「ていうか、いつもあんな数のお客さんを一人で捌いてるの?」
「いつもはこんなに人は来ないんだがな……。しばらく店を空けていたせいだろうな」
それを聴いて、店を空ける原因を作ったクィーリアはややしかめた顔をする。
「それと、だ。他の場所ではどう呼んでもいいが、店の中では俺のことは店長と呼んでおけ」
「なんで?」
ゼノンは彼女の反応を気にすることなく、ふと思い出したようにクィーリアに告げた。
彼の奇妙な言いつけに、クィーリアは頭に疑問符を浮かべる。今まで呼び捨てにしていたことすら全く意に介していなかったゼノンが、店長という呼び名にだけはこだわった理由が気になった。
「この店の責任者が俺だということを暗に示すためだ。例えばそうだな……。客から粉雪花を注文されたとして、クィーリアはどの花が粉雪花か分かるか?」
おそらく亜人領にはないであろう、見たことも聞いたこともない花の名前を耳にして、クィーリアは店内をぐるりと見渡した。名前に雪とつく花だから白い花だと予想したまではいいが、軽く見渡しただけでも白い花は店内に三、四種類ほど見つかった。
それ以上、どうやって候補を絞り込めばいいのか見当もつかない。
当てずっぽうで答えるわけにもいかず、クィーリアは正直に白状した。
「……分からない」
「だろう? クィーリアはまだこの店のことは分からんことだらけで、ミスとまではいかなくとも、不測の事態に陥りやすい。そうなった時、この店の責任者は俺だと示しておけば、少しは対応を俺に任せやすくなる」
「……なるほど」
ゼノンの言い分に、クィーリアは納得して頷いた。
要するに、彼に対応を丸投げさせるという逃げ道を、クィーリアに用意してやっているのだ。
「ちなみに、この店に粉雪花は置いていない」
「え?」
「そもそも、粉雪花は店で扱うような花じゃない」
「……それは、ずるくない?」
そんな花が問題の答えでは、どうやっても自分には答えようがないではないか。
そうクィーリアが抗議すると、ゼノンはあしらうように軽く笑う。そうして顎に手を置いて、花の解説を語り始めた。
「春先に山岳地帯に咲く、つま先ほどもないような小さな白い花でな。この花が散る様子が、まるで冬に巻き戻って雪が降ってきたようだからこの名前がついたんだ。花言葉もそこからつけられていて――」
「おーい、やってるかー?」
「邪魔するぞ」
からんからんと不意に鳴る、来客を知らせる扉の鐘がゼノンの解説を阻む。
突然店の玄関を潜り抜けた二人組の来客は、花屋という場所に似つかわしくない様相をしていた。
一人はウェーブのかかった長い金髪の女性だ。女性にしては高い身長にきりっとした目つき。身にまとう丁寧に磨き上げられた銀の軽鎧は、至る所に細かい傷がついており、彼女がこれまでどれほど戦い抜いてきたかを雄弁に物語っている。
そして何より目につくのが、彼女が背負う、玄関の扉ほどの大きさもある大盾だった。背中側から見れば、彼女の姿は盾に隠れて見えなくなるだろう。
もう一人は青い髪を短く刈り上げた男性だった。決して低い方ではないはずだが、ゼノンや盾の女性が横にいるせいか妙に上背が低く見える。女性のものとは対照的に防具は革の胸当てのみで、クィーリア同様装飾の少ない動きやすさを重視した軽装だ。
両腰に差した二本の無骨な短刀は、クィーリアが扱う鉈よりも少々小ぶりなそれは、隣に大盾があるせいか実際よりもさらに小さく見えた。