「ゼノン」
「お姉ちゃん!」
一体いつからそこにいたのだろう。コレットは誰にも気づかれることなく、ゼノンの後ろに立っていた。それが彼女の持つ《花に擬態する能力》のおかげであることは、当時のゼノンには知る由もなかったが。
ゼノンが彼女の声に反応して振り返り、驚きの余り目を見開いた。
「お姉ちゃん!? 大丈夫? どこか怪我したの!?」
コレットの服は真っ赤に染まり、だらんと垂れ下がった左腕から流れる血が、花畑に滴り落ちて赤い染みを作る。
「……ううん、これはもう、いいの」
コレットはゆっくりと首を横に振る。
そして、ゼノンをやわく抱きしめた。
いつものじゃれ合いのような力強さはなく、もはやもたれ掛かっているのとそう変わらない。それが今の彼女の精一杯なのだと、ゼノンは直感した。
コレットの体の震えも、息遣いの荒さも間近に伝わってくる。
彼女がもういいと言った意味を、嫌でも感じさせてくる。
「ゼノン」
そんな中で、コレットはもう一度ゼノンの名を呼んだ。
息も絶え絶えで口を開くのも辛い状態で、彼女は最後の言葉を伝えようとする。
「ゼノンと遊ぶのが楽しかった。ゼノンと話すのが楽しみだった。ゼノンの友達になれたことがすごく嬉しかった。……こんなことになっちゃったけれど、本当だよ。本当の本当」
抱き締めたゼノンを解放し、顔を合わせてコレットは話す。
こらえきれずに泣き始めたゼノンとは対照的に、コレットは穏やかにほほ笑んだ。
「私と友達になってくれてありがとう。私を、ゼノンのお姉ちゃんにしてくれて、ありがとう」
もう、彼女になんて返せばいいのかも分からなくなり、ゼノンは泣きじゃくりながらコレットの話を聴いていた。
「大――」
コレットの言葉が、最後まで言い切られることはなかった。
二人を見つけた大人がコレットの髪を無造作に掴み、ゼノンから力ずくで引き剥がす。
抵抗も何もできないほどに弱り切ったコレットの体に、村人たちが容赦なく各々の武器を突き立てる。
刃が肉に突き刺さる音がどんなものだったか、ゼノンの耳がはっきりと捉えた。
吹き出す鮮血がどのように飛び散るのか、ゼノンの眼がはっきりと捉えた。
友達のお姉ちゃんの瞳が、かけがえのない宝物の瞳が、輝きを失い何も映し出さなくなる様を、ゼノンはその眼に焼き付けた。
焼き付いて、離れなくなった。
「――どうして」
コレットが殺される様を茫然と眺めていたゼノンが、はっと我に返った。
最初は何を言えばいいのかも分からなかったが、一度口を開いてしまえば、後に続く言葉は案外するりと口を突いて出た。
「どうしてこんなことしたの!? お姉ちゃんが何をしたっていうの!?」
だが、ゼノンの叫びに誰も答えようとしなかった。亜人を始末したのなら、すぐに安全な村へと戻るべきだ。村の外にいては、いつ魔物に襲われてもおかしくない。
子供の我が儘など、聴いてやる理由も必要もない。
「なんで!? なんで!? どうしてなの!?」
「やかましい! いい加減黙ってろ!」
そんな事情など知ったことではないと、ゼノンはなおも叫び続ける。
だが、いくらゼノンがたずねても、誰も、何も言わなかった。
返ってくるのは、怒声か、ゼノンを黙らせようとする言葉か、暴力かのどれかばかり。
ゼノンと大人達の悲惨な応酬は、平行線のまま繰り返された。
「なんで誰も、僕らの話を聴いてくれないの……」
その言葉を最後に、ゼノンはすっかり黙り込んでしまった。
叫び続けて枯れた声で最後に呟いたゼノンの言葉にも、誰も何も反応しない。
この先何があったかについては、ゼノンはあまり覚えていない。
大人達に嫌というほど怒られたような気もしたし、罰として物置小屋に閉じ込められたような記憶もなくはない。
それらすべてが、もうどうでもよかった。
大切な友達は、花が好きなお姉ちゃんは、もうこの世にいない。
もう、彼女と一緒に遊ぶことはできない。
こうして、亜人の少女と人間の少年の、小さな出会いの話は幕を閉じた。