「そんないい子なゼノンには、こうだ!」
一瞬訪れかけた静寂に待ったをかけるように、いつも通りの元の口調に戻ったコレットが、突然ゼノンを思いっきり抱き締めた。
コレットはゼノンの髪の毛やら頭やらを思い切り撫でまわした。じゃれ合い自体はこれまでもよくやってきたが、今日は普段とは比べ物にならないほど彼を揉みくちゃにした。
胸の内を誤魔化すように、楽しい思い出で塗り潰しながら。
ひとしきりじゃれ合ってから、コレットはゼノンを解放した。やりすぎるくらいにじゃれ合ったせいで、終わった時には二人とも息が上がっていた。
荒く、それでいて楽しそうに息を吐きながら、二人が花畑の中で横になる。
「それでゼノン、今日は何して遊ぼっか?」
「うーん、そうだなあ……」
ゼノンは少し考えて、ぱっと何かを思い出すと跳ねるように体を起こした。
「そうだ。お姉ちゃんは、
「……? いや、知らないなあ」
ゼノンの言葉に、コレットは首を横に振る。
いつも花の知識を教えてくれる彼女にも知らない花があると知り、ゼノンは嬉しそうに意気揚々と説明し始めた。
「粉雪花ってね。春になったら咲く花なんだけど、白くて小さい花が散るのが雪みたいだってことから名前がついたんだって! お姉ちゃんは雪は好き?」
そう語るゼノンの質問に、コレットは少し考えてから、やや渋い顔をしながら答えた。
「お姉ちゃん。寒いのだったり、雪は苦手なんだ」
「そうなんだ……」
コレットの答えに、ゼノンは萎んだように暗い顔をした。彼がそんな顔をすると分かっていても、コレットはゼノンに嘘を吐きたくなかった。
彼女にとって、冬は死の季節だった。大好きな花はたちどころに枯れ、次の春まで芽吹くことはない。
そんな冬の象徴でもある雪は、花の色彩を奪い、すべてを白に染め上げていく冷たいものだった。
「でも、いいね」
しょぼくれるゼノンに、コレットは静かに続けた。
大好きな花の中に、苦手な雪になぞらえられたものがある。そう聞いて、果たしてその花を好きになれるかどうかは分からない。もしかしたら、生まれて初めて苦手な花と出会うことになるのかもしれない。
しかし、それもゼノンと一緒なら、また違ったものに見えるかもしれない。
コレットの胸の内に、今まで感じたことのない期待感が生まれ始めていた。
「次の春が来たら、その時は一緒に粉雪花を見に行こう」
「うん!」
コレットの提案した小さな約束に、ゼノンは元気よく返事した。
それからはいつものように、花冠を作ってみたり、花畑を駆けまわったりして二人で遊んだ後、ゼノンは村に帰っていった。
「じゃーねー。お姉ちゃん!」
「うん、今日はありがとうね」
心から楽しんでくれたことを嬉しく思いながら、コレットは村へと駆けていくゼノンに手を振った。
「……本当に、ありがとうね」
小さくなっていくゼノンの背に、コレットは小さな声でぽつりと呟いた。
彼女の感謝の声はゼノンに届いていない。
別にそれでもいい。コレットはそう思った。
人間と亜人との間には、彼女が思っていた以上の確執がある。
だが、ゼノンと接してみて、もしかしたらそんな確執も取り除くことができるのではないかと考え始めていた。
もしもそれができたのならば、それはどれだけ素敵なことなのだろう。
コレットの胸の内に、小さな期待が温かみを帯びて芽生え始める。
だが、そんな期待も、ゼノンと交わした小さな約束すら、果たされることはなかった。