満ちる月を越える者 作:業火の跡地
主人公の伊織君は家族を全て亡くしています。詳細はまた今度ですが、それが原因で感情の希薄化、心因性視覚障害を患い視界がモノクロになっています
===湿地草原===
高い草が群がる草原を一人のツンと立った犬耳の侍が駆け、赤髪の鬼と渡り合っていた。姿勢を低く保ったまま脇差に手をかける
今は昔────
鬼は金棒の仕込み機関銃を侍に向けた。弾丸は草に当たるのみ。銃声で正確に位置をつかんだ侍が進路を変え、突撃開始
────では、なくて?
侍は薙刀や弓、様々な武具が置かれた部屋の中で刀を構えていた
ヘッドギアから流れる音声を逃さず聞き取り、鬼の位置を捉えている
───いやいや、大昔でも超未来でもなくて 今とあんまり変わらない少し未来の世界
草原を駆ける侍は目を閉じた。白黒の視界には頼れない。銃声や風、草を切る音を頼りに鬼に肉薄する
───ゲームに没頭する高校生ありけり
部屋の中で脇差を振るう。それと同時に侍も刀を振るう
鬼が地面を金棒で殴った衝撃波、が発生するよりも早く踏込み脇差で鬼の首を斬り落とした
───名をば、本仮屋伊織と言いける。イオリって呼ぶべし!
神戦、戦国時代をベースにした高い没入感や操作性を誇る今最も世界で話題のゲームの一つ
その中の一対一の《SETUNA》
多数のプレイヤーが入り乱れるバトルロワイヤルの《RANSE》
その2つにおいて彼は無敗のプレイヤーであった
━━━━━━━
「だぁぁぁあっ!勝てねえ!また黒鳥に食い散らかされたぁ!」
「諦めが悪いの」
勝負が終わったフィールドで赤鬼が寝そべった
今しがた斬った赤鬼《帝アキラ》
Black onyX(通称黒鬼)のリーダーでありツクヨミでも公式大会を数度優勝するプレイヤーである
「黒鬼のリーダーとして、負けたままじゃ終われねえんだよ」
「良く分からんの」
本仮屋(ホンカリヤ) 伊織(イオリ)
ツクヨミ内ネーム《イオリ》二つ名《黒い鳥》
抑揚の無い発音で黒い犬耳の侍が帝を見下ろし喋る
二つ名の通り黒胴着黒袴のみのツクヨミでは珍しいシンプルなプレイヤーアバター
彼はライバーでもプロゲーマーでも無く視界に色もない。心因性の視覚障害で彼の視界は小学生の頃からモノクロである
「勝ったら黒鬼加入の話、忘れてねえだろうなぁ?」
「ちゃんと覚えちょるわ。勝てたらの」
そして、イオリは次の獲物を斬りに行った
────そんなある日のこと
伊織は学校に居た。そして彼が人生の中で唯一尊敬している人間、クラスメイトの《酒寄 彩葉》
彼女の齢にして完全に自立、学校でも名実ともにトップに居る彼女に自分には出来んと尊敬の念を抱いているのであった
そして、古典の授業の後である
「酒寄、おまえさん授業中意識無かったじゃろ」
「えっ、バレた?」
「気づいとるとしてもとしても彩紬くらいじゃ。2人にも寝い言われとったろ」
「うぐっ、そうなんだけどさぁ」
伊織にも《彩波》と言う妹が居た。故に酒寄彩葉を無意識に庇護対象としているようで
そして、伊織の家庭教師?もしてもらっている。文系科目、特に英語などが苦手なのだ
「また家から食いきれんもん送られてきたからまた渡す。ちっとマトモなもん食わんと諫山の雷落っぞ」
「そうだね。ありがと。助かる」
放課後になり、伊織は施設警備のバイトへ。時折くる迷惑客を制圧しながらもう日が暮れ、夜がやって来た。帰り道の事である
彼は夜空に一筋の白を見た。だからといって感傷は無い。家に帰って、SETUNAかRANSEに潜って寝る。視界の先で、ふらふらの彩葉を発見した
「大丈夫か?」
「うわぁっ!・・・あ、伊織か」
「すまん。驚かせたの」
───彩葉と伊織の帰り道のこと
───7色に光るゲーミング電柱、ありける
「のお、俺の目がおかしいんか?なんか光ってねえか?」
「うん。具体的にはゲーミング、7色に光ってる。伊織も見えてるなら、過労の幻覚じゃないのかこれ」
───怪しがりて寄りてみるに、電柱の中光けり
「触らぬ神に祟り無しじゃ」
「・・・だね」
そして、各々部屋に行こうとする、その時、愉快な音楽と共に電柱が開きかけていた
彩葉が扉を閉じる。伊織も扉をコンコンと叩いてみる。それに反応したのか扉が更に強く開き始めた。伊織との2人がかりでも抑えられない
「くおっ、力尽くかい」
「なんぞ?」
その中には何と、赤ん坊、彩葉と伊織を見据えてぐずり始めた
───そして、2人はこう言ったの
「んんんっ!?」
「はぁ?」
予想外の事に焦る彩葉と、あまりの予想外さに呆れる伊織。固まる2人を見て、赤ん坊は笑う
彩葉の中で様々な葛藤が回る。伊織はこれ俺らが触ったからか?と考えていた
「すまんっ!しかし、私手いっぱいですので、失礼します」
ぎこちない動きで帰ろうとする彩葉、観察する伊織。
しかし近所に酔っ払いの怒号、カラスや野犬の遠吠え等が近所に響く
「保護はしたほうが良い。下手すりゃ野犬の餌になっぞ。夜も遅い。今夜だけ保護して週明け役所に相談しようさ」
「そう・・・だね。どう持てばいいんだこれ」
彩葉は赤ん坊を抱えだし、そのまま光っていた電柱はもとに戻ってしまった
「どうなっちょる・・・」
「ねぇ、この状況、私達誘拐犯みたいじゃない!?」
「そん時は捨て子を拾ったで通すしかねぇど」
二人で顔を見合わせ、赤ん坊を見る。目が合った赤ん坊は笑った
それを見た伊織
「あれ?伊織、いま、笑ってた?」
「あ、俺がか」
「うん。初めて見た。直ぐに戻っちゃったけど」
突然赤ん坊が泣き出した。近所迷惑も考えて彩葉の部屋に連れ込まれる
「どうしよどうしよ、赤ん坊あやした事なんて無いよー」
「俺も無いの。大概子守歌で何とか」
「えー、子守唄?・・・記憶にございません」
「お前普段口ずさんどるあれでいいじゃろ。りめんばーとか言うの」
「あーんんっ、たいせーつーなーメロディいはなーがれーてるよー、あーなーたーのはぁとにー」
彩葉の手の中で赤ん坊は眠る。散々人を振り回しておいて、見事な熟睡だ
「ヤチヨパワーすげー・・・良かった〜」
「取り敢えず明日の朝まで寝てくれるだろ」
「ごめんね伊織、何か巻きこんじゃって」
「俺は何もしてなか。そいに巻き込まれたのは酒寄もじゃろ。気にするだけ無駄じゃ。むしろ普段が普段、頼るべき時は周りを頼んな」
「でも」
「こいに関しちゃ共犯ぞ。俺の事上手く利用せいや」
「そう?・・・じゃあ、宜しく」
「別に構わん。俺の部屋は危ねえ物だらけだからこっちの部屋で面倒見てほしいんじゃけど」
「ああ、刀とか色々あるもんね。分かった。任せといて」
「ありがとうございます。じゃあまた明日の朝顔出すか?」
「それは任せるよ。こっちこそありがとうね。多分一人で見付けてたら多分もっと抱え込んでたかも」
「別に礼は要らん。じゃあまた明日」
伊織は自分の部屋に帰る。そして部屋の頑丈な木の棒を取り出し再び外へ。そして赤子が出てきた電柱を思いっきり叩き付けた
折れる木の棒、少し欠けるコンクリート。確かな固い感触。ただの電柱である。それだけを確かめて部屋に戻った
「・・・」
そして、スマコンを装着、ツクヨミへと潜る
いつもの如くSETUNAに
フィールドをおおきなチョウチンアンコウのような魚が照らす
今日の得物は和弓、薙刀と一体化したような物だ
背中に矢筒、右手に弽を装着
第1戦
デバフ効果のあるインクをばら撒くペイントナイフを付けたマスケット銃を持った相手
相手も狙撃を狙っていたが弓と弾丸の軌道の違いで曲射、遠距離から一射で頭を抜き撃破
第2戦
大きなの勾玉をグローブのように嵌めた相手
4つの小さな勾玉が小威力の嫌がらせをしてくる
わざと姿を見せてインファイトに持ち込ませた後弓を捨て鏃で直接首を掻っ切る
一人、また一人と射抜き薙刀で斬られる
そして何人かを撃破の後に、黒鬼の乃依とマッチングした。相手がイオリだと分かった瞬間乃依が露骨に嫌な顔をする
「げっ、イオリじゃん。配信中なのに運悪〜」
「やっぞ。はよせえ」
先の2人とは比べるまでもなく伊織の中ではヒグマの成獣並みに強い相手(こいつの強さの基準はヒグマである。最近まで道民だったからねしかたないね)
2人が転送される
珍しくお互いの得物は複合武器だがメインは弓
機動、連射速度重視の乃依
素の威力、射程重視のイオリだ
今更だがイオリは移動系ウルトはガンガン使うが現実との乖離を嫌って攻撃系のウルトは使わないこいつの強さの源流は現実で強さへの執着であった
話を戻そう。今のフィールドには高低差はあるが竹林や森など身を隠しやすいスポットが少ない
仮想空間故の地形のランダム生成に地形の有利は生まれにくい
周りを見渡す。その程度じゃ見つからない
暫く状況は動かない。イオリは乃依を見つけられていなかった
が、突然後ろから風切音、回避し位置を割り出す
超加速のウルトを使用
「えぇ、今の避けられるの〜」
姿を晦ませる。見つかった乃依も動いた。だがイオリは姿を眩ませたまま。いつ何処から襲ってくるか分からない。少し後、乃依の足元に矢が刺さる
高い曲射、その時伊織が出現、強襲
まだ距離がある。鈍足矢の連射で足止めを狙う。しかし薙刀弓を乃依に投げつけ連射の手を無理矢理止めさせる。更に撃たれた二本の鈍足矢を一本掴み、もう一本は歯で噛み砕く。持ったほうを投げ返すことで乃依に鈍足を付与
そのまま乃依の首を引っ掴み地面に打ち付けその運動エネルギーで弽の親指を首にねじこみヒットポイントを一気に削り取った
実は弓道で使われる弽と言う手袋の様なものは親指がとても固く覆われているため殴られるととても痛いのだ
尚毎度容赦せず命を狩りに来るので乃依推しからは烈火の如く嫌われている
「あーあ、やっぱり勝てないやー」
「お前がおるなんて珍しいの」
「たまには良いかなーって思ったんだけどねー」
「ほーん。んじゃの」
イオリは次の戦場へと歩みを進める
===翌朝===
朝の修練を終えて彩葉の部屋を訪ねたのだが
「酒寄、赤ん坊二回り程デカくなったか?」
「うん。これそもそも人間なのかな?」
「妖の類でもおかしくないと思うちょる」
「あ、おねしょしてる!あーもう!ごめん買い物付き合って」
「ええぞ。ちと準備だけしてくらぁ」
して、場所は西竹屋。彩葉に赤ん坊を任せて買い物の荷物や食材を持っていた
なお伊織は朝木刀を振っていたときから紺色の胴着と袴なので完全に浮いていた。私服の赤ん坊を抱えていた彩葉と一緒に買い物して居なかったら確実に通報されていただろう
「ねぇ伊織、ホントにお金返させて」
「嫌じゃ。どうせ使わず腐らせるならこの方がよか」
今日の支払いをするりと全て受け持った伊織、今までの神戦で稼いでいたふじゅ〜を放出した
伊達に無敗やってない。
ふじゅ〜回りの仕組みを碌に聞かずに神戦にのめり込んだ為に溜まっているのを知ったのは割と最近であった
だがこの状態に納得する彩葉ではない
「私が納得できないの。たまに野菜とかも貰っちゃってるし」
「んじゃ日々の勉強代」
「それが野菜って約束じゃなかったっけ?」
「強情だの酒寄」
「そっちも大概でしょ。伊織」
「赤ん坊相手してんのは酒寄ぞ。役割分担じゃ。手間賃変わりに黙って受け取れい。それで納得できんなら催促なしの有る時払いでよか」
最終的に彩葉を折った。いつか返すと言っていたが伊織に返される気が無い
して二人の帰宅後、少しくらい赤ん坊を部屋で面倒見ると言い預かり、危険物を隔離した伊織の部屋で赤ん坊が這い回っている
「・・・」
壁に掛けてある武具、形見の刀は高い場所に有るので大丈夫だろうが、万が一がある。目は離せない
昔を思い出す。まだ小さかった妹、そしてその相手をしていた父と母、構ってもらおうと飛び込む自分。伊織が想いを馳せ、二度とは戻らない幸せな日常
日々の崩壊。それを目の当たりにした結果、今強さを求めるだけの化け物
部屋の片隅でそんな考え事をしている伊織に赤ん坊が登ってくる。そして顔をテシテシ叩かれる
(懐かしいのぉ)
「あー、うー?」
「なんじゃ腹でも空いたか」
「だぁー!」
伊織の頭の上に登り何か宣言のような事をしだした。そして、何か景色を楽しんでる?っぽい
(重いの)
「おぉ〜キャッ♪キャッ♪」
「楽しいならそれで結構。重いからさっさと降りろ」
「むぅ〜」
伊織は頭の上の赤ん坊を両手で掴み自分の前に降ろす。だが再び登ろうとする
それを数度繰り返すと疲れたようで頭の上で寝息を立て始めた。気持ちよく寝てるが首が重い
「俺は遊具じゃねえんだがな」
そのまま座布団に寝かせて伊織も横になる
夕刻、勉強を一段落させて様子を見に来た彩葉が見たのは静かに眠る伊織の胴着の上で少しの笑みを浮かべながらよだれを垂らして寝ている赤ん坊といつもの死んだ魚の目をした感情の無い虚無顔ではなく少しの安堵を含めた穏やかな物であった
伊織の体格もあり年の離れた兄妹、というよりも親子だろうか?
「ふふっ、写真撮っとこ」
思わず笑みが溢れてしまう彩葉、写真を撮って2人に近くの布団を掛けようと近づいたら、パッと伊織が目覚めた
「誰ぞ・・・彩葉か」
「あ、ごめん起こしちゃったね」
「もう良いがか」
「すごく助かった。じゃあ、回収してくね」
「無理ぞ」
伊織は視線を赤ん坊に落とすと胴着の裾を強く掴んでいるのを示す
「あー、懐かれた?」
「そりゃ酒寄にじゃろ。多分遊び道具程度にしか思うてないぞ」
「よっと。すまん冷蔵庫から茶取ってくれ」
赤ん坊を揺らさないように上体を起こし、彩葉から貰ったお茶を一気飲み、そしてふと浮かんだ疑問
「こいつにも両親っておるんじゃろか」
「流石に・・・居るんじゃない?」
「こいつのこと探しとるのかの」
「どうなんだろうね?いた場所がいた場所だし」
姿勢を変えたからか赤ん坊が伊織から手を離していた
「また任せる」
「はいはい。任されましたよ〜」
赤ん坊を預けた伊織。自分も多少は勉強しなければ。義実家から人間らしい生活を覚えてこいとここに放り込まれたので学生という身分で疎かにしたら多分怒られる
===夜中===
彩葉の部屋が少し騒がしい。夕刻寝てしまい寝付けない。そんな中模擬槍担いで近所の公園に行こうとした所、彩葉が部屋に押し掛けてきた
「何があった」
「ちょっと見て!来て!」
「おう」
取り敢えず尋常な事ではなさそうな雰囲気で彩葉が伊織の手を引っ張り、自分の部屋に連れ込んだ
伊織が目にしたのは茶髪の小学生位の子供である
「・・・酒寄。まさかこれがあの赤ん坊か」
「うん、そう言いたいの!」
伊織は目に映るものを疑った