村の外周を囲う柵から出ることは、本当は大人達から禁止されている。
だが、止めろと言われるとやりたくなるのが人というものだ。ましてや、それが好奇心旺盛な少年ならばなおさらだ。
大丈夫、何かあったらすぐに家に戻ればいい。道に迷わないように、目印の小石も置きながらここまでやってきた。
数日かけながら、まだ見ぬ森の奥へ奥へと進んでいくのは、さながら新天地を目指す冒険者のようで楽しかった。気分はまるで、おとぎ話の勇者になったかのように軽やかだ。
そんな冒険もいよいよ今日で終わりを告げると、幼い少年――ゼノンは確信していた。昨日の冒険で、ついにゼノンは森の奥に開けた場所を見つけたのだ。
おかげで昨晩は興奮して眠れなかった。寝不足の理由を打ち明けるわけにもいかないので、つい夜更かしをしてしまったと嘘を吐いて親にげんこつを貰った。
そのげんこつの痛みすら、今はいい目覚まし代わりになると思えるほど、彼は非常に前向きになれた。
そして、ついに今日、森を抜ける――。
「わあっ――!」
ゼノンは思わず息を飲んだ。
木々がなくなったそこには、地平線の向こうまで見える草原。
そして、その中心に、広大な花畑があった。
赤、青、黄色。色とりどりの花が咲いているのが遠目からでも見て取れる。
「……あれ?」
ふと、ゼノンはその花畑の中心に、生き物の影を捉えた。
二本の腕で長い髪をかき上げ、気持ちよさそうに風に靡かせ佇んでいる。埋め尽くさんばかりに咲き乱れる花々の隙間から、二本のすらっとした脚が見え隠れしている。
大人達が口を酸っぱくして言う魔物、ではなさそうだ。
というよりも、あれは……。
「お姉ちゃん、だあれ?」
気付いたらゼノンは、花畑の主に声を掛けていた。
まさかこんなところで他人と遭遇するなどと思っていなかったのだろう。少々大げさなくらいに驚いた様子を見せながら、花畑の主はゼノンの声に反応して振り返る。
白のワンピースから伸びたすらっとした四肢は、ほのかに日に焼け薄い小麦色をしていた。癖もなくまっすぐ長く伸びた緑色の髪に、白い花の髪飾りがついている。
髪と同じ色の瞳は驚きと動揺で揺れながら、突然彼女の前に現れた少年を見つめている。
だが、不思議そうに顔を覗き込む少年を見ているうちに少しだけ落ち着きを取り戻した彼女は、かがみ込んで彼と目線を合わせて言った。
「……君、こんなところでどうしちゃったの? もしかして、迷子?」
「……違うもん!」
ゼノンは怒りを露わにしながら反駁した。
その時どうしてか涙も一緒に出てきた。
「僕は冒険してきたんだもん! 迷子なんかじゃないもん!」
大人からすれば、ゼノンの冒険は大した距離も移動していない、ちっぽけなものだったかもしれない。
だが、ゼノン自身にとっては、かけがえのない、楽しい冒険だったのだ。
それをいとも簡単に否定され、よもや迷子呼ばわりされてしまえば、怒るのも無理はない。
魔物に見つかる危険性も気にすることなく、ゼノンはその場で大声で泣き始めた。
「ああ、ごめんね、ごめんね!?」
そんなゼノンの様子を見て、今度は花畑の主の方がうろたえ始めた。
自分の失言に、まさかここまで怒るとは思わなかった。これだけ大声を出されてしまっては、他の人間に見つかってしまうかもしれない。
もはや言葉を発することすらできなくなったゼノンが泣きわめき、それを彼女が必死に慰めようと手を尽くす。
即席の花冠を被せても、それどころではないのかまるで気付く気配がない。薫り高い花を集めたブーケの香りも、少年の顔をぐちゃぐちゃに濡らした涙に流され届かない。
これはいよいよ万策尽きたか。そんな考えが頭をよぎったのとほぼ同時に、花畑の主は全く別の手段を思いつく。
いや、思いつくというよりは、最後まで後回しにしていた選択肢を選ぶしかなくなった。
「~~~~! 仕方ない、なっと!」
意を決し、彼女はゼノンを正面から抱きしめた。
両腕を緩く体に巻き付け、ゼノンが落ち着くまで背中を軽く叩いてやる。
もがいて、暴れて、彼女の手から逃れようとするも、彼女は決してゼノンを放しはしなかった。
「ごめんね。私が言い過ぎちゃったよね。ごめんね?」
その間、花畑の主はずっとゼノンに謝り続けた。