信じるべきは(1/16)
ゼノンとの冒険から数日経ったある日の深夜、唐突にクィーリアは目を覚ました。
ゼノンの家の外から、誰かがこちらに向けて近づいてくる。気配こそ消そうとしているものの、草地を踏みしめるかすかな足音がクィーリアの耳に届いてきたのだ。
問題なのは気配を消そうとしているところだ。こんな時間に、家主に勘づかれないよう近づいてきているということは、何かしら悪意を持ってここに来た可能性が高い。
誰かの気配がしたのは町のある方角とは真逆の方角、ちょうどクィーリアが狼の魔物に追われてこの家に忍び込んだ方角。
だとすると、人間である可能性は低いだろうか。だがまだその線を捨てるには早い。果たしてこちらに近づいてくる相手が物取りの類か、あるいはそれ以外か。
クィーリアは音を消しながら、そっとカーテンの隙間から窓の外を覗き見た。
やや心もとない月明かりを頼りに、夜闇に向けてじっと目を凝らす。
やがて音の主である二人組を視界にとらえたクィーリアは、音もたてずに窓を開けた。
「クー! 無事か!?」
こちらに気付いた二人組の片割れが思わず声を上げたところに、クィーリアは人差し指で口を閉じるようジェスチャーをする。
それに気付いた彼があっと両手で口を覆い、もう片方の男がやれやれとため息を吐く。
それと同様に、クィーリアもまたため息を吐いた。今ゼノンを起こして、二人に鉢合わせてしまうのは避けたい。
それからクィーリアはひらりと窓から身を投じると、そのまま音もなく着地した。先日の熊の魔物との戦闘での負傷はずいぶんよくなっていた。着地した瞬間ほんの少し体に痛みが走るものの、思ったよりも負担は少ない。
クィーリアは体の調子を確かめつつ立ち上がり、自分を待つ二人の来訪者の元へと歩み寄る。
「バヴェル、アルメット。来てくれたんだ」
「何を当たり前のことを言ってんだ。仲間なんだから当然だろ?」
ゼノンの家を訪れたのは、クィーリアと同じく人間領の諜報活動に志願した、彼女の同期の二人だった。
意外そうな顔をして寄ってくるクィーリアに、バヴェルは心から嬉しそうな表情をして迎え入れた。長袖、長ズボンの簡素な旅装に、腰に差した一本のナイフ。金色の髪を短く刈り上げ、きりっとした鋭い目つきは安堵でほころんでいる。
素肌をしっかりと隠す旅装の下の、全身にまばらに生えた赤茶色のウロコさえなければ、バヴェルの外見は人間とそう大して変わらない。
「定期報告、急に来なくなって、心配した」
バヴェルの隣で、アルメットが言葉数少なく、ぼそぼそと呟くように言った。紫のローブを身につけフードを目深に被っているせいで、人型である以上の身体的特徴がほとんど掴めない。
人間領だから隠しているというわけではなく、普段から彼は顔や体が隠れるような服装を好んでいるという。事実、バヴェルとはそれなりに長い付き合いらしいが、彼もアルメットの素顔を見たことはほとんどないという。
「……ごめん、色々あって、しばらく定期報告どころじゃなかった」
一瞬間を置いてから、クィーリアはこれまでの経緯を簡単に説明する。今二人にゼノンの事を話すと事態が変にこじれそうだったので、彼らには魔物に襲われたことだけを伝えおくことにした。
「そっか。まあ、でも、無事でよかったよ」
クィーリアの説明にバヴェルがうんうんと頷いた。そして辺りをぐるりと一瞥する。
「それにしても、よくこんな場所見つけたな。これって人間の使っていた家か?」
「人間の街から遠い。拠点にはちょうどいい、かもしれない」
「ああいや、それなんだけどさ……」