「まず俺が熊の目と鼻を潰す」
「そんなことできるの?」
熊の魔物から身を隠しつつ、クィーリアと次の一手を考えている途中、ゼノンはこんなことを言い始めた。
そもそもそんなことができるのか、クィーリアは彼の話を聴きながら訝しむ。なにせ彼の術式の茨は、熊の魔物にはほとんど効果を発揮していないのだから。
そんな彼女に、ゼノンはさらに加えて説明した。
「茨を絡みつかせて奴の目を塞ぐ。……まあ、十中八九燃やされるか引きちぎられるかされるだろうが、いくらか隙はできるだろう。その間に葉隠笹で鼻と目元を切りつける」
流れ出た血が目に入れば視界は封じられ、血の臭いで鼻も利かなくなる。
完全にとはいかないかもしれないが、いくらか効果は見込めるだろう。
だが、クィーリアにはまだ、それだけであの魔物を倒せるとは思えなかった。
「そして、それが終わったらクィーリアの出番だ」
「私?」
そんな中突如として出てきた自分の名前に、思わずクィーリアが聞き返す。
自分の攻撃は一度弾かれており、あまり効き目がないことはすでに分かっている。そんな自分に、どうやってあの化け物を倒せというのか。
一応、彼の話は最後まで聴くとして、クィーリアは彼の策を無茶だと突っぱねるようと思っていた。
だが、ゼノンの口から出てきたのは、クィーリアの想像をさらに超えるような無茶だった。
「視覚と嗅覚を奪ったあの魔物を、休憩に使ったあの底なしの湖まで誘導して突き落とす」
「……え?」
「目と鼻を潰せば、あと残っているのは耳だけだ。そこでクィーリアが術式を使って――」
「ちょ、ちょっと待って。ゼノンも私の能力は知ってるでしょ? 私の能力なんて、それこそ闇討ちとか不意打ちとかくらいしか使い道が……」
「逆だ。音を消すんじゃなく、
ゼノンの話を聴いているうちに、クィーリアの口はあんぐりと開いていた。
確かに彼女の能力は音の操作で、普段やるように音を消すこともできれば、その逆、音を大きくすることも可能ではある。
だが、戦いの場において、自分の位置を相手に知らせるなどという、わざわざ不利な状況を作り出すような使い方を提案し、作戦に組み込むなど考えもしなかった。
「いくら感覚器官を潰すとはいえあくまで一時的なものだし、完全に封じられるほど効果も高いわけではない。当然、危険な役回りを任せることになる。やるかどうかはクィーリアが決めてくれ」
「何言ってるの?」
ゼノンの言葉に、クィーリアは食い気味に被せて言った。
心底不思議そうな表情でゼノンの顔を見ながら、クィーリアは続けて言葉を紡ぐ。
「万全な状態であの魔物と相手しなきゃいけない、ゼノンの方がよっぽど負担が大きいでしょ」
クィーリアの言葉に、今度はゼノンが意外そうな顔をした。彼女の言い分ももっともだが、どちらかといえば、ゼノンはあの魔物を湖まで誘導する方が危険性は高いと思っていた。
「それに、湖まで誘導して突き落とすって作戦は賛成よ。私達じゃどうやっても勝てない敵に一矢報いることができるかもしれないんなら、やる価値はある」
勝てないと思っていた相手に、勝てる算段がついた。それも、戦闘に役立たない自分の能力がカギになる。
使用者ですら思い至らなかった自身の能力の新たな一面を垣間見たような気がして、クィーリアは不敵に笑う。
そんな彼女の様子は、かえってゼノンの方がたじろぐほどだ。
「……俺が言いだしたことだが、本当にいいのか?」
「他に打つ手はなさそうだし、どうせ何もしなくても二人揃ってあいつにやられるだけでしょ? なら、抗えるだけ抗ってやるわよ」
クィーリアから不敵な笑みが引っ込んだ。残るのは真剣な眼差しのみ。
「……なんてことはない。覚悟を決めただけよ」
「……そうか」
提案した方が気圧されるほどの眼差しをもって見つめるクィーリアに、ゼノンが頷く。
これ以上気にしていても、言い出したゼノンの方が女々しくなるだけだ。
「なら、俺が飛び出したと同時に能力を解除してくれ。あとのタイミングは任せる」
「了解。頼んだわよ」
「こっちのセリフだ」
そう言い残し、ゼノンは振り返ることなく、熊の魔物の前に飛び出していった。