「まず前提条件の確認だが」
朝一番に街を出て買い出しに向かい、二人がゼノンの家に戻る頃には、すでに陽は真上に昇っていた。
それから軽く昼食を取り、二人はメルクリア森林の入り口で向かい合う。
誰も来ないこの場所ならば、クィーリアの帽子の下の耳を誰かに見られる心配がない。音の聞こえをなるべくよくするため、クィーリアはすでに帽子を脱いでいた。
武器として愛用している鉈の代わりに、おおよそ同じ長さの木の棒を腰に差し、クィーリアは対峙するゼノンを睨みつける。腕を組んだ彼はいつもの私服で、武器らしいものは何一つ持っていない。
とてもこれから戦闘を行うとは思えない彼の恰好は、はたして油断からか、はたまた余裕からか。
きっとどちらでもないんだろうなと、クィーリアは心の中でぼやく。
「今回の模擬戦は、依頼の目的地となるこの森での戦闘を想定している。そのため、環境の似た森の入り口付近にて行うことにする」
ゼノンの言葉に、クィーリアはこくりと頷いた。
依頼にあった地点は木々に阻まれ視界は悪く、日中でも薄暗く、足元も不安定だ。闘技場のような整備された場所での戦闘とはあまりに勝手が違い過ぎる。
それを良しとするかどうかは、当人次第だ。
「それ以外の決まりは特にない。強いて言うならば、明日の冒険に支障をきたすことのないよう、降参の宣言は早いうちに行うこと。以上、何か質問はあるか?」
クィーリアは首を横に振って、腰に差した鉈代わりの木の枝に手を掛ける。
戦闘の準備は整った。
大きく息を吸い、胸に詰まった緊張ごと肺の中の空気を吐き出す。
「そっちこそ、準備いい?」
「いつでもどうぞ」
「それじゃ、遠慮なく!」
その言葉と同時に、クィーリアは真後ろに飛び退いた。
彼女の姿が森の中へ音もなく消える。視認性の悪い森の中で、彼女の姿は簡単に見えなくなってしまった。
「なるほど、な」
彼女の音を操る能力は、厳密にいえば音の大小と伝わり方を操作するというものだ。
囁き声を叫び声のように増幅させる、特定の相手だけに話し声を伝えるなど、できることは存外に多い。
そして、彼女は自身から発せられる音を消すことができる。例えば足音、例えば心音、例えば呼吸音。それが、著しく視認性の悪い森の中で発揮されればどうなるか。
相手の位置を一方的に把握でき、奇襲の方法もタイミングも思いのまま。
戦況はクィーリアの圧倒的優位。対策を施さなければ敗北に直結する。
そこまで考えて、ゼノンの右手が動く。指先からにじみ出た光で簡素な紋様を描き出し、一言呟いた。
「《花》の術式―