満ちる月を越える者 作:業火の跡地
身長は170と少し程で彩葉や芦花よりも高く、筋肉も相応に付いている。身長は北海道に引き取られた時に一気に伸びた
いろはの独白
この日の早朝も、伊織は二振りの木刀を握っている。日課のやつ。今日は珍しく彩葉一人で見に来ていた
配信がなければ大体かぐやが一人で、たまに2人で見に来ている
(やっぱり伊織は凄い。私じゃ、敵わない)
木刀を振り続ける伊織にぼーっと見惚れる彩葉
見ている内にもう一人伊織が視えてくる。伊織が斬ろうとしている己
伊織の目は真剣そのもの。目が合えば貫かれるような気さえする
(武器持ってる時は、会った頃そっくりだ)
酒寄彩葉にとって本仮屋伊織は既にただの友人では無くなっていた。初めて伊織を認識したのは高校に入ってすぐ。クラス内での自己紹介の時
「次、酒寄さん」
「はい。酒寄彩葉です。よろしくお願いします」
「次、佐々木君」
「先生!前の人が何か変です!」
「どうした?・・・大丈夫か!?」
「え、何?」
彩葉が振り返ると自分の後ろの席で胸を押さえて、苦しむ男子生徒が居た
普通の様子ではない。明らかに呼吸が早く、この気温では尋常でない量の汗をかき出し、苦しんでいた
思わず固まってしまう
「何人か手を貸してくれ!」
自己紹介した時、その男子生徒はPTSDを引き起こし教師と生徒数人により保健室へと搬送された
最初は何事?と思ったが、何となく気になり休み時間に保健室へと足を運んでみた
「済まんかった。己の不徳ぞ」
こちらを見て、即、床に正座した男子生徒にいきなり頭を下げられた
声に抑揚がない。感情が今一乗っていない?でも誠意は感じる
「いやいや気にしてないから!」
「本当ならこっちから出向かんとならん所じゃ。申し訳なか」
「いや、流石にあんな事あったら気になって。何がどうしたの?」
「・・・由は言わんと礼節を欠くの」
その生徒、伊織は語った。自分には妹が居たと
「字は違うがの。彩の波でいろは。思い出しての、突然で気持ちの良いもんじゃなか」
「そうだったんだ、えっ、じゃあ妹さんは」
「死んだ。両親と一緒にの。あんな醜態晒した訳もそいが理由ぞ」
「そう、だったんだ。ごめん」
「酒寄は悪くなか。己の弱さぞ・・・俺は礼節を欠いた。何でも力ばなる。名乗りが遅れた。本仮屋伊織じゃ」
「えっと、酒寄彩葉です。よろしく」
そこから伊織との友人関係が始まった
その日の夜のこと、伊織が部屋に挨拶に来る。ここでアパートのお隣さんであることに気が付いた。
「どうも、隣ん住む・・・酒寄?」
「本仮屋?家隣だったの?」
「言いにくかろ。伊織でよか。大体そう呼ばれちょる」
伊織から鹿児島の饅頭を貰った。何故家の中で胴着と袴?とは思ったが
口数は多くない。基本何を思っているか分からないし、感情というもの欠落していて、目を離せなかった
「伊織ってさ、家族は好き?」
「おう。あの喧しい日々は大好きぞ」
家族の事を話す時だけ彼は少しだけ明るくなった。他愛の無い昔話に花を咲かせる彼はとても楽しそうだった。でも、何処かに影があった
私と、少し似たものを感じた
そしてある日の昼時、別クラスの親友、芦花と真実から伊織との事を心配された
「ねぇ、本仮屋君って、大丈夫なの?凄く不気味だけど」
「何が?まあ伊織も色々あったみたいだけど・・・」
「実際どーなの?なんか公園で木刀振ってたとか
噂じゃ結構ヤバげぽいけどー?」
「そんな事ないよ。感情が薄いからおかしく見えるだけで礼儀も良いし、悪い人じゃない」
「そうなんだ。てか、もう名前呼び?進展早くなーい?」
「おやおや?一目惚れですか?」
「いやいやいや、伊織が本仮屋じゃ言いづらいからって」
「まー、たしかに」
そんな話をしていると話の張本人が教室に戻って来た。相変わらずの無表情である。そこを呼び止めた。今のうちに紹介しておこうと
「あ、伊織。ちょっと良い?」
「よか。どした酒寄」
「私の親友。真実と芦花」
「貴方が本仮屋君ね。私が彩紬芦花。彩葉共々よろしくね」
「私が諫山真実でーす。食べ物には詳しいよー」
「本仮屋伊織。伊織でよか」
「うわー、イメージ通り。伊織は九州の人なの?」
「生まれはの。今は北海道におる」
「へぇー、なんか美味しい物教えて〜」
「居ったのは僻地ぞ。よう知らん。じゃが畑の野菜は美味か」
「農家さんなんだ〜色々美味しい食べ方とか知ってる〜?」
「多少はの。よか人達じゃ」
相変わらず伊織の声に抑揚は無い。が、やはり家族の話は好きらしい
「ね?意外と普通でしょ?」
「確かに〜意外と親しみやすいかも〜」
「そうだね。ごめん伊織、貴方のことちょっと悪く思ってた」
「よか」
うん。仲良く出来そうだ
そして、春は過ぎ去り、
高校1年生の夏、2人と遊ぶ時伊織を誘うことがあった。伊織にも楽しい事を知って欲しかった
あんまりピンと来てなかったみたいだけど
買い物中にしつこいナンパを威圧一つで退散させたのはかっこよかったなぁ
ある時、文系科目を教えてくれと頼み込まれて真実と芦花と勉強会したり
そのお礼に北海道からの農産物を貰って、正直凄く助かった。限界まで切り詰めた生活であんまり肉や野菜なんて買えなかったし、凄く美味しかった
その暫く後に、バイトをしてスマコンを買った。そこでツクヨミでの伊織を何となく分かってしまった
「イオリ・・・?いやいや、嘘でしょこれ、まさかほんとに伊織なの?」
小遣いのふじゅ〜稼ぎに始めたKASSEN
そのSETUNA、RANSEで数年間不動のトップ《イオリ》
黒い胴着と袴のみの犬耳アバターでありとあらゆる物を使いこなす
最初は流石に似ているだけで赤の他人だと思った。だけど思った以上に似てる
そして偶然イオリが出た配信を見て、その声を聞いて確信した。抑揚の無い鹿児島の言葉。間違い無く伊織本人だと
「黒い鳥?犬じゃなくて?」
二つ名の由来を調べた。古いゲーム内の伝承
神様の秩序を壊し、何もかもを黒く焼き尽くす死を告げる鳥
ツクヨミユーザーは神々と言われる。ただ冷徹に神々を倒す。その行動に騎士道などは見られない
イオリは神々が作った勢力図を短期間で、たった一人で塗り替えた
その末路が神々の天敵である二つ名《黒い鳥》
唯一勝ち星を上げているのはツクヨミ管理人にして私の推しである月見ヤチヨだけであった。それも全勝では無く、ヤチヨでも大体三割取る程と言うのだから恐ろしい話だ
そして一緒にKASSENをプレイしていた芦花真実も驚いていた
「嘘っ、マジ?」
「おつー、どしたの?イロ?」
「あれー?固まってる?」
「あっ、ごめん。ちょっと気になるプレイヤー見つけてさ」
「どれどれ〜・・・イオリ?」
「イオリって帝様にも負けたことない・・・
強いイオリ?えっ、嘘でしょ?」
「多分、そうじゃ?」
三人で驚愕した。伊織の持つ弱さへの忌避感や持つ本能レベルで刻み込まれた病的なまでの強さへの執着は知っていたが、まさかここまでとは
そして少し後にRANSEにてマッチング、KASSENにそこそこ自信はあっがし出会い頭で首を跳ねられた。その行為に一切の迷いも感情も乗っていなかった
正直、怖かった。だけどツクヨミ内での事だしもっと頭のネジが外れたRPをしている人もいるしあまり気にはしなかった
そして更に季節は巡る。私が知る中で伊織が唯一他人に手を出した事件
始まりは秋口からだった。伊織が上級生含めた他男子生徒からイジメの標的にされてしまった
聞いた感じは芦花と真実と一緒に居る事への嫉妬が大部分?っぽかったけど
当の伊織は無関心、本人に理由を聞いても
「何故構う。ほっとけばよか」
と、一蹴されてしまった。一応教師にも掛け合ったが当の伊織がその態度では出来ても注意止まり、根本的解決は望めずで・・・
学校に通いながらそれを心配している三人
強い雪の降る日に事件は起こる。連続する鈍い音を聞いて芦花と真実と窓から覗いた
そこには所々血を付けた伊織が立っている
その足元には一目で分かる程の怪我をした男子生徒が多数倒れていた
まさか、伊織がやったのか?
口から、空気が漏れる。2人も口を押さえ、立ち尽くしていた
「誰ぞ」
伊織が、明確な敵意と殺意を込めた目で、こちらを向いた。その声には強い怒りを感じる。足が竦んだ。動けない
「すまん」
いつもの声色に戻る。纏っていた殺意が霧散した
伊織は自首、この後は荒れに荒れた
学校により箝口令が敷かれたとはいえ不気味なまでに報道されることが無かった
伊織がこんな事をした動機は、まだ分からない
でも伊織が何故家族を亡くしたのかも私は初めて知ったのだ
その日は3日程たった放課後の事で、かなりの衝撃だったのを覚えている
「鹿児島での事件?」
「うん。ここ2.3日で広まった話なんだけど」
「伊織がどうもそれの関係者って話が」
あの事件から3日ほど、学校内を駆け巡った噂を芦花と真実から教えてもらった
約7年前に起きた一家強盗殺人事件。その家族は両親と兄妹の4人家族で苗字は本仮屋、その唯一の生き残りが伊織ではないかと
「私、放課後聞いてみる。今日バイト無いし」
「いやいや、今の伊織に会うのはマズイって。あの光景見たでしょ。暫くそっとしといてあげたほうが良いんじゃないかな」
「そもそも謹慎中に会うのもよろしくないんじゃ」
「ここで会わないと伊織が誰も信じなくなる!そしたらまた伊織は一人に逆戻りじゃん!」
伊織は私達3人以外に誰とも話をしない
いつか伊織は一人で生きてきたと言っていた。そのために強さを磨いてきた。と
私達がここで手を離せば本当に一人に戻ってしまう
私は、家に向かって急いで帰り、伊織の部屋のドアを叩く
===伊織の家===
「・・・酒寄。何か言伝か」
「違う。この事件、もしかしてこれが伊織の家族なの?」
事件の記事を突きつけた。伊織は明確に目を大きく見開いた、が、直ぐに戻してしまう
「そうじゃ。今思い出しても何も出来んかった己に腹が立つ」
「もしかしてこれ。伊織の?」
「・・・おう。おいの家族の事ぞ」
「何があったのか教えて。伊織のこれまで」
「言いたくなか」
伊織の目に少し敵意が宿る。これ以上詮索をするな。そう言いたげだ
でも、引かない。ここで引いたら伊織はまた心を閉ざす
「じゃあ、あの自己紹介の時の不徳、そのかわりに教えて。それでチャラ!」
「はぁ?」
初めて伊織の言葉に困惑が乗ったのを聞いた
でも、これに、不義に伊織は厳しい
「一人の辛さは知ってるつもりだから」
「・・・わかった。覗いとる二人も聞きたいがならくればよか」
伊織がアパートの角を見ながら言い放つ。そこ空出てきたのはビクついた芦花と真実だった。
気付かなかった。ついてきたんだ
「え?・・・芦花?真実?」
「うっそ、姿見せてないのに」
「何でバレたん?」
「息遣いが聞こえちょる。もうちょい気配ば消さんと隠れてないのと同じぞ」
気づいて当然だと言わんばかりだ
伊織は部屋へと入り、机を立て、座布団の設置とコップに茶を入れていた。3人とそこに座る
「どこまで話したもんかの」
「全部」
「そいは嫌じゃ。少しだけぞ。俺は母さん使いで家を出た。帰ってきたら全員殺されちょった。親父は犯人殺して目の前で遺言言って死んだ。これ以上は言いたくなか」
いきなり全てを言い放った。そして、これ以上何があったのかは言う気が無いみたいだ
「殺・・・あの事件の生き残りはやっぱり伊織だったんだね」
「おう。あの日から俺は変わった。弱い己が嫌いになった。そこから先は親戚筋転々として忌み子扱いぞ。言ってん聞いてん気持ちの良い話ではなか。これ以上は話さん。俺が話したくない」
伊織は強情である。これ以上口を割らなさそうだ
でも、伊織がなんで強さを求めているのか分かった気がする
「分かった。話してくれてありがと」
「目の前で、お父さんが・・・」
「想像、出来ないね」
「これが俺の半生ぞ。もうよかか」
「うん。何となく伊織が分かった気がする」
「む、そろそろ警察が来る。さっさと帰れい」
「最後に一つ聞かせて。伊織は何で強さを求めるの?」
「弱い己が嫌いじゃ。これが本仮屋伊織ぞ」
伊織は言った。私達もこれで帰ることに。伊織の言う通り暫くしたらお巡りさんが来た
そして一月ほど伊織は謹慎、その後学校に来た
伊織が手を出した生徒は大半が学校を去ったらしい。その中には運動部の主将も居たとか
人の口には戸は立てられず伊織の半生の噂は学校中に知られる事となり、同情もされていたが腫れ物扱いされるようになってしまった
それでも、私達だけは伊織の味方で居てあげようと決めた
そして、2年に進級し伊織に構いながら夏休みに入り───
「酒寄?」
「あっ!」
伊織の顔が目の前にあった
「明らかに疲れとる。今夜は俺がかぐやを見る
ゆっくり休めい」
「気を遣わせたね」
「俺は酒寄に感謝しとる。去年の冬からの事
三人が居らんかったらまた昔に逆戻りじゃった」
伊織は本当に感謝している。北海道で人を信じる事を覚え直し都会の温度にそれを忘れかけていた所でのアレ。正直完全に人間不信に戻ってもおかしくなかった。それを繋ぎ止めてくれた
「俺は返しきれん恩を貰った。今度は俺が返す番ぞ」
それが伊織の忠義であったので
次回、彩葉の限界