「《花》の術式―
誰かの声が耳に届くや否や、クィーリア目掛けて伸びてきた茨が彼女の体に絡みつき、湖から勢いよく引っ張り上げた。
そのまま絡まって塊になった茨がクッションとなり、クィーリアを抱きかかえるようにして着地させて消えていった。引っ張り上げられた時に口に入ってきた水を咳き込みながら、クィーリアは湖から生還したことに遅れて気付いた。
どうして、どうやってなどは、考えるまでもない。
「大丈夫か?」
「……なんとか」
「ならよかった」
岸辺で仰向けに寝転んだクィーリアの隣に、遅れて追いついたゼノンがどかりと座り込んだ。魔物との戦闘で消耗している体で、ここまで急いで来たのだろう。表情こそいつもと変わらないが、額は汗でぐっしょりと塗れ、呼吸も荒く乱れている。
「……ゼノンこそ大丈夫なの? あれの攻撃をまともに受けてたじゃない」
「目を潰していたからな。直撃だけは免れたらしい。ただ、もうこれ以上の戦闘は難しいだろうから、これ以上の調査は中止だ」
そう言いながら、ゼノンは大きく息を吐いた。彼の服は熊の炎で焼かれ、腹部が露わになっている。火傷と痣が痛々しく残る彼の体を見て、クィーリアの表情が暗くなる。
「……ごめん、私がもっと強ければ、ゼノンにこんな無茶させなくてよかったのに」
「クィーリアは十分な働きをしてくれただろ」
クィーリアの言葉を、ゼノンはぴしゃりと反論した。
「俺が魔物の攻撃を食らったのは、俺の反応が遅れたから。クィーリアが死にかけたのは、俺の作戦が悪かったから。クィーリアが反省する必要はどこにもない」
違う。言い訳をしたいわけじゃない。ゼノンを責めたいわけじゃない。
そう心の中で思った言葉が、喉でつっかえて出てこない。
そんなクィーリアに構うことなく、ゼノンは話を続けた。
「むしろ、危険性の高い俺の作戦を承諾し、実行に移し、それで魔物を目的通り湖に落とすことができたんだ。これ以上の働きがあるか?」
「……」
ゼノンの言葉に、クィーリアはまた何も言わなかった。
何も言えなかった。
湖でゼノンと口論になった時とは打って変わって、彼の言葉がするりと体の真ん中へと沁み込んでいく。
ずっとクィーリアの胸の中でつかえていた、しこりのような何かが解けていく。
クィーリアは思わず両腕で顔を覆った。自分の意思とは関係なく歪んでいく自分の表情を見られたくなかった。
ぐしゃぐしゃに濡れた腕が頬を冷やす。そのせいで、体の内から広がっていく火照りがより強調されていく。
「《熱》の術式―
ゼノンが一言発すると、クィーリアの隣で火が燃え上がる音がした。どうやらたき火を焚き始めたらしい。種火が育って徐々に大きくなるにつれ、クィーリアの体を熱いくらいに温めていく。
「ひとまず体は温めておけ。しばらく休んだら帰るぞ」
「……うん」
我ながら、酷い声が出たものだなと思った。あんな鼻声を聞かせてしまっては、顔を隠した意味がないではないか。
そうして、十分な休息を取り、二人が帰路に着くまで、クィーリアはずっと顔を隠し続けていた。