「お互いいい加減止まって!」
不意にクィーリアの叫び声が響き渡り、二人の動きが止まる。見ると、クィーリアはアルメットをうつ伏せに押し倒し、抵抗できないように腕を後ろに回させ抑え込んでいた。
最初の煙幕以降、動きがなかったのはそういうことかとゼノンが感心している横で、バヴェルがクィーリアに問いかける。
「おいクー。お前何やってんだよ……」
「アルメットを止めてる」
「そんなの見りゃ分かる! なんでお前が人間の味方をしてんのかって聞いてんだよ!」
怒鳴り声を上げるバヴェルに対し、クィーリアは至って冷静に首を横に振って答えた。
「人間の味方だとか、亜人の敵だとか、そういうことを言いたいわけじゃない」
クィーリアはそう言って、キッとバヴェルを睨みつける。
「戦いじゃなくて、話し合いをしてって言ってるの」
「……信用できんのかよ。こんなやつのこと」
「できる」
即答だった。
何のためらいも迷いもなく、クィーリアははっきりと言い切った。
何度も自分を助けてくれた。
自分の話を聴いてくれた。
亜人であることを隠しながらではあるが、人間の街に赴き、人間の暮らしを垣間見る機会を与えてくれた。
彼のように理屈でものは言えない。
だからこそ、クィーリアは思うままの言葉を口にした。
「私は、ゼノンを信じたい」
まっすぐにバヴェルを見つめながら、クィーリアはふっと微笑んでそう口にした。
視線と飛ばす彼女の目の輝きがあまりに眩しく、バヴェルは思わず息を飲んだ。
調査隊に志願した時よりも、自分にできることを見つけた時よりも強い瞳の奥の光が、今のクィーリアにはあった。
この人間との出会いは、一体どれほど彼女を変えたのだろう。
久しぶりに再会した仲間は、まるで別人のように見えた。
「……俺は信じない」
「バヴェル!」
「信じられるわけがないだろうが!」
クィーリアの怒鳴り声に、バヴェルが怒鳴り声を返す。
たとえクィーリアが人間を信じられるようになったとしても、もしもこの先アルメットも同じように友好を結んだとしても、自分だけは信じるわけにはいかない。
あの男を、いや、人間を信用するわけにはいかない。
自分の仲間に、彼女と同じ結末を与える訳にはいかないのだから。
「コレットのこと、お前も忘れたわけじゃないだろ!?」
バヴェルの口から出てきた女性の名を聴いて、クィーリアは反論できずに黙り込む。
「コレット……」
代わりに反応したのは、人間であるゼノンだった。
口の中で転がすようにコレットの名を呟いた彼に、バヴェルが説明する。
「今から二十年前にいたんだよ。ちょうど今のクーみたいに、人間の子供と接触した亜人がな」
吐き捨てるようにバヴェルが言う。
「子供と友好的な関係を結んでいるとしながら、コレットの報告書はある日ぱったりと途絶えた。その後調査隊の他のメンバーが調べた結果、お前ら人間に殺害された可能性が高いという結論に至った」
資料で見知ったある一人の亜人について語り終え、バヴェルはゼノンを睨みつける。
「もし万が一、お前が本当に裏なんてなく善意でクィーリア助けていたとしても、他の人間はどうだ? お前の街にいた人間全員が、お前の国にいる人間全員が、お前と同じように亜人に害を成さないっつー保障がどこにある?」
「保障はできないな」
「ゼノン!?」
驚きで声を上げるクィーリアをゼノンが手で制す。
「ただのしがない花屋の俺に、国全体の認識を改めさせられるような力があるはずないだろう」
こういう時、ゼノンは決して理想論を語らない。淡々と事実だけを口にする彼の言葉には説得力がある反面、寂しさすら感じるほどに味気なかった。