あれから2週間が経った。
一向にベルくんが来る気配がない。ヘスティア様が降りてきている上に怪物祭があるのでもう物語が始まる時期だ。
「いや、まだ可能性はあるだろ、さすがに。」
まだダンジョンからロキ・ファミリアは戻ってきていない。まだ大丈夫、余裕はある、はずだ。
「ではヘスティア様!ダンジョンに行ってきます!」
「いってらっしゃい!気をつけていくんだよ!」
ヘスティア様に見送られ、ダンジョンへと向かっていく。
祐樹 ハヤテ
LV 1 力:I78 耐久:I94 器用:H149 敏捷:H121 魔力:I0
スキル
魔法
「さてと。いつも通り3階層から始めるか。」
今現在のステイタスは器用敏捷寄りのステータスのため、自ずとスタイルも決まってきた。というか戦い方がベルくんリスペクトであるためステイタスが似通っている
(ただなぁ、こうして実際冒険するとどれだけベル君が凄まじかったのかがよくわかる。)
正直彼ほどになれるかと言われると否と言うしかないのが現状だ。
「考えても仕方ない、行こう」
きっと、来てくれるはずだから。物語が始まる前に。
「よし、それなりに集まったかな。」
あれから4層に降りて戦い始め、ある程度の魔石が集まった。
「さてと。どうするかなぁ、5階層かぁ。」
正直、ベル君が来るまでは物語は始まらないんじゃないかと、何の根拠もなく漠然とそう思っていた。そうであってほしいと願っていた。
だから、怖いもの見たさで。
「少しのぞくだけなら、いいよな?」
誰にするでもない言い訳をこぼして5階層へ降りていく。
降りるべきじゃなかった。
「なんだ?」
5階層、降りたはいいのだがモンスターにまるで会わない。
背筋を冷たいものが走る。
(いや、そんなはずはない!だってこれは、彼の!ベル・クラネルの物語だぞ!彼がいないのに始まるはずがない!)
心のなかで悲鳴をあげる。しかし、現実は非情だった。
「ヴォォオオオオオオ!!!」
牛の頭、人より大きい体躯、血走った目。
「ミノ、タウロス?」
(嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ)
頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだった。だが、現実はそんな葛藤も許さない。
「ヴォオオオオオオ!!」
「っ、くそ!」
ミノタウロスがこっちにまっすぐ走ってくる。
(勝てるわけない!死ぬ、追いつかれたら間違いなく!)
頭の中はぐちゃぐちゃで、死への恐怖で体も思うように動かない。それでも、逃げるしかない。追いつかれたら殺される。
無我夢中に走った。それがいけなかったんだろうか。
「っ!?行き止まり!?」
そんな馬鹿な。これではまるで……。
「俺が……ベル君みたいじゃないか…。」
そんなはずない、これは、この物語は……。
「違う違う違う違う違う違う。」
もう、限界だ。頭がおかしくなる。主人公のいない物語は破綻する。ベル君だから越えられたんだ。これは、ベル君の……。
「ヴォオオオオオオ!!」
「っ!?」
追いつかれた、いや追い詰められた。終わった。終わりだ。生き残れる気がしない。体が、本能が叫んでいる。どうしたって勝てないと、逃げろと。
「逃げ道もない、勝機もない。あぁ、最悪だ。」
心のどこかで期待していた。俺は所詮物語の観客だから、関係ないんだって。どこか他人事のように。でも…。
「ヴォオ!?」
銀色の光が、ミノタウロスを切り刻む。
「ヴゥモォォオオオオオ!!」
ミノタウロスが絶叫を上げ、血しぶきをまき散らしながら崩れ落ちていく。
目が、合った。
「あの、大丈夫ですか?」
「…………。」
ああ、ようやく理解できた。この世界に、彼は……。
気付けばダンジョンの外だった。あの時、ミノタウロスが倒された前後から記憶があいまいで、どうやって地上まで上がって来たのかさえ覚えていない。
「……。」
体が覚えている動作を勝手にするように、換金して、シャワーを浴びて、ホームへと向かう。
(……ものがたりが…はじまった…)
アニメで見た。ミノタウロスに追われ、アイズ・ヴァレンシュタインに助けられて、恋をして。すべてはそこから始まる。ベル・クラネルの物語が。
「……どう、すれば……。」
俺はベル・クラネルじゃない。彼のように純粋ではない。彼のような強さは、俺にはない。これから先多くの人を救う彼のようにはなれない。
「……どう、すればいい……。」
主人公が存在しない物語。二次創作などでたまにあったジャンルだ。大体は神様転生で特典をもらい、というものだが、俺にはそんなものはない。あるのはせいぜい「ダンまち」への憧れ。
「……ベル君の代わりに、なる……?」
何を馬鹿なことを…。そんなことできるわけがないのに。俺みたいな中途半端な人間に。
ああ、だめだ。すべて悪い方向へ考えが寄っている。思考がずっと終わらない。
「あ……。」
気付けばホームの前だった。
(ああ、ヘスティア様に心配かけちゃいそうだなこんなんだと。)
教会の中に入る。荒れた内装の教会内を進み、祭壇の先の小部屋へと進む。薄暗い部屋には書物の入ってない本棚があり、一番奥の裏には地下の部屋への階段がある。
いつもならば男のロマンだなんだと心躍るところだが、今の俺にはそんな余裕はない。
「ただいま戻りました。」
「お帰り。今日は少し早いね?」
「ええ、まぁ。ダンジョンで死にかけまして。」
「おいおい、大丈夫かい?君に死なれたら僕はかなりショックだよ。柄にもなく喚き散らしてしまうかもしれない。」
ああ、本来ならここに彼がいるべきなのに……。
「大丈夫です。俺は死ぬつもりはないですよ。死にたくないです。」
「それならいいんだけども。」
ヘスティア様と部屋の奥に進む。
「それじゃ、今日の稼ぎはあんまりだったのかな?」
「そうですね。いつもよりは少ない感じです。ヘスティア様は?」
「ふっふーん!これを見るんだ!」
「わーお。」
「露店の売り上げに貢献したということで、大量のじゃが丸くんを頂戴したんだ。夕飯はパーティーだぜ!」
すごくほほえましい光景だ。神であるヘスティア様に対して不敬かもしれないが、なんか小学生の子供が今日頑張ったことを嬉しそうに話してくれているようなほっこりする光景だ。
「いやぁ、それにしても……マスコットキャラとして道行く人はみんな可愛がってくれるけど、ボクのファミリアに加わりたいという子は相も変わらず皆無だよ。まったく、ボクのヘスティアの名前が無名だからって皆現金だよねぇ。」
「どこのファミリアでも授かる恩恵に差はないはずなんですけどもね。」
神によって恩恵に差があったりはしないと、ヘスティア様から説明を受けていた。まぁ、どこに行こうと結局は自分の努力次第だということだろう。わかりやすい。アニメでも言ってた気がする。
「はぁ、ハヤテ君一人に負担をかけるのはボクとしては心苦しいんだけど……。」
「そこまで気に病むことはないと思いますが…。ヘスティア様も働いているわけですし。」
ベル君がいてくれれば……。いや、今の時期の彼は俺と変わらなかったんだっけ……?まずい、最近アニメの知識がだんだん不鮮明になってきている。大筋は覚えているが、細かいところが欠如し始めている。
「ごめんねぇ、こんなへっぽこな神と契約させちゃって……。」
「……、大丈夫ですヘスティア様。このファミリアは始まってまだ一月経ってないんです。最初からすべてがうまくいくことはないのですから、焦らず少しづつ成長していきましょう。及ばずながら、自分も頑張りますので。」
「ハヤテ君…。」
ああ、どの口が言うのだろうか。彼の立場を奪っておいて……何が頑張りますだ。どうやっても彼に追いつけるはずない俺が……。
だが、それでも。この神の泣きそうな顔は見たくない。ここにきて、右左どころか、今の立ち位置すらわからず、この神に会わなければ野垂れ死んでいた。
「君が僕の眷属になってくれて僕は幸せ者だね。それじゃあ、これからのためにもステイタスを更新しようか!」
「はい。」
「そういえば、今日死にかけたって言ってたけど何があったんだい?」
「えっと、今日は…。」
今日あった出来事を話す。いつも通り探索していたこと、怖いもの見たさでいつもより深く潜ったこと、そこでいるはずのないミノタウロスに襲われたこと、そして、助けられたこと。
「なるほどねぇ。ほんとに気を付けてくれよ?」
「はい。次からは気を付けます。」
死ぬのは嫌だから。
「ちなみに、その助けてくれた娘には、その……。」
「はい?」
「う、ううん!なんでもない!」
何か慌てているが、どうしたのだろうか。
「はい、君の新しいステイタス。」
ハヤテ 祐樹
LV 1 力:I78→83 耐久:I94→96 器用:H149→150 敏捷:H149→171 魔力:I0→0
魔法
スキル
今現在のステイタスはこの程度。スキルはなし。俺には憧憬一途はでなかったらしい。まぁ、わかり切っていた。あれはベル君が純粋だったがゆえに生えてきたスキルなんだろう。
結局その日はそのまま就寝ということになった。
「……んぁ。」
目が覚めた。今の時間を確認する。
(五時……半端な時間に起きたなぁ。)
二度寝するわけにもいかないので起きようとするのだが……。
「…ん?」
何かがのっかっている。丸っこい、温かい……。
「……あらまぁ、寝ぼけてたのかね…。」
ヘスティア様が俺をお布団にして寝ている。というか、ヤバい。早くここから出ないと二度寝に入ってしまう。というかかわいい…癒される…。
思わず頭をなでてしまった。
「んぅ……。」
身じろぎして思いっきり密着してきた。……ヤヴァイ、立派な双丘ががががががが。
急いで抜け出し、毛布を掛けておく。
「いや、刺激強すぎる……あぶない。」
本当に、ベル君よくこんなのを毎度毎度……。さすがだよ…。
(朝からラッキー、じゃなかった。とんだハプニングだったぜ。)
この時間だと少し肌寒いくらいの気温で、人通りはまだ少ない。空いてる店も少ない。
(しまったな。朝飯喰い損ねた。どこかで調達したいが…、空いてる店がないなぁ。)
これは朝飯なしかなぁ。
「っ!!??」
鳥肌がった。なにか、見られていた。違う覗かれていた。
(嘘だろ!?あり得ねぇだろ!!なんで目を付けられんだよ!俺の魂は平凡だろうに!)
この視線には心当たりがあった。アニメでも描写があった…。女神フレイヤ。彼女は人の魂の色が見える。見えるんだが…。
(興味を持たれる理由がわからない。俺の魂は無色透明で輝いているわけないので、そこらにある者と同じだと思っていた。違ったのか?もしあるとすれば、こことは違う世界で生きた俺の魂はこの世界で生きている人とは根本が違う、とかか?)
わからない。目を付けられないと確信していたのだが、それは間違いだったようだ。本当に、朝から頭が限界……。
「あの……。」
「っ!!」
後ろから声をかけられとっさに体を翻し身構えてしまった。
そこにいたのは思った通りの人だ。シル・フローヴァ。これはアニメの最新の話だったからまだはっきり覚えている。
「あ、えと、すみません…驚いてしまって…。」
「いえ、こちらこそ驚かせてしまって……。」
なんだろう、ちょっと気まずい……。いやまぁ、大げさすぎたもんな、俺のリアクション。はたから見たらなんだこいつって思われる……。
「えと、何か御用ですか?」
「あ…はい。これ、落としましたよ?」
差し出されたのは魔石。いや、まぁこの前きっちり換金した、ハズ…。いやあの時は精神的に余裕なくてあんまり覚えてないけども……。でもこの大きさだったらほんとに落とした…?いやでもベル君の時はそうじゃなくて……。
もう、ワカラナイ。
「あ、すみません。ありがとうございます。」
「いえ、お気になさらないでください。」
すごいほんわかした笑顔で返された。
「こんな早くからダンジョンへ行かれるんですか?」
「ええ、目が早く覚めてしまったので。」
グゥ~と、俺の腹の虫が泣いた。……いや恥ずかしっ!!
キョトンとした顔を向けられる。うん、恥ずかしい。顔が熱い……。いや人前でこれは…羞恥心が…。
「うふふっ、お腹すいていらっしゃるんですか?」
「…はぃ、すみません……。」
「もしかして、朝食をとられていないとか?」
ああ、恥ずかしすぎる……。こんなことならしっかり食べてくればよかったが……、後の祭りか…。
もう声を出すことすら恥ずかしくなってきたので、小さくうなずく。
彼女は何か考えるそぶりをすると、すぐそこのカフェに入り、ほどなくして戻って来た。
(これは…あれか。)
「これをよかったら…。まだお店がやってなくて、賄いとかじゃないんですけど…。」
「いえ、そんな、悪いですよ…。それに、これあなたの朝ごはんでは…?」
シルさんは照れたようにはにかむ。うん、正体を知っているのにクラっとキタ。なんだろう、引き込まれるような感じだこれ。『良質町娘』とはこいう言うことだったか……。
「このまま見過ごしてしまうと、私の良心が痛んでしまうので…だから冒険者さん、どうか受け取ってくれませんか?」
「そ、その言い方は…ずるい……。」
なんだろう、純粋な善意で渡してきてる感じがする…。ベル君、君はよくこれで断ろうとできたな…。俺はもう心が痛くて辞退できなさそう……。
俺が内心で葛藤してると、今度は少し意地悪そうな顔をして体を寄せてくる。………近いって!!
「冒険者さん、これは利害の一致です。私もちょっと損をしますけど、冒険者さんはここで腹ごしらえができる代わりに……。」
「か、代わりに…?」
「今日の夜、私の働くあの酒場で、晩御飯を召し上がっていただかなければなりません。」
(おう、やっぱこうなったよ……。)
正体知ってるはずなのに…、なんだろう拒否できない…。普通に人としての魅力がありすぎる…。
「……はぁ、私の負けですね。では、今日の夜に伺わせていただきます。」
「はい。お待ちしています。」
うーんこの、あふれ出る良質町娘感……。
「あ、自分祐樹 ハヤテと申します。貴方のお名前は?」
瞳を僅かに見開いた後、彼女はすぐにほほ笑んだ。
「シル・フローヴァです。ハヤテさん。」
う~ん、気がついたら今日の夕飯が決まっていた件について。視線を向けられたことをシルさんと話していたら忘れてしまっていた。まぁ、いいか。直接の害はないはず。まだ。
それよりもダンジョンの攻略をしていなかければ。確か、豊穣の女主人はオラリオの相場の十倍とかそこらの値段設定だったはず。というわけで今日はいつも以上に稼いでおかないとまずいわけだ。
「というか、冷静になってみるとまずすぎる……。」
ベル・クラネルは現れず、何故かわからないがおそらく女神フレイヤに眼をつけられた。うん、詰みでは?
どうしようもない、というかどうにかできる手段がない。ベル君が来ない理由がわからない。目をつけられた理由もだ。何をしたって俺には無理。そうとしか思えない。本来ならここに居るのがベル君で、俺はそれを隣で見ている形になるはずだった……。
「……。行こう。」
考えれば考えるほど、やっぱり思考と心が沈んでいく俺は、それ以上考えないようにした。現実逃避だ。
「ギャウッ!?」
「もらった!!」
コボルトの首にナイフを突き刺し、捻る。
コボルトは灰になった。魔石を拾い袋にしまう。
「ふぅ、大分戦うことに慣れたというか様になって来たというか…。」
「「「グルルルルル」」」
「……、マジか…。」
振り返るとそこには合計6匹のコボルト…。多いって…。
「こなくそやってやんよ!!」
一番近い個体に突撃しすれ違いざまで首を抉る、そのままの勢いで二匹目に体当たり。今現在、俺の前面に残り5匹。
「しっ!」
体当たりで体勢を崩した目の前のコボルトの胸部へナイフを突き刺す。
「次!」
左右から挟み撃ちで襲ってくるコボルトを躱すため前に出つつ、ちょうどそこにいたコボルトの頭にナイフを振り下ろす。残り3体。
「グルォオオ!!」
「うがっ!?」
挟み込みに参加しなかった個体から一撃を背中にもらった。
「んのやろぉ!!」
振り向きざまに肘打ち、からのナイフで目を潰す。と、そこへ先ほどの2匹が来た。俺は目を潰した個体を片方の個体へ蹴ってぶつける。向かってきていた個体と蹴り飛ばした個体が衝突し、時間ができる。
そのすきに、こちらに向かってきているもう一匹を処理する。スライディングで足を蹴り、倒れた背中にナイフを突き刺す。残り2匹。
「スパートかけるぜ!」
目を潰した個体は一回放置で、万全の状態の個体へ向かう。奴の振り上げた右手を潜り抜け、背後をとった。
「もらった!」
ナイフを振り下ろす、が奴の腕に殴り飛ばされる。
「うがっ!!」
ちょうど腹に入ったため呼吸が一瞬止まる。
「がっ、げほっ!」
止まった傍から追撃をもらう。爪で腕を裂かれた。
「んの!」
奴が向こうから近づいてきてくれたので、砂漠のバーサーカーよろしく頭にナイフを突き刺す。残り1匹。
目が見えていないのでこれは後ろから楽々処理できた。
「痛ッ…。」
打撃と爪での斬撃をもらってしまった。が、ドロップアイテムも出たので良しとしよう。
「ポーションポーションっと。」
ポーションを流し込んでダメージを癒す。戦うたびに思うがソロはきつい。せめてサポーターが欲しいところだが…アテなんてあるはずもなく。
「しかたないかぁ。」
ベル君がいてくれれば…。もしくは俺がベル君ほど強ければ……。
「……ないものねだりだ…。」
そのまま俺は探索を続けた。
祐樹 ハヤテ
LV 1
力:I83→90 耐久:I94→H105 器用:H150→156 敏捷:H171→190 魔力:I0→0
魔法
スキル
「うん、今回の伸びはいい感じだね。」
「ええ。耐久は…まぁいいのを何度か食らいましたし…。」
あの後探索を終えてホームへと帰還した。今日は頑張ったのでステイタスの伸びも期待していたが、想像以上に伸びていてうれしい。
「そういえばヘスティア様、夕飯は外食しようと思っているのですが一緒に行きますか?」
「ぐぬぬ、ごめんよぉハヤテ君…今日は友神と飲みに行く約束があるんだ……。」
「いえ、かまいません。では一緒に行くのはまたの機会ということで。」
日はすでに西の方へ沈み込もうとしていた。町は魔石灯の光に照らされている。
(さて、豊穣の女主人はここらへんだったはず…、昼と夜で町の印象がガラッと変わるなぁ。)
正直夜に出歩くことはあまりないため、少し迷った。
「ここ、だね。」
目の前には豊穣の女主人。アニメで見たものがそのまま目の前にあって感動を覚えている。
「ハヤテさん!」
「んぉ、シルさん。」
軽く感動に浸っていると、いつの間にかシルさんが隣に立っていて少しびっくりした。
「えと、やってきました。」
「はい、いらっしゃいませ。」
いよいよかぁ、ここのごはん美味しいらしいから物凄い楽しみだ。
「お客様一名入りまーす!」
(うーん、なんかラーメン屋のノリを感じる。)
「では、こちらにどうぞ。」
「あ、どうも。」
案内されたのはカウンター席。あれだ、まっすぐ一直線に席が並ぶカウンターの丁度角の部分。曲がり角だから誰かが隣に来ることがないのでゆったりできそうだ。
「あんたがシルのお客さんかい?珍しいね、極東の出身かい。」
「ええ、そうですよ。」
極東、日本のこと?いやまぁ、物語で日本はよく極東って言われるし間違いではないはず。
「なんでもアタシらに悲鳴を上げさせるほどの大食漢なんだそうじゃないか!じゃんじゃん料理をだすから、じゃんじゃん金使ってってくれよぉ!」
「…あ。」
視線をシルさんに向けると、横に顔をそらした。おい確信犯こら。
「シルさん、一体いつから俺は大食漢になったんですか?」
「……えへへ。」
「えへへじゃないよ、はぁ。」
うーんこの、はぁ。そういえばあったなこんなの確か。
「その、ミアお母さんに知り合った方をお呼びしたいからたっくさん振る舞ってあげて、と伝えたら……尾鰭がついてあんな話になってしまって。」
「絶対故意だよねそれ。」
思わずジト目を向けてしまった俺は悪くない。
「私、応援してますから!」
「まずは誤解を解いてくれ。」
はぁ、この小悪魔……。
「というか大食いなんてできませんよ。ただでさえうちのファミリアは零細なんですから。」
「……お腹がすいて力が出ないー、……朝ご飯を食べられなかったせいだー。」
「棒読みやめれ。というかずるいよそれ出すの。」
この、善意といって押し付けておきながら恩を返せとか新手の特殊詐欺すぎる。
「ふふ、冗談です。ちょっと奮発してくれるだけでいいので、ごゆっくりしていってください。」
「……はいはい。」
ちゃっかりしてるねぇ。小悪魔アザトース。
溜息をつきながらメニューを手に取り見ていく。
ちなみに今日は5900ヴァリスほどある。いつもは大体3000に届かないくらい。まぁ、今回は群ればっかりにあたったから魔石とドロップアイテムがでて収入が上がった。
ここで生きててわかったのだが、一度の食事は50ヴァリスあれば十分だが、装備やアイテムの類は高い。ポーションも最低500、今使ってるナイフだって3600ヴァリスだ。しかもギルドに借金。返済は終わってるけど、足元みられるね。
まぁ、このお金は今回ヘスティア様連れてくる前提で稼いだものだし使っても問題はないが。
とりあえずステーキを頼んでみた。650ヴァリスくらいかかった。まぁ、繁盛店ということでうまいのは分かっていたが、実際食べないとわからないし、肉を食べて体を強くしたい。
「酒は?」
「あ、お願いします。」
この世界は大体15歳で酒をたしなむ。やばいね。だから俺もええやろの精神で。16歳だし。
ほどなくしてエールがステーキと一緒に来た。
さっそくステーキをかじる。
「……すっごいおいしぃ。」
あかん、語彙が死ぬ。おいしい。もう晩飯ずっとここがいいなぁ。
「楽しんでいますか?」
「最高ですね。」
即答だ。
彼女は薄鈍色の紙を揺らしながらエプロンを外すと、壁際においてあった丸椅子を持ってきて隣に座った。
「あれ、仕事の方はいいんですか?」
「キッチンは忙しいですけど、給仕の方は十分に間に合ってますので。今は余裕もありますし。」
さいですか。というか、ほんとになんで俺なんかに興味持ったんだ?この女神様。
「えっと、改めて、今朝はありがとうございました。パン、おいしかったです。」
「いえいえ、頑張って渡した甲斐がありました。」
「……頑張って売り込んだの方が正しんじゃないですか?」
からかうつもりで皮肉を返す。
シルさんは苦笑して、すいません、と謝った。いやからかいだし別にええよ。
「このお店、冒険者さんたちに人気があって繁盛しているんですよ。お給金もいいですし。」
「シルさんはお金が好きなんですか?」
「ジョークですよ、ジョーク。それにここにはたくさんの人が集まるから……。」
シルさんはそう言ってカンターから顔を上げて、店内を大きく見渡す。
注文を取りに来た店員へちょっかいを出すドワーフの客に、それを軽くあしらうヒューマンのウェイトレス。運ばれる料理に満足そうに舌鼓を打つエルフ、テーブルをくっつけてお祭り騒ぎのパルゥムたちもいる。にぎやかだね。
「たくさんの人がいると、たくさんの発見があって……私、目を輝かせちゃうんです。」
随分と深いことをおっしゃるなこの娘。
「んん、とにかく、そういうことなんです。知らない人と触れ合うのが、ちょっと趣味になってきているというか……その、心がうずいてしまうんです。」
「凄いことおっしゃいますね。」
神様的視点かな?いやまぁ俺もここに来たときははしゃいだけど。新しい発見か。正直ベル君が来ないからそれどころではない。だって彼がいないと救われない人が出てしまう。特に、後半で救われるだろう剣姫、アイズさんが。
「って、あら?」
ちょうど対角線上のぽっかり席の空いた一角に一団が案内される。
(ロキファミリア……そういえば、原作でもあった……。)
うーんどうしようか、ぶっちゃけお礼言わんと行けない気もするのだが、かかわる理由がなさすぎる。静観するか。
「……ハヤテさん?」
「はい?」
「いえ、彼らが気になるんですか?」
「ええ、まぁ。都市最強の派閥の片割れが来たともなれば。」
そう、第一級冒険者のオールスター。キャラ的に好きな人多いんだよなぁ、ロキファミリア。ベル君が一番だが。……ベル君、……。
「よっしゃあ、ダンジョン遠征皆ご苦労さん!今日は宴や!飲めぇ!」
赤髪の人が立って音頭をとった。あれがロキだな。……そいう言えばなんで完成弁なんだろ。
「そうだ、アイズ!あの話を聞かせてやれよ!」
「あの話……?」
あれ、なんか雲行きが怪しくなってきた。
「あれだって、帰る途中で何匹か逃がしたミノタウロス!最後の一匹、お前が5階層で始末しただろ!?そんで、ほれ、あんときいたトマト野郎の!」
心臓が、跳ねた。
「ミノタウロスって、17階層で襲い掛かってきて返り討ちにしたら、すぐ集団で逃げ出していった?」
「それそれ!キセキみてぇにどんどん上層に上っていきやがってよ、俺達が泡食って追いかけていったやつ!コッチは帰りの途中で疲れていたってのによ~。」
あれ、まて、主人公がいないこの世界で、助けられたのは……。
「それでよ、いたんだよ、いかにも駆け出しっていうようなひょろくせえガキが!」
俺、か……。
「抱腹モンだったぜ、無様に壁際へ追い込まれちまってよぉ!かわいそうなくらいに震えちまって、顔引きつらせてやんの!」
ああ、話を聞くとほんとに無様だな……ベル・クラネルならそんなことないのに…、いや、この時期は、あれ?でもベル・クラネルだから……?
「それでそいつ、あのくっせー牛の血を全身に浴びて……真っ赤なトマトになっちまったんだよ!くくくっ、ひーっ腹痛えぇ……!」
「うわぁ……。」
「アイズ、あれ狙ったんだよな?そうだよな?頼むからそう言ってくれ……!」
「……そんなこと、ないです。」
ああ、ベル・クラネルなら、こんなことにならない。彼は強い、折れないから…だから……でも、最初は、あれ?
「それにだぜ?そのトマト野郎、叫びながらどっか行っちまって……ぶくくっ!うちのお姫様、助けた相手に逃げられてやんのおっ!」
「……くっ。」
「あはははははっ!そちゃ傑作やぁ!冒険者怖がらせてまうアイズたんマジ萌えー!!」
「ふ、ふふっ、ご…ごめんなさい、アイズっ、さすがに我慢できない……!」
「……。」
「ああぁん、そんな怖い飯内の!かわいい顔が台無しだぞー?」
どっと笑い声に包まれるロキ・ファミリアの人たち。
ああ、なんて無様……。この、今の場所にいるなら、そんな無様は許されないのに。彼だったら、ベル君だったなら……。
あれ、でも、彼も助けられて……それで……そうだ。アイズにあこがれて彼の冒険が始まる。
ーーーーベルクンハイマココニイナイヨ?
意識が沈んでいくようだ。でも、頭の中は冷えついていく。
「しかしまぁ、久々にあんな情けねぇやつを目にしちまって、胸糞悪くなったな。野郎の癖にガタガタ震えやがって。」
「……あらぁ~。」
「ほんとざまぁねえよな。ったく、泣きわめくくらいだったら最初から冒険者なんかなるんじゃねえっての。ドン引きだぜ、なぁアイズ?」
「……。」
ーーーーーーベルクンガイナイトドウナッチャウカナ?
「ああいうやつがいるから俺たちの品位が下がるっていうかよ、勘弁してほしいぜ。」
「いい加減そのうるさい口を閉じろベート。ミノタウロスを逃がしたのは我々の不手際だ。巻き込んでしまったその少年に謝罪することはあれ、酒の肴にする権利などない。恥を知れ。」
「おーおー、さすがエルフ様、誇り高いこって。でもよ、そんな救えねえ奴を擁護して何になるってんだ?それはてめえの失敗をてめえでごまかすための、ただの自己満足だろ?ゴミをゴミといって何が悪い。」
「これやめえ。ベートもリヴェリアも。酒が不味くなるわ。」
ーーーーースクワレナイヒトガデチャウネ
そうだ……彼が救うはずだった……
ーーーーナンデコナイノカナ
そ、れは……俺…が?
「アイズはどう思うよ?自分の目の前で震えあがるだけの情けねえ野郎を。あれが俺たちと同じ冒険者を名乗ってるんだぜ?」
「……あの状況じゃあ、しょうがなかったと思います。」
ーーーーージャアドウスレバイイカナ
俺、が、ベルの……代わりに……?
ーーーーーデキルノ?キミガ?
そ、れは………でも、…。
「なんだよ、いい子ちゃんぶっちまって。……じゃあ、質問を変えるぜ?あのガキと俺、ツガイにするならどっちがいい?」
「……ベート君酔ってるの?」
「うるせえ。ほら、アイズ、選べよ。雌のお前はどっちの雄に尻尾を振って、どっちの雄に滅茶苦茶にされてえんだ?」
ーーーーーデモ、ヤルシカナイデショ?キミイガイ二アテハアルノ?
……ない…。
「……私は、そんなことを言うベートさんとだけは、ごめんです。」
「無様だな。」
「黙れババアッ!……じゃあ何か、お前はあのガキに好きだの愛してるだの目の前で抜かされたら、受け入れるってのか?」
「……っ。」
ーーーーーソレニ、ソコニイルジテンデセンタクノヨチハナイヨ
「はっ、そんなはずねぇよなぁ。自分より弱くて、軟弱で、救えない、気持ちだけが空回りしてる雑魚野郎に、お前の隣に立つ資格なんてありはしねえ。他ならないお前がそれを認めねぇ。」
ーーーーーダッテ、ソコニイルハズナノハ、ベルダヨ?
「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇ。」
そうだ……、雑魚ではダメなんだ…。彼がいない。ベルがいない。おそらく、異物が入り込んだから。彼の存在に上書きされたのだろうか。いや、もうそこはどうでもいい。俺が、彼の立ち位置に居座っている。この事実だけでいい。
そうだ。ここに居るなら、雑魚で居ることは許されない。たとえどれほど不格好だろうと、無様だろうと…。
「……そうだな。」
ああ、頭の中がさえわたっている。思考が進む。
「……は、ハヤテ、さん?」
そうだ、強くなろう。ならなければならない。行かなければ……。
椅子を蹴り飛ばして、走り出した。その時、俺の中には、強くなることしかなかった。
「ハヤテさん!?」
「ハヤテさん!?」
一つの影がすさまじい勢いで店外に消え、それを店員の少女が追いかける。
瞬く間の出来事に、酒場の大半は何が起きたか把握できずにいた。
「ああん?食い逃げか?」
「うっわ、ミア母ちゃんのところでやらかすなんて……怖いもん知らずやなぁ。」
その中で、アイズは一人立ち上がる。
鍛え抜かれた動体視力は、疾走した陰の正体を正確にとらえていた。
黒い髪、細身の身体。
うつむき加減に伏せられた前髪の奥で光った、昨日見たものと同じ、黒く光る瞳。
(あの時の……)
店の出入り口まで進んで、柱に手をつきながら外を見回した。
右手の方向、メインストリートの方へ店員である少女の背中が遠ざかっていく。
少年の姿はすでに見えなかった。
(ハヤテ……)
少女が叫んだ名前を、小ぶりの唇に乗せる。
背中をたたく仲間たちの呼び声より、その名前がやけに自分の胸へと響き渡った。
途中で切ると何か半端な終わりになる気がしてなかなか切れず、そのまま書いていたら文字数がすごいことになってしまった……。
次はもっとうまく区切ります……。
追記:誤字報告ありがとうございました!