世界を救った救世主・アルテウスの死体を、王都まで運ぶことになった元神官レオ。
かつて英雄の影で最も汚い仕事を請け負ってきた男は、死体が語り始める過去の罪に苛まれながら、灰色の道を歩き続ける。
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救世主の死体を運ぶ者

荷車の上で、そいつは横たわっていた。

腐っているはずなのに、顔だけが妙に整っている。

目だけが、生きているみたいだった。

「……クソが」

レオは吐き気を飲み込む。

アルテウス・レグナス。

世界を救った、救世主。

——その隣に、ずっといたのは俺だ。

 

依頼は単純だった。

死体を王都まで運べ。

「断るなら、公表する」

それで決まった。

 

道は静かだった。

風もない。音もない。

荷車の軋みだけが、骨を削るように続く。

「相変わらずだな」

レオは振り返る。

死体の目が、開いていた。

「……幻だ」

「そうか」

瞬きもしない。

その瞳は昔のままだった。

優しく、冷たく、見透かす瞳。

「南の村、覚えてるか」

足が止まる。

「……知らない」

「そうか」

間。

「エリナ」

その名前だけで、喉が締め付けられた。

「靴が片方だけ大きかったな」

続く。

「パンを離さなかった」

「やめろ」

「お前の服を掴んで——」

「やめろ!!」

荷車を蹴る。木が軋む。

「俺は命令で——」

「違うな」

沈黙。

「お前が決めた」

レオは歩き出す。

 

夜、火の前で酒をあおる。

手が震える。

「なあ、レオ」

炎が揺れる。

「放っておけば、街が落ちていた」

火が弾ける。

「だから焼いた」

レオは何も言わない。

 

道の外れに村があった。

倒れた人影。咳。熱。腐臭。

子供が一人、縋りつく。

「……たすけて」

軽い。

その手を掴む。

全員は救えない。

頭の奥で、何かが鳴る。

——どっちだ。

指が、止まる。

小さな手。

炎。

あの時、俺は迷っていない。

レオは、指を一本ずつ外した。

子供の手が、落ちる。

振り返らない。

「ほらな」

後ろから声。

 

王都が近づく。

空は灰色のまま。

「正直に言う」

死体が言った。

「少しだけ、楽だった」

レオは止まる。

「決める側にいるのは」

沈黙。

音が乾く。

何も言えない。

死体は見ている。

「俺は間違っていない」

それだけ言った。

 

聖堂は白く、静かだった。

死体を祭壇に横たえる。

「彼は、永遠の聖人となる」

司祭の声。

レオは口を開く。

「こいつは——」

止まる。

小さな手。

離れない指。

焦げた匂い。

すべてが胸の奥で渦を巻き。

「——パン、落ちるぞ」

言葉が、こぼれた。

自分の声だった。

誰もいない。

誰も、反応しない。

レオは一瞬だけ固まる。

何かを言いかけて、やめる。

「……なんでもない」

司祭は頷く。

 

外は灰色だった。

歩く。

ただ、歩く。

拳を握る。血が滲む。

「……なんでだよ」

声が落ちる。

答えはない。

——それでも。

もし、あの夜に戻っても。

同じところで、手は止まる。

指が、ほどける。

歩く。

止まらない。


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