満ちる月を越える者 作:業火の跡地
慌てた彩葉に部屋に連れ込まれた伊織
急に成長した赤ん坊に伊織は驚愕したが、一呼吸で病的なまでに直ぐに落ち着きを取り戻す
「何で直ぐにデカくなんの!?怖っ!」
「まぁ、最近は何もかものスピードがはやいんですわ」
「そいで納得出来んぞこりゃ。おまん何者ぞ。どこから来た」
伊織の殺気が漏れ出し、警戒心が最大級まで引き上がる。手持ちの木槍も肩に掛けているが何時でも穂先を向けられるように手に力が入っている
「ヒッ、そ、そんな物騒なものしまってよ伊織ぃ」
「ないで俺の名前を知っとる」
「そりゃ、聞いたし」
「・・・そいもそうか」
「ちょっと伊織、ここでそれは洒落にならないって。いやでも得体の知れないものは家に置いとけないし、出ていってッ、力強ッ」
彩葉が茶髪の娘の手を引っぱり追い出そうとするが、抵抗される。引っ張り合いの最中に手が離れ、2人は後ろに転がろうとする
彩葉は伊織が受け止めるが茶髪娘は後ろの窓まで転がり後頭部を窓に強打する
「あ、大丈夫!?」
(優しいのコイツ)
「頭いだいーーー!助けて彩葉ーーー!」
「何で私の名前も」
その瞬間、腹が鳴る音が聞こえる。茶髪娘から
そしてもう一つ聞こえる。彩葉からだ
そして茶髪娘は彩葉を見て顎に手を当て頭を傾げた
「うっ、」
「・・・たすけてぇ?」
「・・・取り敢えず摘めるもんでも持ってくる。ちょい待っとれ」
殺気を抜いた伊織、取り敢えず部屋に置いてある冷凍オムライスを解凍し茶髪娘に出した。ついでに自分も夕飯に食べなかった焼き鹿肉を食っている
彩葉もバイト先の賄いのガパオライスを出していた
「取り敢えずこいつでも食え」
「何これ?」
「何ってオムライスだけど」
少しぎこちない動きでスプーンを握り一口食べた。目が真ん丸に開く。どうやらお気に召したらしく、どんどん口にかき込んでいく
「オムライス!好き!」
「んで、あんた一体どこから来たの?」
「んーーー?↑」
茶髪娘が窓越しに月を指さした。それを見た伊織が二、三日ほど前に見た黒に走る一筋の白を思い出した
「月・・・なぁ酒寄俺らがこいつ拾った日流れ星って見たか」
「流れ星?あー、そう言えば・・・まさかあれが?」
「多分。おまんは何故ここに来た」
「宇宙人の目的は何?侵略?」
「ウ~ン、なんか良く覚えてないんだけどー
毎日がちょーーつまんなくて楽しい所に逃げたーーい!って思った気がする」
「逃げんなー」
「つまり家出か」
「んで、これに心当たりは?」
彩葉がタブレットを操作して国語の教科書を開いた
「なにこれ?」
「竹取物語、竹の中から女の子が出てきて、翁がそれを拾って、育てて、求婚されたりする話」
「ケッケッコン?」
伊織が見てる感じこの場の危険性は無いと判断
目線は彩葉のガパオライスに向けられていてよだれを垂らしていた。碌に話を聞いてない。そして、茶髪娘の手が動く。その手を伊織がはたく
「あ痛っ」
「他人の物を取るのはやっちゃいかん事ぞ。せめてききんしゃい。食い足りんならこれやる。食いごたえはあるど」
伊織の鹿肉の焼肉を差し出した。茶髪娘はそれに食らいつく
「んでー、何だっけ、じゃあ彩葉はこのおじいさんな訳?」
「80年後の姿でもみえちゃってるのかなぁ?違うよッ!」
「じゃあ伊織?」
「俺はそこまで生きる気は無か」
その答えにも感情は無い。多分そこに至るまでに自分は死ぬ。壊れた心がそう思っていた
「いやこんなの絶対かぐや姫じゃない!」
「んでー、何だっけ、続きは?」
「えーっと、月からの迎えが来て、引き渡すまいと戦うけど虚しく、かぐや姫は羽衣を着せられて、地球の事は忘れて、月に帰る」
「えっ、続きは?」
茶髪娘が彩葉のタブレットをフリックするが物語の続きは出て来ない
「おしまい。めでたしめでたし」
「帝や翁の続きも無いこともないがかぐや姫は月に帰って終いじゃ」
「月に帰って終わり!?なにそれかぐや姫超不幸じゃん!しかもいい話風に終わってるのが余計許せないよーーっ!」
「これはこう言うお話なの」
「バッドエンドやーだーー!ハッピーエンドがいーーいーー!」
床に寝そべりジタバタし始めた茶髪娘
歯を磨き始めた彩葉、少し考える伊織
「どうしょうもないじゃん。
決まってることが変わるだけじゃない
受け入れて覚悟するしか・・・無い」
「起こる事は起こる泣いてん喚いてん変わらなか
俺等に出来るのは生きる事だけぞ」
伊織は遠き日に思いを寄せていた
一見、進む事とも取れる言葉だが、その中には諦めや諦観が含まれている。それが分からない茶髪娘では無かった
そして、突然立ちあがりクルリとターンを決めた
「決めた!自分でハッピーエンドにする!そんでハッピーエンドまで2人を連れてく!一緒に!」
綺麗にVサインを決める茶髪娘、どこまでも真っ直ぐで、眩しいくらいだ。だが相手が悪い。現実主義者とどこまでも壊れた男
「ハッピーエンド要らない。普通のエンドで結構です」
「いやいや、そんなわけないっしょ〜」
「いや!怖い!離れて!」
「さっさと離しちゃれ」
伊織が後ろの首根を掴んで持ち上げる。
案外と大人しく持ち上げられている
「伊織もハッピーエンドが良いよねぇ」
「・・・俺には前提が無い。ただの一度の喪失で壊れた人間に幸せは訪れなか」
その表情に色は無く、言葉の裏には伊織の虚無が詰まっているようだった
===翌朝===
昨日の夜は中々刺激的であった
朝飯と制服に着替えて出ようと言う時、また隣が騒がしい
目の前の扉が開き会話が聞こえてくる
「え〜っ、学校ってそんなに大事なの〜?」
「命より大事!じゃあ、行ってくるから大人しくしてて!家から出ないで!」
「・・・酒寄。その言の葉だけは気に入らんの」
「あ、伊織、おはよう」
また茶髪娘がデカくなっているが、今の伊織にとっては些細な問題であった。バツが悪そうに伊織の顔を見る
「死に場所を選ぶのは自分じゃ。じゃっどん人間死ねばそれで終い。命あっての物種ぞ」
命の価値、それは伊織の譲れないモノである
使い倒す事に抵抗はない。だが無駄にしてはいけない。喪われていく親を看取ったからこそ、この言葉には確かな実感と感情が込められていた
そして、自分と同じく遺された側の酒寄彩葉が命を軽く扱うのを伊織は看過できなかった
「・・・」
「いや、すまん。責めるつもりは無か。先行っとる。お前も静かにしとれよ」
伊織はそう言い、先に登校した
(少し、言い過ぎたの。謝らんとな)
赤ん坊が出てきた電柱をちらりと見ながら、学校に向かうのだった
===学校===
彩葉より先に学校に着く。そして、クラスメイトの彩紬と諫山に声を掛けた
「おはようさん」
「あ、おっは〜」「おはよ、伊織」
諫山真実と彩紬芦花、数少ない伊織の友人である
友人関係までに一悶着あったが今ではお互い信用出来る間柄だ
尚学校一のマドンナ達と仲が悪くない様子に周囲からは嫉妬の対象である。気に留められてないが
「情報共有じゃ。諸事情で酒寄のやつ三連休ほぼ休めてなか」
「おっけー、また息抜きさせなきゃ〜。放課後カフェいくし丁度良かったね〜」
「放っておいたら直ぐ無茶するからねー」
「おはよー、二人とも」
「おはよー彩葉」「おはよう。あれ?なんか元気ない?」
彩葉が来たのを見て、伊織が頭を下げた
「酒寄、今朝は済まんかった」
「うんうん。そっちこそ気にしないで。確かに伊織はあれに怒って当然だし」
「あれ?喧嘩でもしたの?」
「伊織、彩葉泣かしたら承知しないよ?」
「互いの死生観のぶつかり合いがあって、大丈夫」
「俺も強情じゃった」
教室のドアが開く。「皆席に座れー。ホームルーム始めるぞ」そう言い担任が入ってきた
この日の学校生活スタートだ
そして、昼が過ぎ、放課後に伊織は職員室に呼び出された。進路の事である
「伊織はどうするんだ?」
「考える事が出来んです。今の家が農家なんで、そこを手伝うことにすると思います」
「そうか・・・自分のやりたいこと、まだ見つからないか」
「すんません。迷惑ばっか掛けて」
「いや、構わないさ。手のかかる子程可愛いってな。時間はまだある。ゆっくり探せばいい」
「そう言ってもらえると助かります」
進路希望の紙を鞄に押し込み学校を後にする。
今日はバイトは非番、茶髪娘の様子を見るため手早く帰ることに
彩葉の部屋の前に来たが、中に人の気配がしない
「まさかあやつ」
先に自分の部屋の扉を確認、鍵は閉まったまま
彩葉の部屋の鍵は空いていた。勝手に中を確認するのも宜しく無いと判断し連絡を入れる
「・・・もしもし酒寄。今大丈夫かの」
『もしもし、伊織?どうかしたの?』
「お前の部屋の鍵が掛かっとらん。中から人の気配もせん。一応開けて確認していいかの」
『嘘ッ!?分かった。お願い』
開けた。しかし何処にも居ない。そして少し衣類が散らばっていた。マメな酒寄が片付けず放置するとは思えない
「居らん。多分外出たの。多分酒寄の服着とるの」
『えー!嘘、お金もないから遠くには行けないと思うけど』
「探すか」
『うーん、でも』
「迷うんなら使え。俺は構わん」
『分かったお願い・・・こっちも見付けたら連絡する』
「それで今何処におる?」
『えっと、駅の北口の辺り』
「分かった」
電話を切る。そして一言呟く
「あの阿呆」
===立川駅周辺===
正直またデカくなられてたら見つける自信も探す理由も伊織には無いが恐らく酒寄は気にするだろう。何かトラブってその余波が来るのも面倒だ
「酒の匂いに釣られとる思うが・・・おった」
近くのビルに入っていく茶髪娘を見けた
伊織も後を追い、ビルの中に入ったが、エレベーターに乗られたようで、見失ってしまった
===カフェ===
「彩葉ノートで赤点回避記念〜」
「お礼の品でーす」
「「ご査収下さ〜い」」
目の前に出された3段のフワッフワのパンケーキ。彩葉の頭の中には行方を眩ませた茶髪娘の事があったが友人からの贈り物に心を躍らせる
「あ、ありがと」
「シャッ」
彩葉がパンケーキにフォークを刺そうとした。その時、1枚忽然と消える。下手人は目の前に居た
「・・・え?」
目線を上げた。目の前に居たのは家に居ろと言った居候。パンケーキを一口で食べてしまった彩葉のパンケーキの強奪犯は味への感動か輝かしい笑顔を見せ、ウィンクしてきた
「よっ、彩葉!」
彩葉の顔が荒木飛呂彦絵で固まり、口から魂が漏れ出てしまう
そして二枚目、三枚目と彩葉のパンケーキを食べだした
「美味し〜い。何これぇ」
「えー!可愛いー!誰この子ー?」
「彩葉の服着てる〜。彩葉の友達?」
「ああああ、そうなの!友達と言うか、えっと・・・」
「パンケーキ好きなの?これもどうぞー」
芦花のチョコケーキを貰った居候娘は更にパッと表情を明るくする
「パンケーキ!?これがぁ?彩葉のと全然違〜う」
「どこから来たの〜」
「月から来たの!」
真実がしてほしくない質問をぶつけてしまった。それに対して最もしてほしくない回答を返される
こやつは一体何を言っているのか。自分が怪しい宇宙人だと自白しやがった
だが後ろからもう一人、近づき、茶髪娘の頭に手を置いた
「こいつは俺の親戚ぞ。月岡、富山の山の方の奴じゃ。盥回しにされた時にちょっとの。今は酒寄に良く懐きよる」
「へぇ、伊織の親戚なんだ。お名前は?」
「えっと・・・かぐや!ねっ!かぐや」
「かぐや?かぐやかぁ」
圧を掛ける彩葉と名前に喜ぶ居候茶髪娘、改めかぐや
嬉しいのかその場をくるくると回り始めた。
「見ての通り世間知らずの我儘娘じゃ。邪魔したの。酒寄。流石にケーキ代は弁償すると」
「いや、いいよ。二人とも。先帰るね。今度埋め合わせするから!」
残りのフルーツを食べきった彩葉、伊織も頭を持つ手に力を入れた。嵐のように去る2人、芦花と、真実、残された2人は唖然とするばかりであった
===外===
伊織によって連行されたかぐや、伊織によりその辺の椅子に座らされる
「あの中涼し〜。あそこ二人の家にできないの?」
「正気!?正体バレたらどうすんの!?何で勝手に出てきたの!」
「だってつまんないんだもん」
「時には人生我慢って物も必要で・・・」
かぐやは自分のやった事の重大さやヤバさを欠片も理解していなさそうな
彩葉は彩葉で実家の母親に耐えかねて上京してきので、言葉を詰まらせる。次に口を開いたのは伊織だった
「俺はおまんに言うたよな。他人の物を盗ったらいかんと。せめて聞けと」
「ハイ、イワレマシタ」
僅かな怒気が内包された伊織の説教にかぐやは少し萎縮している。少しの説教、次はないと釘を差す
「ハイ。ゴメンナサイ」
「分かったなら良か」
伊織の怒気が霧散する。いつもの虚無顔に戻った
かぐやもさっきまでの調子を取り戻し、ポケットから黒い物を取り出した
「ねーねー、コレどうやって使うの?」
「私のスマコン?持ってきたの?」
「彩葉のノートPCで買えた!」
「は?」
彩葉が急いで口座の残高を確認した
デバイスの殿堂-124000と言う無慈悲な記録が残されております残り250円程、彩葉がわなわな震えだした。必要以上に切り詰めていた貯蓄が全てかぐやが使い込んだ
「死ぬ気で貯めたんですけどっ・・・死ぬ気で貯めたんですけどッ」
「銀行のウォレット?の数値書き換えれば増やせるぽかったよ!やる!?」
「絶対しないでよ!」
余りの動揺ぶりにかぐやもたじたじで、とんでもない事を言い出したが彩葉の一喝が走る
「・・・酒寄、暫く飯の面倒見ちゃるよ。こいは流石に見とられん」
「大丈夫・・・」
「そいとかぐや、帰ったらもう少し《話》すっぞ」
「ウゲッ!」
伊織とかぐやの目が合う。これからの《話》にかぐやは少し億劫になるのだった