翌朝、私は少し早めに宿を出た。朝のリュセルは、昨日の昼間よりも空気が冷たかった。通りには荷車を押す人や、店先を掃く人、屋台の準備をする人たちがいる。まだ完全に賑やかというほどではないが、町はすでに動き始めていた。
私は灰色の頭巾を深めにかぶり、冒険者証が入った腰袋を軽く押さえた。今日から、私は冒険者として動く。とはいえ、まだFランクだ。この世界の魔獣も、依頼の流れも、冒険者同士の距離感も分からない。だから、ガルに案内させる。
昨夜のことを思い出すと、胸の奥が少しだけ温かくなった。あの怯えた顔。震えた声。折れた指を抱えながら、私の言葉に何度も頷く姿。
「……駄目ですね。朝から思い出すことではありません」
小さく呟いて、私は歩く速度を少しだけ上げた。
冒険者ギルドに着くと、昨日ほどではないが、すでに何人もの冒険者が出入りしていた。朝から依頼を受けて町の外へ出る者もいれば、酒場の方で眠そうに水を飲んでいる者もいる。ギルドの建物は昨日と同じなのに、今朝は少しだけ違って見えた。昨日は何も知らない新人として来た。今日は、一応ではあるが、ガルという案内役がいる。
扉を開けて中に入ると、いくつかの視線がこちらに向いた。その中に、昨日の男たちの姿もあった。昨日、私がガルについて行ったのを見て笑っていた冒険者たちだ。
「お、来た来た。昨日の新人ちゃんだ」
「ガルの奴、うまくやったのか?」
「いや、あいつ朝から見てねえぞ」
笑い声が聞こえる。私は聞こえないふりをした。怒る必要はない。説明する必要もない。彼らが何を想像していようと、私には関係ない。
私は受付の近くではなく、入口から少し離れた場所に立ち、ガルを待った。
約束の時間より少し早かったが、ガルはすぐに現れた。
昨日とは違い、彼はかなり疲れた顔をしていた。無精髭のある顔は青白く、右手には布が巻かれている。目の下には薄い隈があり、歩き方もどこかぎこちない。
ギルドに入ってきたガルは、私を見つけた瞬間、びくりと肩を震わせた。それから、周囲の冒険者たちに気づかれないように、ゆっくり近づいてくる。
「お、おはよう……ございます」
声が小さい。
昨日までなら、きっと偉そうに「よう、新人」とでも言っていたのだろう。だが今のガルは、私の前で視線を合わせようとしない。
「おはようございます、ガルさん」
私は笑顔で返した。
「ちゃんと来てくれたんですね。嬉しいです」
ガルの顔が引きつった。周囲には聞こえない程度の声だったが、彼には十分届いたらしい。
「そ、それで……今日は、どうするんだ?」
「依頼を受けたいです。私はFランクなので、受けられる依頼を教えて下さい」
「……Fなら、薬草採取か、町中の雑用が無難だ。いきなり討伐はやめた方がいい」
ガルは少し間を置いてから答えた。言葉を選んでいるというより、私の顔色をうかがいながら話しているようだった。
「討伐は駄目なんですか?」
「駄目ってわけじゃないが、Fランクが一人で受けられる討伐なんて、せいぜい角兎とか小型の魔鼠くらいだ。森の奥へ行くのは危険だしな」
ガルは自然に説明を始めた。怯えていても、やはりCランクの冒険者なのだろう。依頼の話になると、少しだけ口調がまともになる。
「角兎と魔鼠ですか」
「ああ。角兎は額に小さい角がある兎だ。素早いが、慣れれば怖くねえ。魔鼠はでかい鼠だな。噛まれると病気になることがある」
「私は病気にはならないと思います」
「……は?」
ガルが不思議そうに私を見た。
「いえ、こちらの話です」
私は微笑んでごまかした。実際、私が病気になるとは思えない。女神のような存在に最強を望んだ以上、風邪や病気で倒れるような体ではないはずだ。だが、それを説明しても意味がない。
ガルは何か言いたそうにしたが、すぐに目を伏せた。余計なことを聞くのは危険だと判断したのだろう。
「とにかく、最初は薬草採取がいい。ギルドにもよくある依頼だし、町の外に出られる。ついでに角兎でも見つけたら狩ればいい」
「分かりました。それでお願いします」
私は頷いた。
ガルに案内され、依頼掲示板へ向かう。昨日、男たちに絡まれた場所だ。周囲の冒険者がちらちらとこちらを見る。ガルが私の横にいることに気づいた者たちが、少しだけ意外そうな顔をした。
「おい、ガル。昨日の新人ちゃんと一緒かよ」
「随分仲良くなったじゃねえか」
「先輩として、ちゃんと教えてやったのか?」
笑い声が飛ぶ。ガルの肩がわずかに揺れた。昨日のことを思い出したのだろう。
私はガルの顔を横目で見た。青ざめている。かわいそうなくらいに怯えている。
かわいそう。
そう思った瞬間、胸の奥がまた甘くなりかけた。私はすぐに視線を前へ戻す。
「ガルさん、依頼書はどれですか?」
「あ、ああ……これだ。月白草の採取。Fランク向け。場所は東の森の浅いところ。十束で銅貨二十枚。状態が良ければ追加報酬が出る」
「月白草」
「葉の裏が白い薬草だ。慣れればすぐ分かる。薬草屋にも売れるが、初心者はギルド依頼で出した方が楽だな」
「なるほど」
私は依頼書を見た。文字は読める。月白草十束。採取場所、東森浅部。期限、本日中。報酬、銅貨二十枚から。危険、小型魔獣、野犬、稀に牙狼。
「牙狼も出るんですね」
「稀にな。最近少し増えてるらしいが、浅い場所なら滅多に出ねえ。出たら逃げるのが基本だ」
「ガルさんなら倒せますか?」
「一匹ならな。二匹なら状況次第。三匹以上は面倒だ」
Cランクでも、牙狼はそれなりに危険らしい。昨日、宿で聞いた話とも合っている。
私は依頼書をはがし、受付へ持っていった。昨日と同じ受付嬢が対応した。彼女は私とガルを見て、少しだけ眉を動かしたが、何も聞かなかった。
「月白草の採取ですね。リオさんはFランクなので問題ありません。同行者はガルさんですか?」
「はい」
私が答えると、ガルも慌てて頷いた。
「あ、ああ。俺が同行する」
「Cランク冒険者の同行であれば、森の浅部まで問題ありません。採取物は本日中に提出してください。討伐対象外の魔獣素材を持ち帰った場合は、別途査定します」
「分かりました」
受付嬢は依頼受注の印を押した。これで、私にとって初めての依頼が始まった。
ギルドを出ると、朝の光が少し眩しかった。私はガルの隣を歩きながら、東門へ向かう。
「必要な道具はありますか?」
「薬草採取なら小袋と短い刃物があればいい。リオ……さんは持ってるのか?」
ガルは途中で言い直した。呼び捨てにしていいのか、敬称をつけるべきなのか迷ったのだろう。その様子が少しおかしくて、私は笑顔で言った。
「リオでいいですよ」
「え……」
「これから一緒に行動するんですから。毎回さん付けだと少し他人行儀でしょう?」
「そ、そうか……」
ガルは困ったように視線を泳がせた。
「じゃあ……リオ」
「はい」
私はにこりと笑った。ガルはなぜかまた少し怯えた顔をした。
「それで、短い刃物は持っています。小さなナイフなら」
盗賊から奪ったものだ。あまり良い品ではないが、薬草を切るくらいなら使えるだろう。
「なら大丈夫だ。森に入る前に、布袋だけ買っておくか」
「お願いします」
ガルは露店で安い布袋を二つ買った。代金は銅貨四枚。私が払おうとすると、ガルは慌てて自分の腰袋から銅貨を出した。
「俺が出す」
「いいんですか?」
「あ、ああ。サポートだからな」
「ありがとうございます。助かります」
私が笑うと、ガルは目を逸らした。
少しだけ面白かった。昨日まで私を舐めていた男が、今は布袋ひとつで私の機嫌をうかがっている。
東門を出る時、門番はガルの顔を見て軽く手を上げた。
「ガルか。今日は新人連れか?」
「まあな」
「右手どうした?」
「ちょっと、昨日しくじった」
ガルはそれだけ言った。門番は深く聞かなかった。冒険者が怪我をしていることなど珍しくないのだろう。
私は静かに通行証代わりの冒険者証を見せ、門を出た。
町の外へ出ると、空気が変わった。人の匂いが薄れ、草と土の匂いが濃くなる。昨日通った草原とは違い、東側には低い丘と森が広がっていた。道はしっかりしているが、町から離れるほど人の気配は薄くなる。
ガルは歩きながら説明してくれた。
「月白草は森の手前、日陰になってる場所に多い。根元から引き抜くなよ。葉と茎を残して、必要なところだけ切る。根まで抜くと次が生えねえから、ギルドで減点されることがある」
「採り方も見られるんですね」
「ああ。採取依頼は雑にやる奴が多いからな。綺麗に採れば評価が少し上がる。新人はこういう細かいところで損する」
「勉強になります」
素直にそう言うと、ガルは少し妙な顔をした。褒められるとは思っていなかったのだろう。
「ガルさんは、ちゃんと教えられるんですね」
「俺を何だと思ってるんだ……」
ぼそりとこぼした直後、ガルはしまったという顔をした。
私は横目で彼を見る。そして、笑顔で答えた。
「いえいえ、なんでもないですよ。ただ、昨日のガルさんはとっても危ない人に思えたので」
「……それは、その、悪かった」
ガルは気まずそうに顔を背けた。
謝った。
少し意外だった。昨日のような男でも、追い詰められれば謝ることはできるらしい。それとも、私が怖いから謝っているだけなのか。
どちらでもいい。
少なくとも今は、素直にしてくれている。
森に近づくと、足元の草の種類が変わってきた。ガルは道を外れ、木々の手前にある半日陰の場所でしゃがんだ。
「これが月白草だ」
彼が指差した草は、表から見るとただの細長い葉だった。だが、葉を少しめくると裏側が白っぽく光っている。確かに、月白という名前に合っていた。
「葉の裏が白いんですね」
「そうだ。似た草もあるが、茎の根元が少し青い。ほら、ここだ」
「なるほど」
私はしゃがみ込み、ガルの真似をしてナイフで丁寧に切った。力を入れすぎると茎ごと潰しそうなので、慎重に動かす。戦う時は簡単に人を壊せるのに、薬草を傷つけないように切る方が緊張する。
「そんなに慎重にやらなくてもいいぞ」
「力加減が、まだ少し不安なので」
「……そうか」
ガルはそれ以上聞かなかった。
しばらく二人で薬草を採った。ガルは思ったより真面目だった。どれが良い葉か、どれは古いか、どの程度束ねれば一束になるかを細かく教えてくれる。昨日の態度からは想像できないほど、仕事についてはまともだった。
私は少し意外に思った。
「ガルさん、冒険者としてはちゃんとしているんですね」
「失礼だな……いや、まあ、昨日のことがあるから何も言えねえけどよ」
ガルは気まずそうに言った。
「Cランクになれるくらいですから、実力はあるんですよね」
「そりゃ、それなりにはな。十年近くやってるからな」
「十年」
私は手を止めた。十年続けてCランク。つまり、この世界で冒険者として生き残るには、それだけの経験が必要なのだろう。私は力だけはあるが、経験がない。ガルを連れてきた判断は間違っていなかった。
「ガルさん」
「なんだ?」
「やっぱり、あなたにはしばらく私のサポートをしてもらいます」
ガルの肩がぴくりと震えた。
「しばらく、か……」
「はい。安心してください。ちゃんと役に立ってくれるなら、優しくしますから」
「それ、安心していい言葉なのか?」
「もちろん」
私は笑顔で答えた。ガルは少しだけ何か言いたそうにしたが、すぐに口を閉じた。
月白草を八束ほど集めたところで、森の奥から小さな音がした。草を踏む音。何かが跳ねる音。私は顔を上げた。
ガルもすぐに反応する。
「角兎だ」
木の根元から、小さな動物が姿を見せた。兎に似ているが、額に短い角がある。耳は長く、目は赤い。大きさは普通の兎より少し大きいくらいだ。
「可愛いですね」
「油断するな。あいつ、突っ込んでくるぞ。角が刺さると普通に痛い」
「討伐対象ですか?」
「常時買取対象だ。角と肉が売れる。Fランクでも倒していい」
そう聞いた瞬間、角兎がこちらへ跳ねた。思ったより速い。額の角をこちらに向け、一直線に突っ込んでくる。
ガルが剣に手をかけた。
「下がれ、リオ!」
私は下がらなかった。
角兎の動きが見える。どこを狙っているのかも分かる。私は半歩だけ横にずれ、突っ込んできた角兎の首の後ろをつかんだ。
角兎は空中で止まった。
手の中で暴れる。小さな足がばたばた動く。私は少し困った。殺すのは簡単だ。だが、力加減を間違えると潰してしまう。討伐素材として持ち帰るなら、綺麗に倒した方がいいはずだ。
「ガルさん、これはどう倒すのがいいですか?」
振り返ると、ガルが口を開けて固まっていた。
「お前……今、素手で捕まえたのか?」
「はい」
「角兎を?」
「はい」
「突っ込んできた角兎を?」
「はい。駄目でしたか?」
ガルは額に手を当てた。
「駄目じゃねえけど、普通はやらねえよ。角兎は小さいが速い。新人なら避け損ねて刺されることもあるんだぞ」
「そうなんですね」
「そうなんですね、じゃねえよ……」
ガルはため息をつき、それから角兎を見た。
「首を折るか、短剣で喉を切る。肉を売るなら傷は少ない方がいい」
「分かりました」
私は角兎の首に指を添えた。ほんの少し力を入れる。小さな音がして、角兎の体から力が抜けた。
ガルが無言になった。
「これでいいですか?」
「ああ……綺麗すぎるくらいだ」
「よかったです」
私は角兎を布袋に入れた。
胸の奥は、あまり反応しなかった。魔獣相手だからだろうか。角兎は可愛いとは思ったが、昨日のガルや盗賊に感じたような甘い熱はない。やはり、私の中の衝動は、相手の恐怖や屈服に強く反応するらしい。
それはそれで、かなり問題だ。
その後、月白草を十束集めるまでに、角兎をさらに二匹見つけた。一匹はガルが剣で仕留め、もう一匹は私が石を投げて倒した。
石を投げた時、ガルは本気で引いていた。
「おい、今の石、矢より速くなかったか?」
「そうですか?」
「そうですか、じゃねえよ。角兎の頭が一撃で砕けたぞ」
「少し力を入れすぎましたね」
「少し……?」
ガルが何か言いたそうにしていたが、結局黙った。賢い判断だと思う。
昼前には、月白草十束と角兎三匹が集まった。Fランクの初依頼としては十分だろう。ガルは周囲を確認し、早めに戻ることを提案した。
「森の中に入れば、もっと獲物はいる。だが今日は初日だ。依頼を完了させる流れを覚える方がいい」
「分かりました。帰りましょう」
私は素直に頷いた。
帰り道、ガルは少しだけ私から距離を取って歩いていた。昨日よりも、私の力を理解したせいだろう。首を掴まれた恐怖だけでなく、冒険者として見ても異常だと分かったに違いない。
「ガルさん」
「な、なんだ?」
「そんなに離れなくても大丈夫ですよ。今日は何もしません」
「今日は、か」
「はい。今日は」
私が笑うと、ガルは顔を青くした。
その反応を見て、胸の奥が少しだけ疼く。私はすぐに目を逸らした。
リュセルに戻ると、門番が布袋を見て声をかけてきた。
「採取帰りか?」
「はい。月白草です」
「早いな。初依頼か?」
「はい」
「無事で何よりだ。ガル、ちゃんと面倒見てやれよ」
「ああ……見てるよ。見させられてるよ」
ガルの小声は、門番には聞こえなかったらしい。私は微笑むだけにした。
冒険者ギルドに戻ると、朝と同じ受付嬢がいた。私は依頼書と月白草を提出する。受付嬢は薬草の状態を確認し、少し意外そうに眉を上げた。
「初めてにしては綺麗に採れていますね」
「ガルさんに教えてもらいました」
私がそう言うと、受付嬢はガルを見た。ガルは気まずそうに視線を逸らす。
「そうですか。では、月白草十束で銅貨二十枚。状態良好なので追加で銅貨五枚。合計銅貨二十五枚です」
受付嬢は硬貨を数えて渡してくれた。
「それと、角兎が三匹あります。買い取りできますか?」
「状態を見ます」
私は布袋から角兎を出した。一匹はガルが剣で仕留めたもの。もう一匹は首を折ったもの。そして最後は、石で頭を砕いてしまったものだった。
受付嬢は一匹目と二匹目を見て頷き、三匹目で少し止まった。
「これは……頭部がかなり損傷していますね」
「すみません。少し力を入れすぎました」
「投石ですか?」
「はい」
受付嬢が私を見る。ガルは横で黙っている。
「……Fランクですよね?」
「はい」
「初依頼ですよね?」
「はい」
「そうですか」
受付嬢はそれ以上聞かなかった。さすがギルドの受付というべきか、変に追及しないらしい。
「角兎二匹は状態良好、一匹は減額。合計で銅貨十八枚です」
「ありがとうございます」
初依頼の報酬は、月白草と角兎で銅貨四十三枚になった。銀貨四枚と銅貨三枚相当。昨日の宿代を考えれば、悪くない。いや、Fランクの初依頼としてはかなり良いのかもしれない。
「リオさん」
受付嬢が私の冒険者証を確認しながら言った。
「本日は依頼達成一件、討伐買い取り三件として記録します。Fランクのうちは、依頼達成数も昇格判断に関わりますので、継続して受けてください」
「分かりました」
「ただし、無理はしないように。森の浅部でも危険はあります」
「はい」
受付嬢はそこで一瞬だけガルを見た。
「ガルさんも、Fランクの新人を連れるなら、責任を持ってくださいね」
「……ああ」
ガルは苦い顔で頷いた。
ギルドの酒場側では、朝の男たちがこちらを見ていた。私とガルが一緒に戻り、普通に報酬を受け取っているのが意外なのだろう。ひそひそと話している声が聞こえる。
「ガルの奴、妙に大人しくねえか?」
「右手、怪我してるしな」
「新人ちゃんに振り回されてんじゃねえの?」
私は聞こえないふりをした。ガルも何も言わない。
依頼達成後、私はギルドを出て、少し離れた場所でガルに向き直った。
「今日はありがとうございました。とても助かりました」
「……そりゃよかった」
「明日もお願いします」
「明日もか」
「はい。しばらく、と言いましたよね?」
ガルは苦しそうな顔をした。だが、拒否はしなかった。
「分かった。明日も朝、ギルドで待つ」
「いい子ですね」
私がそう言うと、ガルはびくりと震えた。
その反応を見て、また胸の奥が満たされる。私はそれを押さえ込むように、笑顔を少しだけ引っ込めた。
「では、また明日」
「ああ……」
ガルは右手を庇いながら、人混みの中へ消えていった。その背中は、昨日よりもずっと小さく見えた。
私は腰袋の中の硬貨を軽く鳴らした。初めて自分で稼いだお金。方法は少し歪んでいるかもしれないが、依頼はきちんと達成した。薬草を採り、角兎を倒し、報酬を得た。
冒険者としての第一歩。
そう思うと、少し嬉しかった。
けれど、同時に分かっている。
私の歩き方は、最初から普通ではない。
ガルを脅し、従わせ、案内役にした。役に立つから連れている。便利だから使っている。そこに罪悪感がないわけではない。だが、胸の奥にある代償は、それを楽しんでいる。
私は頭巾の下で、そっと息を吐いた。
「人として生きるって、難しいですね」
そう呟いて、私は自分の宿へ向かった。報酬で、今日も宿代は払える。明日も依頼を受けられる。
そして明日も、ガルは来る。
そう考えると、私の足取りはまた少しだけ軽くなってしまった。