「ゼノン、お前、なんてものと出会ったんだ!」
ゼノンがコレットと初めて出会ってから、およそひと月経ったある日のことだった。
いつものようにコレットと遊び、楽しい思い出と共に村に戻るや否や、大人達がこぞってゼノンを囲い込んで怒声を浴びせかけた。中には彼に拳を振るう者すらおり、彼らの怒りがどれほどのものかを雄弁に物語っていた。
「聞いたぞ! 柵より外に出ていたどころか、亜人と会っていただと!? 一体何を考えているんだ!?」
その日、最近やけに上機嫌で出かけるゼノンのことが気になった同年代の子供が、こっそりと彼のあとを付けたのだ。悠々と、さも平然と柵を越えて森へと入っていくゼノンのあとを追って、村の子供は恐る恐る村の外へと足を踏み出した。
そうしてその先で見たのは、ゼノンが見知らぬ女性と一緒にいるところ。
あれが誰かは分からない。だが、あれがよくないものだということは直感で分かった。
あれが、あれこそが、大人達から聴いていた亜人だと。
恐ろしくなった村の子供は一目散に村へと駆け戻り、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら大人達を呼んだ。
大変だ。ゼノンが亜人と出会っている。助けてほしい。
子供の悲痛な叫びは、大人達を動かすには十分すぎた。
自分のことは内緒にしておいてほしいというコレットとの約束が破られ、ゼノンは内心焦っていた。亜人であるコレットの存在に気付かれたらどうなるのか、その予想がとんとつかない。
だが、少なくとも、自分が怒られるだけで済むはずがない。その確信だけはある。
ふと、焦げ臭い煤の臭いが、かすかにゼノンの鼻を突いた。
振り返って見てみると、森の木々よりもさらに上、暮れ始めた空にひと筋の黒い煙が立ち上っているのが見えた。
あの煙の下で何が燃やされているのかは、すぐに気が付いた。
「……お姉ちゃん!」
「待て! まだ話は――」
制止の声を振り切り、掴みかかる大人達の手を無理やり振りほどき、ゼノンはがむしゃらに腕を振り回しながら駆けだした。背中から聴こえる自分を呼ぶ声になど耳を貸さず、ゼノンは一足跳びに森に踏み入った。
いつも通ってきた道が、今日はやけに長く感じる。
蹴り上げた土の感触が、妙に浮ついているような気がした。
村の誰よりも彼女の元を訪れたゼノンは、あっという間にコレットと遊んだ花畑に辿り着いた。
だが、その時にはもう手遅れだった。
花畑の中心で、いつもゼノンを待ちわびていたコレットの姿が、今は見えない。
色とりどりの花が咲き乱れた花畑は無残に踏み荒らされ、燃え広がりつつある火に焼かれている。
異臭がゼノンの鼻を突く。
灰と、煤と、その匂いに混じって香る鉄臭さ。
誰かの、血の臭い――
「お姉ちゃん!」
思わずゼノンは叫んだ。
大人達に見つかるかもと叫んだ後で思ったが、今はそんなことを気にしている暇もない。
煙で染みる目を袖で擦る。
匂いにやられた鼻をすする。
まだだ。まだお姉ちゃんは見つかっていない。もしかしたら上手く逃げおおせて、今頃誰にも見つからないところで隠れているのかもしれない。
だから、まだ泣くな。
ゼノンの大声に気付いた大人達が、ゼノンの元へと寄ってくる。手にした農具に、赤い何かがべっとりと付いている。
それを見て、ゼノンの焦りはより一層強くなる。早く、誰よりも早く彼女を見つけなければ大変なことになる。
だが、いくら見渡してもコレットの姿が見当たらない。
もうだめなのかもしれない。ゼノンが諦めかけたその時だった。
異臭の中に混じる、嗅ぎ慣れた髪の香り。
騒がしい音の中に、かさりと、小さな足音がゼノンの耳に届いた。