「さて、ちょうどこの辺りが調査場所として依頼されていた地点だな」
「本当にあの湖からあまり距離はなかったわね。休憩をなくして、直接ここに来てもよかったんじゃない?」
「この付近で魔物が増加傾向にあると報告されていたからな。戦闘になる可能性が高いなら、それまでに一度休息は挟んでおいた方がいい」
「その割には、魔物が全然見当たらないわね」
「ああ、依頼内容と食い違うな。いくら戦闘を避けて進んできたといえど、全く戦闘を行わずにここまで来れたのは想定外だった」
一体何が原因なのか、考察を一人呟くゼノンの隣で、クィーリアもまた別のところに疑問を感じていた。
「調査地点についたはいいが、見た目にはそう大きな変化はないようだな。少しこの辺りの探索を進めてみるか」
「ゼノン、その前にちょっといい?」
調査地点となるポイントとはいえ、これまで歩き通してきた森とそう景色は変わらない。
とはいえ、それはあくまで見た目だけ。ほとんど目には見えないようなたった少しの違和感をクィーリアは敏感に感じ取っていた。クィーリアは自身のカバンから透明な液体の入った小瓶を取り出すと、おもむろに栓を開いた。
中の液体が少し黒く濁っていくのを確認して、クィーリアは確信を持って頷く。
「やっぱり、この辺りの空気に瘴気が混じってる」
「本当か?」
「うん。ほんのちょっとだけだけど間違いない。たぶん私達が来る前はもう少し濃かったんじゃないかな」
「とすると、魔物の数と動きに変化が見られたのはその影響か」
「そう考えるのが自然ね。けど……」
そこでクィーリアは言葉を区切り、顎に指をあてながら一度考えをまとめる。
彼女の次の言葉を横で待つゼノンに、クィーリアは躊躇いがちに口を開いた。
「どうしてロロミラ山脈から離れたこんな場所で、瘴気が検出されたのかが分からない」
「ただの偶然では片づけられない理由でもあるのか?」
「もう少し調べないとちゃんとしたことは言えないけれど、偶然にしては奇妙だとは思う。天候や風向きの影響で人間領に瘴気が流れ込むこともあるっていうのは、過去にも何度か報告例があったわ。でもそんなの微々たるもので、魔物に影響を与えるほどじゃないし、何より報告されていたのはここよりももっとロロミラ山脈に近い地点のはずよ」
過去の報告にあった地点よりもロロミラ山脈から遠い場所で、今まで以上に濃い瘴気が検出されたということが何を意味するかはまだ分からない。
だが、偶然のものと片づけていいものではないと、クィーリアの直感が告げている。
そして口にこそしなかったが、人間領で瘴気が検出されたという事実は、人間は亜人領に瘴気を流し込んでいるわけではないという、ゼノンの主張に信ぴょう性を生み出した。
もしも本当に、人間が亜人領に瘴気を振りまく存在であるのなら、自分達にも害になり得る瘴気を人間領でまき散らすとは考えにくいからだ。
「この件に関しては、もっと詳しく調べた方がいい。もしかしたら、今まで人間領で起き得なかった何かが起きるかもしれない」
クィーリアの意見にゼノンが頷く。
だが、その後に続く彼の言葉は予想外のものだった。
「そうかもしれんが、一度山を下りるぞ」