村からさほど離れていないこともあって、コレットのいる花畑までたどり着くのは、幼いゼノンにも容易だ。
もちろん、彼女のことは村の大人達には言っていない。仮に喋ってしまえばゼノンが柵の外に出ていることがばれてしまう。
それに何より、彼女のことは村の人間には隠しておいてほしいと、ゼノンはコレットからお願いされていた。
「知らない人が村の近くにいると知ってしまうと、村の人達に迷惑をかけちゃうかもしれないから」と彼女は云っていたが、本当の理由はまた別にある。
当然、本当の理由は彼には言っていない。彼は人間で、コレットは亜人だ。いくら友人になったとはいえ、ゼノンとは一定の線引きを行っているつもりだ。
そしてこの日、コレットは人間の少年に一つ探りを入れた。
「そういえば、ゼノンは亜人って種族を知っているのかしら?」
ゼノンと遊ぶ中で、コレットはふと思い出したようにゼノンに尋ねた。
二十年前も、お互いの認識は現在のものとそう大きく変わらない。亜人は人間のことを亜人領に瘴気を流し込む敵として、人間は亜人のことを人間領に魔物をけしかける敵として認識していた。
コレットが人間領を訪れたのはあくまで諜報活動のためだ。田舎の村の子供とはいえ人間と上手く接触できたのだから、これを利用しない手はない。人間から直接情報を手に入れられるとなれば、今後の活動に大きく影響を与えられるだろう。
「うん、知ってるよ? 魔物をたくさん生み出して、僕達に襲わせてるって悪い奴だってみんな言ってる」
「そう……」
ゼノンが口にした真実に、コレットの表情が暗くなる。
同時に、いくらかの疑問も浮かんできた。
魔物は瘴気から生み出されるものだ。人間が亜人領に瘴気を送り込んでいるから、亜人領に魔物が溢れていく。だが、今のゼノンの言葉を信じるのならば、人間は亜人が魔物を生み出しているとしていることになる。
双方の間に生まれている矛盾に、コレットは静かに首をひねった。
「でも、お姉ちゃんは違うよね?」
「え、私?」
一度思考をまとめてから、後程報告書にまとめておくことにしようと保留にしたコレットに、ゼノンが何の気なしに声をかけた。
このタイミングで自分に矛先が向くとは思わず、つい間抜けな声を上げるコレットにゼノンがこくりと頷く。
「うん、お姉ちゃんが亜人だってことくらい、僕にだって分かるよ」
ぶわっと、全身の毛が逆立つような感覚がした。冷や汗が出る。指先が冷たい。
わずかに動揺する様を表に出したコレットを、ゼノンはまっすぐに見つめていた。
迷惑をかけてしまうかもしれないから、自分のことは他の人には内緒にしてほしい。
それが建前であることは、ゼノンもとうに察していた。
どこから来たのかと問われ、ずっと遠くから来たと彼女は言った。
具体的な場所をついぞ語らなかった理由を、ゼノンには心当たりがあった。
それを知った上で、ゼノンは首を横に振った。
「でも、お姉ちゃんは悪い人じゃないって思う。だって僕と一緒に遊んでくれるし、悪い人には全然見えないんだもん」
コレットの顔をまっすぐに見つめながら、ゼノンはさらりと言ってのけた。
ゼノンにとってコレットは、ただ花が好きなだけの年上の女の人で、いつも一緒に遊んでくれる優しいお姉ちゃんだった。
そして、それは村の大人達が語る亜人像とはあまりにも違い過ぎた。話に聴いていた凶暴さも狡猾さも、彼女からは全く感じられない。
胸の内で相反する二つの亜人像。その内ゼノンがどちらを信じたかは、もはや語るまでもなかった。
一方のコレットは、そんなゼノンの思いを受けて、固まったまま動かなくなった。
ただ純粋に友達になろうとしていた彼を、ただ利用するつもりでいた自分が情けない。
何より、そんな情けない自分に対し、それだけの思いを抱えてくれていたことが嬉しくなった。
「……そっかー。嬉しいことを言ってくれるなー」
ゼノンの言葉にコレットは天を仰いだ。妙に棒読みな口調で、ため息とともに吐き出された言葉が空に消えていく。
その時彼女がどんな顔をしていたか、見上げるばかりのゼノンからは見えなかった。