満ちる月を越える者 作:業火の跡地
===月の世界===
月の世界は、荒れていた。至る所のデータやオブジェクトが大小損傷し、月人達が復旧作業に当たっていた。原因不明の謎のバグにより復旧の見通しが立っていない
更にセキュリティ的な防衛機構に至っては5割強が再起不能、三割も直ぐに動けない問題を抱えていた。下手人は伊織である
地球と月に渡る尋常ならざる事が起こってしまった。ソレは奇跡か偶然か・・・
否!否!否!
これは伊織が引き起こした必然である!
事は十数日前に遡り、視点を伊織へと移す
地球時間では9/13日の早朝に事は始まった
かぐやを伴って月に帰還した一団のズイジュウ型に謎のバグが発生する
腹の中の伊織が、目覚めたのだ
(何処ぞ?獣ん腹か?とんかく外に)
ズイジュウ型の腹からドロリとした黒い液体と共に無理矢理外に出た。黒い胴着と袴を着た男、本仮屋伊織。その魂である
周りを見渡すが、古いモニターの用な視界、蓮の花が咲く池の様な場所。一目で地球ではないと分かった。そして周りにいる慌てた様子の月人。つまり
(ここは、かぐやの故郷か?)
口を開け、息を吸う。空気特有の味も、臭いも、口の中が冷える感覚もない。空気も無い気がする
かぐやの言っていた事を思い出した。月には味も温度も無いと。そして、確信する
「かぐやは、ここにおる」
「何故居る!」
ミョウオウ型が向かって来た。卒業ライブの時よりも早い。ここは相手の本拠で地の利は向こうにあるか。だが体がとても軽い。思った通りの動きが出来る
「かぐやは何処ぞ!」
「去れ!」
うねる羂索を躱し、ミョウオウ型に接近。右のハイキックを左手で弾き、そのままミョウオウ型の右から後ろに回り込み足払い
「シィッ!」
体勢を崩して顔面に肘を叩き込む
人間とは違う。固めのスライムを殴りつけたような感覚だ
(手応えがない)
「ジリ貧じゃ」
倒し方はこれではないと察知しその場から逃走する。池から出ると寺の境内のような、鳥居のようなオブジェクトがあった
「あっちか」
そのまま鳥居から逃げ出す。後ろからミョウオウ型が追ってきていた
「ツクヨミとも京都とも違うの」
外に出ると、目に広がる平安時代あたりの都のような風景。平安京とか平城京とか、そんなように見える。だが古いゲーム画面のようなビットで構成された何とも違和感のある世界
その世界へと躍り出た。路地を幾つか曲がり、身を潜めた
「かぐやは何処じゃ?」
突然、目の前に狼が現れた。襲いかかってきたが首を落とす。黒い液体が噴き出た。しかし動きが止まらない
突進してきた足を羂索で絡め取り、斬り飛ばす
(何ぞこいつ。妖?人形?)
とりあえず見つかった。と判断して再び逃げる伊織
しかしこの世界はどういう物なのかよく分からない。特有の空気感と言うか、そんなものはツクヨミと似ている
だがここは現実。急成長したかぐやの事もあるし月の世界とはこういうものなのだろうと納得する
(かぐやを見つけんと始まらん)
路地から路地へと抜ける所でまたオオカミが出現する。いや、狼だけではない。梟やら蟹やら亀やら蛙やら熊やらがうじゃうじゃ出てきた
上下前後左右を囲まれる。やるしか無いようだ
(生気を感じん。人形?)
「来るならこい。」
蜻蛉の構えからの一撃で突進してきた動物?達を両断、返す刀で更に斬る
斬ったが、その分増えた。なんなら無関係に増え続けてる
百や五百じゃ下らない。もっと多い。多分千単位の動物が伊織を覆う
少し脱力した下段の構え
動物達、もとい月のセキュリティプログラム。侵略者は伊織。月世界で戦の火蓋を斬り落とす
薄い所は罠と思い迷わず包囲の一番分厚い場所ひ斬り込み、突破した
しかし思ってた数倍は苦労した
(これは、油断すっと喰われるの)
野生動物よりもかなり強い。ハンターでも手が出ないだろう。だが足は止められない。かぐやを探しつつ追っ手を撃退する
永遠と続く追いかけっこ
倶利伽羅剣は剣技に耐えられず壊れその辺の棒やらで凌ぐ
この最中ですら伊織が至った常識破りの技術は更に磨かれる
壁際に追い込まれれば三度の重ね突きで壁を粉砕、必要があればオブジェクトを切断し纏めて押し潰す
一斉に飛び掛かられても一刀で複数方向を同時に撃破していう。伊織の往く先々で逃げ惑う月人
ある時は近くに居た月人を羂索で捕まえ、木片のような物を何となく感じた弱点の真上に突き立て脅す
「おい、こっちの言葉理解できっか?」
「!?」
「ならよか。かぐや、地球から連れ戻されたやつは何処に居る?」
震える手でとある方向を指さす月人
確認し拘束を解いた。ひと言謝罪を残し、再び走り出す
「すまんの。今手段は選べんのじゃ」
そうして月を舞台にした決戦地球で70時間経過した頃、更に二、三人を脅してかなり正確な場所を割り出す
そして大量の月のセキュリティプログラムを斬り刻んだ。打ち倒した。殴り飛ばした。次第に追っ手の数は目に見えて減っていった
数度武人のような月人に襲われたが瞬殺してきた
追っ手を撃退する過程で何度目か壁を粉砕し、空中に躍り出た時
伊織はかぐやを見つけ出した
「かぐや!」
瞬間的に伊織の武の鋭さが増した。手にあるどっかの建物の柱が4本に増え追っ手の動物を全て薙ぎ倒し、着地
少し身構え、周囲を警戒する。不気味なまでに何の気配もない
そしてかぐやの元へと急ぎ、その場所へと辿り着く
かなり古い貴族屋敷のような場所、庭に面した場所でかぐやは一心に筆を取っている
その前に伊織は降りた
「かぐや。ようやっと見つけた」
「・・・」
伊織を見るかぐや、だがその目に光は自己意思が見えない。何度かしたように頭を撫でる
「俺ん事分かっか?」
「・・・」
見つめられるだけで何も返答がない。かぐやの手を取る。すると
「これは・・・どうしたもんかの」
「・・・リ?」
「かぐや?」
この様子のまま連れて帰ってなんとかなるものか?と思案した一瞬後
突如伊織の本能が警鐘を鳴らした
その対象は・・・かぐやだ
今までの伊織ならこの時点でかぐやから飛び退いていただろう
だが、困惑が先行し行動が遅れてしまう。一瞬の困惑が致命的だった
突如かぐやの裾から黒い帯のような物が伸び、伊織の左腕に巻き付いた
(力が、抜けてく?あたまも、なんじゃ)
ガクンッと、片膝をつく。全身に重りを付けられたような、間接が固められたような
そして、頭も回らない。何かに堰き止められる
そんな状態でも、体を無理矢理動かし、襖をぶち抜いた光弾を回避する
立ち上がり、棒を構えた。力は入らない。なら入らないなりにやるだけだ
「あら?まだ動けるのですか?」
「誰じゃ・・・は?」
目の前に居たのは小学校低学年程の女の子、見慣れぬ和装だがその顔は伊織が忘れるはずもない
本仮屋彩波、伊織の妹であった
それを見て堰き止められた思考は死者への、己への冒涜で堰ごと真っ赤に押し流す
目の前のアレは妹では、本仮屋彩波では無い。彩波はとうの昔に殺された。目の前のアレは怪異か妖よりも悪質なナニか
瞬発力は大きく劣るが技で補い、一瞬で彩波を模倣するナニかに突進した
だが、それを突然現れたミョウオウ型が突進を受け止め、回し蹴りで蹴り返そうとする
蹴りは下に避けた後、一振り二閃、棒でミョウオウ型の両脛に棒が折れる程の打撃を加え足を破壊する
「互いにそこまでになさい。それにしても驚いたわ。黒の羽衣に縛られた状態でコレを倒すなんてね」
「貴様、何ぞ」
「あらあらあら、可愛い妹の顔を忘れたのかしら?」
「違ご・・・何ぞ・・・貴様」
じわじわと頭が蝕まれる気持ち悪い感覚
伊織の頭の中で嫌な点と点が繋がる。確かに遺体は確認したし、火葬され、墓に納められた。だが、顔は?
見ていない。見ていないのだ
「お兄ちゃん?」
「ぐっ・・・」
あり得ない。そんな筈はない
本仮屋彩波は・・・思考が汚染されていく
「ま、嘘モゴッ」
「殺す」
その瞬間、彩波を騙る何かの顔に伊織の左手指がめり込んでいた
そして、右の貫手が首を貫く
伊織の目にあるのは純粋な殺意だった
「あら酷い」
確かに貫いたのに、伊織の後ろにも居た
今度は、彩葉の姿を騙っている
更に数人のミョウオウ型が出現した
多勢に無勢、動きや思考が制限された状態はジリ貧で、攻撃を捌くので手一杯であった
その途中に彩葉を騙るナニかから更に黒の羽衣が放出された。羽衣を捌ききれずに脚に、手に巻き付く。1枚巻き付くたびに体が重く、頭が黒くなる
もう一度殺そうとしたところに3枚目が巻き付いて、漸く伊織は完全に行動を制された。辛うじて周囲の声だけは聞こえる。理解はできないが
「ふう。まさかここまでやるとは。素直に驚きました。1枚で動けなくなる物なのですがね。惜しいですが彼を封印しなさい。普段なら放逐しますが、彼はやりすぎました」
伊織の意思、その大半が封じられた
それを見ていたかぐやは、涙を零していた