがキラだった。

 その模擬戦においてキラは大将でありながら先陣を切って、自軍を勝利に導いた――。

 

 

 

「――あのカッコいい先輩は誰だろう、って思ったら止まらなくなっちゃって! キラ先輩のこと、キラさんだって名前を知ったのも今日が初めてだったりします!」

「……あ~、そんなこともあったかも」

 

 キラはぼんやりと、カリンの説明を元に記憶を掘り起こしていく。

 確かにそんな事があったが、あれは単に運が良かっただけだ。

 自分を囮に敵を罠にかけて、相手グループ全員を袋叩きにしただけで。

 別にそんなカッコいいもんでもない。

 むしろ泥臭かったと思う。

 

 だからこそ、キラは忠告しておく。

 

「カリン、これから始まるのは演習じゃない。本当の命の奪い合いだ。殺らなきゃ殺られる。覚悟しておくように」

「は、はい! 先輩!」

「まあ正規の騎士団も参加しているようだし、初等部のきみたちに無茶なことはさせないだろうから、適度に力は抜いても大丈夫でしょ。肩肘張って動けなくなるのは避けなよ。いざとなったら逃げるが勝ちだ」

「はい、先輩! よく覚えておきます!」

 

 と。

 

 ピイィーッ!

 

 警笛の音が鳴り響いた。

 点呼の合図らしい。

 

「それじゃ先輩! 私、頑張りますね! 後で先輩の武勇伝、聞きに行きますから!」

 

 キラは「はいはい」と気のない返事を返し、ひらひらと手を振ってカリンを見送った。

 

 突然の闖入者が去って、キラはふぅっと息をつく。

 

「……先輩って疲れるんだなぁ」

「格好悪いところは見せられないもんね」

「まったくだよ」

 

 さて。

 気を取り直して、ラムザはごほんとひとつ咳をついた。

 ざっとテーブルに絵地図を広げる。

 

「ボクらの担当区域はここ、ガリランドの町の南側入り口だ。この一箇所を除いて町に入る事は出来ない。必然、ボクらの防衛地点はここになる」

 

 言って、要防衛地点に赤丸を書く。

 

「そこ以外は案外、裏道が錯綜しているな。三……、いや、四方向以上から遊撃されたら不味いんじゃないか」

「多分、盗賊もそう考えるはず。だからボクらはそれを逆手に取る」

「逆手?」

「盗賊に裏路地を取らせる。全方向から防衛地点に殺到してきた盗賊どもを背後から遊撃する」

「なるほどな。だが肝心の防衛地点担当の負担が半端なくないか?」

「大丈夫。ボクが防衛地点を担当する。ボクが防衛地点で足止めしている間にみんなで後ろから盗賊を倒してくれ」

 

 皆がうんうんと頷く中、キラは黙ってラムザの弁を聞いていた。

 ラムザが策を弄する時は決まって、皆から不安の色を感じた時だ。

 本来ならラムザひとりで一騎当千の活躍を見せられるが、策を成功させることで皆に勝算の絵図を描く。

 そうして士気を高めるのだ。

 

 ラムザの悪癖だ。

 

「……ん?」

 

 キラはふと、絵地図に視線を落とした。

 

 絵地図には自分たちが担当する箇所だけではない。

 魔法都市ガリランドの地理全体が載っている。

 ラムザたちが担当する戦域の反対側。

 

 アカデミー初等部の担当区域。

 町の中でも奥まった箇所にまとまって配置されている。

 そしてそれを塞ぐように騎士団――おそらく北天騎士団が駐留している。

 この騎士団が町の要所を固めるという手筈なのだろうが。

 

 ――なんだ、この違和感は。

 虫の知らせというやつなのだろうか。

 

 キラは妙に居心地の悪い気分のまま、ラムザの作戦披露を聞いていた。

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