「いらっしゃいませ」
「お二人の結婚記念日に、ですか。いいですね。でしたらこちらはいかがでしょう」
「その用途ですと香りの強いものの方がよさそうですね。店の外に置いておりますので、よろしければご案内いたしましょうか?」
この、さわやかに接客を行う男は一体誰だ?
いや、これが誰かなど分かっている。分かってはいるが、理解が追い付かない。
そんな戸惑うクィーリアをよそに、彼女の前で接客に励む男――ゼノンは、次々と店にやってくる来客を捌いていった。
接客態度は至って丁寧で、普段の冷静で物静かな性格とは打って変わって、まるで人が変わったようににこやかに仕事に精を出している。
クィーリアは今、ゼノンが身につけているものと同じ、店の制服代わりとして使っている黒のエプロンを着用し、ゼノンの店の手伝いとして街に入り込んでいた。
エプロンはゼノンの身長に合わせて作られているせいで、クィーリアにはあまりにも大きすぎた。丈の方は裾を上げて調整しているが、結んだ後でも余ってしまうほどに長い肩紐が少々鬱陶しい。
クィーリアの耳は大きな帽子を被ることで、その下にすっぽりと隠している。耳さえ隠してしまえば、彼女はこの街では珍しい浅黒い肌の色をした、なんの変哲もない人間の少女にしか見えない。
まずは店の雰囲気を知るために、会計所で店内の様子を見るようゼノンに言われていた。だが、ゼノンの接客態度が気になるあまり、視線も意識もそちらにばかりいってしまってそれどころではない。
そんなことを考えているうちに、来客を捌き切ったゼノンが、軽く息を吐いて会計所の方へと寄ってきた。
「お疲れ、ひとまず山場は乗り切ったな」
「お、お疲れ様」
飲み水を口に含み、淡々とした口調でクィーリアに話しかける。
ああ、いつものゼノンだと、クィーリアは内心安堵のため息を吐いた。
「ていうか、ゼノンってこういう仕事してたんだ」
「まあな。意外だったろ?」
「……まあ、驚きはした」
驚いたのは、主にゼノンの接客態度について、だが。
だが、彼の職業が意外だったのもまた事実だ。
平均よりも頭一つ抜けた身長に、長袖の服でも隠しきれない鍛えられた肉体。
先日の魔物との戦いで見た、戦闘経験の高さと使い慣れた術式。
そんな大男は今、街の片隅で小さな店を営んでいた。
店内のどこを見渡しても目に映る色とりどりの花の数々。店内の中央と壁に沿って取り付けられた棚には花の小鉢が隙間なく置かれ、雑然として、それでいてどこか調和のとれた色彩を放っている。
店の外、入り口付近には香り高い品種の花が数多く置かれていた。ゼノン曰く、店内に香りが篭るのを防ぐためと、香りによる客引きを兼ねているらしい。
夜間であったことと、余裕がなかったから気付いていなかったが、クィーリアが魔物に襲われた時に入り込んだゼノンの畑も、店の商品を栽培する花畑だった。
職業、花屋。それがゼノンの今の仕事だ。