英雄のいない世界で   作:天叢雲剣スサノヲ

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想定外

 ヘスティア様が出かけて三日。いまだに帰ってこない。

 

 「これだけ帰ってこないってなると…まさか……。」

 

 正直英雄願望ないしベル君くらいベタベタする感じでなかったからないかと思っていたがあり得るのか?この世界での『神様のナイフ』の誕生が……。

 

 「…まぁ、ない前提で動こうか。不確定要素にかけるのはまずい。」

 

 何より武器頼りになったら実力を見誤ってすぐに死にそうだ……。

 

 俺はポーションを差し込んだレッグホルスターを装着し、腰の部分に剣を差す。

 

 そのままダンジョンへと向かう。

 

 

 

 

 

 (さて、今日はどうするか……。)

 

 ヘスティア様がいないのでステイタス更新ができないままなのでどこまで潜るか。

 

 正直ダンジョンに入って多対一が当たり前になっているのである程度の階層ならば問題ないと思いたいが、5階層はまだ自殺行為だろうか……。

 

 (いや、いつまでも足踏みしているわけにはいかない。彼なら止まらず進むだろうしな。)

 

 5階層への進出を決めながら歩いていると、いつかの早朝の景色がダブった。

 

 そう、豊穣の女主人の前だ。

 

 (今日は晩御飯はここでするかな。)

 

 通りすぎようとすると。

 

 「おーい、待つニャそこのまっくろくろすけー!」

 

 俺のことか?

 

 立ち止まって声のした方向に振り向くと店先にアーニャさんがいる。

 

 これはあれか…たしか財布を忘れたサザエさん……じゃねぇシルさんへのおつかい。

 

 「おはようございます、ニャ。いきなり呼び止めて悪かったニャ。」

 

 「あ、おはようございます。それで何か御用ですか?」

 

 「ちょっと面倒ニャこと頼みたいニャ。はい、コレ。」

 

 「ん?」

 

 「まっくろくろすけはシルのマブダチニャ。だからこれをあのおっちょこちょいに渡してほしいニャ。」

 

 やっぱりお財布お届けだった。そうなるとあれか。来るのか。あのサル。

 

 「アーニャ。それでは説明不足です。ユウキさんも困っています。」

 

 考え込んでいるとリューさんが来た。うん、考え込んでたから俺が理解できてないと思われているようだ。

 

 ……いやまぁ、あの文脈で理解するのは難しいとは思うけど。

 

 「リューはアホニャ。店番さぼって祭り見に行ったシルに、忘れていった財布を届けてほしいニャんてそんニャこと離さずともわかることニャ。ニャア、まっくろくろすけ。」

 

 「というわけです。言葉足らずで申し訳ありませんでした。」

 

 「あ、大丈夫です。理解しました。」

 

 やれやれという顔をするアーニャさんを綺麗にスルーしてリューさんが謝罪してきた。

 

 「彼女は気にしないでください。それで、どうか頼まれてもらえないでしょうか?私やアーニャ、他のスタッフ達も店の準備で手が離せないのです。これからダンジョンに向かうあなたには悪いとは思うのですが……。」

 

 「いえ、大丈夫ですけど…。シルさんが店サボったとは本当ですか?」

 

 「サボる、というと語弊があります。ここに住まわせてもらっている私たちとシルとでは、環境が違うので。」

 

 サボるならもっとうまくサボるでしょシルさん。痕跡残さず…。いや何れバレるか。

 

 「あ、怪物祭。」

 

 「はい。シルは今日開かれるあの催しを見に行きました。」

 

 あ、そういえばそうだ。怪物祭だ。ダンジョン行き過ぎて忘れてた。そうだそうだ。

 

 「初耳ですか?この年に身を置くものなら知らないということはないはずですが。」

 

 「あ、えとオラリオに来たのがつい最近で……。あー、良ければ教えてもらっていいですか?」

 

 「ニャら、ミャーが教えてやるのニャ!」

 

 そこからアーニャさんに教わったが、大体認識はあっていた。

 

 ダンジョンからモンスター引っ張ってきて調教する。ガネーシャファミリア主催の大きなイベントだ。

 

 簡単に言えばサーカスだ。

 

 「ミャー達だってほんとは見に行きたいニャ。でも母ちゃんが許してくれねーニャ。シルは土産を買ってくるとか言って笑顔で敬礼なんかしていったけど……財布を店に忘れていくというこの体たらくニャ。シルはうっかり娘ニャ。」

 

 「アーニャ、貴方が言えたことではないと思いますが。」

 

 そうだね。

 

 「闘技場につながる東のメインストリートはすでに混雑しているはずですから、まずはそこに向かってください。人波についていけば現地には苦労せずたどり着けます。」

 

 「シルはさっき出かけたばかりだから、今から行けば追いつけるはずニャ。」

 

 「分かりました。」

 

 バックパックは邪魔だろうということで預かってもらい、先に行ったであろうシルさんの後を追った。

 

 

 

 

 

 

 同時刻。

 

 「よぉー、待たせたか?」

 

 「いえ、少し前に来たばかり。

 

 大通りに面する喫茶店の二階で、二柱の女神は相対した。

 

 「なぁ、うちまだ食ってないんや。ここで頼んでもええ?」

 

 「お好きなように。」

 

 椅子を引きながらずけずけとそんなことを言うロキに対し、フレイヤは気にするそぶりを見せない。

 

 「宴の後、随分と寝込んでいたそうじゃない。一人で自棄酒して、酔いつぶれて。ふふ、ヘスティアもやるわね。」

 

 「おい、腐れおっぱい。お前はそういうことどっから聞きつけてくるんや。」

 

 「貴女のカワイイ団員たちが騒いでいたそうよ。誰かさんを話の種にして、盛り上がって。」

 

 「かーっ、あのヤンチャどもめ、やってくれるわぁ。」

 

 フレイヤを呼び出したのはロキで、待ち合わせ場所を指定したのも彼女だ。

 

 理由はお察しである。

 

 「ところで、いつになったらその子を紹介してくれるのかしら?」

 

 「なんや、紹介がいるんか?」

 

 「一応、彼女と私は初対面よ。」

 

 店に来たのはロキとフレイヤと、もう一人。

 

 鞘に納めた剣を携え、ロキの護衛をするかのような立ち位置に立っているのは、美の女神と称されるフレイヤでさえふと目を細めたくなってしまいそうな、美しい金髪金眼の少女。

 

 「んじゃ、うちのアイズや。これで十分やろ?アイズ、こんなやつでも神やから、挨拶だけはしときぃ。」

 

 「……初めまして。」

 

 剣姫、とフレイヤは唇の奥でその名をつぶやきながら、目の前の少女を見つめる。

 

 アイズ・ヴァレンシュタイン。オラリオの中でも有数の第一級冒険者。

 

 その可憐な相貌は、冒険者などという危険な職種とは本来ならばかけ離れている。というか、初対面で何も知らない状態ならモンスター絶対殺す少女だとはだれも思うまい。

 

 顔の線の細さが際立つヒューマンの少女は、「座ってもええよ」と促され、素直にロキの隣へ腰を下ろす。

 

 「かわいいわね。それに……ええ、ロキがこの子に惚れこむ理由、よくわかった。」

 

 金の瞳がフレイヤの銀の瞳と絡み合う。アイズは表情を崩すことなくぺこりとお辞儀をした。

 

 通り名とは似ても似つかぬ様子に、フレイヤは思わず微笑みを浮かべる。

 

 「どうしてここに剣姫を連れてきたのか聞いても?」

 

 「ぬふふっ……!そらお前、せっかくのフィリア祭や、この後しっかりきっちりアイズたんとラブラブデートを堪能するんじゃあ!」

 

 下卑た笑みを浮かべ吠えるロキ。

 

 「……ま、それに、遠征も終わってやっと帰って来たと思って放っておくと、まーたすぐダンジョンにもぐろうとするからなぁ、 このお姫様は。」

 

 「……。」

 

 「誰かが気を抜いてやらんと一生休みもせん。」

 

 ロキは隣に手を伸ばし、少女の頭をポンポンたたく。

 

 アイズは非を認めるかのように少し視線を下げて、されるままだった。

 

 「それじゃあ、こんなところに呼び出した理由をそろそろ教えてくれない?」

 

 「んぅ、ちょい久々に駄弁ろう思ってなぁ。」

 

 「嘘ばっかり。」

 

 かぶっているフードの奥から薄く笑うフレイヤに、ロキもそれまでのふざけた態度を翻し、ニッと不敵に笑う。

 

 その瞬間、空気が変わる。

 

 運悪く注文を取りに来てしまった従業員は、二柱の女神の圧力に思わず固まって立ち尽くす。

 

 アイズは顔色を変えず邪魔にならないように静観していた。

 

 「率直に聞く。何やらかす気や。」

 

 「なにを言っているのかしら、ロキ?」

 

 「とぼけんな、あほぅ。」

 

 固まっていた男の従業員にフレイヤが優しげに微笑むと、彼は目をハッと見開いて間を置かず熱病に侵されたかのように赤面。次には背を向けてその場から退散した。

 

 「最近動きすぎ野郎、自分。興味ないとかほざいとった宴にも急に顔を出すわ、さっきの口ぶりからして情報収集には余念がないわ……。今度は何を企んどる。」

 

 「たくらむだなんて、そんな人聞きの悪いこと言わないで?」

 

 「じゃかあしい。」

 

 『お前が妙な真似をするとろくなことが起きない。』

 

 言葉の端々からそう告げるロキ。

 

 視線の応酬が続く。蛇もい殺すかのようなロキの眼差しを、フレイヤは微笑みながら真っ向から受け止める。目に見えない剣呑な神威が発散され、気づけば店内和貸し切り状態になっていた。

 

 と、おもむろにロキは脱力。

 

 「男か。」

 

 「……。」

 

 フレイヤは答えずただ微笑んだ。

 

 だがロキはそれを肯定と受け取った。

 

 「はぁ……つまりどこぞのファミリアの子供を気に入ったっちゅう、そういうわけか。」

 

 フレイヤの多情、まぁ男癖の悪さは有名であった。

 

 気に入った異性、もっぱら毛会の子供たちを見つけるとすぐにでもアプローチを行い、その類ない『美』を用いて自分のモノとする。魔性ともいえるその美にかかり彼女の虜となった者は数知れず。

 

 今回目をつけられたのは他のファミリアの構成員。宴に来たのは所属を突き止めるため。

 

 「ったく、この色ボケ女神が。年がら年中盛りおって、誰だろうがお構いなしか。」

 

 「あら、心外ね。分別くらいあるわ。」

 

 「抜かせ、男神(アホ)ども誑かしとるくせに。」

 

 「彼らとつながっておけばいろいろ便利だもの。何かと融通が利くわ。」

 

 問いただすことはもうないのか、ロキはぎしっと音を立てて椅子の背もたれに体重をかける。

 

 「で?」

 

 「……?」

 

 「どんなやつや、今度自分の目に留まった子供ってのは。いつ見つけた?」

 

 野次馬根性全開である。

 

 「そっちの所為で打ちは余計な気を使わされたんや、聞く権利くらいあるやろ。」

 

 暴論を振りかざすロキに、フレイヤは顔を窓側に向けた。

 

 メインストリートを行く大勢の子供たちを眼下に置く。

 

 あたかも過ぎ去った五日の光景を思い出すようにフードの奥の瞳が遠い目をした。

 

 「…強く、はないわ。貴女や私のファミリアの子と比べても、今はまだとても頼りない。けど……。」

 

 すっと、目が細くなる。

 

 「見たことのない魂だった、と思うわ。」

 

 「なんや、思うって。」

 

 「その子の魂はいま、黒い霧のようなものに覆われているの。私でもその霧を見通せなかった…。」

 

 だからこそ興味を持った、と。

 

 わずかに顔に朱が差している。楽しそうに。

 

 「見つけたのは本当に偶然。たまたま視界に入っただけ。」

 

 当時の情景を思い出しながらフレイヤは言葉を重ねる。

 

 「あの時も、こんな風に……。」

 

 日の光が差し込む曹長、西のメインストリート。

 

 通りの向こうから、あの少年はこちらへとやってきて。

 

 

 

 そう、たった今視界を走り抜けていったように。

 

 

 

 

 「……。」

 

 フレイヤの動きが止まった。

 

 その視線は冒険者の装備を纏った『黒い髪の少年』に注がれる。

 

 徐々に遠のいていくその背を見つめるフレイヤは、ゆっくりと、まるで幼子がいたずらを思いついたような。あるいは、気になる異性に見せるような蠱惑的な笑みを浮かべた。

 

 「ごめんなさい。急用ができたわ。」

 

 「はぁ?」

 

 「また今度会いましょう。」

 

 ぽかんとするロキを置いてフレイヤは席を立った。

 

 ローブで全身を覆い隠し店内を後にする。

 

 「なんや、アイツ。いきなり立ち上がって。」

 

 怪訝そうな顔を浮かべフレイヤが消えた階段をしばし眺めるロキ。

 

 「アイズ、どうした?なんかあったん?」

 

 「……いえ。」

 

 何も、という言葉とは裏腹にアイズは外を見続けた。

 

 彼女の瞳に見覚えのある黒い髪が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はい、これ。」

 

 「おおぉ!!」

 

 作業衣姿のヘファイストスから手渡された中くらいのケースにヘスティアは簡単の息を漏らす。目の下に盛大な隈を作りながらも、彼女の顔は今にも輝かんばかりだった。

 

 「ご要望には応えられたかしら?」

 

 「うん!!十分以上だよ!文句なんてあるわけないない!!」

 

 蓋を開けてヘスティアは箱の中身を見る。

 

 漆黒の鞘に納められた、漆黒の柄を持つ剣。

 

 刃渡りは通常の直剣よりもやや短いものの、ナイフや短刀のそれよりもずっとリーチがある。余計な装飾など一切ない、一見簡素なつくりの子の武器は、ヘスティアも及ばずながら力添えして完成した、ヘファイストス入魂の作だ。

 

 約一日かけて作り上げられたハヤテの武器に、ヘスティアは満ち足りた表情を浮かべる。

 

 「あ、そうだ、この武器なんて名前つけるんだいヘファイストス?」

 

 「そうね、これは神の武器としか形容しようがないし…あんたの名前を付けてもいいけど、安直すぎるかしら……。」

 

 「うーん、じゃあウェスタならどうだい?」

 

 「そうね、あんたの神の血も入ってるんだからあんたの要素入れないと始まらないだろうし。」

 

 『聖火の剣(ソードオブウェスタ)

 

 ヘスティアはご満悦である。頭の両サイドで結わえられた長いツインテールがご機嫌を示すように波打っている。……髪ってそんな感覚器官だっただろうか……?

 

 

 「いっておくけど、借金、踏み倒すんじゃないわよ。」

 

 「分かってるさ!」

 

 アップしてまとめてあった髪をほどきながらくぎを刺してくるヘファイストスに浮かれているヘスティアは笑顔で頷く。

 

 親友がため息を吐く横で、さっそくヘスティアはこの場を出ていく準備を始める。

 

 「もう行くの?」

 

 「ああ、悪いけど!」

 

 居ても立っても居られないという風にヘスティアは素早く動き、部屋の扉へと直行した。

 

 「ヘスティア、あんた少しは休みなさいよー!」

 

 声を背で受け、振り返らずに手を振る。

 

 

 

 

 (あぁ、早くコレをハヤテ君に渡してあげたいなぁ!)

 

 彼はどんな顔をしてくれるだろうと考えるだけで心が逸る。

 

 手放しで喜んでくれるだろうか、いや驚いた顔で呆けるのだろうか、はたまた感極まって泣いてしまうだろうか。

 

 自分に都合のいい場面をいくつも妄想し、ヘスティアは頬を緩ませる。

 

 

 「ん?……ははぁん、なるほど。」

 

 ふと、店頭に張り出されていた噛みチラシを見て、したり顔を作る。

 

 

 チラシには今日開催される『怪物祭』の日程とプログラムが記載されている。

 

 (今日は年一度のフィリア祭…年に来たばかりのあの子だったら、興味を惹かれて足を運ぶかもしれない……!)

 

 まぁ、彼の場合興味というか、物語の都合というか。まぁ、いるのは確かであるのだが……。

 

 「へーい、タクシー!」

 

 小さな体と手をいっぱいに伸ばして、通りを進んでいた長篠馬車を呼び止める。

 

 「東のメインストリートまでお願いするよ!」

 

 「へへっ、受けたまりました。やっぱりお目当ては怪物祭ですか、女神様?」

 

 「ああ、まぁね!」

 

 パチン、と軽い鞭の音が鳴り馬車話動き出した。

 

 「ああ、なるべく早く向かいたいんだ。今日はどこもにぎわってるけど、急げるかい?」

 

 「なぁに、女神さまのお願いを断れるわけないですよ、っと!」

 

 ヘスティアの注文に青年は快く答え、素早く器用に馬車を操った。神の恩恵があったやステイタス伸びそうである。

 

 馬車は人込みでごった返す大通りのルートは避けて何本もの小街路を経由する。時には馬車幅すれすれのきわどい道すら器用にすすみ、メインストリートを目指す。

 

 ハヤテと五つも離れていないであろうヒューマンの青年と陽気に会話を続けながら、ヘスティアは祭りの雰囲気によって活気づく街並みに目を楽しませる。

 

 「あちゃ~、すいません女神様、ここからはもう進めないみたいです。」

 

 「あらら。」

 

 順調に進んでいた馬車が動きを止める。東のメインストリートを目前にして人の密度が一気に増し、表通りには馬車の通れる隙間は無くなってしまっていた。

 

 「いいよ、運転手君。十分さ。ここからは歩いていくよ。」

 

 「本当にすいません。ちょっとくらいですけど、そこの裏道を使えばメインストリートには楽にたどり着けると思うんで。」

 

 「ありがとう。で、お題はいくらだい?」

 

 「90ヴァリスになります。」

 

 ヘスティアは取り出したきんちゃく袋をひっくり返し、すべてのお金を契機翼青年に手渡した。

 

 「ふふん、おつりはいらないぜ。残りはきみへのチップだ!」

 

 「ありがとうございます!!」

 

 ちなみに、今渡した金額は500ヴァリスである。ハヤテはヘスティアに最低限(彼基準)でお金を持たせるようにしているのだ。妹にお小遣いを上げる兄の心境である。

 

 

 ヘスティアは機嫌よく駆け出し裏道へと入る。細く薄暗いが、表通りと比べれば人気は全くなく、青年が口にしたようにスムーズに進めた。剣の入っているケースを大事に抱えながら、ヘスティアは走っていく。

 

 自分以外の人影が裏道に現れたのはそれから間もなくだった。

 

 「あれ、もしかしてフレイヤ?」

 

 「……ヘスティア?」

 

 二本の通りの交差点で別方向からやって来たのは、紺色のローブで全身を隠した女性だった。

 

 フードから覗く美しい銀髪と見覚えのある佇まいからヘスティアは今も見上げている神物に心当たりをつける。

 

 「君も怪物祭を見に来たのかい?こんな道を通るなんて、随分と急いでるようじゃないか。」

 

 「…ええ。人通りが激しいところは堂々と出歩けないから、こうして人目を忍びながら先を急いでるの。」

 

 「あー、『美の女神』も大変だねぇ。」

 

 美の化身ともいえる彼女が表通りを闊歩すればそれだけで周囲は大混乱だ。自分のように馬車を使えなくては、其れこそ隠れるような真似をして目的地を目指すしかないのだろう。

 

 フードの下で微笑するフレイヤに、ヘスティアはうんうんと頷く。

 

 「あ、そうだ。フレイヤ、ボクのファミリアの子をみなかったかい?今探しているところなんだ。」

 

 「……。」

 

 「黒髪に黒目のヒューマンなんだけど、ああ、なんとなく猫っぽい!」

 

 ハヤテ、君は猫人と思われているらしい……。

 

 「…そういえば見かけたような気がするわね。この先の東の大通りで。」

 

 「本当かい!?」

 

 「ええ。まっすぐ闘技場を目指していたようだから、この道を左に曲がれば、うまく先回りできるんじゃないかしら。

 

 「ありがとう!」

 

 道なりに走り、メインストリートに飛び出した。

 

 「おーい!ハヤテくーん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「んえ?」

 

 声の方に振り向いた。

 

 「ヘスティア様!お帰りなさい。」

 

 「うんただいま!」

 

 「それで、どうしてここに?」

 

 「君に会いたかったからに決まってるじゃないか!!」

 

 若干かみ合わない会話にハヤテは冷や汗をかく。

 

 「ああ、そういえば今日まで一体どちらに……。」

 

 「いやぁ、それにしても素晴らしいね!会おうと思ったら本当に出くわしちゃうなんて!!」

 

 うーん声が届いていない…。でもほほえましいからいいか。

 

 「ヘスティア様ご機嫌ですね。何かいいことでもありましたか?」

 

 「へへ、知りたいかい?ボクが舞い上がっている理由。」

 

 「まぁ、はい。」

 

 ……うーん、これはもしかするのだろうか…。あり得ないと思っていたのだが、このシチュエーションはまだ覚えている。神様のナイフの件だったはず…。

 

 

 「……うん、せっかくだ。やっぱり今は教えない!」

 

 「あら。」

 

 「楽しみはあとにとっておくことにしよう。」

 

 そういうとヘスティア様は俺の手を取って歩き出す。

 

 「デートしようぜ、ハヤテ君。」

 

 「……デート?」

 

 「ああ、そうさ。こんなに街は盛り上がっているんだ。ボクたちも楽しまない手はないだろ?」

 

 「ああ、えとヘスティア様。実は今人探しを頼まれてまして。」

 

 「じゃあデートしながら人探しをしようじゃないか。楽しみながら仕事をこなせて一石二鳥だ!」

 

 「あらら。」

 

 うーん、まぁここまで楽しそうなヘスティア様を邪魔したくはない。仕方ない。付き合うとしますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高原の心もとない、暗く湿った場所。

 

 一見して倉庫のような薄暗い空間に、いくつもの檻がある。鎖につながれた多数のモンスターが閉じ込められている。

 

 

 「なにをしている、次の演目が始まるぞ!?なぜモンスターを上げない!!」

 

 鋭い足元とともに大部屋の扉が開かれる。ガネーシャファミリアの女性構成員が声を荒げて部屋に飛び込む。

 

 彼女は裏方を取り仕切る班長である。出番が近いというのに運ばれてこないモンスターに業を煮やし急いで様子を見に来た。しかし、彼女の声にこたえる者はいない。

 

 「な…おい、どうした!!」

 

 この場にいた四名の運搬係が腰を下ろした格好で固まっていた。

 

 慌てて一番手前の者に駆け寄ると、息はあった。外傷無し、他の者も同じ。ただ糸が切れた人形のように茫然としていた。

 

 彼女はその場で立ち上がり、モンスターがうなる暗い室内を見回す。

 

 「――」

 

 不意に、背後の空気が揺れた。

 

 「うごかないで?」

 

 「ぁ」

 

 そっと後ろから両目をふさがれる。痙攣するかのように体が打ち震える。

 

 鼻腔を舐める甘い香りが、密着してくる肉の柔らかさが、彼女の間隔をマヒさせる。そこのしれない『美』が覆いかぶさる。

 

 視界の範囲外からの『魅了』。抗えず、逆らえず。

 

 「鍵はどこ?」

 

 「ーーーぇ」

 

 「檻の鍵は、どこ?」

 

 ガクガクと振るえる左腕を動かし、モンスターの檻の鍵を肩の高さまで持ち上げた。

 

 「ありがとう。」

 

 差し出していた鍵がとられ、目をふさいでいた手もきえる。しかし瞳が機能することはなかった。

 

 茫然自失、そのまま座り込んでしまった。

 

 

 「ごめんなさいね。」

 

 フレイヤは無力な神だ。しかし、異常なまでの『美』。それはあらがうことのできない武器である。神であろうと及ぶその力は圧倒的だ。

 

 

 そこに性別は関係ない。男女問わずに魅了してしまう、恐ろしいほどの美であった。

 

 「……貴女がいいわ。」

 

 吟味するようにモンスターたちの顔をなぞっていた銀の視線がある一店で止まる。

 

 

 真っ白な体毛を全身に林、ごつい体つきの中で両肩と両腕の筋肉が特に隆起している。

 

 野猿のモンスター『シルバーバック』はその瞳をぎりぎりと見開き呼吸を荒くしながら女神の眼差しを受け止める。

 

 

 「出てきなさい。」

 

 手に入れた鍵で檻の上を解く。開かれた鉄格子から、シルバーバックはフレイヤに従うように一歩進み出た。繋がれっぱなし鎖がジャラリと鳴る。

 

 

 目的はたった一つ。

 

 (ああぁ、だめね。しばらくは様子を見るだけにするつもりだったのに…)

 

 彼の魂の陰り。それが晴れるまでは。しかし。

 

 (彼の勇姿を、その瞬間の彼の魂を見たい。)

 

 「おねがいね。」

 

 シルバーバックの頬をなでて、唇を落とした。

 

 瞬間、咆哮が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、ハヤテの足が止まった。

 

 「…どうしたんだよ、ハヤテ君?」

 

 「……悲鳴?」

 

 つぶやいた次の瞬間、大声が響いてきた。

 

 「モ、モンスターだぁああああああああああああああああああああ!!?」

 

 (そうだ、ここで奴が来る。)

 

 目を向ける。

 

 闘技場方面の通りの奥。

 

 「……は?」

 

 そう、彼の予想通り向かってきているのは、シルバーバック。ただし。

 

 「何だい……あれ…。」

 

 茫然とつぶやくヘスティア様。

 

 そして、それ以上に、理解が追い付かないハヤテ。

 

 

 

 

 

 

 「紅い……シルバーバック…?」

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