俺は、ただ最強になりたかっただけなのに…   作:ポップ

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第六話 大切な話

 翌日も、ガルは約束通り冒険者ギルドに来ていた。

 

 顔色は相変わらずよくない。右手にはまだ布が巻かれているし、私と目が合うたびに少し肩が揺れる。けれど昨日よりは、ほんの少しだけ落ち着いているようにも見えた。少なくとも、逃げ出そうとはしていない。

 

「おはようございます、ガルさん」

 

「……おはよう、リオ」

 

 ガルはぎこちなく返した。私が「リオでいいですよ」と言ったので、彼は一応そう呼んでいる。ただ、呼ぶたびに少し迷うような間がある。その迷いが、今の私たちの距離感をよく表していた。

 

「今日も薬草採取ですか?」

 

「ああ。昨日と同じ月白草の依頼が出てる。初めのうちは、同じ依頼を何度かやって流れを覚えた方がいい。採取場所、提出の仕方、素材の扱い、報酬の受け取り。そういう基本を体で覚えるのも大事だ」

 

「なるほど。では、今日もお願いします」

 

 私は素直に頷いた。

 

 正直、昨日と同じ薬草採取は少し地味だと思っていた。だが、ガルの説明は正しい。私はまだこの世界の常識を知らない。強い力があるからといって、いきなり大きな依頼に飛びつくより、まずは冒険者としての動きを覚える方がいい。

 

 受付で依頼を受け、昨日と同じように東門から外へ出る。門番は私たちを見ると、軽く手を上げた。

 

「今日も採取か?」

 

「はい」

 

「気をつけろよ。牙狼の目撃がまだ消えてない」

 

「分かりました」

 

 私は軽く頭を下げた。ガルは横で少しだけ眉を寄せる。

 

「牙狼が増えてるのは本当らしいな」

 

「危ないんですか?」

 

「普通のFランクなら危ない。俺でも複数に囲まれるのは嫌だ」

 

「そうですか」

 

 私が軽く答えると、ガルは横目でこちらを見た。

 

「お前の場合、危ないのが牙狼の方かもしれねえけどな」

 

「そんなことはありませんよ」

 

「いや、あるだろ」

 

 ガルは小さくため息をついた。昨日、角兎を素手で捕まえたことをまだ引きずっているらしい。

 

 東の森の浅い場所に着くと、昨日と同じように月白草を探した。二度目だからか、私は昨日より早く見つけられるようになっていた。葉の裏の白さ。茎の根元の青み。日陰に生えやすいこと。ガルに教わったことを思い出しながら、丁寧に切っていく。

 

「手つき、昨日よりましになったな」

 

「本当ですか?」

 

「ああ。力を入れすぎる癖も少し減ってる」

 

「ガルさんの教え方がいいんですね」

 

 そう言うと、ガルは少しだけ困った顔をした。

 

「褒められても、何か裏がありそうで怖いんだよな……」

 

「失礼ですね。私は素直に褒めているだけです」

 

「そういうところが怖いんだよ」

 

 ガルはぼそりと言ったが、昨日ほど怯えた様子ではなかった。少しずつではあるが、会話らしい会話になってきている。

 

 途中で角兎が一匹出た。今回はガルが仕留めた。私は横で見ていただけだ。ガルは素早く剣を抜き、角兎の突進を半歩でかわし、首元を一閃した。動きに無駄がない。派手ではないが、慣れている。

 

「綺麗ですね」

 

「角兎相手に褒められてもな」

 

「でも、勉強になります。私だと力任せになりがちなので」

 

「それは本当に気をつけろ。素材を潰したら値が落ちる。魔獣相手でも、綺麗に倒せる奴は稼げる」

 

「はい」

 

 こういう知識はありがたい。ガルは性格に難があるが、冒険者としての経験は本物だ。私がこの世界で稼ぐなら、しばらく彼の知識は必要になる。

 

 昼過ぎには、月白草十束と角兎一匹が集まった。昨日より収穫は少ないが、依頼達成には十分だ。ガルは空を見上げ、早めに戻ることを提案した。

 

「今日はこれでいいだろ。森の中に長居しても仕方ねえ」

 

「分かりました」

 

 私は袋をまとめ、リュセルへ向かう道を歩き出した。

 

 しばらく、二人とも黙っていた。森の影が少しずつ遠ざかり、草原と土の道が広がる。リュセルの外壁はまだ見えない。周囲に人の気配もない。風が草を揺らす音だけが聞こえる。

 

 私はそこで、ふと足を止めた。

 

「ガルさん」

 

「なんだ?」

 

「大切な話があります」

 

 私の声が思ったより真面目だったせいか、ガルも足を止めた。彼は少し警戒したように私を見る。

 

「大切な話?」

 

「はい。絶対に、他の人には言わないでください」

 

 ガルの顔が引きつった。

 

「……それ、聞かなきゃ駄目か?」

 

「駄目です」

 

「だよな……」

 

 ガルは諦めたように肩を落とした。

 

 私は少しだけ目を伏せた。これから話すことは、人には言いにくい。恥ずかしい。いや、普通の意味で恥ずかしいのとは少し違う。自分でもおかしいと分かっているからこそ、口に出すのが難しい。

 

 けれど、ガルには話しておいた方がいい。これから一緒に動かすなら、私の危うさを理解させておく必要がある。

 

「あの……私には、少し変わった趣味があります」

 

「趣味?」

 

「はい。人には、かなり言いにくい趣味です」

 

 私は指先を軽く合わせた。自分でも分かるくらい、少しもじもじした動きになっていた。こんな話をするのは、確かに恥ずかしい。だが、その内容が内容なので、普通の少女の照れとはまったく違う。

 

「私は、その……男の人を、追い詰めるのが好きみたいなんです」

 

 ガルの表情が固まった。

 

「追い詰める?」

 

「はい。怖がらせて、泣かせて、後悔させて、もう逆らえないと分からせてあげるのが……その、好きなんです」

 

 言葉にすると、胸の奥が熱くなった。駄目だ。話しているだけで、あの感覚が戻ってくる。昨日のガルの顔。盗賊の命乞い。怯えた目。震える体。

 

 私は視線を逸らし、頬に手を当てた。

 

「男の人を嬲るのが好き。虐めてあげたい。壊してあげたい。そういう、ちょっと人には言いにくい恥ずかしい趣味があるんです」

 

 ガルは完全に青ざめていた。言葉が出ないらしい。口を開きかけて、閉じる。私を見る目は、昨日の部屋で見たものに近い。

 

 恐怖。

 

 警戒。

 

 理解できないものを見る目。

 

 その目を見た瞬間、胸の奥がぞくりと震えた。

 

「あっ、安心してください。今はガルさんをどうこうするつもりはありませんから」

 

「その言い方が全然安心できねえんだが……」

 

 ガルの声はかすれていた。

 

「私も困っているんです。普通の人を傷つけたいわけではありません。町の人に迷惑をかけたいわけでもないんです。だから、冒険者のお仕事として、合法的に男の人に酷い事が出来る仕事がしたいんです」

 

「合法的に、酷い事が出来る仕事……?」

 

 ガルは、私の言葉をそのまま繰り返した。理解したくないのに、理解してしまった。そんな顔だった。

 

「はい。生死問わずで手配されている盗賊や犯罪者を捕まえたり、殺してもいいお仕事です」

 

 ガルの顔から、さらに血の気が引いた。

 

 彼は一歩下がりかけて、踏みとどまった。逃げたらまずいと思ったのかもしれない。私が追いかけると分かっているからかもしれない。

 

「……賞金首狩りか」

 

「そうです。そちらの方が儲かるんですよね?」

 

「……そりゃ、普通のFランク依頼よりはな。だが、危険だぞ。手配されてる奴らは、ただのチンピラとは違う。人を殺して逃げてる奴もいるし、仲間を連れてることもある。待ち伏せもする。町の外で油断したら、普通に死ぬ」

 

「大丈夫です。そっちの方がドキドキしますから」

 

「そこを楽しむな」

 

 ガルは思わず強めに言った。けれど、すぐに自分の声の大きさに気づいたのか、周囲を見回した。幸い、近くに人はいない。

 

 私は少しだけ笑ってしまった。ガルは本気で心配している。私を怖がっているのに、冒険者としての危険はちゃんと教えてくれる。やはり、この男は便利だ。

 

 それに、少しだけ面白い。

 

「でもガルさん。私、リュセルに来る途中で賊に襲われたんですよ」

 

「ああ……門で言ってたやつか」

 

「はい。その時、私は本当に、興奮が止まらなかったんです」

 

 ガルの顔がさらに強張った。

 

 私は空を見上げた。あの草原のことを思い出す。下品に笑う男たち。手首が折れる音。飛んでくる矢。命乞い。逃げようとする背中。足の裏に伝わった震え。

 

「あの時は、まだ自分の体も力もよく分かっていませんでした。だから、少し雑に扱ってしまいました」

 

「雑……?」

 

「はい。もう少し優しく接してあげられたら、もっと楽しめたかもしれないのに。今思うと、少しもったいなかったです」

 

 ガルが一歩下がった。

 

「お前、自分が何言ってるか分かってるか?」

 

「分かっています。だから、ガルさんに相談しているんです」

 

 私は真面目に答えた。

 

「犯罪者なら、捕まえても問題ありませんよね?生死問わずで手配されている相手なら、少し乱暴にしても、普通の人ほど困りませんよね?それに、報酬もいい。私の趣味と、冒険者としての稼ぎが両立できます」

 

「趣味と仕事を一緒にすんな」

 

「でも、向いていると思いませんか?」

 

「思いたくねえよ」

 

 ガルは顔をしかめたまま言った。だが、完全に否定はしなかった。できなかったのかもしれない。私の力を見ているからだ。角兎を素手で捕まえ、石で仕留めるところを見ている。昨日の部屋で、Cランクの自分が何もできなかったことも覚えている。

 

 私は、たぶん強い。

 

 賞金首を相手にする能力は、少なくともある。

 

 問題は、私の中身の方だった。

 

「ガルさん」

 

「なんだよ……」

 

「そういう依頼は、どうやって探せばいいですか?」

 

「ギルドの掲示板にも出る。あとは衛兵詰所や、商会から回ってくることもある。ただし、普通はDランク以上、場合によってはCランク以上の仕事だ。Fランクの新人が受けられるもんじゃない」

 

「ガルさんはCランクですよね」

 

 ガルは嫌な予感がしたように黙った。

 

 私は微笑んだ。

 

「一緒に受ければ、可能性はありますか?」

 

「……内容次第だ」

 

「では、明日からそういう依頼も探してください」

 

「お前な……」

 

「お願いします」

 

 私は少しだけ首を傾げる。

 

 ガルはその仕草を見て、ぐっと言葉を飲み込んだ。私が怒っているわけではないと分かっているのだろう。けれど、逆らっていいのかどうかも分かっている。

 

「分かった。探すだけだ。すぐ受けるとは言ってねえぞ」

 

「はい。それで大丈夫です」

 

「それと、俺が危ないと判断したら止める。そこは聞け」

 

「内容によります」

 

「聞けよ」

 

「善処します」

 

「絶対聞かねえやつじゃねえか……」

 

 ガルは疲れたようにため息をついた。

 

 それでも、話はまとまった。生死問わずの賞金首。盗賊。犯罪者。そういう相手なら、私の衝動を少しは安全な方向へ向けられるかもしれない。少なくとも、町の普通の人に向けるよりはずっとましだ。

 

 本当にましなのかは、まだ分からない。

 

 けれど、胸の奥は期待に熱を帯びていた。

 

「楽しみですね」

 

「俺は全然楽しみじゃねえ」

 

「ガルさんも、きっと楽しいですよ」

 

「……そんなの楽しみたくねぇよ」

 

 ガルは心底嫌そうに言った。

 

「そうですか?残念です」

 

「残念がるところじゃねえ」

 

 その会話をしながら、私たちはリュセルへ戻った。

 

 町の門が見えてくる頃には、私はまたいつもの穏やかな表情を作っていた。門番に冒険者証を見せ、月白草の入った袋を確認される。ガルは隣で黙っていた。さっきの話を引きずっているのか、いつもよりさらに疲れた顔をしている。

 

 ギルドへ戻り、依頼を報告する。月白草十束と角兎一匹。報酬は銅貨三十枚ほどだった。昨日より少ないが、作業自体には慣れてきた。受付嬢は薬草の状態を確認し、問題なく達成印を押してくれた。

 

「本日も状態は良好ですね」

 

「ガルさんのおかげです」

 

 私がそう言うと、受付嬢はガルを見た。

 

「ガルさん、意外と面倒見がいいんですね」

 

「……成り行きだ」

 

 ガルは短く答えた。その声は少しだけ暗かった。

 

 ギルドを出たところで、私はガルに向き直った。

 

「今日もありがとうございました」

 

「……ああ」

 

「明日は、さっき話した依頼を見てみましょう」

 

 ガルの顔がぴくりと動く。

 

「探すだけだぞ」

 

「はい。探すだけです」

 

「受けるとは言ってないからな」

 

「分かっています」

 

 私は笑顔で頷いた。ガルはまったく信用していない顔をしていた。

 

「それでは、また明日」

 

「ああ……また明日」

 

 ガルはそう言って、疲れた足取りで去っていった。その背中は昨日よりもさらに重そうだった。何かとんでもないものに巻き込まれたと、ようやく本格的に理解したのかもしれない。

 

 私はその背中を見送りながら、少しだけ胸を押さえた。

 

 言ってしまった。

 

 人には言いにくい趣味。男の人を追い詰めたいという衝動。怖がらせて、泣かせて、後悔させたいという願望。それを、私はガルに話した。

 

 恥ずかしかった。

 

 でも、少しすっきりした。

 

「明日が少し楽しみですね」

 

 小さく呟く。

 

 生死問わずの賞金首。盗賊。犯罪者。合法的に酷い事が出来る男たち。

 

 普通の女の子なら、そんなものを楽しみにしたりしないのだろう。

 

 けれど、私はもう普通ではない。

 

 女神のような存在から最強の力をもらい、その代償を聞かないまま受け入れた。なら、この歪んだ熱も、私の一部なのだ。

 

 私は頭巾を深くかぶり直し、宿へ向かって歩き出した。

 

 夕暮れのリュセルは、昨日より少しだけ赤く見えた。街のざわめきの中で、私の足取りは軽い。

 

 人として生きたい。

 

 そう思っているのに。

 

 明日のことを考えるだけで、私はどうしようもなく胸が弾んでしまっていた。

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