ゼノンの仕事(1/10)
翌日も同じように、朝からゼノンはクィーリアの傷の様子を見に来た。
治療に使う道具類を片手に扉を開けたゼノンが、ベッドで横になるクィーリアに声を掛ける。
「調子はどうだ?」
「だいぶ良くなってきたわね。まだちょっと痛むけど、もう大したことはないわ」
「腕以外に不調は?」
「それも大丈夫。昨日みたいなだるさもない。もう普通に生活する分には問題ないと思う」
「そうか」
問いを重ねるゼノンに対して、クィーリアは左肩をぐるりと一回転させて、快方に向かう自分をアピールしてみせた。少々傷に障ったようでわずかに顔をしかめたが、昨日と比べても血色は見違えてよくなっており、かなり回復しているのが見て取れた。
「それにしても不思議ね。昨日はだるさも酷かったし、一昨日なんて出血が止まらなかったのに、どうしてか治りが妙に早いのよね」
「クィーリアを襲ったのが、あの魔物だからな」
首を傾げるクィーリアの疑問の答えを、どうやらゼノンは知っているらしい。
「あの狼の魔物の牙と爪には血が固まるのを阻害する毒があってな。それで血を流させ続けて獲物を弱らせるんだ。そうして十分弱り切ったところを群れで襲い掛かって仕留めるのが、奴らの狩りの仕方だ」
その毒は相当強力なもので、つけられたのがほんの小さな傷だったとしても、獲物が失血死するまで流血させ続けることもあるという。
慎重な狩りのスタイルとチームワークで、自分よりも強大な獲物すら仕留めることもあるのが、あの狼の魔物の恐ろしいところだ。
裏を返せば、出血量と傷の大きさはほとんど比例しない。クィーリアの回復が異様に早かったのも、彼女の傷が出血の割にはそう深いものではなかったからだ。
ゼノンの口からすらすらと流れるように語られる魔物の説明に、クィーリアは感嘆のため息を吐いた。
「……詳しいのね」
「昔、そういう仕事をしていたからな」
「今は違うの?」
「今は退職して、別の仕事をしている。そうだな……」
ぽつりと呟いて、ふと考え込み、やがてゼノンはとある提案をした。
「……来るかどうかはクィーリア次第だが、人間領の、人間の住む街を見に行ってみるか?」
〇 〇 〇
クィーリアは驚きのあまり絶句した。
まさか人間の住む街に足を踏み入れ、人間の生活をこの目で見る日が来ようとは。
確かにクィーリアの諜報活動の最終目標は、人間の街に入り込み、そこで得た情報を亜人領に持ち帰ることだ。やがては実現させなければいけないとは思っていたが、まさかここまで早くその日が訪れるとは思わなかった。
だが、クィーリアが絶句した理由は他にある。それが――。