やっと考えてたことがやり始められる……。
『グギャギャギャ!!』
「っ!!」
向かってくるゴブリンの爪を最小限の動きでかわす。
ヘスティア様が宴に参加すると出かけて二日が経った。その間ひたすらにダンジョンに挑み続けたため、ゴブリン程度ならば容易くさばけるくらいにはなっていた。
(右、左、……バックステップ。)
壁際に押し込まれないように意識しつつ、攻撃をかわし続ける。
『グゥ……ジャアア!!』
なかなか攻撃が当たらないことにいらだったのか、目をギラつかせ距離を詰めてくる。
「!?」
瞬間、頭の中で警鐘がなる。目の前のゴブリンではなく、視界の上端、壁に張り付きとびかかろうとしているモンスターに対してだ。
『ゲゲェ!!』
「ちっ!!」
咄嗟に右に転がることで回避する。
とびかかって来たのは『ダンジョン・リザード』という、大きなトカゲのモンスターだ。
俺はゴブリンを蹴り飛ばして距離を開けるとダンジョンリザードにとびかかった。
壁に這いずり回って移動するため、降りてきてもらわないと攻撃が届かないのだ。
「もらったぁ!!」
ダンジョンリザードは慌てて逃げだすがもう遅い。
剣を逆手にして体重をかけて奴の背に突き立てる。
固い手ごたえ、魔石を砕いたのか串刺しにされたダンジョンリザードは力が抜けて灰になった。
『ギャギャ!』
「おっと、お前を忘れてた。」
と、声のした方にふりむく。
「……増えてる。」
蹴り飛ばしたゴブリンは一体だったはずだが、そこには4匹のゴブリンがいた。
まぁいい。経験値になってもらおう。
「強く、なるんだ。」
剣を握り直し、俺はゴブリンの群れへと突撃した。
「ふぅ、今日もいい感じの稼ぎだな。」
魔石とドロップアイテムを換金して、ギルドのソファで一休み。
本日の稼ぎは4900ヴァリス。ソロではいい方、だと思う。
『今年もやんのか、あれ。』
『怪物祭ねぇ……。』
「ん、ああ。始まるのか。」
聞こえてきた声に納得する。
怪物祭。ガネーシャファミリア主催の祭りだ。確か、なんだっけ……何か目的があったはず。
(ん、ああ。異端児との融和……だっけ。)
確かこんな感じだった気がする。まぁいい。
ふと、顔を上げると視界にセミロングのブラウンヘアーが映った。
目を向けると、担当してくれているエイナさんがいた。
(忙しそうだな。)
さすがに今話しかけるわけにもいかず、そのままギルドを後にした。
「日も暮れたか……。」
外はすっかり夕暮れ時である。
さてどうするか。ホームにはヘスティア様もいないので急ぎで帰る必要もない。
夕飯は豊穣の女主人に行こうか。そう考えていると。
「おお、ハヤテではないか。」
「ああ、ミアハ様。」
横から来た人に声をかけられた。
爽やか系イケメンのミアハ様だ。ヘスティア様を除き、直接かかわりのある今のところ唯一の神様だ。
「こんにちは、いやこんばんわですかね。お買い物ですかね?」
「うむ。夕餉のための買い出しだ。私自らな。ハヤテは何をしている?」
「俺は外食でもしに行こうかなと。まぁ、あまりお金ないんで贅沢はできんですけど。」
「ふははっ、お互いファミリアが零細であると苦労するな。」
大きな紙袋を両手に持ったミアハ様は気持ちよく笑いかけてくる。
人柄を抜いても笑顔自体がかっこいいので同性の俺でも少し見惚れてしまいそうになる。
というか、神は全体的に目鼻立ちが整っている。……少しずるいと思う時がある。
「ああ、そうだ。ハヤテ、これを渡しておこう。できたてのポーションだ。」
「え……。」
紙袋を片手で支えて、懐から二本の試験管を取り出したミアハ様は、それを気軽に渡してきた。
あまりに自然な動作で思わず受け取ってしまった。
「ちょ、ミアハ様これって……。」
「なに、良き隣人に胡麻を擦っておいて損はあるまい?」
面喰おう俺をしり目にミアハ様は少し意地悪く、男前に笑う。
「ふはは、其れではなはやて。今後とも我がファミリアの御贔屓を頼むぞ。」
返そうと思ったがその暇なく、ミアハ様は人込みの中に消えていった。
(……今度、ナァーザさんにこの分の代金持っていこう。)
実は、こうしてポーションをもらうのは初めてではないのだ。
なので、もらった後にミアハ様のいないすきを狙ってこっそり代金をナァーザさんに渡している。
(一回、ミアハ様に話した方がいいかもしれない。)
あの方のやさしさは美徳だけど、ナァーザさんが作ったものを配り歩かれてはナァーザさんが可哀そうすぎる。
「……。行くか。」
立ち止まっていても仕方ないので、とりあえず装備を見に行く。
少し歩くと、重装備の冒険者たちが増え始めたあたりで足を止める。
近くにある店は隣接する左右の店と比べて二回りは大きい。
炎を連想させる真っ赤な塗装は一際目を引く。
そう、ヘファイストスファミリアの店だ。
一級品の武具を取り扱う店。今の俺では到底手が届かない。よしんば届いたとしても、今の俺のステイタスでは振り回されて扱いきれないだろうものだ。
(すさまじいな。)
素人目ですら逸品であると理解できるのだから、武具の凄さが際立つ。
ぶっちゃけ、ベル君の武器もこれに並ぶんだよなぁ。やっぱベルはすごい。
(……ん?まて、なんか忘れてる気がする。)
ヘスティア様が出かけて数日ホームを開ける話が合った気がする。というか。
(あれ、ベルのナイフ用意した時こんな感じだった気がする……。)
いやいやまさか。そんなことはないだろう。だって俺はベル君じゃないし。英雄願望もないのだから。
そう結論付けて、俺は豊穣の女主人に向かった。
「はぁ……。あんた、いつまでそうやっているつもりよ?」
「……。」
ハヤテが店のショーウィンドウをのぞき込んで考えていた、同時刻。
その店の屋内では、紅眼紅髪の女神ヘファイストスが、あきれたような疲れたような声をこぼしていた。
ファミリアの制服姿で執務机についている彼女の声の先には、床に跪いてこれでもかと頭を下げている丸い物体。もといヘスティアである。
そう、彼女は今土下座を敢行していた。
「私、これでも忙しいんだけど?」
「……。」
「騒いでなくても、そこで虫みたいに丸まってもらってると、気がそがれて仕事の効率が落ちるの。わかる?」
「……。」
「ちょっと、ヘスティア?」
「……。」
「……はぁ。」
もはや打つ手なしとヘファイストスはため息を吐く。
丸一日。ヘスティアが土下座し続けている時間だ。
『神の宴』があったあの日、構成員に武器を作ってほしいというヘスティアの懇願をヘファイストスはばっさり切り捨てた。
ヘファイストスファミリアに所属する上級鍛冶師の作品は同業者たちの中でも最高品質であると誉高い。
その相場は一流の冒険者やファミリアであろうとおいそれとは手を出せない域にある。
はっきり言って、ヘスティアは自分のファミリアの品を変えるほどの大金を所持していないのだ。
友人のよしみで格安で譲るのは元から論外だ。ファミリアを統率する立場にあるヘファイストスにとって、構成員が血と汗を流し作り出した武具を軽く扱うような真似は完璧なタブーだ。
オーダーメイドを注文するなら少しは金を集めてからにしろと言って、ヘファイストスは容赦なくヘスティアを突っぱねた。
しかし、ヘスティアは何度も何度も頭を下げて頼み込んできた。いくら追い払おうがなぜかしつこく付きまとってくるヘスティアにヘファイストスの方が先に弱り切ってしまった。
ならばと、諦めるまで好きにさせようと、とことん放置することにした。腹もすけばとぼとぼと帰っていくだろうと。
そうして二日が経った。いまだヘスティアはヘファイストスにお願いし続けている。
(何があんたをそうさせるのよ……。)
ヘファイストスは渋い顔で目頭を押さえる。
仮眠をとっている最中でさえこの平伏じみたポーズをとっていた神友の心情がこの時ばかりはまるで理解できない。
目覚めた際は仰天してベッドから転がり落ち層にもなった。
今までさんざん頼られることはあれど、今回は様子が違う。
執念、あるいは切望のような強い意志を感じる。
「そもそも、あんた昨日から何やってるの?なんなのよ、その恰好?」
「……土下座。」
「ドゲザ?」
「これをすれば何をしたって許されて、何を頼んでもうなずいてもらえる最終奥義……って、タケから聞いた。」
「タケ?」
「タケミカヅチ……。」
ああ……、とヘファイストスは親交のある神の顔を思い浮かべる。と同時に、面倒くさいことを吹き込むなと悪態をついた。
もう無理だと、ヘファイストスは嘆息する。仕事に身が入らない。もていた羽ペンを机の隅に置き、サイン町の書類をほどほどに残して事務を投げ出す。
「……ヘスティア、教えて頂戴。どうしてあんたがそこまでするのか。」
「……あの子の力になりたいんだ!」
姿勢を崩すことなく、叫ぶように答えた。
「あの子は、これから壁に打ち当たる。いや、自分から壁に当たりに行く!あの子は揺らがない。定めた
視線を床に縫い付けたまま、ヘファイストスの方を見向きもせずに言葉を続ける。
「ボクはあの子に助けられてばかりで!というか、ひたすら養ってもらってるだけだ!ボクはあの子の主神なのに、神らしいことは何一つしてやれてない!」
最後は絞り出すようにヘスティアはぐっと体をこわばらせた。
「……何もしてやれないのは、嫌なんだよ……。あの子を助けたいんだ……。」
消え入りそうな弱弱しいその本音はしかしヘファイストスを動かすに足りた。
「……わかったわ。作ってあげる、あんたの子にね。」
ばっと瞠目した顔を振り上げたヘスティアに、ヘファイストスは肩をすくめて見せる。
「私が頷かなきゃ、あんた梃子でも動かないでしょうが。」
「……ぁ。うん、ありがとう、ヘファイストス!」
立ち上がり長時間ドゲザをした本堂か、すぐによろめいて四つん這い戻ったが、頬を染めて破顔する神友の姿に形だけのため息を吐くヘファイストス。
甘やかしすぎだと自覚しつつも、今のヘスティアになら手を貸すのはやぶさかではないと思っている己がいる。
「で、言っておくけど、ちゃんと代価は払うのよ。何十年何百年かかっても絶対にこのツケは返済しなさい。」
ケジメは突けてもらう。
天下のヘファイストスファミリアがタダ働きするのもあり得なければあくまで他力本願であるヘスティアにもしっかりと痛みを伴ってもらわなければならない。
「わ、わかってるさっ、ボクだってやるとき逸るんだっ。ああいいとも。ハヤテ君への想いが本物だって身をもってヘファイストスに証明してあげるよ!」
「はいはい。楽しみに待ってるわ。」
話半分に聞きながら、ヘファイストスは壁に作りつけされた飾り棚へ向かう。
細長い棚には新品同然に磨き抜かれているショートハンマーが数点並べられている。
「それで、あんたの子が使う獲物は?」
「えっと、少し短めの直剣だよ。」
そう、と一言つぶやいてヘファイストスは紅緋の槌をとった。余計な小食が一切ない機能重視のハンマーをポーチにしまい込む。
次はクリスタルケースの元まで歩み寄り、錠を解く数種類の金属塊の中、白銀に輝く『ミスリル』を選択。
鉄より軽く堅く、そして鉄よりはるかに鍛えやすい完成されたインゴット。
「へ、ヘファイストス。もしかして君が武器を打つのかい?」
「そうよ、当たり前でしょう。これは完璧にアンタとのプライベートなんだから。私の事情にファミリアの団員を巻き込むわけにはいかないわ。」
この店の一回には鍛冶作業を行うための工房が小規模ではあるが備わっている。ヘファイストスはそこで自ら武器を作成しようとしているのだ。
「何か文句ある?」
「文句なんてあるわけないじゃないか!天界でも神匠と謳われた君に作ってもらうんだ、むしろ大歓迎だよ!!」
「あんた、忘れてない?ここは天界じゃないのよ、私は一切「力」を使えないんですからね。」
下界に降りるにあたり、ルールを定めており、『神の力』の使用は禁じられている。
展開で数多の神機神具を作り出してきた鍛冶神ヘファイストスと言えど、この下界においては「神の恩恵」を受けていない子供たち、其れこそただのヒューマンと変わらない一回の職人にすぎないのだ。
「構うもんか!ボクはきみに武器を打ってもらうのが一番うれしいんだから!
ヘファイストスの腕を疑っていないのか無条件で己のことを受け入れているヘスティアにヘファイストスは思わず難しい表情を作る。が、悪い気はしなかった。
「……これからやる作業、あんたも手伝いなさい。今からしっかり働いてもらうから。」
「ああ、任せてくれよ!」
照れ隠しにぶっきらぼうに伝え体を翻すヘファイストス。
そんな彼女の後ろを起源よさそうに飛び跳ねながら追うヘスティア。
(……ま、客の要望には応えないとね。)
少なからず気分を高揚させたヘファイストスは、意識を主神の者から鍛冶師の者へと切り替える。
ヘスティアの望む武器。
冒険者の進む道を切り開く刃。
ヘファイストスの名に恥じぬ一品を作って見せよう。
(とは言った者の……)
記憶から引き出すのは使い手の人物情報。
祐樹 ハヤテ。ヒューマン。15歳の少年。友人のファミリアの唯一の構成員であり、「神の恩恵」を授かってまだ半月。
つまり、冒険者としては完全な新米である。
(駆け出し冒険者に持たせる、一級品装備……。)
もはやとんちである。
武器の威力があまりに高ければ使い手が腐る。まだ使いこなすための土台がまだ出来上がっていないだろう。
かと言って適当に仕上げるというのは論外だ。
ヘファイストスは神である前に一人の鍛冶師であると考えている。
そんな職人気質の彼女にとって己が手掛ける武器を中途半端なものに終わらせる気など毛頭なかった。ポリシーに反する。
やるからには全力で最高のものを作り出す。
板挟みである。
(さて、どうするか……。)
我が神友ながら、厄介な依頼をしてくると、隣で嬉しそうについてくるヘスティアをちらりと見やりながら、思わず心の中でつぶやくヘファイストスだった。