「なんで?」
「先にも言った通りだが、魔物の数が少なすぎる」
「それは、私達が魔物を避けながらここまで来たからじゃないの? ゼノンだって、戦闘は避けた方がいいって言ってたじゃない」
「繰り返しになるが、いくら魔物との接触を避けたといえども、今の今まで全く出会うことなくここまで来れていることがそもそも想定外だ。ましてや今魔物は増加傾向にあるって話なんだろう? なら、なおさら避け切れていることがおかしい」
「でも、私達は現に全く魔物と出会わないままここまで来たじゃない。それはどう説明をつけるの?」
「……一つ、思い浮かぶ可能性はある」
苦々しく呟いたゼノンは、森の向こう側を指さした。
クィーリアがその先に目をやると、魔物の死骸が転がっていた。食い荒らされてほとんど原型は残っておらず、内臓や骨がむき出しのまま放置され、羽虫がたかり始めている。
「増加傾向にある魔物の中に、圧倒的な捕食者が出てきたならば、今の状況にも説明がつく」
「それって――」
何かを言いかけたクィーリアが、突如耳をぴくりと動かして何かに反応した。周囲の音を敏感に聴き分け、何がどういった動きをしているかを把握する。
だが、今回ばかりはほとんど時間を要しなかった。いや、使うべきでないと判断した。
クィーリアがぱっと顔を上げ、正面にいるゼノンの背後を睨みつけながら叫んだ。
「ゼノンの真後ろ。何か来てる!」
「《花》の術式―
クィーリアが口を開く前に術印を手早く書き上げ、叫び声と同時にゼノンが振り返り宣言する。伸ばした手のひらから幾本もの茨が伸び、こちらに向かって突撃してくる外敵に絡みつく。
だが、それだけでは止まらない。
二人の前に姿を現した熊のような魔物は、ただ走り抜けるだけでゼノンの茨を引きちぎりながら振り切っていく。分厚い毛皮のせいか、茨の棘すら全く意に介していないようで、まったく怯むことなくゼノンの頭に巨木のような腕を振り下ろす。
ゼノンが飛び退いて熊の魔物の一撃を躱し、熊の腕は地面に向かって叩きつけられた。大地を揺らしたその一撃は、決して食らってはいけないものだと悟らせるには十分だ。
「《花》の術式―
熊の初撃を躱したゼノンが、返しにもう一度茨を放つ。最初に放った魔物の動きを封じるためのものではなく、絞め落とすための茨が魔物の首目掛けて伸びていく。
上手く首に絡んだ茨を、熊が空いた腕で鷲掴みにした。茨で締め落とすのが先か、その前に振りほどかれるのが先か。純粋な力勝負では勝てない以上茨を追加するしかない。
そう考え、ゼノンが術印を書こうと指を出したその瞬間、熊の腕が突如として発火した。振りほどくことも、引きちぎることもせず、ただ茨が燃え尽きて灰になる。
邪魔になった茨が消えてなくなり、熊がゼノン目掛けて走り出す――。
「食らえ!」
真上から落ちてきたクィーリアが、熊の脳天に鉈をお見舞いする。おそらく彼女の能力で音を消して死角に移っていたのだろう。ゼノンも予想していなかった攻撃が熊に入る。
ガツンと嫌な音がして、クィーリアの鉈はあっけなく弾かれた。意識外からの攻撃を受けた熊が、背後のクィーリアに視線と意識を逸らす。
「嘘!?」
両腕を燃やし、雄叫びを上げながら振り返った熊がクィーリアに向けて腕を伸ばす。
その腕を、ゼノンが茨で引き留める。力で引き裂かれ、炎で燃やされる茨では拘束するには至らないものの、クィーリアが着地し、体制を整える程度の時間は稼ぐことができた。
わずかにできたほんの小さな隙を見逃さず、クィーリアは再度自身の音を消しながら森の中へと姿を隠す。
ゼノンもまた、熊の魔物が振り返る前に木の影に身を隠した。
獲物を見失った熊は、自身の体を燃え上がらせながら咆哮する。
その隙に、ゼノンとクィーリアは熊の魔物の死角となる場所で落ち合った。乱れた呼吸を整えてクィーリアが口を開く。