「ありがと、助かったわ。……あ、私の能力で気配はちゃんと消してるし、声はお互いにしか聞こえないようにしているから、安心して喋っていいわよ」
「……そんなこともできるのか」
「本来放射状に広がっていく音の波を、槍みたいに一直線に飛ばすように形を変えている、と言えばいいかな。ま、真正面にいる相手にだけ声が伝わると思ってくれればいいわ」
「なるほどな。作戦会議にはぴったりだ」
ゼノンは木の陰から隠れながら、ちらと熊の魔物の様子を窺った。どうやらこちらの居場所はまだ気づかれていないらしく、時折鼻をひくつかせながら周囲を見回している。
熊の魔物の方を見たゼノンに、クィーリアは怪訝な顔をする。
「ぴったりとは言うけど、作戦会議どうこうでどうにかなる相手なの?」
クィーリアの疑問ももっともだ。彼女の鉈は全く歯が通らず、ゼノンの茨で縛ろうにも力ずくで引きちぎられる。それどころか、魔物が操る炎は、ゼノンの繰り出す花をことごとく燃やし尽くしてしまう。
実力は足りておらず、相性も最悪。なけなしの数の利と作戦で勝てる相手だとは、どうしても思えなかった。
鼻をひくつかせて辺りの様子を窺っているということは、あの魔物はどうやら鼻も利くのだろう。今は音を消すことで上手く隠れられているが、いつクィーリア達の居場所がばれてもおかしくはない。
「……なんとかなる、かもな。少し耳を貸せ。作戦の共有とクィーリアの術式の確認をしたい」
だから、ゼノンの言葉は耳を疑った。
勝てる? あの正真正銘の化け物のような魔物に?
そして、倒せるビジョンが全く浮かばないまま聞かされた彼の作戦にも驚かされた。
確かに、彼の作戦が成功すれば魔物は倒せる。クィーリアの能力的にも問題はない。
だが、懸念点がないわけではない。危険性も、反対する理由もいくらでも思い浮かぶ。
クィーリアはごくりとつばを飲み込んだ。
そして、迷うことなく賛成の意を返す。
提案した方が気圧されるほどの眼差しをもって見つめるクィーリアに、ゼノンが頷く。
「なら、俺が飛び出したと同時に能力を解除してくれ。あとのタイミングは任せる」
「了解。頼んだわよ」
「こっちのセリフだ」
短いやり取りの後、ゼノンは熊の魔物の前へと飛び出した。
あらかじめ用意した術印は二つのみ。ゼノンが自分の役割を果たすために必要最低限の回数分だ。
突如として姿を現した獲物に、魔物はあらんかぎりの雄たけびをあげた。両腕に炎を纏い、迎撃の構えを取る。