いつまでそうしていただろうか。泣きじゃくるゼノンの声はやがてすすり泣く声に変わり、そして、長い時間をかけてようやく泣き止んだ。涙と鼻水で彼女の胸元はびちゃびちゃに濡れてしまっていたが、今はそんなものを気にしていられない。
そこで花畑の主はゼノンを解放し、鼻水をすする彼としっかり目を合わせる。
「改めて、ごめんね? 私酷いこと言っちゃったよね」
「……ううん。僕もあんなに怒ることなかった。ごめんなさい」
泣きはらして真っ赤になった目元を気にするでもなく、ゼノンは彼女に謝った。存外この少年は素直な性格をしているらしい。
「ん」
「ん?」
そんなことを思う彼女に、ゼノンはすっと右手を差し出した。それが何を意味しているのか分からず戸惑う彼女に、ゼノンは短く言葉を発する。
「仲直りの握手」
「ああ、なるほどね」
そう明るく口にする彼女だが、ゼノンの手を取ろうと伸ばした手はやや躊躇いがちだった。
それに気付くほど、当時のゼノンは鋭くもなかったが。
二人の手が繋がる。ゼノンが軽く力を込めると、花畑の主も握り返して応じてくれる。
「お姉ちゃん、なんで仲直りの握手を知らないの?」
そうしてしばらく握手を交わし、やや躊躇いがちに手を離した後、ゼノンが口を開いた。
現在ゼノンが住んでいる街よりもさらに南の方角にある彼の故郷の村では、喧嘩した子供は仲直りするときに握手をするのが常識だ。それが当たり前の世界で生きてきた彼にとって、仲直りの握手を知らない彼女は少々不思議に見えた。
ゼノンの質問に、彼女は困ったような表情を見せた。いくら相手が子供だとしても、すべてを正直に白状するのはあまりに危険すぎる。かといって、適当な方便で誤魔化せるほど子供は鈍くない。
結局彼女が選んだのはその折衷案ともいえるものだった。
「実はお姉ちゃん、君の住んでる村の住人じゃないんだよ」
「じゃあ、どこに住んでるの?」
「ここからずーっとあっちに行ったところ、かな」
そう言って、彼女はあらぬ方向を指さした。
ゼノンが指さした方を見やっても、その先にあるのは地平線から空に向かって突き出した山々――ロロミラ山脈しかない。
「何にもないよ?」
「何にもないように見えるくらい、遠くから旅してきたんだよ」
彼女の説明にまだピンと来ていないらしく、ゼノンは首を傾げた。
まだ生まれ故郷の小さな村から出たことのない少年に、村の外という未知のイメージはまだ上手くつけられなかった。
話すべきでないことを口にしていないだけで、ここまで彼女が話した内容に嘘は一切ない。
その上で、重要な部分だけは話さないよう気を付けつつ、話題を少しずつ別のところへと逸らしていく。そうすれば、危険は最小限に抑えられるだろう。
そこまで考えて、花畑の主は一言だけ付け加えた。