表通りから一本外れてしまえば、街灯一つすらない路地裏。表の世界とはかけ離れた裏の世界。犯罪と悪意の温床。今日は新月で、星明かりだけが頼りだ。普段ならさまざまな人間が悪意の混ぜ物を形成しているが、ここの路地裏からは人の気配がほとんどしない。
短刀を握りしめ一歩踏み出してみると、身が冷えるほど静かなこの場所から感じられるのは、身の毛がよだつほど黒い気配と、先ほどから聞こえる鈴の音、それから何かが動く音だけ。まだ動ける余裕はあるのだろうか。
「そこ、誰かいるの?」
暗闇に向かって声をかけてみるが、人からの応答はない。相変わらず不規則に聞こえる鈴の音だけが、この路地裏にこだましている。
「この目で確認するしかないわね……」
慣れないタイプの現象で少し怖気付くが、そう自分に言い聞かせて一歩ずつ歩みを進める。少しずつだが確実に近づいているようで、鈴の音が大きくなり、奥の地面にかすかに光が見える。誰かがランプでも持ち込んだのだろうか。裏の世界では御法度だというのに。
ふと見ると、右手に持った短刀の刀身がぼんやりと光を放っている。父親から継がれた短剣、腕のいい鍛治師が作り、祈祷師が祈りを捧げた特別な短剣。霊や怪異も斬ることができ、近くにそれがいれば、光を纏い力を増す。怪異の類が存在する時にしか発生しない現象が、起こっている。つまり、この奥には何らかの怪異がいる……ということになる。
そうなると、非常にまずい。人間は基本、選ばれた者しか怪異に対抗できない。普通の人間は怪異に抗うだけの力を持たないのだ。気づけば、足並みが速くなる。この路地もそう長くはない。不規則だが、鈴の音はまだ聞こえる。これが罠でなければ、まだ間に合うかもしれない。
奥で見える光も、少しずつ大きく明るくなっていく。その分、不気味で黒い気配も、その光を吸い込み消してしまいそうなほどに大きくなっていく。怪異に襲われた生存者の救助はスピードが命だ。敵の姿も人間の姿も見えずまだ状況の全体像を捉えられていないが、この雰囲気では悠長なことは言っていられない。私は体勢を下げ、一気に飛び出す。助走をつけながら短剣を構える。遠く目に入るぼんやりとした光が少しずつ明るくなり、どんどん気配が大きくなる。
地を蹴り、速度をぐんぐんと上げて走る。その先で見えたのは、地面にへたりこみ後退りする白と赤を基調とした珍しい服装の一人の女性。その手には鈴がたくさんついた棒が握られていた。さらにその眼前にいるのは、黒く悍ましく、なぜか私の目にも見えている怪異だった。
その実、短剣に力が籠っているだけで、自分自身は霊媒体質ではないので怪異は見えないはずだ。しかし、この怪異はうっすらだが確実に目に見えているのだ。
だが、そのことについて思考している猶予はなかった。怪異が今にも女性を襲わんとしている。一刻も早く止めなくてはならない。詠唱をしている時間はない。彼女の目線から怪異の大体の大きさとフォルムを把握する。短剣に魔力を流し込みながら、脚部にも魔力を回す。足の裏に魔力が集中し、旋風を巻き起こす。
同時に短剣に送られた魔力が輝きを放ち、闇夜に鮮やかな軌跡を描く。
怪異はもう目の前だ。そのまま勢いよく飛び出し三角飛びの要領で壁を蹴り、さらに高さを稼ぐ。怪異の体を後方上部から捉え、その瞬間に足の裏の魔力を解放、壁を作るイメージで蹴り出し風の力で速度を爆発的に増加させて、一閃。怪異の体は真っ二つに引き裂かれ、黒い塵を残しながら霧散していった。その場に残ったのは私と、突然のことに驚いたのか、目をぱちくりさせながら呆けた表情をしている女性ただ一人となった。
「えーっと…アンタ、大丈夫?」
「あ、あぁ……助かったのですか……?私……」
「えぇ、無事でよかったわ。危なかったわね」
「ひゅぅ……」
「ちょ、ちょっと!ここで意識失っちゃだめよ!」
女性に声をかけると、安心したのか気が抜けて意識を失ってしまった。そっと近づけば、肩に大きな切り傷ができている。怪異に襲われたのだろう。全身ボロボロだが、風変わりな服装をしているのは見て取れる。血は止まっているようだが、白い服が血で赤く染まっている。
「はぁ、しょうがないわね……野垂れ死なれても困るし、連れて帰ろうかしらね」
荒い寝息を立てる彼女を肩の傷に触れないようにそっと抱き上げ、ひとまずエナが待つ喫茶店へと向かった。
「マスター、エナ。待たせたわね」
「あ、ノゥムちゃん!大丈夫だった…って、その人は…?」
「さっきそこでちょっといざこざがあってね、怪我してたから助けてきたのよ。エナを巻き込むわけにもいかないしね」
「そうだったんだ…」
喫茶店に入ると、閉店モードなのかBGMと照明は最低限以外は落とされており、エナが心配そうな顔をして駆け寄ってきた。マスターは相変わらずカップを磨いている。
エナに余計な心配をかけるわけにはいかない。怖いだろうし、怪異の話は黙っておくことにする。何より、ここで油を売っている時間はない。
「マスター、内線で医療班に連絡お願いできる?彼女、早急な手当が必要だわ。容態は恐らく安定してるけど、肩のところに切り傷があって出血してたことも伝えてもらえるかしら?」
「かしこまりました、ノゥムお嬢ちゃん。それから、お疲れ様でございます」
「……マスターには隠し事できないわね。後で飲みにくるわ」
「えぇ、お待ちしておりますよ」
「じゃあエナ、帰るわよ」
そうして私たちは、コーヒーの香り漂う喫茶店を後にする。あとは行きと同じように赤の灯りを辿って帰ると、しばらくすれば楽団本部へと到着する。裏通路の出口では、医療班の面々が待機しており、担架が用意されていた。その中でも一際小さい、私と同じくらいの身長の橙髪ツインテ赤目エルフ耳が話しかけてくる。
「ノゥム、おかえり!その子は大丈夫そう?」
「まあ、恐らく命に別状はないと思うわ。にしてもElixir、準備がいいわね」
「マスターからくわしく聞いたからね〜!早速医務室で処置するよ!」
Elixirは私の腕から件の女性を受け取ると、担架に乗せて医療班の面々に指示を出す。指示を受けた彼らは、慎重に担架を持ち上げて彼女を運んで医務室へと入って行った。
「ええ、あとは任せるわ。彼女から色々聞きたいこともあるし、頼んだわよ」
「まっかせて!ノゥムも、無理しちゃダメだよ!さっきので魔力結構使ったでしょ!顔白いよっ」
「そうかもしれないわね。お医者さんの言うことは聞いて、今日は休ませてもらうわ」
「じゃ、ノゥム。また明日ね〜」
Elixirは手をひらひらと振ってから振り返り、医務室へと向かって行った。あの軽い感じでも凄腕の医者だ。今回もなんとかしてくれるはずだ。あとは本人の回復力次第だろう。見送ったあと、私はエナの方を向き直る。
「じゃあ、エナの部屋、見に行きましょうか」
エナの部屋は、一般団員の宿舎に用意された。私の部屋とは少し離れているが、まあ問題ないだろう。オズが居住することも考えて、広めで窓の大きい角部屋があてがわれている。
ドアを開けると短めの廊下があり、扉が4枚。一つは浴槽完備のシャワールーム、一つはお手洗い、もう一つは寝室と、もう一つがリビングルームだ。キッチンはついていないが、冷蔵庫は完備されている。もちろん電気は通っているし、冷暖房も完備されている。リビングには先ほど買った止まり木が鎮座しており、クローゼットを開ければいつの間に誰が買ったのか、ジナヴィ風の服が用意されていた。そこそこいい部屋なのではないだろうか。
「わぁ……すごいね、ノゥムちゃん!」
「そうね、団員には快適に生活してほしいもの。これくらいの用意はするわよ」
「ここが、私たちの新しいおうち……オズ!やったね!」
エナはあちこちの扉を開けて、中を見るたび目を輝かせている。一人暮らしの時の家を知らないが、きっと気に入ってくれたのだろう。
オズはエナの方を向いて一鳴きすると、止まり木の方へ飛んでいって翼を休めている。そんなオズの様子を見て、エナも微笑んでいる。あとは、ここでの生活に慣れてくれるよう、ケアをしていけば問題ないだろう。
「何かわからないことがあったら、テーブルの上に置いてある端末は今日からエナのだから、私に連絡しなさい。それから何か食べたくなったら食堂に行くといいわ」
「わかった!なんでも聞くからね!」
「じゃあエナ、オズ、私はそろそろ仕事に戻るわ。今日はお疲れ様。おやすみなさい」
「うん!おやすみ、ノゥムちゃん!」
私はエナの部屋を後にして、自室へと戻った。
部屋に戻ってからのことはあまり覚えていない。次に意識を取り戻した時、窓から差し込む暖かい光と鳥の囀りで目を覚ました。もう太陽は高く登っており、私の体はベッドの上で転がっていた。魔力を使いすぎたのだろうか、疲れから眠ってしまったらしい。体がベタつく気がする。武器類の装備は流石に外しているが、服も着替えていない。お風呂にも入っていないのだろうか。
「はぁ……私も魔力の出力とコントロールがまだまだね、全体量も足りてないし……修行しなきゃ」
誰に聞かれることもない独り言を呟きながら大きく伸びをし、ベッドから立ち上がる。体の調子は特に問題なさそうだ。早めの休息を取ったからか、感覚的には魔力量もほとんど回復している。
執務机に目を向ければ、昨日の夜出したのか怪異についての資料が散乱している。結局記憶が曖昧なので読んだことも頭に入っていないし意味はないのだが。でも、この調子では恐らく何も見つからなかったのだろう。
「とりあえず朝ごはんね……と、その前にお風呂かしら」
流石に汚れた体で皆に顔を出すのは団長としてよろしくない。汗をかいていて匂いもしてしまうだろうし、それは嫌だと心が叫んでいる。一旦お風呂に入ろうと風呂場のドアを開けると、温かい雰囲気の風呂場と石製の浴槽が目に入る。が、浴槽からお湯が溢れていた。恐らく昨日お風呂に入ろうとしてその前に意識を失ったのだろう。水の都市とはいえ水道代はちゃんと取られる。一晩垂れ流しだったことを思うとかなりなものだろう。私は頭を抱えた。
しかし、後悔しても致し方ない。私は蛇口を捻ってお湯を止める。今日ばかりの贅沢だと割り切り、全身をくまなく入念に洗ってから、パンパンにお湯の張った浴槽へと一気に体を入れ込んだ。一気にお湯が溢れて大きな音を立てる。湯加減もなんだかんだちょうど良く、最高に贅沢をしている気分になれた。まだ例の彼女が意識を取り戻しているとも限らない。Elixirならそういう時は連絡してくる気がするし、ゆっくり羽を伸ばすことにした。
30分ほどゆったり英気を回復し、お風呂から出る。体を拭き、腰の上くらいまである髪を乾かしてから、いつもの服装に着替えた。今日もバッチリだ。何があっても上はマントとサラシ、下はホットパンツが落ち着くのだ。
そのままの足で私はキッチンへと向かうと、昨日買ってきた食材を取り出し、簡単に朝ごはんを作ることにした。メニューも昨日と同じ。朝ごはんはルーティン化して、さっさと作業についた方がいいというのは、これまでの経験則だ。
机に料理を盛った皿を並べ、いただきますをしてから食べていると、端末に1件の通知が来ていることに気づく。やはりElixirからで、あの女性が目を覚ましたということらしい。これを食べたら様子を見に行くことにする。そうと決まれば話は早い。残った朝食をささっと口に入れ、歯を磨いてから医務室へと向かった。
「Elixir、きたわよ」
「あ、ノゥム!こっちだよ〜」
ノックしてから医務室の扉を開け、中にいるはずの彼女に声をかける。ベッドの近くにいた彼女はこちらに気づくと、手を振って合図してきた。
ベッドに近づくと、そこには昨日の女性が体を起こしてこちらを見ていた。服は患者用のものに着替えさせられている。ロングの黒髪に水色の瞳。随分と大人びているように感じる。年上だろうか。私よりは2回りくらい大きい彼女は、おどおどとしながら口を開いた。
「えぇと……昨日は助けてくださりありがとうございます」
「いいのよ。うちの近くで倒れられちゃったら夢見が悪いでしょ」
「ほ、本当に死ぬかと思って……あなたがいなかったら……」
「でも、よく保ったね〜、キミ。医者の視点で見ても、回復力高いと思うよ!」
かなり怯えているようだ。無理もない。一般人には命のやり取りというのは、あまりに重すぎることだ。
「まあ、アンタに聞きたいことはたくさんあるけれど……それは落ち着いたらでいいわ。とりあえず名前だけ聞かせてくれるかしら?あ、私はノゥム・ヴィオラよ。そっちのは……Elixirね」
「Elixirだよ!よろしくね〜」
「はい、私は出雲やよいと言います。Elixirさん、手当ありがとうございました。そしてノゥムさん、ここは、どこなんですか……?」
困惑や不安が入り混じった瞳で見つめてくるやよい。そして、名前を聞いたことでようやく今回の事件の真相について合点がいく。もちろん、確信を持てたわけではないが、ある程度の予想はついた。
「ここがどこかといえば……まあ私の会社の医務室だけれど、きっとやよいが聞きたいのはそういうことではないわよね。今はもう体は大丈夫かしら?」
「はい、問題はないです。まだ少し痛みますが……」
「長話になるから、体調が優れなくなったら言うのよ。じゃあぼちぼち話しましょうか」
「はい、お願いします。」
やよいも覚悟の決まった瞳でこちらを見返してくる。まだ不安そうだが、確かに気合いは入ったように見える。
「じゃあそうね……まずはようこそ、霧の楽団へ。ここがどこかと言うことについては……黄金郷イルジパン、水の都市ジナヴィよ」
「なんですかそれ……聞いたことない……日本じゃないとは思っていましたけれど……」
「やっぱりね。あなた、日本出身ね。それも碧都市でしょ。こっちじゃ聞かない名前に昨日の服装も。どこかで見たことある気がするのに知らないって、こういうことだったのね」
「え、あ、あの……なんで分かるんですか……?」
自分の出身を当てられたためか、やよいが困惑している。無理もない。今のままでは私は超能力者か何かに思われているだろう。
「そうね……まあそれについてはやよいが帰る時に話すとするわ。今すぐに話しても情報量が多すぎるでしょうし。それで、ここについてだけど……やよいから見たら、異世界ってところね」
「異世界って……そんな素っ頓狂な話……」
「まあ、信じられないのは分かるけど。でもやよい、アンタは今ジナヴィに立っているのよ。その証拠に……」
私は手に魔力を少し込め、竜巻のイメージを作る。すると、手のひらにイメージした通りの竜巻ができ、ふっと投げればベッドの横のカーテンがぐるぐると渦を巻く。
「まあ、こんな感じね。魔術が使えるの。まあ限られた人だけだけれど……」
「本当に魔術が……ふふっ、ノゥムさん!もっと見せてください!」
「え、えぇ……?アンタ、驚かないのね……」
「はい!そういうの好きなんです!異世界ってすごいですね!」
少し驚かせてしまうかと思ったが、なぜか琴線に触れたようで、逆に緊張が和らいだようだ。異世界ということも飲み込んでくれたらしい。僥倖だ。
「まあ、分かってくれたならいいのよ。それで、私からも2つほど聞きたいのだけれど……まだ何かそっちから聞きたいことはあるかしら?」
「そうですね……私は、帰れるのでしょうか?」
「それなら問題ないわ。保証する……とまではいかないけれど、まあ《門》に弾かれた事例は今まで存在しないし、帰れるはずよ」
そういうとやよいは安堵したかのように一息つく。やはり異世界で過ごすのは心労が大きいのだろう。
「じゃあ少しずつ聞き取りしていくけれど……アンタ、昨日はなんであんなのに追われてたの?」
「それは……昨日、家出したんです。そしたら、神社から出たあたりで怪異に襲われて……走って逃げてたら眩い光に包まれて、いつのまにか知らない街並みにいて……」
「……やっぱりね。アンタは《門》に間違って入ってこっちにきたってわけね」
「その、門というのがここと碧都を繋いでいるということですよね……?」
「そうね、察しが早くて助かるわ」
「じゃあ、それを通れば帰れると……?」
「そうね、アンタの言う通りよ。それで、2つ目なんだけれど。アンタ、何か能力持ってるわよね。そうじゃなきゃ怪異はああはならないわ」
それを聞いた瞬間、やよいの目が泳ぐ。明らかに動揺しているのが見て取れる。何か隠したいのだろう。それがバレて嫌な目を見たのだろうか。
「まぁ、無理して言う必要はないわ」
「いえ……その、信じてくれますか?」
「私のことを信用してくれてそうだし。クライアントの言うことは信用するわ」
そういうと彼女は1度目を瞑り、開く。覚悟を決めた表情で、口を開き始めた。
「実は私……視えるんです。霊や怪異が。それで……この神楽鈴でその手のモノにに触れると、力を和らげてくれるんです」
「なるほど、それで力を失った怪異がぼんやりととはいえ、実体化したと言うことかしら?」
「はい、そういうことだと思います……信じてくれるんですか?」
「えぇ、信じるわ。何よりその方が都合がいいし……一つ、提案というか、お願いがあるのだけれど」
「はい、なんでしょうか?」
「やよい、アンタの力を貸して欲しいの」
「と、言いますと?」
「ずばり、霧の楽団碧都支部のメンバーになって欲しいのよ」
困惑だった彼女の表情は、みるみるうちに驚きへと変わっていく。当然だ。いきなり異世界にきて、謎の集団の団員になってくれと言われれば、誰だって同じ反応をするはずだ。
「無理してと言うつもりはないわ。けれど、やよいのその力が、私たちには今必要不可欠なのよ。碧都だとこっちと違って魔術は使えない。怪異への対抗策が皆無なのよ」
「な、なるほど……?で、でも、それって私である必要はあるのでしょうか……私ではお力になれない気がしますし、もっと高名な方を雇ったりすれば……」
「そういうわけにもいかないの。霧の楽団は秘密結社。悪を裁き、治安を守るためなら私刑をも厭わない、そういう集団。そういう奴らと関わりを持ちたくない人間がほとんどよ。だから、無理なお願いをしているのは分かっているわ」
そこまで聞いたやよいは悩む表情を見せる。真剣に考えてくれているのだろう。まあ、真剣に考えたところで一般人が楽団に入るリスクとリターンは釣り合っていない。断られるのがオチだろうが。
「あの、ノゥムさん」
「何かしら?」
「怪異調査って、どれくらいの頻度で起きるのですか?」
「頻度はまちまちね。けれど、決して暇とは言えないわ。もちろん、危ない怪異なら命の危険も伴うわ」
「……分かりました。ぜひ、私をメンバーにしてください!」
「……え?」
想定外の返事に、頭にクエスチョンマークが浮かぶ。彼女は今なんと言ったのだろうか。このまま断られて、療養したのちに《門》から碧都に帰し、守秘義務だけ守らせて関係はおしまい、一般人と裏の人間として、2度と関わることはないという想定だったのだが。
「ごめんなさい、間違いじゃなければ、メンバーにして欲しいと聞こえたんだけれど?」
「はい!私、オカルト大好きなので!そういう仕事に就きたいと思っていたんです!家出したのもそれが原因で……」
「……じゃあ、よろしくお願いするわね。契約書などは後で書いて貰うから、頼むわよ?」
「分かりました、これからよろしくお願いしますね、ノゥムさん」
「えぇ、よろしく。じゃあ、療養が終わったら碧都支部に行きましょうか。また来るわ」
それだけ言い残し、私は医務室を後にする。出る時に一度振り返れば、やよいがお淑やかな笑顔でこちらに手を振っていた。少しだけ手を振り返し、私は扉を閉じた。
3日後。この3日間で契約書を書いたり、仕事についての説明をしながらやよいに付き添い、ついにやよいの体も元通りになり、ジナヴィから碧都へと帰る日。私とやよいは話しながら《門》へと向かっていた。
「じゃあ、《門》の説明をするわね。《門》は、ジナヴィと碧都を繋ぐ出入り口のこと。たまにランダムに現れては消えるのを繰り返して、人間や怪異、魔物などを行ったり来たりさせているの」
「本当に門なんですね…それに入って、私もこっちにきたということですね」
「えぇ、そうよ。まあ基本《門》はランダムに生成と消失を繰り返すのだけれど…原理はさておき、ある高名な術師の力を借りて、それの存在を確立して固定することに成功したの」
「それって……つまり」
「ええ。私たちは、このジナヴィの楽団本部から碧都の楽団本部へ自由に移動ができるのよ」
「それで、間違えてこっちに来た人を返したりしているんですね」
「まあ、そもそも迷い込んだ人間を探すのも大変だけどね。服装とかで見分けやすいとはいえ、あれだけ人がいるんだもの」
いくら特徴的とはいえ、ジナヴィには少なくとも10万以上の人が住んでいるとされている。その中から異世界人を探すのは難しい。霧の楽団でもできるだけ保護に努めているが、現状なかなかうまくいっていないというのが本音だ。
「さて、ついたわ。これが《門》よ」
「えっと……ただの扉にしか見えないんですが……」
「そりゃ、カモフラージュしてるからよ。さぁ、いくわよ」
「ちょっと緊張しますね……ふふ」
やよいは笑顔とも苦笑いとも取れない顔を見せて、こちらを向いてくる。大丈夫だと見せるように私は一歩前に出て、扉の隣にあるリーダーに端末をかざす。必要情報を入力して、少し待つ。ジナヴィには似つかわしくない機械が、音声を吐き出す。
「認証。ノゥム・ヴィオラ。同行者、団員一名。《門》の通行を許可します」
音声が終了すると同時に、周りの扉と何の変わりもない扉が開く。しかし、奥に見えるものは何もなく、そこには暖かく、なんだか安心させるような光だけが埋め尽くしている。
「やよい……いいえ、prayer、帰るわよ。少し目を瞑ることをお勧めするわ」
「はい、ノゥムさん!」
私はやよいの手を引く。彼女もそれについてきて、光の中へと突入する。体が少し浮く感覚。瞼の裏に光が焼き付く感覚と共に私たちは温もりに包まれ、ほんの一瞬だけ、すっと意識を手放した。