「なんだ。こんな夜更けに来客か?」
クィーリアが返答に困っている間に、ふと、家の方から男性の声がした。
バヴェルの声は、しっかりと家主の耳まで届いてしまっていたらしい。二人に会わせたくなかった人物が、月明かりの元にその姿を現した。
突然現れた人間に、バヴェルとアルメットの警戒心が急激に高まっていく。
クィーリアを庇うように、バヴェルが一歩前に出た。
「クー、下がってろ」
「いや、ちょっと、待っ――」
クィーリアが言い切る前に、アルメットもバヴェルに続いて前に出る。
「お前、クィーリアに、何してた?」
「魔物に襲われて怪我していたところを匿っていた。有り体に言えば保護だ、保護」
「保護だと言いながら、どうせ裏で何か企んでたんだろ? クーに何するつもりだったんだよ」
「人聞きが悪いな。別に何も考えちゃいねえよ」
「信用できると思ってんのか! アル!」
言うが早いが、バヴェルがゼノンに向けて飛び出した。
それに合わせてアルメットは、ゼノンに向けて口から白い煙を噴出する。一瞬毒を警戒したゼノンが口元を手で押さえながら真後ろに飛び退く。
一方のバヴェルは気にすることなく煙に向かって飛び込んだ。視界を塞ぎつつ攻めのタイミングを悟られないようにする作戦だと気付いた頃にはすでに遅く、煙の中に身を隠したバヴェルの姿は完全に見えなくなっていた。
やむを得ず、ゼノンはさらにもう一歩距離を取り、煙の範囲外まで出て行った。煙に巻かれたままではこちらが不利だ。煙幕の外まで出てしまえば、少なくとも一方的に攻撃を受けるだけという最悪の状況だけは避けることができる。
術印を描きながら、ゼノンはバヴェルの出方を窺う。
一呼吸の後、バヴェルがゼノンの前に姿を現した。ウロコで覆われた拳を振りかざしながら、ゼノンの真正面から一直線に突撃していく。
そして、続けて飛び出した四人のバヴェルが、それぞれ別々の方向から、タイミングをずらしながら襲い掛かる。
迎撃する。躱す。防御する。最初のバヴェルをどう対処しても、その隙をついて別のバヴェルがゼノンを打ち倒す。
対処法に迷う時間すら与えない、強烈な初見殺し――
「《花》の術式―
だが、それはあくまで五人に増えたバヴェルを一人ずつ対処しようとした場合だ。
全員まとめて対応できる術があるのならば、バヴェルとアルメットの策はほとんど意味を成さなくなってしまう。
そして、ゼノンはその術を持っていた。
蜘蛛の巣のように広がりながら伸びていく茨が、五人のバヴェルに同時に絡みつき、縛り上げ、動きを封じ込める。
さらにゼノンの茨はその勢いを留めることなく、アルメットの煙幕の中へと伸びていく。茨と共有した触覚を頼りに、手探りで身を隠し続けるバヴェルを探し始める。
二人の取った策ははまれば強いものの、上手く対処された場合は一気に窮地に追いやられかねないハイリスクハイリターンなものだ。ましてや、バヴェルの能力は自分の数を増やすものだ。攻撃はすべて分身が請け負わせれば、本体は敵の前に出て行く必要はない。
最初に駆け出したのはフェイク。本体は煙幕に突っ込んで以降はその場を動いていない。
一秒、二秒と、先ほどまでとは打って変わって静かな時間が流れていく。
やがて煙幕全体に茨が張り巡らされ、その先端が誰かに触れた瞬間、ゼノンが反応した。
触れた誰かに茨を急速に括り付け、思い切り引っ張り出して煙の中から引きずり出す。
「……くそっ!」
右の手首を茨に縛られ、そのまま煙の外に引きずり出されたバヴェルが、腰のナイフを拭き払って茨を切断する。そのまま能力は使わず、バヴェルが単身ゼノンに向けて駆け出した。二人の距離はそれほど離れていない。全速力で突っ込んだバヴェルが、わずか数歩でゼノンとの距離を詰めきった。
そして、その動きは完全に読まれていた。
「《花》の術式―
距離を詰めたバヴェルとゼノンの間を遮るように、透明な粘液を分泌する巨大な植物が突如として生えてきた。
まっすぐに突貫したバヴェルが躱せるわけもなく、水餅草に頭から突っ込んだ。粘液はバヴェルの全身にまとわりつき、離すまいとべっとりとくっついている。
「くっそ、んだよこれ……!」
「《花》の術式―
その隙を見逃すことなく、ゼノンの宣言と同時に、幾本もの茨がバヴェルに襲い掛かる。回避どころか反応すら間に合わないまま蔦に手足を縛られ、そのまま身動きが取れないよう宙づりにされていく。
だが、本体の動きを封じただけでは彼は止まらない。
バヴェルはすぐさま新しい分身を作り出した。茨に拘束されていない分身を何度でも生み出せるバヴェルの攻め手は無限にあるといってもいい。いくら格上で、かつ複数人を相手できる術式を持つゼノンといえども、いつか負け筋を作り出されてしまいかねない。
バヴェルの分身が、各々腰のナイフを抜いた――。