英雄のいない世界で   作:天叢雲剣スサノヲ

7 / 8
試練

 張り詰めた空気の中、必死で呼吸をする。

 

 (待て待て待て、知らないぞこんなの!!)

 

 シルバーバック。もちろん知っている。ベル・クラネルの最初の試練。そして、今の自分の到達階層よりもはるか下にいる化け物。元々のスペックですら大きな差があるというのに。

 

 (なんで強化種になってるんだアイツ!?)

 

 なまじ、物語を知っているがゆえの想定外。

 

 『ギァ……!』

 

 奴が動く。膝を浅く折り曲げ、俺とヘスティア様へ近寄る。

 

 来る、そう思う前にヘスティア様へと体当たりをする。そのままの勢いでヘスティア様を抱え込み、勢いが止まった瞬間ヘスティア様を背に隠して体勢を立て直す。

 

 (……危なかった…、一瞬でも遅れていたら終わっていた…!)

 

 直感に従って動いたからよかったものの、様子見などしていたら一息にやられていた。

 

 『ゥウ……!』

 

 突撃を躱されたシルバーバックはこちらに向き直っている。

 

 ぎらついた眼光をこちらに向けて再度襲い掛かってくる。

 

 (やっぱり狙いはヘスティア様か!?)

 

 咄嗟にヘスティア様を右手の方向へ追いやった。奴の直進ルートからそらしたものの、すぐに進行方向をシルバーバックが修正したため無意味どころか一気に危機に変わった。

 

 (まずい!!)

 

 体を何とかヘスティア様の前にねじ込む。

 

 (……は?)

 

 気がつけば壁にたたきつけられていた。

 

 全身から痛みが伝わってくる。

 

 (何…が……?)

 

 目を向けると、シルバーバックが腕を振りぬいていた。

 

 (知覚……できなかった…?)

 

 実際たたきつけられて奴の方を見るまで、何をされたか理解ができなかった。

 

 (差が…ありすぎる……。)

 

 「うああああああああああああああ!?」

 

 誰かの悲鳴が聞こえる。

 

 メインストリートにいた者たちはパニックを起こし、見境なく周囲へ逃げ始めている。

 

 「ッ……!」

 

 『フゥーッ……!』

 

 迫るシルバーバックを前にして立ちすくむあの人の姿が見えた。

 

 「っ、ぇえええええい!!!」

 

 痛みをねじ伏せ体を起こす。

 

 奴の腕についている鎖へ飛びつく。

 

 『ガ!』

 

 鎖が伸び切って、シルバーバックの動きが一時止まる。

 

 しかし、奴が腕を振るうと簡単につんのめった。

 

 「くっ!」

 

 力ではまるでかなわない。が、そのまま鎖を引っ張り続け、手を離した。

 

 

 『ギアッ!?』

 

 引っ張り合っていた反動で、奴は大きく仰け反った。

 

 「こちらに!」

 

 ヘスティア様の手をつかみ、路地裏に飛び込む。

 

 (狭い場所ならあの大柄は入ってこれないはず!)

 

 奴の雄たけびが聞こえてくる。

 

 「ヘスティア様、このまま路地裏を通って逃げます!!」

 

 「わ、わかった!」

 

 後方からくる奴の気配は一向に消えない。

 

 間違いない。シルバーバックは物語の通りにヘスティア様を狙っている。

 

 (こんなことをするのはやはり…!)

 

 女神フレイヤ。しかし、理解できない。

 

 (俺の魂は珍しくないだろ!!)

 

 内心で叫びながら逃げ回る。

 

 薄暗い路地裏は不安を助長させる。頭上は青空が見えるが、日の光は届いていない。

 

 後ろを振り向く。息を切らせて苦しそうなヘスティア様が近くにいる。モンスターの姿は見えないが、気配は感じた。

 

 「っ、ハヤテ君!だめだ、こっちは!」

 

 「は!?」

 

 意識を戻す。

 

 道なりのカーブを曲がると、見えてきたのは。

 

 「ダイダロス通り……。」

 

 オラリオに存在するもう一つの迷宮。

 

 度重なる区画整理で秩序が狂った広域住宅。

 

 都市の貧民層が住むこの複雑怪奇な領域は一度迷い込んだら最後、二度と出てこられないとも言われている。

 

 こんな入り組んだ場所でモンスターとの追いかけっこ。いつ袋小路に出くわして詰むかわかったものではない。

 

 『アアアアアアァッ!!』

 

 だが、迷っている暇などなかった。路地裏から奴が姿を現したのだ。

 

 選択肢なんてなかった。俺はヘスティア様の手を引っ張ってダイダロス通りに入り込む。

 

 住宅街、というか迷宮街の中には石造りのバラックがいくつも建っていた。壁には魔石灯がぽつぽつ埋め込まれて淡い光を発している。身なりはしっかりしている住人たちは勝手知ったる様子で出歩いている。

 

 が、俺達、そして後ろから迫るシルバーバックを見て、瞬く間に悲鳴が伝播し、通りから人気が消えうせた。

 

 『グガァ!!』

 

 「っ!」

 

 追いつかれる。一般人と変わらないヘスティア様はもう限界に近い。

 

 「ヘスティア様、そこ曲がります!」

 

 「う、うん!」

 

 それまで走っていた道を外れ別の通路へ出る。

 

 そのみたからまたすぐにそれて、別の経路へ。何度も進路を変えた。

 

 (振り切ったか!?)

 

 奴の影は後ろにはなかった。安堵しかけたのもつかの間。

 

 「―」

 

 かすかな音。何かをけるような音と、石材が軋る音。

 

 足元の石畳に大きな影が走った。

 

 (しまっーーーーー)

 

 真上、家屋の隙間から見える空を何度も横切る紅い物体。

 

 木から木へ飛び移るように軽い身のこなしで建物の間を移動していた。

 

 迷宮の作りを無視して上空から急接近し、まっすぐ降下してきた。

 

 『ギァアアアアアアア!!』

 

 「くそっ!」「ぁ!?」

 

 頭上からの奇襲、落下地点はちょうど俺とヘスティア様の間。ヘスティア様と離れざるを得なかった。

 

 奴の着地で砕かれた石畳が大量の破片となって宙に舞い散る。

 

 顔を振り上げたシルバーバックと相対することになった俺は、急いでヘスティア様の元へ走ろうと一歩踏み込む。

 

 『オオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

 「っ……。」

 

 咆哮、ただの威嚇。しかし、それは俺にとって致命的だった。体が強制停止にされた。

 

 シルバーバックの威圧はすさまじかった。あの時のミノタウロスを越えていると思わせるほどの威圧感。俺は、明確に死を感じ取った。

 

 体が震える。足の力が抜けていく。

 

 「……ッ!!」

 

 だが、唇を噛み切り、痛みで強引に意識をつなぐ。

 

 (退くな退くな退くな!!!)

 

 こんな時、彼なら恐れない。その俊足を以て前へ走る。

 

 (行けよ!!彼になるんだろう!!走れよ!!)

 

 「ぁぁあああああああああ!!」

 

 痛みと叫びで怯えを強引にねじ伏せ走る。

 

 『ガァァ!!』

 

 シルバーバックは迎撃を行う。

 

 俺は直感に従い、頭をガクリと下げる、瞬間に顔の上を奴の腕が素通りする。

 

 だが、隙ができた。

 

 「!!」

 

 しかし。

 

 キィンッ、と金属音が響いた。

 

 剣を振りぬいたはずの右手はぶれ、鈍い衝撃が手首を貫く。

 

 弾かれた。奴の紅い体毛を貫けずに折れていた。

 

 (しまった!!)

 

 あまりの衝撃で一瞬、体の動きが止まる。

 

 それは、致命的だった。

 

 「ごっ!!」

 

 次の瞬間、体が宙に浮いた。

 

 その大きな両手でつかみかかったシルバーバックは振り回すように俺を壁へたたきつける。

 

 体のあちこちからミシミシと嫌な音が聞こえてくる。呼吸が止まり、意識が一瞬飛んだ。

 

 「ハヤテ君!!」

 

 ヘスティア様の声で意識を取り戻す、が奴の拘束から抜け出せない。

 

 「っ!」

 

 その時、指に何かが触れた。それは魔石灯だった。

 

 咄嗟に手を伸ばして魔石灯を壁から取り外し、光量を最大にして奴の顔へたたきつけた。

 

 『ギゲェエエエエエエ!!』

 

 即席の目くらましに絶叫するシルバーバック。目を抑えながら数歩後ろに下がる。

 

 俺はそのまま奴の拘束から逃れた。

 

 こちらに来るヘスティア様が何かしゃべる前に手を取り走る。

 

 「ハヤテ…君?」

 

 情けない。この程度では彼の代わりに等なれない。

 

 いくら工夫をこらそうが、俺では奴を倒せない。

 

 こんな時、彼なら、ベル・クラネルならば……。

 

 思考がまとまらない。

 

 『ウォオオオオオオ!!』

 

 「!」

 

 獣の遠吠え。奴は、まだ追ってくるだろう。

 

 (このままでは、ヘスティア様も、俺も死ぬ。)

 

 頭を必死に回す。彼ならこんな時どうしたろうか。

 

 「ーーーーぁ。」

 

 そうだ。簡単な話だ。

 

 ヘスティア様が助かればいいのだ。彼も同じことをしたのだから。

 

 「お、おいハヤテ君、どうしたんだよ……?」

 

 不安げな顔でヘスティア様が尋ねてくる。

 

 俺はその問いに応えずに十字路を右手に曲がる。

 

 黒くすすけた石畳を下り切り狭い地下道が現れた。奥の出口からは陽光が滲んでいる。此処を通り抜ければ一つ隣の居住区に出られる。

 

 俺は有無を言わせずヘスティア様をトンネルの中に進ませる。前へと押し出されたヘスティア様は驚いた顔で振り向く。

 

 俺は、入り口に備え付けられていた封鎖用の鉄格子をスライドして閉めた。

 

 「ハヤテ君!?」

 

 「……すみません、ヘスティア様。このまま先まで進んでください。」

 

 「ボクはって……君はどうするんだよ!?」

 

 「あのモンスターを引き付けて、時間を稼ぎます。」

 

 そう、これが正解だ。この人を逃がせばいい。この人さえ助かればいい。彼もそうしたのだから。

 

 「な、何を馬鹿なことを言ってるんだ、君は!!」

 

 「お願いします、ヘスティア様。今回だけ我儘を聞いてください。」

 

 「駄目だ!許さないぞ、そんなこと絶対に許さない!ここを開けるんだ!」

 

 「ヘスティア様……。」

 

 この人が、心配してくれているのがわかる。それがうれしく、同時に申し訳なかった。

 

 「ごめんなさい、弱い俺では、貴女を守れない…!」

 

 絞り出すように言う。彼なら、きっと守り切ったろう。その穢れのない白い魂を輝かせ、ありったけの勇気を振り絞り。

 

 でも、俺はそうじゃない。まだ、代替品にすらなれない。

 

 

 「…ここから離れて、救けを呼んでください。」

 

 「ッ……!ハヤテ君!」

 

 それだけを伝えて立ち上がる。

 

 「大丈夫です。逃げ回れば、死にはしませんよ」

 

 強がって笑う。

 

 振り返り、走り出した。ヘスティア様の叫び声が聞こえた。

 

 

 それでも、もう振り返らなかった。

 

 

 

 

 十字路に戻った俺は、ポーションを飲み干す。痛みもいくらかマシになった。

 

 『ルァッ!!』

 

 シルバーバックが通路の奥から走って来た。

 

 『ゥ……?』

 

 

 「さぁこい!クソ猿!」

 

 ヘスティア様を見つけられない奴に、挑発を行う。

 

 『……ガァアアアアア!!』

 

 (かかった!)

 

 こちらに向かってくるシルバーバックを確認して俺も走り出す。

 

 やはり複雑なダイダロス通り。多くの通路と階段が入り交じり、おなじみとを繰り返し走っているのではないかと錯覚し始める。いよいよ方向感覚がなくなって来た。

 

 

 逃げ回る最中、壁に引かれた真っ赤な線を見つける。『道標』と記されていて、おそらく住民が書いたものだろう。矢印の線を追って行けば出口に行けるらしい。逆に考えるなら、これに逆らえば最深部に行けるという子と。

 

 そこまで奴を引っ張っていければヘスティア様の方に行くことはないはず。

 

 俺はこの道標に従うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 先ほどから複数の視線が俺たちを見下ろしている。ダイダロス通りの住民たちだ。皆息を殺し怯えている。

 

 が、その中で一つだけ異質な視線を感じる。ものすごい無遠慮な視線。

 

 (やっぱりあんたかよ!!)

 

 まず間違いなくフレイヤだろう。が、今はそんなことを気にする余裕すらない。

 

 『グルァ!!』

 

 「おわ!?」

 

 通路を抜ける寸前、上方より襲い掛かるシルバーバックをいなせず、石畳に投げ出された。

 

 転がり込んだ先は、少し開けた楕円形の空間。

 

 中央には噴水があり、どこか憩いの場のような雰囲気を醸し出していた。

 

 『ガアアアア!!』

 

 興奮しきっているシルバーバックはヘスティア様を見つけられないことに業を煮やしたかより苛烈な攻めを行う。

 

 鎖を鞭のように振り回す。

 

 「う”!?」

 

 もはや近くすらできない暴力の嵐、回避ができず、防御もほぼ意味をなさない。

 

 赤い火花が散ったと思った次の瞬間に俺の身体は弾き飛ばされた。

 

 「ぁ……」

 

 もはや声すら掠れてきた。

 

 体も動かない。

 

 

 頭の中では、もし俺という異物が此処で消えれば本来の主人公が来てくれるのではないかという、何の根拠もないあきらめの理由が浮かんでいた。

 

 (ここで、終わりか…… )

 

 俺は、ゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ハヤテ君っ!!」

 

 「ーーーー」

 

 意識が一瞬で戻る。声の方向に顔を向ける。

 

 そこにいた。守るべき人。守ったはずの人。

 

 「…んで…」

 

 『ウグルゥ……』

 

 最悪だ。探し求めていた存在を見つけたシルバーバックは目の色を変えて狙いを変える。

 

 

 「ヘスティア様!!!」

 

 走った。この瞬間だけは痛みを感じることなく、奴よりも早く彼女を抱き寄せそのまま通路に飛び込んだ。

 

 勢いのまま先にあった階段を転がり落ちていく。

 

 「…ヘスティア様!大丈夫ですか!?」

 

 「あ、ああ。大丈夫…。」

 

 「何で、なんでここに居るんです!!逃げてくださいって言いましたよね!!貴方の所為で今までの俺がやってきたことが全部無意味になりましたよ!!ほんとに、なんで…」

 

 「……本当にしょうがない子だよなぁ、君は」

 

 すっかり薄汚れた顔を上げて腕で頬をぬぐいながら笑いかけてくる。

 

 

 「ボクが君を置いて逃げ出せるわけないじゃないか」

 

 「ッ……!」

 

 「ボクを守りたいだって?ならその言葉そっくりそのまま返すよ」

 

 それに、と神様は続けて。

 

 口の動きだけで言った。

 

 約束してくれただろう?と。

 

 「ーーーーぁ」

 

 そうだ。思い出した。約束。

 

 

 『お願いだから、僕を独りにしないでおくれ』

 

 ーーーーーー何を、している…。何を勝手に諦めている…!

 

 「……そう、でしたね…」

 

 まだ、彼に届いていない…。なにより、彼は、約束を決して破らない!!

 

 「それに、諦めるにはまだ早いぜ?ハヤテ君」

 

 「へ?」

 

 「ボクに考えがある」

 

 そう言って、背負っていた荷物をまさぐり、大きめのケースを取り出す。

 

 が。

 

 『ガァアアアアアアアアアア!!』

 

 「っ!!失礼します!!」

 

 

 反射でヘスティア様を横抱き、俗にいうお姫様抱っこをして走り出す。

 

 「す、すまないハヤテ君っ。こんな状況なのに、心から幸せを感じてしまっている!」

 

 「意外と余裕ありますねヘスティア様!!?」

 

 そのまま走る。後ろを振り向かずにただひたすら走る。そのおかげか、徐々に奴の気配を引き離すことができた。

 

 が、運は向かなかったらしい。

 

 「行き止まり…!」

 

 3つの背の高い家にはさまれた袋小路。しかもここまでは一本道。引き返そうものなら奴に鉢合わせる。

 

 「……いや好都合だ」

 

 「は?」

 

 ヘスティア様はおもむろに呟く。

 

 「ハヤテ君。君が、あのモンスターを倒すんだ」

 

 「っ!」

 

 「ここで最後のステイタス更新をする。今から強化する君の力を、あのモンスターにぶつけてやれ」

 

 確かに、ここで更新すればいくらかマシになるだろう。しかし、奴とは根本的なスペックに差がありすぎる。

 

 「……申し訳ありませんヘスティア様。俺の武器では奴に攻撃が通らないんです。」

 

 「じゃあ、攻撃が通るようになれば?」

 

 「え?」

 

 「ダメージを与えることができれば、君はあのモンスターを倒せるかい?」

 

 ヘスティア様はそう言って、抱えていたケースを開ける。

 

 そこにあったのは、鞘に収まった漆黒の剣。

 

 俺は唖然としながら剣を鞘から引き抜いた。

 

 刃渡り70Cほどあり、今まで使っていたものよりも長い、標準的な直剣の長さ。しかし、不思議と手になじむような、振り回さることがないと直感できる剣。

 

 やがて、俺の鼓動に反応するように剣が淡い紫紺の光沢を宿し始めた。

 

 「ハヤテ君、君は強くなるんだろう?なら、ここが最初の君の冒険だ。此処を乗り越えて、今よりも強くなって、なりたい自分になるんだろう?」

 

 「ッ…!」

 

 視界が滲む。

 

 「大丈夫。僕が君を勝たせてやる。勝たせてみせる」

 

 「…は”い”!」

 

 俺の声は、震えていた。恐怖ではない。武者震いだ。

 

 

 

 

 

 袋小路の最奥で、ヘスティアは更新を始めていた。

 

 ハヤテは損傷した防具をすべて脱着、インナー一枚になっている。

 

 インナーの上から神血を沁みとおらせヒエログリフを刻む動きに澱みがない。

 

 

 更新は目で追う必要はない。あくまで蓄積された経験値をくみ上げて、ステイタスという形に顕現させる作業。

 

 『いーい、ヘスティア?よく聞きなさい』

 

 更新をしながら、ヘスティアはヘファイストスの言葉を思い出す。

 

 『この剣はあんたがヒエログリフを刻んだ通り、ステイタスが発生している。生きているのよ。この武器は」

 

 ヘファイストスが材料のミスリルを鍛える横で、ヘスティアがステイタスの加工を施した武器、それが『ソードオブウェスタ』。

 

 『つまり、神の恩恵を授かった子供たちと同じ。装備車が獲得した経験値を糧にすることで、この武器も進化していくわ』

 

 剣と同じヘスティアの恩恵を授かった者にしか扱えない、武器としては致命的な欠陥を持つ不良品。ヘファイストスはそうも言っていた。

 

 つまり、ハヤテの強化と同時に、ソードオブウェスタも強化する。

 

 (問題はっ!!)

 

 偶像崇拝(メモリアフレーゼ)のスキルを持ったハヤテのステイタスはどれほど伸び、どれほどソードオブウェスタを強化できるかということ。

 

 「来ました!!」

 

 「っ!」

 

 縦一直線の通路。曲がり角から姿を現したシルバーバックに、ヘスティアの心臓が跳ねる。そして、ほぼ同タイミングでステイタスの編纂が完了した。

 

 

 祐樹 ハヤテ

 

 LV 1

 

 力:H103→D589 耐久H121→E498 器用:H160→C609 敏捷:H189→C632 魔力:I0→0

 

 

 (!?!?)

 

 全アビリティ熟練度、1700オーバー!?

 

 あり得ないほどの上昇値。もはや常軌を逸した成長、飛躍。

 

 

 しかし、あり得ないという話ではなかった。なぜなら、成長促進と遭遇率補正で、ダンジョンに入るとほぼノンストップで戦闘が起きる。そしてエンカウントするのは絶対に複数であり、且つ元のステイタスが低いということで経験値がたまりやすいという要素が複合してあり得ない経験値を得たのだ。

 

 ひとえに、更新することなくひたすらに戦い続けた成果であった。

 

 (これなら!!)

 

 武器の威力は跳ね上がる。

 

 ハヤテが手にする剣が胎動するように光を増す。

 

 (あとは、ハヤテ君次第!!)

 

 ハヤテの背中を力強くたたき、送り出す。

 

 「さぁ、行くんだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その声が聞こえた瞬間、俺は走り出した。

 

 

 走り出してすぐわかった。今までとは次元が違うということに。

 

 (さっきまでとは速さが、いや何もかもが違う!!)

 

 通路の奥にいたシルバーバック目掛けて疾駆する。

 

 瞬時、シルバーバックの雄叫びが途切れる。今までより早い動きに驚いたか。だが、奴も強化種。すぐに対応する。

 

 『ギャアアア!!』

 

 向かって行く俺に合わせるように腕を振りぬく。

 

 俺はその下をスライディングでくぐり、奴の懐に入る。

 

 『いい?ハヤテ君。これからいうことは参考程度に聞いておいて。命知らずな真似しちゃ絶対にダメだよ?』

 

 目の前に奴を置き、彼女の言葉を思い出す。

 

 『どんなに強いモンスターでも、どんなに防御力が高いモンスターでも、モンスターである限り回避できない弱点を持っているの』

 

 指を立てて熱心にモンスターのイロハを語る彼女の姿を覚えている。

 

 『底をつかれたらたとえドラゴンでもやられちゃう。正真正銘、モンスターの泣き所』

 

 覚えている。その言葉の先を。

 

 『たった一撃。それだけでも相手の皮膚を貫けるなら、理論上冒険者はあらゆるモンスターを倒すことが可能なんだ』

 

 そう、狙うは魔石。

 

 奴は振りぬいた体制のまま。防御は不可能。

 

 (とった!!)

 

 そのまま、奴の胸の中心へ剣を突くーーーが。

 

 『オオオオオ!!』

 

 「うごっ!?」

 

 俺の身体は思い切り吹っ飛んだ。

 

 「野郎……!」

 

 なんてことはない。懐に入った俺に膝蹴りをしやがった。

 

 今の動きに対応された。同じ手は通用しないだろう。

 

 「……はは」

 

 剣を構え、奴と相対する。今受けた一撃は、更新前よりもダメージがない。十分動ける。

 

 「さぁ、勝負だ!」

 

 『グォオオオオオオ!!』

 

 俺の声に呼応するかのように奴は雄たけびを上げ、俺たちは同時に駆け出した。

 

 

 「せぁああああ!!!」

 

 『オオオオ!!』

 

 奴の降りぬいた鎖と俺の剣がぶつかる。しかし、拮抗することなく鎖は斬られた。

 

 「せい!!」

 

 返す剣で奴の腕を斬りつける。思いのほか深く斬れた。

 

 『ギャオオオオ!?』

 

 ダメージを負ったことに驚いたか、数歩下がるシルバーバック。

 

 俺は追撃に走る。

 

 奴に走り込み、股座の間をスライディングで抜け、背後をとる。

 

 『ギャゥウ!!』

 

 こちらに振り向きざまに腕を振りぬくシルバーバック。だが。

 

 「そうだろうな!」

 

 上半身をそらし、紙一重でかわし、踏み込んで剣を奴の足に突き刺した。

 

 『ギャ!?』

 

 すぐさま、バックステップで距離をとる。

 

 (これでいい。機動力をそいで、次は腕。確実に仕留める!)

 

 俺はシルバーバックに向かって走り、奴に見せつけるように剣を振り上げる。

 

 それを見たシルバーバックはもう片方の斬られていない腕を振り回し、鎖で攻撃しようとする。

 

 (見える…奴の動きが今ならぼんやりとだが見える!)

 

 回避は間に合わないので、剣で受ける。鎖はぶつけられた衝撃で砕けた。もう奴に、遠距離での攻撃手段はない。

 

 『ウウオオオオオオオオ!!』

 

 奴は床を腕で砕き、できた瓦礫をつかんで即席の砲弾として俺に投げてよこしてきた。

 

 「ちっ!?」

 

 走る。俺がそれまでいた場所に瓦礫が散弾のように過ぎていく。

 

 「頭が回りやがるな!」

 

 あまり時間をかけるわけにはいかない。俺もこれ以上は食らいたくない。

 

 俺は壁際に走り、魔石灯を搔っ攫う。

 

 そのまま奴に走り込み、もう一度奴の顔に魔石灯をたたきつけた。

 

 『ギャアアア!?』

 

 目を潰された奴は暴れまわる。

 

 

 

 

 カラン、と剣が落ちる音がした。

 

 シルバーバックは音のした方へと剛腕を振り下ろした。

 

 バキリと、剣の折れる音がする。

 

 『グゥ”?』

 

 そこに、俺はいなかった。

 

 「俺の勝ちだ!」

 

 背後から助走をつけて走りながら、声を出す。

 

 反応した奴はこちらへ振り向くが、視界を潰され俺を認識することはできない。

 

 俺は奴の懐に到達していた。

 

 

 「ーーーぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 

 漆黒の刃が、胸部中央に突き刺さる。肉を穿つ感触についで、堅い何かを砕いた手応え。

 

 シルバーバックは、両目を見開き、背中から倒れ込んだ。

 

 俺は勢いそのままに、きれいな放物線を描き、間を置かずに石畳に墜落した。

 

 「うごっ!?」

 

 何とか勢いを止めて、奴の方へ視線を向ける。

 

 シルバーバックは動かず、やがて、体の一部か崩れていく。そして灰になり、風に乗ってその姿は消え失せた。

 

 『-------ッッ!!!』

 

 瞬間、歓声が響いた。

 

 この戦いの行方衣を見ていた住民たちが興奮を爆発させた。

 

 先ほどまでの様子とは打って変わって、窓から乗り出し次々と歓声を上げる。

 

 

 「や…った……?」

 

 漸く、奴を倒した実感が沸き、ヘスティアに視線を向ける。

 

 彼女は、路上に倒れていた。

 

 「ヘスティア様!!!」

 

 慌てて剣を回収しかけよる。

 

 力なく横たわる身体を抱き起す。

 

 俺はいてもたってもいられずに歓声の中を走りだした。

 

 

 

 

 

 

 「ヘスティアには悪いことをしたけれど……。ええ、いいものが見れたわ」

 

 人家の屋上。ハヤテのいる付近を一望できる高所で、フレイヤは呟く。

 

 視線の先には、ヘスティアを大事に抱きかかえているハヤテの姿がある。

 

 「曇りは晴れなかった。でも…」

 

 その曇り越しでもわかるほどの光。

 

 「おめでとう。まだ頼りないけれど、ええ。格好よかったわよ…」

 

 彼女は身を翻しその場を後にする。

 

 「また、貴方の輝きを見せてね。ハヤテ。」

 




追記:誤字報告ありがとうございます!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。